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04-婚約破棄

「ロゼッタ、お前との婚約を破棄する!」


 燐とした男性の声が響き渡り、夜のギルド内は静寂に包まれた。

 声の方を見ると、一人の男性が数人の女性冒険者に囲まれ、数人の従者を連れた高貴な女性と対峙している。


 何でこんな辺境のギルドで婚約破棄すんの?

 そういうのは自宅でやってくれ………。


 迷惑でしかない一連の喜劇めいた出来事をカウンター内で聞き耳をたてながら、ソーヴはゆっくりと頭を抱えこんだ。




 遡る事一週間前。何故か隣国の一人息子であるアワード王子が、極秘でこの集落にやってきて腕試しにダンジョン攻略をする事となった。

 何で隣国の最重要人物がこんな危険地帯にやってくるんだと、報告を受けたギルド職員全員が不思議に思っていたのだが、どうやらダンジョン攻略は国民へ向けてのパフォーマンスで、本音は結婚前のバカンスだったらしい。


 開拓されたばかりの危険地帯でもあるこの地は隣国からの冒険者も少ないうえに、何だかんだ娯楽は一通り揃っている。国民の目が届きにくい場所であればどんなに羽目を外したとしても大丈夫だと判断されたのだろう。どこかの金持ち息子としてこの集落へもぐりこんだアワード王子は、いつのまにかここで出会ったとおぼしき数人の女性冒険者と行動をともにするようになり、連日歓楽街を歩き回っていた。


 王子への呆れが隣国への不信に変わりだした一週間後の今日、転移を使って様子を見にきた婚約者とこのギルドでばったり鉢合わせ、女性冒険者をはべらせながらダンジョン攻略をしていない体たらくを婚約者に断罪され、王子は周囲に煽られるままに逆切れ婚約破棄という、何とも情けない事件が現在繰り広げられていた。


 婚約者と王子が喧嘩を始めた時点で、少なかったギルドの客はその従者達に追い出されており、現在内部にいるのは当事者とベテラン職員だけ。

 問答無用で追い出された客達の謝罪にと、マサバさんが新人達を引き連れてギルドを後にした時、何故自分も受付業務を放棄して同行しなかったのかと、ソーヴは自身の判断ミスを深く後悔していた。


(俺は空気俺は空気俺は空気………)


 変に存在を出して不敬にあたったら、そのまま命が無くなる可能性も捨てきれない現在の状況。

 全身全霊で存在を消して空気になりきろうと、ソーヴは全ての神経をとからせていった。



「今まで黙って俺がお前の命令を聞いていたのも、全ては俺と婚約していたから。お前は俺から婚約破棄されれば只の令嬢でしかなく、俺に指図する筋合いはない!」


 この地に来た当初はそれなりに礼儀正しかった王子だが、この一週間で女性冒険者達に色々吹き込まれてしまったらしく、先程から卑屈で傲慢な発言を繰り返している。

 周囲にはべらせている冒険者達も、ビッチ冒険者と陰口を叩かれていた噂の悪女集団で、露骨に見下した表情を婚約者に向けていた。


 そんな醜いとしかいいようのない集団を見、深くため息をついた婚約者であるロゼッタは、


「わかりました。この手は使いたくなかったのですが………」


 と、彼らに向けて特殊魔法を躊躇なく発動する。


「きゃあ、何これ!?」


 王子を煽っていた女性冒険者達も、突然自身の体全体に浮かび上がった特殊魔法文字に驚愕し、逃れようと慌て始める。


「ふん、またこの魔法か。本当にうんざりさせられる」


 王子は蔑みの表情を浮かべ、飽き飽きした日常とばかりにロゼッタを見返した。

 しかし、魔法が自身を縛り始めたと気づき、その余裕が驚愕の表情に変貌する。


「なっ!?この魔法は俺には通用しないはず!」


「ええ、王子である貴方に敬意を払い、そう言う事にしていましたが、この非常事態ですから仕方ありません」


「なに?!」


「え、王子?」


 先に特殊魔法の作用で全身に魔法文字を刻み込まれた女性冒険者達は、耳を疑うセリフを聞いて、みるみる顔が青ざめていく。


「ええ。紹介が遅れてしまいまして。彼は隣国のアワード王子。私はその婚約者のロゼッタですわ」


 形成逆転。今まで見下しまくっていた冒険者達を、王家の風格とばかりにロゼッタが満面の笑顔ではじき返した。


「さて。我が一族だけに許された特殊契約魔法が発動完了いたしました。貴方達は晴れて私の奴隷となった訳ですが、王子には少しご報告がございますので、先にそこの冒険者の方達を外へご案内して。王都でじっくりお話をうかがいましょう」


