03-ありがちな逆転劇
「ん?何で紫のポーションが3本もあるんだ?」
朝からギルドの端で荷物整理をしていた錬金術師であるオーマがポツリと呟いた。
昨日からここに宿泊を始めたオーマは、雑魚モンスターがこんなに沸き出ては寝れないからと、夜中のうちにギルド長であるミリアへの断りなく通常の魔物避けポーションをギルド中に撒き、今朝から新人冒険者の仕事を無くしてくれていた。
当然出社早々ミリアと大喧嘩をしたのだが、全く意に介さず。むしろ人が居なくなったのをいいことに、怒られながらも自分の荷物を広げ、たまっていたポーションのラベル整理を始めていた。
ミリアは「危険だから自室でやれ!」と怒鳴っていたが、「淋しいから嫌だ」と譲らず。いかにも触ったら危険な魔道具を盾にギルドの居酒屋スペースを大量に陣取る迷惑行為には、この人となりが表れている。
「おかしいなー、これじゃあ何のポーションか分かんねーじゃねーか………」
目の前3本のポーションを眺めながら首をかしげ、再び荷物をあさり始めるオーマに、当然話かける人間はいない。
ミリアの目も怖いし、話しかけたらどんなやっかいごとを押し付けられるか分かったものではないからだ。
と、そんな珍しく職員の声のみが響き渡るギルドに、一人の青年がトボトボとうなだれて入ってきた。
「あれは………」
この集落の宿屋辺りで何度か見かけた事がある、確かC級パーティーの冒険者達と一緒に行動していた青年だ。
「確かD級弓師のクリアさんですよ。と言っても腕はいまいち伸び悩んでるみたいで、最近はパーティーの雑用係をしてる感じですが」
「あのレベルの人が一人でこのギルドへ来るだなんて、凄く珍しいですね」
ここのギルドは朝のピーク時以外は基本新人職員が受付対応するため、余裕の無い中級冒険者がやってくるのは本当に珍しい。
まあ、今このギルドの現状は閑古鳥が鳴いており、一人になりたい冒険者が軽食を取りつつ黄昏る場所にはもってこいな為、彼もそれ目的でやってきた事は想像に容易いのだが。
店内の適当な席に座ったクリアは、マサバに軽食とエールを注文し、いかにも落ち込んでいますとばかりに机に突っ伏した。
「少年よ、何かあったのかね?」
そんな青年クリアに声をかけたのは、暇を持て余したオーマだ。
「こんな老いぼれでよければ、話相手になるよ。少しは気分が楽になるだろう」
荷物整理に飽きたのか、ごく自然にクリアのテーブルに相席すると、同情するかのように優しく嘘くさい瞳をクリアに向ける。
クリア自身も、話相手がほしかったのであろう。最初こそ話ずらそうにしていたが、オーマに進められるがまま、ポツポツ自分の精神整理をするように話始めた。
今日は客が全くいないギルド。仕事をしながらでもクリアさんの話は耳に入ってきてしまう訳で。
聞こえてきた話によれば、どうやら今組んでいるパーティー内で、クリアを追い出して新たな仲間を引き入れようとする動きがあるらしく、今日はそのお試し第一段階。皆よりレベルの劣るクリアは、危険だからとこの集落に残る事を指示され、今までチャレンジした事のない高ランクのダンジョンに「見学だけだから」と、仲間はでかけてしまったらしい。
クリアを気づかって遠回しな表現を使用しているが、足手まといになっているのは確かな事。自分から身を引いて、パーティーのランクアップに貢献すべきだと理屈では分かっているのだが、心がなかなか納得できず、ウジウジしている自分が情けないと嘆いていた。
「それはそれは可哀そうに。何とも辛い決断を迫られて、身も裂かれんばかりだろう。
私も最近、手塩にかけて育ててきた弟子に追放を言い渡されたばかりでね。君の悲しみはとても他人事とは思えない。痛い程理解できるよ」
「オーマさん………」
2人は互いの傷を確かめあうように涙を浮かべ、テーブルに置かれたエールをぐいっと飲み干した。
そんな2人を呆れるように眺めていたミリアが、書類を持って立ち上がると、
「ちょっと重要書類をしまってくるから、少しの間よろしくね」
と言い残し、地下の金庫室へと降りていった。
その瞬間、オーマの目がギラリと光ったように見えたのは気のせいであったのだろうか。
