顔が…
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ふかふか。まるで雲の上にいるみたい。
家のベッドの感覚から変化したから、ここはきっと夢の中。
角の生えたライオンに、食べられたの?ここは天国?
怖くて目が開けられない。開けたくない。
いや、でもここはポジティブに考えて、ここが天国だとしたら、逆に襲われる心配はなくなっなんだ。
だから目を開けよう。
そう何十回も言い聞かせて、ようやく薄く目を開けてみる。
元々目が細いから、薄く目を開けても普通に目を開けてるのと大差ありませんけどね。
そう自虐ネタに走りながら、視界に入ってきたのは天国ではなく、豪勢な部屋だった。
ってか天国がどういうところかは知らないけど。
私はフカフカの高級ベッドに寝ていたんだね。
高いベッドってこんなにフカフカなんだ。
と、いうことはだよ、もしかしてあの時私は気絶し、襲われ死亡。
そして新しい世界へ旅立った!
きっとこれだ。
よかった、リセットしてまたあの森の中じゃなくて。
今度の世界は何?
私お姫様なの?夢みたい!
いや夢だよこれ!
まさかの脳内で1人ボケツッコミをした。このネタは夢の中でしか通用しないな。
もうさっきまでの恐怖心が嘘のように晴れていく。もう一度この広い部屋を薄目のまま見渡すと、2人の女性が少し離れたところに立っていることに気づいた。
髪がすっぽり入るような帽子に、ロングのメイド服。
私の薄目がプロフェッショナルすぎて、起きていることに2人とも気づいていないようだ。
この後の行動をどうすればよいかわからなかったので、兎に角狸寝入りをし続けることにした。
私は近くに人がいるだけで、なぜか緊張してしまい、何もしないか、気づかれないようにするかという行動をとってしまう。
自分の行動は正しいのだろうか、もし正しくなかったらどうしようと心の中はいつも不安で一杯になってしまう。
長い間狸寝入りしていても、この2人は一向に立ち去る気配はない。
誰もいなかったら、この豪勢な部屋を心置きなく見学して漁れたのに。
きっと私が目覚めるまでここにいるのだろう。
とりあえず体を起こしてみようか?
でももし起こしてもあの2人が何もしてこなかったら?
その後どうするの?
正直起きたままずっと固まっているよりも寝転んで固まっている方がいいに決まっている。
もう色んな被害妄想で頭を悩ませていると、2人が近づいて来るのが見えたので、薄目を閉じた。
起きてたのバレた?
「ミモザラットナコムエヒナ」
「モヨナヘコタスミモザラッ」
あれ、この2人の会話のなかのミモザラってライオンに食べられる前に、私が教会で間違えて呼ばれていた名前だよね。
ここはあそことは別の世界じゃないの?だって死んだはずなんだから。
もしかして、実は助けられていたとかなの?
相変わらず言葉がわからないから、情報が入りずらい。
とにかく起きよう。
起きるなら今だ。
決意してから起きるまでやはり時間がかかったが、何とか起きた。
2人の女性が、驚いたような嬉しそうな表情をし、
「ミモザラッ、ホカテノメサナヨヘオナホ」
「ミモザラッケホテタマサチ」
と私に向かい笑顔で話しかけた。
あっ、反応してくれた。良かった。
それにしてもやはりミモザラと呼んでくれているのはわかるが、他に何て言っているかはさっぱりだ。
首を傾げて苦笑いして返してみた。
すると2人とも怒ってしまったのか、顔を赤くして後ろを向いてしまった。
えええええ、何が、そんなに怒らせたの?
私の存在自体が怒られる対象?
もうテンパりすぎててうまく考えられなくなる。
「ナホヤムヌカテノハ」
年配の方の人が若い人に話しかけて、若い人が慌てて部屋を出て行った。
わわ、なんか威厳のあるお婆さんと2人きりになってしまった。
気まずい…
すると、小テーブルの上に置いてあったティーカップにポットの中のものを注ぎこちらに持っきてくれた。
怖い人だと思ったけど、優しい!
警戒してごめんなさいと心のなかで謝罪し、ティーカップを受け取る。
綺麗な模様が入っているティーカップ。
教養のない私にも、このティーカップが高いことがわかる。
そのティーカップの中の茶色い液体から、香ばしい紅茶の香り。
飲んでみると、柑橘系の茶葉なのか程よい酸味と、紅茶独特の渋みが口一杯に広がる。
美味しい…
思わず顔がほころんでしまいながらも、紅茶を最後の一滴まで飲み干した。
飲み終えたカップをお婆さんに手渡したとき、
扉が開く音がした。
さっきの若い方の人が戻ってきたのだろうか?
