第七話 火力馬鹿とエラルドという男
自分が火力馬鹿なせいで靴が丸焦げになったので、ゴブリンの里で新しい靴を買うと俺たちはリーフェを待たせないように先を急いだ。
大森林が続く1階層ではエネミーは攻撃してこない。なのでここは楽々通過できるエリアだ。
続く2階層は高原で、綺麗な芝生が生えているエリアだ。ここは人気のスポットで3階層へと続く道沿いには様々な家が建っている。
きっと、授業を受けなくてもいいガリアの生徒にも人気なスポットのはずだ。
そんな2階層はラリア時代でも剣だけでごり押しできたエリアだ。ごくまれに大型エネミーが出現するが、相手にしなければ問題ない。
俺は自分を傷つけないように、まだ制御できていない火柱で乗り切る。
そして今俺たちがいるのは3階層。ここも土が土台のエリアだ。
だが、1階層や2階層とは圧倒的に雰囲気も暗く、空はどんよりとしているし、木々もまばらだ。
そう、ここから先は注意しなければいけないエリアだった。
「3階層は来たことあるよな?」
エラルドはこんな階層はクリアして当然だというような語調でそう言っている。
「まあ、来たことは」
そう、俺だって来たことはあるのだ。ここの主エネミーは巨大で前歯が異常に発達しているラットだ。
攻撃性が高く群れて襲ってくるため、一人で対処するのは難しい。ラリアでの講義でそう教わったことがある。
「まあ、そりゃそうだよな」
エラルドはもはや何も言うまいというように、一人歩きだしていた。
俺も覚悟を決めて歩きだす。
道というにはお粗末な雑草が生え放題な荒れた道を俺は注意しながら歩いた。
なぜなら巨大ラットは罠を仕掛けてくる。道に鳥などの死体をわざと置くのだ。
『なんだろう、これは』と思って近づいてしまったら、その時点で命はない。
四方八方からラットが飛び掛かってくるだろう。
巨大ラットはとても狡猾なエネミーなのだ。
だけど、幸運にも生き物の死体なんてものは、落ちてなどいなかった。
「今日はついているな」
俺はエラルドと喜びを分かち合いたく、そう言った時だ。
少し前方を歩いていたエラルドの前にそれが落ちているのが見えた。
だが、エラルドは近くにあるそれに気づいていないのかどんよりとした空を眺めながらそれに近づいていく。
「おい、エラルド!! 前方だ! 前方に罠が!」
俺は大声でそう言った。だが、エラルドはもはや罠の範囲内で、しかも罠に注意をむけるわけでもなく振り返っていた。
俺はその瞬間、目を閉じた。エラルドが食いちぎられるところなんて見たくない。
ああ、俺がもっと気を付けていれば。後悔の波が押し寄せてくる。
だが、
「俺なら大丈夫だ」
死んでいるはずのエラルドの声が聞こえてくる。
あまりにも自然なエラルドの声に、俺は幻聴を聞いているのか疑った。
幻聴を聞いているに違いない。俺はそれが嘘であってほしいと願いながら目を開ける。
そこには紛れもない本人がいた。しかも、どういうわけか巨大ラットはエラルドを中心に半径4メートル以内に近づいていなかった。
「エラルド、いったいこれは......」
「俺はよ、アラスやリーフェ、学院の生徒のような戦闘ができないんだ」
恥ずかしそうに言うエラルドは、視線をそらすためか地面を見ると、
「そんなこと恥ずかしくて言えないだろ? だから今まで黙っていた。すまん」
そう言うとエラルドはバッグから何かを取り出すと、
「俺は魔道具とかそう言った何かを作るのが得意でな。何度も3階層に来てはラットの習性を確認して、ようやく完成した巨大ラット避けだ。ま! 俺意外に持っている奴なんていねーだろうけどな」
少し誇らしげに言ったのも束の間、何かに気づいたのか真剣な表情をしていた。
「おい、アラス! ラット! ラットだ!」
俺はエラルドの声に、包囲しているはずの巨大ラットを見ると巨大ラットはやや後方にいた俺の目の前に横一列に並び威嚇をしていた。
どうしてて気づかなかったのだろう、そんなことを思う。だが、そんなことは後だ。
「シッ―――――!!!」
と音をたてる巨大ラットの数はおよそ10匹を超えている。
そんな数に対して火柱や燃尽火玉をしてもあまり効果はないだろう。
いや、燃尽火玉ならば副作用としか言いようがない地面まで燃やす炎によって、倒せるかもしれない。
でも、俺はなるべく燃尽火玉を使いたくはなかった。自分の足まで燃やしたくはない。
となればあれを使うしか。
俺はエラルドになるべく早く俺から遠ざかるように指示すると、エラルドは察したのか猛ダッシュで俺から遠ざかろうとしている。
だが、ラットも俺が声を上げたことを期に、俺めがけ跳躍していた。
俺は今にも襲い掛かってくる巨大ラットを見ているしかなかった。
俺が魔法を使えばきっと何らかの副作用が起こるに違いないから。
エラルドが十分に距離をとれるほど、巨大ラットをひきつけてから風魔法、風切を使う予定だからだ。
本来であれば風切はそこまで大きな斬撃ではなく、直径1メートルほどの大きさだ。
それで巨大ラット10匹を倒せるわけがないが、俺はもう自分がどんな魔法使いか認識する機会は得た。
何が起こるか分からないが、心臓さえやられなければ腕がもげようが、足がもげようが回復できる高価なポーションをアーニャ先生に一つだけ祝いとしてもらった。大丈夫だろうと思う。
ほぼ目と鼻の先にいる巨大ラットに焦りながらも、俺は十分にエラルドが離れたことを確認する。
ラットたちは先ほどよりも間近にいるような気がした。
おれはこれ以上は無理だ。そう思い、風切を詠唱する。
瞬間、巨大ラットたちは真っ二つに引き裂かれていた。
それどころじゃない、俺の真後や真横にあった木までもが倒れているのだ。
その距離およそ10メートル。
やはり自分は火力馬鹿で、制御できていないのだと思う。
遠くにいたエラルドも逃げて正解だったというようにおなじみの苦笑いをしていた。