「人間向き不向きという物はどうしても存在してしまうもの。どんなに努力しても開花できない花も存在してしまうのは事実。見方をかえて努力し直すのも一つの手段だとは思うが、私はこれでも錬金術師をやっていてね。ここで出会えたのも何かの縁。丁度そんな君に相応しいポーションが3つ、ここにあるんだが………一つ君に譲ってあげようじゃないか」
と、突然距離を詰めてクリアの耳元で意味深な言葉をささやくと、机の上に紫色ポーションを3つ、異次元収納バックから取り出して並べて見せた。
「飲むか飲まないかは君次第。
一本は君を好転させられる前世の記憶が甦り、
一本は君にとって最善のスキルを解放し、
一本は君の境遇を逆転させる、夢のポーションだ。
君の運を試す為にも、どれがどのポーションかを明かす事はできないが、このまま努力が実るのか分からない人生を歩み続けるか、このポーションにかけて人生を一発逆転するか、一度試してみる気は無いかね?」
そうオーマがクリアに勧めた途端、声が聞こえて来なかった筈のソーヴが、何故か落ち着きがなくなってしまい、意味も無く避難用として足元に常備されていた書類箱に、手元の書類をかたっぱしから放り込み始めた。
「ソーヴさん、どうしたんですか?」
突然の奇行にドン引きする、目の前に座っていたエミリーを横目に、
「うん、本当に。どうしちゃったんだろうね?」
と、頓珍漢な返答をしながら、エミリーの持っていた書類までもをひったくり、避難箱へ書類を投げこんでいく。
紫のポーション3つを目の前にしたクリアは、しばし決断をためらってはいたものの、このままではダメだという結論にいたり、勇気をふり絞って一本のポーションに手をかけると、そのままグイっと一気に飲み干した。
途端、バーのシャッターが「ガシャン!」とものすごい音を立てて落下し、バーに立っていたマサバさんの驚く声が上がる。
「今の音何?!」
シャッターの音を聞きつけ、ミリアが地下から顔を出すと、そこにはマガマガしいオーラをギルド中に撒き散らしながら、人外へと変貌を遂げようとしているクリアの姿が飛び込んできた。
「何があったの!」
悲鳴にも似た疑問を発しながら、ミリアが得意とする結界魔法を展開し、カウンター内だけは死守を試みる。が、急な展開だったが為に一部を守るのが精一杯で、スタッフをギリギリ守れるものの、流れ弾はカウンター内にガンガン押し寄せ色々な物を破壊しはじめる。
「オーマさんが、クリアさんにポーション渡してました!」
恐怖で書類と一緒に机の下で縮こまりながら職員見習いのルギーが状況説明を叫び、今だに落ち着きを取り戻せていないソーヴは、書類を避難箱へ投げ込んでいく衝動を抑え込めず、カウンター内をかけずりまわる。
「凄い音したが何かあったのか?」
通りすがりだったであろう、B級レベルの冒険者がギルドに顔を出したのは、何という奇跡だろうか。
魔物へと変貌を遂げかけたクリアを見て、ただ事ではない事態だと状況を理解し、直ぐに戦闘へと突入してくれた。
「ありゃりゃ、こりゃまずいね」
人間の言葉さえも理解できなくなったクリアの状況を見、ようやくヤバさを理解したオーマも、ここでようやく退避の体制に入る。
「オーマ、逃げんな!!!」
ミリアの罵声に、「分かってますよ~」と軽い返事をしながら、冒険者がクリアだった物と戦闘しながら注意を引き付けてくれている隙をつき、異次元収納バックの中から一つの魔道具を取り出すと、冒険者に弾き飛ばされた瞬間を狙ってクリアだった物へ投げつけた。
途端クリアの周りを金色の蔦のような拘束具が展開し、何とか動きを封じこめる事に成功。ギルドの崩壊は何とか免れる事ができた。
「は~………」
緊急事態を回避でき、結界を解いたミリアは、緊張も解けて壁にもたれかかる。
「さて、これからどうしますか………」
戦闘を終えたオーマと冒険者は、今にも拘束具を外そうと暴れまわる魔物を囲み、状況整理を始めた。
「この拘束具、どれくらい持つんだ?」
「さあ………この様子からして、1時間は持つと思いますが、この場所を考えると突然パワーアップする事もありえますからね………。直ぐにでも対処しないとマズイと思いますが………」