視線をお婆さんから扉の方へ移すと、そこには…
輝くような白髪に、整った顔立ち、大きな切れ長の瞳はアメジストのような紫。
未だかつて見たことのないような美青年。安易にイケメンと呼んではいけないような気さえする。
まるでガラス細工のような精巧さ。
着ている衣服は、ケープのついたフロックコートは美しいボルドーカラーだ。
まるで王子様のよう。
お婆さんが深くこの美しい人に向かって深くお辞儀をしていた。
見た目通りかなりのお偉い人なんだね。
私もお辞儀した方がいいのだろうか。
ベッドに座っているためお辞儀をしてみてもただ頭を伏せたような風にしかならない
「ネハマナサミヤワ」
「サユマナ、ナカニハミシヤ」
お婆さんの方はこの会話で去っていった。
きっと
「下がっていろ」
「はい、かしこまりました」
みたいな会話だったのかな。
お婆さんが去ってしまったので、今度はこの美青年と2人きりになってしまった。
美青年がベッドの前にあった椅子に腰掛け、私の方を見る。
「カナハチカナヤユサマンホ」
話しかけられたので、思わず伏せていた顔を上げる。
近くで見ても、すごく綺麗な顔。
思わずガン見していると、
「ヌルミ、ミモザノテワワナカマハタヤ?」
質問された。ハテナはやはりわかるんだけど、もちろん答えられないわけで。首を傾げた。
「ニマツサホヌネソヌオナスノワユトノ?」
また質問。やはり首傾げることしかできない
「ナハヤヲカタナハサヤマカタミマザヤヒチヤ?」
また傾げることしか出来ない私。
「ヌキタワユイテヤサナヲカアマハサチラ!?」
ずっと首を傾げるだけの私に痺れを切らしたのか、少し口調が強くなってきている。
無言では切り抜けられなかったか
この方が偉い人なら、この答え方は無礼なのか。
教会の黄色い髪の人は何も喋らない私にあんなにも紳士にしてくれたことを、少し懐かしんだ。
「ア、アイムソゥリィ…」
英語が通じるのかどうかわからないが、世界共通の言語である英語を思わずポツリと呟く。
すると、美青年は自身の首につけていた瞳の色と同じ、紫のアメジストの宝石のネックレスを外し、その石に向けてブツブツと何かを呟いたら、ネックレスのまわり に赤く輝く魔法陣が現れ、石が光りだした。
すご、魔法陣があらわれた!石が光った!
驚きで石をガン見する。
すると急に、魔法陣があらわれるよりも、石が光ることよりも驚くことに、この美しい人が私に抱きついてきた。
目の前に美青年の肩が迫っている。
ああ、なんの匂いかな。爽やかないい香りがする。
首に違和感を感じると、すぐに離れられた。
首元に触れてみると、さっきのネックレスが首にあるのがわかる。
さっき抱きついたのはこれをつけるためだったのか。
まがいなりにも、ネックレスをつけるためにこの美青年に抱きついてもらえたのは、ちょっと嬉しい。得した気分。
「どうだ、通じるか」
この美青年は、今度は穏やかだけどやっぱり強い口調で聞いてきた。
って、
………………ええええっ!
なんで、日本語!
喋れたの!?
私は大きく頷きながら
「え、え、ええ、どうして日本語わかるんですか?」
さっきまで全く聞き取れなかったのが嘘のように通じている。
「ニホンゴ?お前の国の言語か?この魔法は表面的なものだからお前にも効いたのだな」
どうやらこの美青年は日本語を知らないみたいだ。このネックレスのアメジストのような石はいわゆる猫型ロボットで有名な国民的アニメの例のこんにゃくのような効果なのかな。
さっきの石に向かって唱えていたのは、やはり魔法だったのか。
魔法陣が出ていたし。
魔法なんてもちろん生まれて初めて見るから、つい興奮してしまう。
「すごいです!魔法が使えるなんてすごい!魔法って通訳もできるんですね!とにかくすごいです!」
もっぱらすごいとしか言えてないが、もうすごいとしか言いようがないよ。
本当に、すごいんだから。
夢の中では、いつも言葉がわからなかったから、初めて通じた喜びも相まっていたかもしれない。いつもの無口じゃなくなってしまった。
「お前、魔法を知らないのか?
