第四話 ガリア学院は狂人ばかり
この学院はラリア学院と同じく寮制だ。
生徒は必ず寮に入ることになっている。
なんでこんな話をしているのかと言うと、俺は驚いていた。
俺の目の前には築数十年は経とうとしている木造の建物が建っている。
数十年前なら立派な建物だっただろうそれは、今では塗装が剥がれていて一見幽霊屋敷に見えなくもない。
「ようこそ! 俺たちの家に!」
明朗にそう言ったエラルドは真顔で俺の肩に手を置くと、
「言っただろう俺たちは最弱だって。実のところ高等部1年になってから俺たちは何の成果も出せていない。いずれこの建物ともおさらばかもな」
「ははははは......」
俺は苦笑いしかできなかった。
ラリアでは宮殿と見間違うような寮で暮らしていたし、農村出身の実家でももう少し小奇麗だ。
何故ここまで不気味なのかとも思う。
それに俺たち推薦組とアーニャ先生との契約は、このクラスを学年一位にすること。
率直に言おう、不安だ。
「ま! これでも豚小屋よりかは大分ましってもんだ」
「豚小屋って本当だったんだ」
俺がそう言うとエラルドはニヤニヤした表情になり、
「アラスもようやくこの学院の怖さを実感し始めたようだな! その通りだ。ちなみに、豚小屋級になると朝食は抜きで昼食もパン1枚。夕食はパンと具なしスープのループだ。当然だが、体を洗うには近くの川を利用しなきゃいけない点も注意だな」
エラルドは俺たちも豚小屋暮らしになると言いたいようだった。
俺は更に不安になる。
「ちょっといい?」
俺の目の前にリーフェが現れ、少し怒っているような声のトーンでそう言っていた。
「何かな?」
なるべく怒らせないように神経を使ってそう言うと、
「女子の部屋は2階、男子の部屋は1回だから! 用があるときは慎重に2階にあがること!」
やはりむすっとした表情でそう言い、俺たちの会話に混ざる気はないのか一人で寮に向かっていた。
俺はリーフェの予想外の行動に思考停止しているのだろう。リーフェの軽快に歩く姿だけが見えた。
「やれやれだ。あいつ、今絶対俺たちの会話が終わるのを待ってたぜ。我が強いのか弱いのか、俺にはさっぱりだ」
エラルドは嘆息している。
「ま、まあ。一応気を遣っていたんじゃないかな」
リーフェはかなり変わっている人だが、気を遣っていたというのは事実だ。
途中で我慢できなくなったのか、一人で寮に向かってしまったのもまた事実だが。
「そうなんだよな。あいつ、たまーに変な気を遣うんだよ。あ、もちろん、学校での話だからな?」
何が『もちろん』なのか分からなかったけど、俺はとりあえず頷く。
「ま、これ以上あいつの話をすると悪口になってしまいそうだからやめるよ」
再び嘆息したエラルドは矢継ぎ早に、
「寮の案内をするよ」
そう言って寮の案内をしてくれた。
寮は思いのほか広く、1階にはダイニングルーム、リビング、風呂場、トイレ、そして6つほど部屋があった。
2階は更に多くの部屋があり、昔は大勢の生徒で賑わっていただろう。
だが、俺たち以外に住人はいなかった。
エラルド曰く、理由は分からないがアーニャ先生がそう指示したようだ。
「ま! こんなところだな。他に何か聞きたいこととかあるか?」
「特には」
「そうか。じゃあ、俺はもう寝るよ」
エラルドはそう言うと、踵を返した。
「さて、俺に何か用かな?」
ユラも同じく案内をしてくれていて、今は俺の事をじっと見つめている。
顔だけ見れば最上級に位置するユラに見つめられちょっと恥ずかしい。だが、かなりの変人だ。
「大した用はないの。ただね......」
ユラはなぜか恥ずかしそうにもじもじしている。
「な、なんだろう?」
「今度、私とダンジョン徘徊してほしいの!!」
ユラの頬は赤く染まっていた。
一見告白してくるときのような可愛さを感じるこの一連の流れも、ユラという人間には全く関係がない。
ユラは別の意味で興奮していた。
「時間があればね......」
正直に言えば、俺はユラとダンジョン徘徊なんてしたくはない。
発言を考えれば命の保証なんてないからだ。
「やった!!!」
ユラはモジモジさせながら、抜群の笑顔でそう言っていた。
心臓にぐさりとくる。もちろん、後ろめたいからだ。
「じゃあ、お休みアラスくん!!」
ユラは矢継ぎ早にそう言うと、俺に微笑み、踵を返した。
俺は再び呆然としていただろう。
俺は今まで周りと少し合わない、疎外感を感じる。ラリアではそう思って生きてきた。
それは今では間違いだって言うことは理解している。
じゃあ、なにが言いたいかというと。
言いたいことは、ここでは別な意味で俺が普通じゃないということを実感したということだ。
この学院ははっきり言って異常だ。
アーニャ先生も他人の事なんて考えてなさそうだし、リーフェはかなりの一匹狼、ユラからは得体のしれない恐怖を感じる。
実力主義の校風がそうさせるのか、それともこの学院希望の生徒が狂ってるのか分からないが異常だ。
もし、校風がそうさせるのならいずれ俺もそうなるだろう、という恐怖が脳を支配する。
「ああ、もう!! 考えてるのはやめだ!」
そう、考えたところで俺は『この学院で強くなる』という決意をしたのだ。
俺自身が狂人になろうと仕方がないこと。
そう自分を騙すしかなかった。
「とりあえず、寝よう......」
そう思うと緊張が解けたのか、眠くなった俺は自室に向かった。
翌日、朝食は硬いパンだった。