「俺の剣じゃ刃がたたねえ。誰かこの魔物を倒せる冒険者を呼んできてくれよ」
「あ、やっぱり?職員さん、申し訳ありませんが―――」
と、カウンターを見たオーマと冒険者は、腰砕けになる新人受付嬢達とそれを解放するソーヴを見、
「って、無理みたいですね………」
と、しばらく待つかという結論を出すのだった。
「しかし何でギルドの中で人間が魔物なんかに変身したんだ?」
待機する時間をつぶすように、再びクリアだった魔物に向き直った冒険者は、湧き出た素朴な疑問をつぶやく。
「多分ですが彼自身の『前世の記憶』に魔物というパターンがあって、特別なポーションの効果によってそれが目覚めさせられてしまったのだと思われます………」
「は?何でそんな危険なポーションを飲んだんだこいつ!」
「レベルが思うように上がらず、パーティーを追い出されそうになっていましたから、強さを求めて藁にもすがる気持ちだったのでしょう」
と、オーマは肩をすくめ、仕方ないというポーズをとって、クリアに同情する姿勢を貫いた。
緊張の糸が解けたばかりで、突っ込みをする気力も沸かずにへたりこんでいる職員をいいことに、オーマは見事に自分は悪くないという印象を冒険者に植え付ける事を成功させる。
「なるほどな………」
同情する冒険者の見えないところで、したり顔をしてみせたその時、ご立腹なマサバさんが机に置かれていた紫ポーションを一本引ったくり、拘束されている魔物に躊躇なくぶっかけた。
強力な狼の魔物となりかけていたクリアは、途端神々しいオーラを発して聖なる猫に新たなる変身を遂げ、クリアと一緒にポーションを浴びた拘束具もその効果が解けて消えて無くなっていく。
「おおおおお、ここで『逆転』ポーション………流石幸運スキル!」
何がおきたのかと目をみはる冒険者の横で、そのポーションの効果に気付いたオーマは、マサバさんの幸運度に高い関心を寄せながら、クリアの変化を見守る。
「あ、あれ?僕は一体………」
聖なる猫になった事で自我を取り戻したのか、クリアだったものが言葉を発しながらゆっくりと起き上がり、同時に再びまばゆい光を発して、そのままとても美しいメス猫の獣人へと変貌をとげた。
「大丈夫かい?君は魔物になっていたところを、俺やここの人達に助けてもらったんだよ」
と、冒険者は自身のマントを外し、裸で呆然とするクリアへ外したマントを流れるようにかけてやると、今日一番のキラキラ顔でクリアを見つめかえした。
「ほ、本当ですか!皆さん、ありがとうございます。なんとお礼を言えばいいのか………」
「色々追い込まれていたようですから、仕方のない事です」
絶世の美女に変わったクリアの笑顔にやられたのか、怒り心頭であったマサバさんの表情も、いつのまにか笑顔にあふれている。
「それにしても、僕は……獣人?」
改めて自分の姿を見直したクリアは、自分の変貌ぶりに自覚が追い付かないようで、自身の頭やしっぽをゆっくりと触って確かめている。
「ええ、聖なる猫の獣人に変貌を遂げられました。レベルも、今まで以上に跳ね上がっている筈ですよ」
「ええ!本当ですか!?」
ポーションを渡したオーマも、その美貌にやられて今日一番の優しい声でクリアを慰める。
4人が暖かな空間を作り出して、クリアの変化を祝福していると、ギルドに4人組の冒険者パーティ―が笑い合いながら姿をあらわした。
「あ………」
入室してきた冒険者の顔ぶれを見た途端、クリアの表情がこわばり、何かを察したオーマが「仲間ですか?」と問いかける。
その声に、入室してきた冒険者達もクリアの存在に気付き、面影の残る彼の変貌ぶりに、驚きの表情を浮かべた。
「はい。僕のパーティー仲間です」
「お前、クリアなのか?」
コクリとうなずき肯定するクリア。
近づこうとした冒険者達の前に、ズイっと助っ人してくれた冒険者が立ちはだかる。
「お前たちは今日、俺がダンジョンを案内した冒険者達だよな。4人組のパーティーだったんじゃなかったのか?」
助っ人冒険者のにらみに、きまずそうに見つめあうクリアの仲間達は、顔を見合わせた後数人がうつ向いた事で、何があったのかを察する事ができた。
