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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

秘密の関係。

「Hi、ハニー。」

私は後ろから抱きつかれた。

こんな事をするのは悪友の鄭杜しかいない。

「なによ、ご機嫌じゃない。」

放課後、部活を終えて静物画の材料に白い布をかける途中で抱きつかれたせいで動作が停止中。

「そう?」

声色からそう察する。

「何かいいことでもあった?」

「まあ、いい事といえばいい事かな。」

彼女は宙を見上げてにんまり笑う。

その表情があまりにも怪しいので私は苦笑した。

「片付けるからどいて頂戴、鄭杜。」

「一緒に帰ろう、彩。」

「・・・私はいいけど、大丈夫なの?」

「何が?」

何がって・・・本気で言ってるのか、天然なのか。

先週から付き合い始めたという佐村さんと一緒に帰るのではなかったのか。

「ちーのこと?」

「そ、佐村ちずるさんの事よ。」

「心配ない、先に帰った。」

「帰らせたの?」

「なに怒ってるのさ、3人一緒はまずいじゃん。」

・・・・でも、私と一緒ってのもまずいでしょうが。

鄭杜のデリカシーの無さに少しムッとする。

貴女は知らないだろうけれど、鄭杜が付き合う人を変える度に私はその人から鋭い視線を投げられるのよ。

非難ってわけじゃないだろうけれど、”何よ”て感じの視線。

 しかし、私はそう思っていても顔には出さない。

仮面を被って優等生を演じるのは慣れたものだ、ずっと演じているしこれから先もそうなのだと思う。

「もしかして焼いてる?」

「自惚れるのは、鄭杜の悪い癖よ。」

首にかかる鄭杜の手をゆっくりどける。

「癖? 自信なんだけどなあ。」

・・・はいはい、貴女がモテるのは私も認めるわ。

男女問わずね。

私は他道具の片付けをやっと再開し、鄭杜は窓枠に寄りかかって見ている。

「・・・彩は誰かと付き合ったりしないの?」

唐突にそんな質問をされた。

「考えたこともないわ。」

「考えたこともない?」

「ないわ、告白は何度もされたけど。」

「英男泣かせの御蔵さん。」

「よしてよ。」

鄭杜の言い方に、顔をしかめる。

皆が私の事、どう言っているか知ってるわよ。

私だって好きでもない人から告白されたら断るに決まってるじゃない、それがエリート高の英慈学園(男子校)からであっても。

「美人と名高い、彩が一人で居るのか皆不思議がってる。」

「勝手に思っていたらいいわ、私の自由よ。」

「それはそうだ。」

どうして私を放っておいてくれないのだろう。

そんなに独りで居るのが目立つのか。


「御蔵・・・おっと、相模も居たか。」


美術館室のドアの方から声がしたので振り返った。

「桂 先生。」

美術部の顧問の桂 あづさ先生が見回りに来ていた。

「もう、遅いから早く帰りなさい。」

先生の口からお決まりのセリフが出る。


・・・でも、本当は別の事が言いたかったのだと分かっている。


私はチラリと鄭杜を見た、彼女は気づいていない。

「はーい、了解しましたー。ささ、帰るよ彩。」

「悪いけど一人で帰って、鄭杜。」

私は手を掴もうとした鄭杜の手を取らなかった。

「彩?」

「まだちょっと用事が残っていたのを思い出したの。」

「待ってたのに。じゃあ、終わるまで待ってる。」

「遅くなるから、先に帰って鄭杜。」

強く、きつく言った。

私が残っていたのは確かに片付けもあるけれどある人物を待っていたからだ。

それは鄭杜じゃない。

私が他の人と付き合わないのはもうすでに付き合っている人がいるから。

「彩。」

再度、私の名を呼ぶ。

何かを感じたらしい、勘はいい方なのよね鄭杜は。

だから空気が読めなくも、物分りも悪くもない。

「先に帰って頂戴。」

改めて強く言う。

「帰り道は暗いよ?」

まだ粘る(苦笑)。

「迎えに来てもらうわ、鄭杜こそ気をつけて。」

私は折れずに、鄭杜が折れることになった。

肩をすくめ、”わかった”と言って渋々美術室を出て行った。

 悪かったわね、鄭杜。

今日じゃなければ一緒に帰ったのに・・・今日は1週間のうちで一番大事な日だったのよ。

鄭杜の後姿を見送ってから少し時間を置いて私は桂先生を見た。

先生は私の方を見て苦笑した。