ミモザじゃないのか?」
ミモザ?
ミモザってミモザラと似ている。
語尾にラがついただけだ。
もしかしたらミモザラのラは、様とかそういう意味だったのかな。
ってか、この人もやはりミモザと私を間違えている。
ここはライオンに食べられた所とは違う世界じゃないのかな。
もしかしたら、森の中、気絶してしまった後に彼が助けてくれたのだろうか
色々聞きたいことはあるが、うまく言葉に纏められないから、とりあえずはさっきの質問に答えよう。
「魔法、知らないというか、初めて見ました。
私はミモザではないと思います。髪の色が同じだけなんです」
「…は?
そうか、自覚がないのか。
で、お前自身の名前はわかるのか?」
名前は、小野信子だけど。
信子までは言いたくない。こんなダサい名前は公言したくない。
「小野です」
と、名字だけ教えた。
「オノ?珍しい名だな。
名前はわかるのか。
じゃあオノ、何故森の中にいた?」
森ってことは、やっぱりこの人があのライオンから助けてくれたのかな。
あんな強そうな角の生えたライオンを追い払えるなんて、すごい。
魔法で蹴散らしたのだろうか。
それから何度も質問攻めにあって、此処は私にとって夢の中であることは伏せ、気づいたら森の中にいたていで答えた。
どこから来た?という質問には、夢の反対だから、現実からです。何て言えるはずもなく、よく覚えてないんです。と誤魔化した
「そうか、ハイドの所にいたのか。それでハイドからのあの手紙か」
ハイドさんの所にいた、ということは。
あの黄色い髪の人はハイドさんというのだろうか。
「ハイドさんって、黄色い髪の神父さんですよね」
「ああ、そうだ」
折角、この世界の言葉が通じるようになったのだから、折り入って親切にしてくれたハイドさんにお礼に行けたらいいな。
「ヒース様、そろそろご公務にお戻りになってください」
廊下から、そんな声が聞こえてきた
きっとこの美青年を呼んでいる
この人の名前、ヒースっていうのか。
タイミングが掴めず、なかなか名前を聞くことができなかったものだからやっとこの美青年の名前を知れた
「おい、お前はこの部屋にいろ。それと、この国ではお前はミモザとして扱うからそのつもりで。公務が終わったらまた戻ってくる」
「は、はい。わかりました」
まあ、教会であったように、ミモザと間違えられたし、この夢の世界ではこの方がミモザとして都合がいい、居場所ができるなら小野信子でいるよりもありがたい。
美青年、もといヒースさんが去り、入れ替わるように最初いたお婆さんと、若い女性が入ってきた。
2人して、深々とお辞儀をし始めている。
「改めて、ミモザ様のお世話をさせていただきます、メイド長のモンクです。そして娘の…」
「ステラでごさいます。私も、ミモザ様のお世話をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
ええ、親子だったんだ。すごい年の差にみえるのに。
それにモンクって名前、文句みたい。
「よ、よろしくお願いします」
私もぺこりとお辞儀する
「ミ、ミモザ様!お顔をおあげになってください」
ステラさんがすごく慌てている。
そんな慌てられるようなことじゃないよ。私のほうが明らかに年下だし。
なぜかステラさんと私であわあわしていたら、救済が。
「ステラ、みっともないことはお止めなさい。ミモザ様、ステラが大変失礼いたしました。
早速ですが、ミモザ様のおからだをお流ししたいのですが、宜しいですか?」
おからだをお流しする…
「お風呂ですよね?はい、はいります」
昨日は手拭いで見えるところを軽く拭いただけだから、体の汚れは残っている。
「かしこまりました。準備は出来ておりますのでどうぞこちらへ」
そして、この部屋にある小さな扉の所まで案内された。
どうやらこの部屋の中にお風呂が完備されているらしい。
すごい、ホテルみたい。
モンクさんに扉を開けてもらう。
わあ、紳士。いや、女性だから淑女かな。これもなんか違うな。うん、優しい人だ。
心の中の自問自答。
入ってみると、広い、とても広い円形の浴槽がある。
しかも湯船には花びらが浮かんでいる。
壁にも、花の絵がかかれていて、もうとても、おしゃれ。
するとモンクさんが「失礼いたします」と言って私の着ている泥のついたワンピースを脱がそうとしていた。
「え、あの、何をしているんですか」
「ミモザ様の湯浴みのお手伝いをさせていただきます。何か不手際でも、ございましたでしょうか?」
えっと、それってもしかして洗ってもらうってことだよね。
アニメとか漫画で、お姫様とかお嬢様が使用人に洗ってもらうのは知っているが。
まさしくそれってことだよね。
あれって1人だけが素っ裸で、まわりがみんな服着ているから恥ずかしいだろうなと他人事に思っていたが、まさか自分の身に降りかかるとは思いもよらなかった。
断りたい。でも、使用人が主人の湯浴みを手伝いするのは当然でしょ?という雰囲気に逆らえない。
これは腹をくくるしかないのか?