「クリア、何で突然そんな格好になっちまったんだ・・・」
数秒の沈黙の後、リーダーとおぼしき一人がたまらずクリアに声をかける。
「皆の足手まといになっている自分が不甲斐なくって、みんなの迷惑にかからない自分に変わろうと、ここにいる錬金術師さんに秘蔵のポーションをもらって変わったんだ」
「ん!?」
新たな引っ掛かりを覚える言葉に、助っ人冒険者は後ろにいるオーマの方をにらみかえす。
慌てて視線を反らして一歩下がっていくオーマ。
その隙をついてクリアの仲間達はクリアの元へかけよると、申し訳なさそうにクリアに言葉をなげかけた。
「俺たちはそんなにお前を追い込んじまったんだな」
「仲間だっていうのに、お前の気持ちに気付いてやれず、本当にごめん」
「何で信じてくれなかったんだ」
「俺たちがお前を見捨てる訳ないだろ」
「本当?僕を置いていったりしない?」
「「「「あたりまえじゃないか!」」」」
「皆っ!!」
「ちょっと待て!」
感動で抱き合わんばかりに仲間意識を確認していたクリア達に、再び助っ人の冒険者水を差した。
「今日の案内の一軒といいい、お前らのしている事はいまいち信用できん。
クリア、お前もよく考えろ。本当にお前を守ってやれるのは誰だってことを。俺もこのパーティーに加わって、お前を守り続けてやる!」
「本当ですか!ありがとうございます!」
キラキラとまぶしい笑顔を浮かべるクリアとは裏腹に、何とも納得できていない表情を浮かべる仲間達が印象的な急展開を向かえ、とてもしこりのこる事件となって終焉を迎えた。
『ギルドに偶然いた錬金術師からもらったポーション効果で魔物になってしまった冒険者クリアは、ギルド内で大暴れしたが、通りのがかった冒険者の力を借りて終息。再び浴びたポーション効果で聖になる事ができ、人格や言語を取り戻した彼クリアは、彼女になって再び冒険仲間との旅に戻っていきました。』
「………めでたしめでたしって続きそうな文章っすね………」
クリア達が去ったギルドでは、記憶が鮮明なうちにギルドの始末書の作成にとりかかっていた。ギルト長が投げやりにまとめた、お気楽ハッピーエンド的な文章を読み上げるほど、散乱した家具や書類の整理に追われる見習い達の悲惨な現実との落差に、怒りがフツフツ沸き上がってくる。
「その怒りを状況説明に向けて頑張れ!私はもう無理だ、よろくしく!」
「何で僕がギルト長の書類チェックする事になるんですか、普通逆でしょう?」
早々に根を上げて掃除へ向かおうとするギルト長を目でおいながら、書類を握りしめて立場逆転への意義を唱える。
「仕方ないだろ、人には向き不向きってのがある。わたしの状況説明力じゃあそれが限界なんだよ。そこに算出してある修理費が妥当だと上を説得できるよう、もっと悲惨な状況説明に書き直ししてくれ」
「もーーーーー!」
受け入れられない意義に不満しか感じないながらも、このままでは本当にこの文章で上に提出されてしまう前科を知ってしまっているがために、渋々報告書の修正にとりかかるしかなかった。
「そっか、最初から幸運持ちに選ばせればよかったのか」
ギルドの奥のテーブルでは、残った紫ポーションを眺めつつ、オーマが不穏な事をつぶやいていると、割れた装飾品を運びながら、マサバさんが「何でそう言う解釈になるんですか」と呟きに異議を唱えた。
「どちらを取ってもコミュニケーションがとれるようになると思ったから躊躇なくかけられたんです。じゃなかったらあんな無謀な事できる訳がないでしょう」
「あ、なるほど」
ぷりぷり怒りながら戻っていくマサバさんを見送りながら、奥深いとオーマは改めて考えこんだ。
「因みにスキル開発ポーションだけ残っちゃったんだけど、一回ソーヴ君使ってみるかい?
あの緊急時に何も役立つ事してなかったし、少しは使える人間になれるよんじゃないか?」
「結構です!」
始末書の作成だけでもイライラするのに、更に自分の不甲斐なさをオーマにえぐられ、ソーヴはオーマが来た初日にミリアが叫んでいた事を、改めて考えさせられるのであった。