「お邪魔しちゃったかな?」

「そんなことはありません、鄭杜には悪かったですけど。」

「彼女とは仲が良かったんだっけ、彩。」

ドアに片手を付いて先生がくだける。

「幼馴染ですから、もう何年も腐れ縁です。」

片付けは大体終わったので指差しで戸締りを確認して出口に向かった。



「しばらく来ないうちにまた乱雑になってませんか?」

私は玄関に入って早々、ため息混じりに言った。

「そうかな?」

家主は気にしないように言った。

私には気になる乱雑具合、2週間来ないとあんなに綺麗だった部屋がこの有様だ。

「女性なんですから、少しくらいは気にした方がいいですよ。」

ちらかって、いらないと思われる物を拾いながら私は移動する。

「どうせ誰も来ないよ。」

美術部顧問の桂先生は風貌も言葉使いも何もかも無頓着、その無頓着さは私が呆れるくらいだった。

油絵の具の匂いが鼻についた。

見ると何枚か床置きになっており、描きかけの絵がイゼールに乗っていた。

「換気しますよ?」

「した方がいい? 寒いんだけど・・・」

「先生は好きでしょうけど、私はそんなに好きじゃないので。それに中毒にはなりたくありませんし。」

私がそう言うと桂先生は肩をすくめた。

「彩が来ると、私の生活が狂うね。」

「来ない方がいいですか?」

「まさか。助かってるよ。」

助かってる、か。

それは私の聞きたい答えじゃない。

「じゃ・・・なかった・・・ゴメン、彩。」

私が動きを止めたので桂先生は私を後ろから抱きしめてきた。

「”嬉しい”だ、ね。」

「取って付けた様に言わなくてもいいです。」

「気を悪くした?」

抱きしめたまま、私の顔をのぞく。

鄭杜にされたとこと同じなのに心臓が激しく鼓動する。

あんなに冷静でいられたのに、桂先生にそうされると私はドキドキした。

立っていられなくなる。

「少し。」

「ゴメン、私が悪かった。」

そう言うと私の頬にキスをした、それが徐々に愛撫に変わってゆく。

「桂先生・・・」

身体に絡みついてくる先生の手に触れる。

私に触れ、ある意思を持って動く手を握った。

拒否しているわけじゃなく、追いかけるように。

「彩。」

言葉と共に耳元に吹き込まれる吐息。

ゾクリとすると同時に私は膝を折った。

「大丈夫?」

床に崩れ落ちそうな身体を先生は支えてくれた。

私は首を軽く振ることしか出来ない。

「わかった。」

額にキスをひとつくれると私を支えながら移動した。

移動先は聞かなくても分かる。

何度も来た先生のアパートだし、私自身がこうなってしまったら行き先は一つしかなかった。



煙い。

と思いながらも私は先生の側に居た。

タバコを吸っているのが先生じゃなければ隣りになど居ない。

室内を煙は狙ったように私にまとわり付く、香水の移り香はいいけれどタバコの移り香はあまり嬉しくない。

最近は親も私から香るタバコの煙には気が付いたようだった。

さすがに、少し肺に入ってしまい咳き込んだ。

「・・・ダメなら、離れていたらいいのに。」

先生は笑って言う。

「寒いじゃないですか。」

私はベッドの上でシャツを羽織った先生に抱きついたまま言った。

「寒いか、煙いかどっちかだね。」

「私は先生の側の方がいいです。」

「嬉しいね。」

本当にそう思っているのか疑問になるような物言いだった。

先生に関しては本気なのか、いい加減なのか私には計りかねることが多い。

人を理解するというのは一朝一夕にはいかない、分かったとしても”分かったつもり”というひとりよがりということもある。

「また、考えてる。」

私が黙っていると上から声が掛かる。

「色々と考える事が多くて、先生の事も。」

「私の事? 何を考えているのか知りたいね。」

「先生が本気なのか、いつも。」

桂 先生からではなく、私が先生に好意を持った事から始まった関係。

そんなに私は執着というものはしないのに先生に関しては違った。

結局、押し切ったような感じだったからいつも不安がある。

私の感情が時々軽く流される時もあるし、先生から私の事が好きという事も感じずらい時もあったから。

「本気なんだけど、彩には分かってもらえないみたいだね。」

先生の手が私の肩を抱く。

「先生の場合、本気の度合いがちょっと心に響かないんです。」

「・・・そうなの? そんなに私の想いは伝わってないの?」

