02-錬金術死がやってきた
「おい!魔物が出たぞ!」
「あっちに逃げた!行け!」
ソーヴの働くギルド内でわっと賑やかな冒険者達の野次が広がった。
どこのギルドでも聞ける鉄板のセリフだが、魔物の出現場所はこのギルド内。どんなに掃除をしてもどこからともなく現れるこの結界に強いネズミサイズの魔物は、新人冒険者達にとっては恰好の稼ぎ口となっており、今日もいい感じに混乱をきたしていた。
「ちょっと結界がゆるんできてるんじゃないですか?」
そんな日常を横目に、目の前に座る新人職員のエミリーが涙目になりながらソーヴに話かけてくる。
「まあね。定例の聖結界張り直し時期まであと1か月程だから仕方ないよ」
倒されたばかりの魔物を冒険者からソーヴが受けとり、生き返らないように血抜きした後、解体訓練の為にエミリーへ渡すという、今朝から何度と繰り返されている流れ作業を淡々とこなしていく。
「それって早める事できないんです?」
「無理」
「そんな~」
今日はずっと新人研修として解体作業をさせているので、流石に嫌気がさしてきたのだろう。気持ちは分かるがここで耐えてくれないと実地になった時に文句がくるのはこちらなので仕方ない。
「大丈夫、明日は冒険者が解体訓練する予定になってるから。今日だけ今日だけ」
「絶対ですよ!」
「どーせ解体は覚えとかないといけない事なんだから、いい機会だと思って頑張って」
「頑張るにしても限度があります!朝からずっと同じ種類を解体だなんて、肉屋にでもなった気分です」
「あはははは、例え上手いね!」
「全然笑えません!」
このギルドは基本新人研修用ギルドと化しており、最近できたばかりのこの集落の中心に位置するものの、誰も宿泊はしたがらないいわくつきの地だ。
というのも、ここは元々魔王城があった後地で、特別なエネルギーが沸き上がっているらしく、放置すると再び魔物が住み着き厄介な場所になってしまう為、それを回避しようと立てられたのが、このギルドという事だ。
教会等、聖を売りにする人間がいる方が良いのではと思ってしまうのだが、それだと聖職者が身の危険に晒される事となってしまう為、戦闘能力の高い人間が集まるギルドに決定したらしい。人の出入りを多くする事で気を乱し、魔物が集まらなくなるまで冒険者達に攪乱してもらうのが狙いらしいのだが、磁場に引っ張られるのか、厄介事がこのギルドは多すぎる。
聖結界をはられた直後ならそこそこ安定するが、今は半年に一度の結界張り直しの時期が近いせいもあって異常事態が頻発しており、逆にいえばハプニングには事かかないので、いろいろな経験をさせておきたい新人教育をするには、もってこいの環境ができあがっていた。
一応集落の東西にある入り口付近にも小さいながら出張所としてのギルドが存在しているので、血気盛んな冒険者達は大抵そちらで受け付けをすませており、こちらには手続きが遅くても平気な新人冒険者や上級冒険者への対応が回ってくる。
軽食は誰でもとれるようになっているのだが、ギルド内で狩りをしているような落ち着かない場なので、冒険者もあまり食事をしたがらず、なおの事緊急時の訓練をするにはもってこいの環境となっていた。
とはいえ教育係として常駐する職員はたまったものではなく、通常の人間では事故に巻き込まれすぎて常駐などほとんどできないので、比較的事故にまきこまれにくい、幸運スキル持ちの職員がメインで運営する事になっている。
ソーヴは幸運スキルを持っているとギルドに報告してしまったがために常駐訓練師として指名されてしまった一人で、ここに派遣されてから何故自分は幸運スキル持ちだと報告してしまったのかと自分の軽率さを呪っていた。
事故に合わなくても目撃して精神はすり減るし、後片付けは日課のように押し付けられる。おまけに新人の心を折らないように教育するのは、ここでは至難の技というもの。
「これも頼む」
追加で置かれた死骸を眺め、流石に新人を切り上げさせるかと考えていると、
「ほう、これはまた随分と大漁だね」
と、この辺りでは見かけない顔の男性に話しかけられた。
「えっと?」
「ああ、はじめまして。今日この町についた、しがない錬金術師をやっているオーマだ。丁度魔物の新鮮な血が研究で大量に欲しくてね。良かったら優先的に売ってもらえないかい?」
「ああ、錬金術師さんでしたか。素材予約とかは入っていなかったので、多分大丈夫かと…」
「ダメよ、そいつに素材売っちゃ!」
突然ソーヴの言葉を遮るように、ギルド長であるミリアが静止してきた。
「何であんたがここにいるの!」
「ちっ、お前がしきってるギルドだったのか…」
「ギルド長の知り合いですか?」
「幼なじみよ」
苦虫を踏み潰すような表情で吐き捨てたミリアは、オーマに向き直り、
「こんな辺境にあんたがなにしに来たの!」
と物凄い剣幕で詰め寄った。
「錬金術師が辺境へ移り住んでくるなんて、新開発のための素材集め以外ありえないだろう。」
「嘘!前の町で何かやらかしてきたんでしょ!調べれば分かるんだからごまかしたってムダでよ!」
「くっ!