「はっ」


 婚約者の命令で数名の従者が冒険者を引っ捕らえ、出口である扉の元へ強制的に案内を始める。


「奴隷ってどういう事!?」

「いやあ、離して!」

「私達、王子だなんて知らなかったんです!」

「私達は騙されただけで、何も悪くないわ!」

 見苦しい言い訳を残しながら、従者に引きづられてギルドを後にする冒険者達。


「うるさいですね。退場する時ぐらい静かにできないのかしら。」


 そうロゼッタが呟くと、途端に冒険者達から声が失われ、従者たちにひきづられていく音だけが聞こえるようになった。

 それでも冒険者なだけはあり、最後まで抵抗を諦めずにもがいていると、ロゼッタのあわれみにも近いため息と同時に数名の冒険者がガクリと力なく崩れ落ちた。再び不気味な静寂がギルド内に訪れ、足音が消えると同時に扉の閉まる音が不気味に広がる。


「さて、部外者もいなくなりましたし、本題に入りましょう」


 ロゼッタによる特殊魔法のせいもあるのか、茫然と一連の騒動を見守っていた王子がはっと我にかえり、目の前のロゼッタに向きなおる。しかし先程までの余裕は消え失せ、明らかに恐怖のどん底という表情を見せる王子は、既に只の人と化しており、とても国を支える風格を見いだす事はできない。


 対峙するロゼッタは流石未来の女王という余裕たっぷりの表情で、王子を貶める事実を話しはじめた。


「実は随分前から計画されていた事なのですが、先日お妃様を幽閉するよう王命が内密に下されました」


「なっ!?」


「何でも前王の妹君の息子、王の従妹であるシリル様との間にできた赤子を王の子と偽っていた罪だそうで。

 王は何年もお二人の関係をお疑いになられていたのですが確固たる証拠がみつからず、ずっと心を痛められておいでだったのです。

 15を迎えても王家だけが継承できる秘儀を発揮できないご子息様を見て、疑念が確信になられていたそうですわ。ご存知でした?」


「そ、そんな…」


 思い当たる節でもあるのか、王子はゆっくりとうつむき、小刻みに身体を震わせ始める。


「先月シリル様が亡くなられた時に、屋敷から王妃と深い中であった証拠が次々見つかりましてね。それを見た王紀様もようやく関係をお認めになられ、あなたは晴れて王子の地位を失いました。

 本来であれば不貞の子である貴方も問答無用で幽閉される立場なのですが、長年未熟ながらも必死に王教育を耐えてきた貴方に免じ、戻られたらそこそこの地位を用意してもよいと王は私に判断をゆだねられたのですが。。。ふっ。無用のちょうぶつだったようですね」


 体の震えが自身でも制御できなくなったのか、自分の体を必死に抱えこみながら、王子は声を振り絞り、最後の足掻きをみせる。


「あ、後継ぎがいなくなっては、国がゆらぐ」


 しかし振り絞って吐き出した声は、全く威厳を含んでおらず、負け犬の遠吠えにもならなかった。

 そのふがいなさに、ロゼッタの後ろに佇む執事から鼻で笑うこえが漏れ出る。


「そうですね。後継ぎであるアワード王子は国の宝ではありますが、別にアワード王子が貴方である必要はないのでしてよ」


 そう言ってロゼッタは先程鼻で笑っていたアワードの執事を見返すと、髪色を変える魔法を発動させながら眼鏡をはずした執事が、うっとおしそうに降ろしていた前髪をかきわけ、王子にうり二つの素顔を晒した。


