#魔女集会で会いましょう
#魔女集会で会いましょう
黄昏時には、少年は独りぼっちになっていた。騒がしかった公園は夕焼け小焼けのメロディーが鳴り終わる前にひっそりと1日の役目を終えて静まり返っている。ほんの少し前まで駆け回っていた子どもたちは一人また一人と迎えてくれる人が待つ家へと帰っていく。少年が帰らなければいけないあの家には血の繋がった家族はいない。それはまだ小学生の子どもにとって残酷な事実であり、また自身ではどうすることもできない真実だった。ランドセルを背負ったままうずくまる少年はいつもと寸分も違わずにただひたすらに帰ることを許される時を待っていた。しばらくそうしていると、近づいてくる足音があった。これは違う足音だ。警戒心を滲ませながらも視線を上げることなくやり過ごすつもりだった。
「ねえ坊や、お家へ帰る時間じゃないのかい」
少年のすぐ前で声がした。内心ぎくりとしたが悟られないように気丈に振舞った。
「知らない人に声を掛けられても答えないように学校で教わっています」
くすり。笑われたのだと気付いた少年は思わず視線を上げてしまった。薄暗い中、顔はよく見えなかったが少年の周りにいる母親の世代よりは少し上だろうか。
「あの人、いえ、母が、いいと言うまでここにいないといけないので」
口に出してから喋り過ぎてしまったことに後悔したが遅かった。彼女は少年の視線に合わせる様にその場にしゃがみ込んだ。彼女の笑う顔は少年がいつも向けられる笑みではないことに気が付き彼女の顔をまじまじと見つめた。少年の張りつめていた何かを解いてしまうような温かな笑みだった。吸い込まれてしまいそうな濃い青や紺色のような瞳が印象的だった。
「坊やは辛くないのかい」
みつめられると今まで必死に心に底に押し込めていた想いが溢れてしまいそうだった。衝動のままに全てを吐き出したい気持ちをどうにか抑えて首を振った。彼女はまたくすりと笑うと更に続けた。
「そろそろ後継者を探していてね。聡明な坊や、今まで十分頑張ったね、これからは報われていいはずさ」
彼女の影に潜んでいる別の視線には気が付いていた。また、目の前で微笑んでいる彼女の姿は仮初のものであることも少年の直感は告げていた。それでも良かった。ここではないどこかへ連れ出してくれるのならば。少年に優しい笑顔を向けてくれるのならば。
少年はどうやってあの家にから解放されたかを知るすべもなかった。しかし、あの家の人々にもう二度と会うことないことは予期していた。
養母となった女性は少年に自由の道も提示してくれたが、少年は自らの意思で義母と同じ道を選んだ。それから彼女にとっては幾ばくかの時が過ぎ、少年にとっては、幾らもの時が過ぎて少年は壮年の男となった。
「母さん、そろそろ出ないと遅れてしまうよ」
「せっかちだねえ、そんなに急いだって逃げやしないよ」
億劫に腰を上げる養母をエスコートしつつ、そっとため息をついた。
「全てをあなたに任せているのだから私が出向く必要はないじゃないの。」
「今回の夜会は母さんにも招待状が届いている。顔だけ出してすぐに帰ろう」
あの日から、なにひとつ変わらぬ容姿の義母にようやく追い付いた。この夜会で義母を、いや、彼女を手に入れる。この日のために、初めて出会ったあの瞬間から僕は彼女に全てを捧げてきた。人として生きることを捨て、彼女と悠久を共にする。彼女は知ってか知らずか濃藍の瞳をそっと伏せた。
少年 羊朶 忍
インディゴの魔女 蓼 藍
脳内では有名声優さんが演じてくれました。