………ちょ、ちょっと新開発した魔物よけのポーションが効きすぎて、追い出されただけだ」
目線を反らし、言いずらそうに暴露した内容は、大して問題になるような内容ではなかったのだが、
「あ、それってもしかして、キープ村の悲劇のことですか?僅かな悪事を働いた人達にも魔物よけのポーションが反応してしまって、弟子が中和剤を作成するまでその村に誰も住めなくなってしまった話!難民が凄くて大惨事になったと冒険者さんが噂してました」
解体をひと段落させたエミリーが、思い出したと発言し、ミリアの炎に油をそそぐ。
「やっぱりやらかしてきたんじゃない!」
半切れで追い出そうと身を乗り出したミリアの手を避けながら、
「こんな所にまで情報が漏れているとは……
こうなったら、これを見ろ!」
と、異界収納バックであろう袋から、一つのポーションを取り出してオーマは高らかに宣言した。
「こんな手段は使いたくなかったが仕方ない!
ここ以外どこの町でも門前払いになるんだ、しばらくここに住まわせないと、キープ村にまいたのと同じポーションをこのギルドや周辺のダンジョンにばらまくぞ!いいのか!」
シーンと静まりかえるギルド内。
え?
魔物が寄り付かないポーションなんですよね?
全然困らないカナー。
むしろまいてほしいかも。
前の都市に戻った方が安全が保証されるし。
新人受付嬢達からも目配せが飛んでくる様子を見るに、ソーヴだけがそう思っている訳ではないようで。
「お前達もここに住めなくしてやる!」
と、息巻いてるオーマだが、周囲は誰もが「撒けば?」と思っているという、何とも間抜けな構図が出来上がってしまった。
「それが脅しですか?」
「住むところが無いくせに、唯一住めるころを自分で住めなくするって、自傷行為になってません?」
と、ポツポツ疑問を漏らす新人達に、
「背に腹は変えられんからな!」
とドヤ顔をするオーマ。
「どしょうもないバカね」
頭を抱えて呆れるミリアの後ろで、こそこそと新人受付嬢達がソーヴの周囲へ集まってくる。
「先輩、あのポーション奪って、ばらまくことできないですかね?」
そうポツリと提案してきたのは、書類整理を勉強中のイオンだ。
「俺も今そうおもってた……」
正面を向いたまま、ソーヴもポツリとつぶやく。
「近づけば勝手に落としてくれるんじゃ?」
今日は軽食カウンターのヘルプに入っていたはずのチークまで、いつのまにかやってきている。
「ギルド長に気付かれて止められるかなあ……」
さっきから色々方法を考えているが、最大の敵はギルド長であるミリア。後で仕返しされないように処理するのはかなりの難題だ。
意図的にやったとバレたりすれば、最悪この場に一人だけ結界に閉じ込められて放置される事もミリアだったらやりかねない。
「天然装っていけば!」
「おう、頑張れ!」
書類整理していたルギーの提案にソーヴが応援を送ると、率先して前へ出ていくと思っていたルギーは、小さく頬を膨れさせ、縮こまりながら後ろへと下がっていった。
(あれか?提案してあげたんだから、自分じゃない誰かがやれってやつか?)
誰だって汚れ仕事はやりたくない物。思いついてても言わないのは、自分の力量では実行できないからであって、提案したなら自分で責任とれよと思ってしまう。
「ここから飛び系の魔法で瓶壊せば大丈夫じゃ?」
「誰か使える?」
「………」
見つめあうエミリー、イオン、チーク、ソーヴの視線は、見事に無理ですと物語っていた。
(自分達の役立たず!目の前に全ての苦難を解決できる理想のポーションがあるのに、手が出せないなんて!)
己の無能さに打ちひしがれていると、バー担当のマサバさんがいつのまにかオーマの後ろに立ち、彼からポーション瓶を強奪してくれていた。
「仕方ないですね、強行に及ばれてはこまりますし、住まわせてあげましょう」
「本気ですか?」
「よっしゃ!」
驚く全職員をよそに、ガッツポーズで喜びを表すオーマ。
「魔王城復活になりかねない事ですよ!」
マサバさんを止めるミリアのセリフに、「そこまで俺はバカしないぞ」と反論するオーマだが、ミリアに殺しそうな鋭い視線を返されて慌てて目線をそらす。
「仕方ない事です。他に行ったらもっと被害が出ますからね。ここなら一番被害が少いのは明白。選択の予知なしですよ」
「ぐぬぬぬぬ」
「わはははは!これからよろしくな!」
勝利宣言をしたオーマはそのままマサバさんに案内され、ギルド上部の宿泊施設へと姿を消していき、怒れる牛となったミリアは、八つ当たりの場を求めてギルドを後にするのだった。