恥ずかしいな、特に背中なんかは見られるのは嫌だ。
私の背中の悩み。
コンプレックスは、
背中ニキビ。
背中の腰の部分から肩にかけてまんべんなくニキビが広がっている。
もう5年も前からニキビで悩んでいる。
薬を塗ったって、一向に治らない。
もういいや、どうにでもなれ。
醜態をさらすなんて今に始まったことじゃないさ。
まず、自分で洗いますの一言さえも、口ベタすぎて言えないなんて。
抵抗せずにワンピースのボタンをはずしてもらい、脱がされる
なぜか下着はパンツだけはいていて、さすがにそれは自分で脱いだ。
わーわー、背中見ないでー
そこではっとした
横を見たときにいつもは肩のところにニキビがあるのが見えるのだが、それが今は見えない。
見当たらないのだ。
鏡がないから背中は見えないが、手で背中を触ってみてもツルツルしていて、あのニキビのでこぼこが感じられない
もしや、この夢の中の私はニキビがないの?
ヒヤッホー!
と、心の中で大喜びする。
これで心配ごとはなくなった
裸は恥ずかしいが、この2人はどうせこういうことに慣れているだろうから恥ずかしがっても仕方ない、仕方ない。
仕方ないと、心に言い聞かせる
・・・・・
やっぱり恥ずかしいわ
「どうぞ、お湯におつかりください」
促されて、花びらの散らばった湯に入ると、花の甘い香りがする。
いつものお風呂は、シャワーを浴びてから湯船に入るから、最初から湯船に浸かるのは何だか新鮮だ。
湯船に浸かりながら、モンクさんに髪を洗ってもらう。
ステラさんはお盆を持っていて、その上に液体の入った瓶がいくつかのっていた。
シャンプーが入っているのかな。
他人に髪を洗ってもらうのって、美容院みたいだな。さすがメイド長と言うべきか、とても優しく気持ちよく洗ってくれて、私の頭皮も喜んでいることだろう。
「お顔をお洗いいたしますので、痛むかもしれませんが額のガーゼをはずしますね」
額のガーゼ?そんなのつけてたの?そんなところに怪我なんてしてたっけ?
じわじわと角のあるライオンが思い出される。
確かあの時、木にでこぶつけて気絶したんだっけか。
あのときか…
傷を認知したらだんだんおでこが痛くなってきた。
傷にしみながらおでこを洗い、次は体。
くすぐったさに耐えながらも、ピカピカに洗い上げてもらった。
ああー、恥ずかしかった
風呂からあがり、綺麗なブルーのグラデーションのドレスに着替えた。
お風呂あがりに、ドレスだなんて。ドレスすら七五三でしか着たことがないのに。
乙女の憧れのドレスを着れて、テンションが少し上がる。
靴もドレスと同じブルーのヒール
まるでお姫様になった気分だ。
写メを撮りたいが、もちろんスマホがない。
「このような仕上がりでごさいます。ミモザ様は、大変お美しいのでブルーのドレスもよくお似合いになっていますね」
ステラさんがお世辞を言って、姿見(鏡)を持ってきてくれた。
んもう、そんなに誉めたって何も出ないわよ。と、心の中でおばさんのように返す。
姿見は、縁が凝ったデザインで高級感溢れている。実際に高級なんだろう。
鏡にうつる私は、綺麗なグラデーションのブルーのドレスを身に纏っているのだが。
ここに来て1番驚いた
顔が、
私のものではなかった
鏡にうつる私は、あの平安美人ののっぺり顔ではなく
そう、あの教会でみたミモザの銅像のような、美しく整った顔。
いや、ミモザそのものだった