「っ!」


 あまりの事に言葉を失うアワード。


「これも貴方には知らされていなかった事ですが、彼は王弟が妾に内密で生ませた隠子なのです。

 まあ妾と言っても少しばかり分不相応な貴族の出というだけで、れっきとした王家の血筋。その証拠に王族だけが扱える秘儀だって、ちゃんと15歳までに発動確認されました。

 王教育も我が屋で完璧に習得されましたし、比べようのない程優秀なんでしてよ。後は貴方の癖を少しばかり身に着け、しばらくダンジョンでけがをしたという事にしてしまえば、深く接した事のない家臣や国民は十分ごまかしがきくというもの。

 ああそうそう、このことは王も了承されていますので、ご安心くださいな。」


 たまらず絶望で崩れ落ちてしまったアワード。

 冒険者達と団欒していた椅子に辛うじて座っているものの、全身の震えは押さえられないようで、ガタガタと小刻みな音を床に刻みこんでいく。


「さて。これからどうしましょうか。王宮にもどって王喜と一緒に幽閉され、くるか分からない復活のチャンスにかけるか、このギルドで元執事のカイルとして、王子の身を守れなかった罪を背負いながら人生を過ごしていくか。私からの最後の慈悲です。貴方にこれからの生き方を選択させてあげましょう」


(え! どうゆうこと!?)


 『このギルドで働く』という突拍子のない意見に驚き、ソーヴがギルド長であるミリアをばっとみれば、反射で目線をそらしているギルド長が視界に入る。

 その行動で、厄介事が増えると反対されるのを分かってて、自分にはナイショで事前に引き受けていたたんだと即座に理解できてしまった。


(裏切られた!!)


 王子と同様、愕然となって机に突っ伏したソーヴは、マサバさんが都合よく逃げた事も全て計画的犯行だったのだと実感し、やり場のない怒りと、この後おこるであろう事後処理担当の厄介さに、絶望を感じるのであった。




「まあ、これだけの変化があっては、急に決断は無理ですわね。」


 ロゼッタは絶望で再起不能になってしまった王子へ不適に微笑んでみせると、


「とりあえず3か月程こちらで様子をうかがってから結論を出してください。

 もちろん不真面目な態度でしたら、こちらに迷惑がかかってしまいますし、問答無用で王都へ連れ帰り幽閉となりますのでそのおつもりで。私の特殊魔法の効果は十分ご存じでしょから、逃げようなどと愚かな事はかんがえない事でしてよ」


 くるりと向き直って帰宅しようとしたロゼッタだったが、執事だった男からの目配せをうけて再び立ち止まる。


「ああ、そうでしたわね。とりあえずここから貴方が出立したとあの同行する冒険者に思い込ませなければいけないので、偽造工作用にそのコートを抜いていただけますかしら」


 そうロゼッタが言うと同時に王子似の執事と一人残っていた従者が椅子で項垂れている王子に近付いていく。


「失礼」


 無抵抗になった王子の両脇を2人で抱えて無理やり立たせると、マントをはぎとりそのまま王子だったものをギルドカウンターの奥にある宿へつながる扉奥へ連行していった。

 そしてミリアの案内で王子だった者の姿が見えなくなると、執事は女王の側へ戻りながら王子の着ていたマントを羽織り、ロゼッタの前で片膝をつき、忠誠を誓ってみせるのだった。


「宿についたらすぐに開放するので、しばらく我慢してくださいね」


 ロゼッタは再び、秘儀魔法を発動し、執事であった新王子に奴隷の刻印を刻みこんでいく。


「うふふ。王の血筋の者にはこの魔法がかけられないというのは本当だったようです。もって10分といった所でしょうか。今が隠蔽しやすい夜で本当によかったわ」


 発動を終了させても、全く安定する様子を見せない自身の魔法を満足そうに眺めたロゼッタは、ゆっくりギルド長へむき直ると、


「それでは後の事、よろしくお願いいたします。」


 そう、芸術品のように完璧なおじぎを披露し、従者達と共にギルドを後にした。






「おい、何があったんだ!」

 ロゼッタ達が去ったしばらく後、津波のごとくギルドの中へなだれこんでくる追い出されていた冒険者達。

 王子の様子を見にギルド長は奥へ引っ込んでしまった為、その生贄はソーヴだけという訳で。

 怒涛の脅迫めいた尋問に、それっぽい話をでっちあげながら『明細は秘密厳守』と、なんとも神経の擦り減る役回りを就業間際にこなして今日のギルド業務は無事終了していった。

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