ちょっと驚いたように言ったので、本人には意外だったようだった。

本人が気づいていないんじゃ、私だって気付くわけないじゃないですか・・・。

心の中でため息をつく。

「困ったなあ、いつもの彩のため息は私の事で?」

「いつもしてません。」

「してるね。」

私はいつも見てるからね、そう言い先生は肩から手をそのまま移動して私の髪を撫でた。

「ホントに見てるんですか?」

「嘘じゃないよ、見てる。今日は私が見ただけで3回、廊下と教室と職員室で。」

当たってる・・・そのほかに何個かあったけどいつも私を見かけるわけじゃないからすべてを数えるのは不可能。

「ちゃんと仕事してます? 先生。」

「そうだね、彩を見てると心配で少しおろそかになるかな。あ、コレ内緒ね。」

その言葉に顔を上げると先生はウインクした。

「彩は優等生だけど、抱えてる物が多くて重くていつも大変そうに見える。」

「先生・・・」

「だから私と居る時だけでも、肩の荷を下ろしてリラックスして欲しいと思ってる。あと勘違いはしないで欲しいんだけど同情じゃないからね。」

撫でている私の髪ごと手ですくって先生は上半身を屈めてきた。

「苦いキスはイヤですよ。」

「・・・・彩。」

キスを寸でのところで止めたので苦笑する先生。

「嘘ですよ。」

そう言ってキスをしたら・・・やっぱり苦いタバコの味がした。

でも、苦いのは一瞬だけであとは気にしなくなる。

それもいつもの事。

手を回され引き寄せられて密着する身体、唇は離れることすら忘れているかのように重なる。

「彩。」

キスをする先生の声が熱を帯びているのを感じた、いつも感じないのに。

「・・・本気に決まってるじゃないの。」

その言葉は軽いものではなく、重く私の心に響いた。

いつもそういう風に言ってくれればいいのに・・・私は少しのわがままを望んでしまう。

「桂 先生・・・」

それでも、そう言ってくれなくても私は先生の事が好きで、希望は達成されなくても良かった。

再び熱が戻ってきた私達はキスに没頭した。



「じゃ、先生少しは部屋を散らかさないように努力してくださいね。」

私の家の数百メートル前に車を止め、私を送り出した先生に言った。

先生は私を見てガックリ頭を垂れる。

「彩・・・君がしっかりしていて私は嬉しいよ。」

「掃除するのは私なんですから。」

「・・・努力しよう。」

「そうしてくださいね。」

努力はするっていったけど、守られるかどうかは微妙だった(笑)。

本当はちらかしてもらっても良かったんだけど、学校での完璧な先生に文句を言って困らせたかったのもある。

「数メートル先だけど、気をつけて。」

「大丈夫ですよ。」

夜とはいえ、街灯は煌々と夜道を照らす。

「油断禁物だ、変質者はどこにでも居る。本当なら家の前に付けたいんだけどね・・・」

「いいです、そこまでしなくても。」

言い訳はたつと思うけれど、気持ち的に私も先生も家の前を避けてしまっていた。

教師と生徒だし、ついでに言うと女性同士だし。

そういう後ろめたさが行動に現れてしまう。

「また、週明けに。」

「はい。」

週末は先生は仕事だった、数学の補習授業。

先生は数学の授業も時々行った、補助と言う形で助けるための出勤らしい。

私は定期試験などで赤点を取る事はなかったので、補習授業に出ることはない。

時々、うらやましく思うことはあるのだけれどそれは贅沢というものかなと思った。

 バタンとドアが閉まって、車は発進する。

クラクションを鳴らさないのはここが密集した住宅地だから、私もそれは理解している。

別れがたいという事はないのでそれはなくても構わない。

また来週、学校で会えるのだから。

私は去ってゆく車のライトを見えなくなるまで追ってから家に向かって歩き出した。

歩いているとついさっきまでの事が脳裏に浮かぶ。

振り払えないほどそれは私に印象付けられている。

当初よりは薄れてきてはいると思うけれど、それを思い出すと身体が熱くなった。

私は早くひとりになりたくて足を早めた。

日常のひとこま的な話を書きたかったので短いです、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

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