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05-初出社

「おはようございま…」


 出社するためギルドの職員扉を開けたソーヴは、中で仕事をしている王子の姿が視界に飛び込んできて、動きを止めた。


 声を聞いたギルド長ミリアが速攻でソーヴの元へ駆け寄り、そのまま外へ押し戻される。


「何であいつもう出社してるんですか!」


「すまん、何か部屋でじっとしてると考えこんじまって嫌なんだと。雑用でいいから何か手伝わせてくれって言われたら、仕事やらせてやるしかないだろう」


 マジか。あんな事があったら一日二日部屋で閉じ籠ってるタイプだと思っていのに、自ら出てきて動き回るタイプだったとは。


「って、昨日の俺の努力!国に帰った筈のやつがギルドにいたら、不審がられますよ!?」


 昨日まで金持ちの坊っちゃんとしてこの集落をうろうろしていたやつが、実家にひきづられていった筈なのにこにギルドにいるとなると、昨日冒険者達から脅迫めいた尋問を受けても頑なに嘘を貫いた俺の努力は一瞬で崩壊してしまう。


「大丈夫。『妾に生ませた弟の執事が、首になってここに残る事になった』って設定だし、あの婚約者が魔法で姿変えも施してくれてるから」


「え?姿全然変わってみえませんけど?」


「幸運スキルもちだとたまに変わってみえない奴がいるらしい。でもちゃんと他のやつには変わって見えるらしいから安心しな。元々二人は良く似てたし、軽い隠蔽で最初だけごまかして、段元の姿に馴染んでもらった方が、何かと楽なんだと。」


「………」


 こんなザルみたいな隠蔽を利用する方法なんて初耳です。魔力消費を惜しんで適当な事吹き込まれただけじゃないかとしか思えないこの状況に、不安しかないのですが…


「とりあえず、朝は業務内容手引き読ませてしのぐから、その後のあいつの面倒よろしくたのむ」

「え!俺が!?」


「こういう時は男同士の方が話を聞きやすいだろ」

「いえ、可愛い女の子に慰められた方が嬉しいと思います」

「新人にあいつの対応させられるわけないだろうが!

 状況知ってる奴が話聞いてやるのが一番だろうし、私は貶すのが得意で相談役には向いてない。マサバさんの手が空く昼過ぎまででいいから、頼む!」


「………わかりました」


 ミリアの慰め下手加減を知っているソーヴは、自分も相談役は向いていないという言葉をぐっと飲みこんだ。


「後、やつの名前はカイルな。間違えんなよ!」


「ういっす」

 

 ギルド長との作戦会議を終えてギルドの中へ入っていくと、名前をカイルに変えた少年が「ご迷惑おかけしますが、宜しくお願いいたします」と、礼儀正しく挨拶をした。





 朝の混雑を何とか切り抜け、軽食やバー担当をしている、昔はギルド長も経験していた初老のマサバさんと交代するまでは、ソーヴはカイルと一緒にギルド裏にある倉庫で業者に渡す品物の整理をすることとなった。


 これは、朝の受付業務をしてる間に新人達が集落入口付近にある東西のギルドから回収した品物で、業者が回収にくるまでに数確認と分類をチマチマしていくのだが、カイルは予想していた以上に真面目に働いてくれた。

 落ち込んでいるせいもあるのだろうが、本当に我儘な奴なら、そろそろ飽きてしまってもおかしくはない単純作業を黙々とこなしていく。

 体力も十分にあり、重い荷物の積み降ろしも率先して協力してくれるその姿には、元王子という肩書に違和感を感じてしまう程。


「もしかしてカイル君、軍隊経験あったりする?」


 王子なのに単純作業に文句を言わないとなれば、可能性は絞られる訳で。そのうち一番有力であろう可能性を、会話の糸口を求めて投げかけてみた。


「はい、ここに来る少し前まで、丁度軍隊に入隊してました。

上に立つには下の働きも知っておかないといけないと言われまして。と言っても一般兵と居住区が分けられていたので、訓練の時だけでしたが。」


「あ、やっぱり?こういうの使用人の仕事だって嫌がるものだけど、慣れてるみたいだし、そんな気がしてさ。

かなり真面目に訓練受けてたんだね」


「まあ………自分は出来損ないの部類に入る人間なんで。真面目にやらないと置いてかれると言うか、信頼を得られないというか………今考えると元々上に立つ人間じゃなかったのかもしれないです」


 作業を続けながらも乾いた笑いを浮かべるカイルの背中が、益々悲壮感を増していったように見える。


(いたたたたた、な、慰め役だった!慰めるのムズい!)


