トマスSS 君の名は………中編
トマスは招かれて炭焼き小屋に来ていた。
出されたお茶を飲みながらしばらく雑談すると、男は手紙を出してきた。
「………あんた宛だ…来たら渡してくれって………」
見ると、表にはトマスの名前が書かれており。
裏には………ダリア………。
そう書かれていた。
トマスは封を切って読み出した。
〈トマスへ…この手紙が貴方の所に届く頃には私は天に召されているでしょうね〉
トマスは動揺しながら男に。
「………いつ………亡くなったんだ?………」
そう聞くと男は。
「半年前に………癌…だった………」
そう言う男の目には涙が溜まっていた。
トマスは手紙の続きを読むと。
〈…10年前に崖から落ちた後に、今の主人に助けてもらいました。
その時は名前も何も覚えていなくて。
………何か………怖い人に追いかけられた………それだけは…覚えていました。
私が怯えていると…主人は炭焼き小屋に匿ってくれて…名前の無い私に…リリー…そう名付けてくれました〉
トマスは男に。
「リリーって名前は?」
そう聞くと男は。
「倒れていた場所に咲いていて………綺麗だったよ」
そう男が言うとトマスは。
「美人だったしな…わかるわ………」
俺も結婚するまで、ライバルが多かった。
そう言うとトマスは続きを読み出した。
〈記憶が無くて、不安だった私に、炭焼き小屋の男の人は、親切にしてくれました。
やがて一緒に暮らすうちに夫婦になって。
子供も男の子が授かって…名前をジョニー…
そう名付けました〉
そこまで読むとトマスは。
「………そう言えば…息子さんは?」
そう聞くと男は。
「…要塞に勤務してる…今は兵隊なんだ」
トマスは頷くと続きを読んだ。
〈ジョニーが8歳の時です…トマスが来たのは…その日の晩に夢を見ました〉
〈女の子が泣きながら…私をお母さん…そう呼ぶ夢…そしてその女の子を抱き締めて止める、男の人〉
〈何時もは…男の人の顔はモヤがかかってわかりませんでした…ですが…トマスが来た日の晩の夢には…男の人の顔が…トマスの顔がハッキリと出て来た時………記憶が………戻って来ました〉
そこまで読んだ時………トマスは震えながら。
「記憶が………戻って来た?………あの日に」
そう言うと、炭焼き小屋の男は頭を下げて。
「………すまねえ…記憶が戻って来てるのは………薄々…感じてはいたんだ…けど」
トマスの方を見て目に涙を溜めながら男は。
「………聴いたら…リリーが…居なくなる………そう思ったら………怖くて…何も…聴けなかった」
男は頭を下げて、泣きながら。
「…すまねえ………俺は………臆病者だ………」
そう言った男の肩が、震えていた。
それを見てトマスが。
「…俺もだよ………ひょっとしたら………そう思いながらも………あれから………ここには来なかった」
〈…記憶が戻って…最初に思ったのは…恐怖でした…私はトマスも…娘も…愛してます………けれども………今の主人と子供も愛してるんです………〉
〈もし…トマスがここに来て…連れて帰る………そう言ったら………今の主人と息子は………そう思っていた時でした………トマスが再婚していると…そう聞きました〉
トマスは男に。
「…俺が再婚したって…なんでわかった?…」
そう聞くと炭焼き小屋の主人は。
「あんたの事を知ってる奴がいてな…炭を下ろしてる村の…百姓なんだが」
ブロッケン領境の戦いの時、徴兵された農民だったその男は、トマスが妻を連れ去った領兵を殴り殺す所も、その後の事も要塞の建設に駆り出されながら、全て見ていた。
「その男から聞いたよ…あんたの奥さんが10年前に…崖から身を投げた事を」
リリーの事だとは思っていた、けど怖くて聴けなかった。
トマスはそれを聞いても、怒る気になれなかった。
自分もまた逃げていたからだ。
〈トマスが再婚したと聞いて…ほっとする自分が居ました………私は今のまま………ここで暮らす決心をしました………だけど〉
〈トマス………そして………私の可愛い娘………あなた達もまた………私の愛している家族なんです………トマス…そして…私の可愛い娘…ごめんなさい…10年前にあなた達のダリアは死んだ…そう思ってください〉
そこまで読んだトマスは目に涙を溜めながら。
「すまねえ…ダリア…俺も…10年前に…お前は亡くなった…そう思い込もうとしてた」
〈罰が下ったんでしょう…私は…病気になりました…胃がんの末期で…医者にあと…半年だと言われた時に…今の主人に…全てを打ち明けました」
そこまで読んだトマスは男に。
「………全部………聞いたかい?………」
そう聞くと男は。
「…ああ、全て聞いたよ………」
〈私は主人に遺言を残しました…私が亡くなったら…遺体は村の墓地へ…そして崖の上に…ダリア…そう一文だけ掘った…石碑を建てて欲しいと〉
トマスはそこまで読むと。
「じゃあ…あの石碑は…やっぱり」
そう言うと男が。
「リリーに頼まれて…あそこに建てた」
〈トマス…崖の上の石碑は…10年前の私の…お墓です…10年前にダリアは死にました…トマス…そして私の愛する娘へ…〉
〈私は…幸せでした〉
手紙はそこで終わっていた。
トマスは手紙を仕舞うと、男に話しかけた。
「済まない…お願いがあるんだ」
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トマスは要塞に向かっていた。
城塞都市、要塞は白い壁の向こうにある、ゲートで市民証明を見せて中に入ると、中央にある要塞に向かった。
建物の外で受付に。
「司令官のグッド…いや…ボーヴァン司令官に面会を」
そう言うと受付の女性兵士が。
「面会のご予定はありますか?」
そう聞いて来たので。
「無いのですが、一言だけ、トマスが来た、
そう伝えてもらえませんか?」
無理なら帰ります、そう伝えると、受付は何処かに電話を掛けた。
「…はい………面会の予定は無いが、一言だけ司令官に伝言を、頼むと………はい
トマスが来た………そう伝えて欲しいと………えっ!!………来るんですか?………えっ!…ちょっ!!」
そう言うと、トマスの方を見て有り得ない、そう言いたい顔で。
「………司令官が…来られるそうなので…お待ち下さい」
そう言った途端に建物のドアが開いて、黒い肌の太った老人が走って来た。
司令官の全力疾走を見て、周りの兵士が愕然とした中、グッドは満面の笑みを浮かべると
「赤鬼じゃねえか!爺さんになってるが、間違いない、赤鬼のトマスだ!!」
そう言うとトマスにハグをして、泣きながら
「何年ぶりだよ…ええっ!…」
そう言うと、要塞の中に案内しながら。
「何年ぶりだよ…なんかあったのか?」
そう言うグッドにトマスは。
「………ああ…グッド…あんたにしか頼め無い…大事な相談があるんだ…」
トマスは執務室に案内されながら、グッドにそう言った。