 疑問に思った事をそのまま口に出してしまっては、マイナス思考に陥っている相手には更なるダメージを与えるだけ。慰めはいかに相手に寄り添いながら、他へ意識を向けさせるかが肝心な高等テクニックが必要な為、熟練のマサバさんを今すぐにでも召喚したい衝動にかられる 。


「で、でもそういう上に立つのって大抵は慣れだっていうし。関係ないんじゃないかなー?」


 キョドりながらフォローの言葉を入れるが、全く響いてはくれなかったようで、


「父親と部下の差をずっと見てきましたから、引き付ける運とか切り捨ての決断とか、そういうのはやっぱり教育じゃあ何ともできないものってありますよ。どうも自分が気に入る人間は国の為にならない人物ばかりらしく、大抵は事件が起こる前に父達に怒られて発覚する感じなんです………」


「ああ………」


 泥沼へ浸かる彼のダーク思考と、この界隈では悪名高い冒険者達と行動を共にしていた彼を思いだし、慰めはやっぱり自分には向いていないと意識が遠退く感覚を覚えた。


「その言い方ですと、やっぱりあの冒険者の方達も何か悪い噂のある方達だったんですか?

自分はあの方達から、本当によくしてもらったのですが………」


 ソーヴの返答を深読みしたカイルの答えが、あながち間違いでも無いため、返答につまってしまう。しかしここで誤魔化してもどうせばれる事なので、なるべくオブラートに包んで説明するしかない。


「ん~~~、腕はいい冒険者だったんだけどね。顔さえよければ誰とでも寝て人間関係ひっかきまわすって悪い噂がある女性達かなー」



「ああ、そういう………。今思えば母が父を裏切るような女性でしたし、そういう人間に親近感を抱きやすかったのかな………」


 ハハハハハと笑いながら荷物整理を続ける彼を見、もうソーヴには慰めは無理だと悟ってしまう。ならばいっそ全て話きって楽になってもらおうと、どんどん話題を振ってみる事にした。


「不思議だったんだけどさ、こんだけ冒険者がいるのに、何でよりにもよってあの集団と一緒に行動してたの?宿の主人とか店の店主とか、お節介な人は多いから忠告してくれる人はたくさんいたとおもうんだけど」


「そういうのの窓口は大抵『彼』がやっていたので………」


「あ………」


 最初からはめられてたって訳か。挽回の余地は無く、ここに残されるのは決定事項。最後の娯楽とばかりに自由にされてこの追放。



 悲惨な彼の処遇は、質問をするたびに虐げられていた事ばかりで、王子と言っても誰もが豪遊できる訳ではないのだと思い知らされるものばかりだった。

そうだよね、市民に税金無慈悲に取り立てられる連中だもの。身内だろうと自分の気に入らない行いすれば、体罰位簡単にしてくるよね…


 小細工をして慰めるのは本当に無理なので、気になった事を次々質問してみたものの、帰ってくる答えは思ってた以上に悲惨すぎて、ソーヴの頭には殆ど話が入ってこなかった。


 長く抑圧されていたのか、せきをきるには十分なきっかけになったようで、途中から「そうなんだ、大変だったね………」を連発するオウムへと成り果てていたソーヴを救ったのは、マサバさんの「お待たせしました」とい声であった。


 彼がマサバさんと倉庫から退出するのを見守り、ドッと押し寄せられた疲れで机に突っ伏した。


「お疲れ、彼どうよ?」


 ギルド長ミリアの声に、突っ伏したまま白旗をふる。


「軍隊経験あるみたいですから、今の所ふんぞりかえって引っ掻き回される事は無さそうですよ。過去話を聞くのはお薦めしません」


「まあ、今は傷ついてるから、ほぼ別人みたいに後ろ向きになってるだろうし。復活したらどうなるかって所か…ここで働かせても大丈夫なのかって所が一番気になるんだか………?」


「さあ。愚痴に付き合っただけなので、全くわかりません」


「相変わらずそういうの役立たずだな、お前」


「カッチーン、これ、本来ギルド長がやるべき仕事でしょう!代わってあげたのにその言い種は酷いです!酷すぎる!部下を守る心は無いんですか!謝罪と休暇を要求します!」


 バンバン机を叩いて子供のようにわめいてみせる。


「わかったわかった、休暇は…うん、2日後に取れるように調整するから、ごくろうさん」


 逃げるように倉庫を出ていったミリアを見送ると、俺はふたたび机に突っ伏す。

あの様子ならこのまま姫さんが回収にくるまで、いや、回収にきても、このままここで働く事になるかもという気がしてしまう。

 新人が増えると仕事も増えるので、キャパオーバー気味になってしまう明日からの仕事に、絶望を抱いてしまうのであった。

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