ひまつぶし
図書館の窓から見える外の景色は、一面の灰色だ。
天からは無数の糸が垂れさがり、大地を優しく叩いている。
「アンニュイだよねっ」
「うん、いきなり何言いだすの?」
「今の私たち、いず、あんにゅい」
「わかったから明日の英語の宿題、早く写してくれる?」
「飽きた」
「帰るよっ?」
「いやいや、ちょっとお待ちなさいな、お嬢さん」
「指振るな。あとお嬢さんにお嬢さん言われるとちょっとイラっとするからやめれ」
女生徒二人、傘を忘れたので雨宿りも兼ねて宿題を片付け中。
「こういう時はさ、静かな雨音でも聞きながらしっとりとした話でアンニュイを楽しむのが淑女の嗜みだと思いませんか?」
「またもっともらしいことを……」
「まぁまぁ、宿題は後でちゃんと写すから」
「できれば自分でやって欲しいんですけど?」
「え、帰りたくないのっ?」
「よしわかった。わかったから早く話を終わらせて写そうか!」
「それでは今回のテーマはコレっ、こんな彼氏はイヤすぎる選手権開催!」
「うん、アンニュイが行方不明だね」
「ヤツは実家に帰りました!」
「うんまぁ、そりゃ呆れるだろうけどさ」
「こっちから捨ててやったっての」
「ダメな旦那かっ」
「いやいや、彼氏の話ね」
腕を組み、わざとらしく表情を改めて続ける。
「私たちもホラ、花も恥じらう乙女的なお年頃になってきたワケですよ」
「その台詞が既に恥ずかしいんですけど」
「ジョシコーセーだよ、ジョシコーセー!」
「連呼しない」
「ジョシコーセーといえばさ、下着とか体操服が高く売れるんだよっ」
「何の主張っ?」
「そんな私たちに相応しい恋や彼氏というものがあるべきだと、そうは思わないかね?」
「うん、まぁ、かっこいい彼氏が欲しくないかと言われれば欲しいけど」
「かっこいいってアンタ……」
抹茶と思って青汁をかけてしまったカキ氷を一気食いしてしまったかのような顔をする。
「なによ?」
「相手の顔しか見てないとか、サイテーだよ!」
「いや別に、顔しか見てないってわけじゃ――」
「ちゃんと貯金もチェックすること!」
「お前がサイテーだよっ!」
「まぁ冗談はさておき」
真顔で咳払いを一つ。
「実際のところどーよ。こんな彼氏はイヤだなーっての、一つくらいあるでしょ?」
「うーん、そうだなぁ……。お店で暴言吐いたりとか、ちょっと乱暴な感じの人なんかは、遠慮したいかな」
「…………」
「な、何よ、その酸っぱい顔」
「温いね」
「温いって何がっ」
「アンタそれ、現役アイドルクラスの超絶イケメンだったら許しちゃう程度のイヤっぷりでしょ?」
「いやまぁ、色々と程度によるとは思うけど」
ブサメンならビーストでも、イケメンならワイルドである。
「それってつまり、大したイヤっぷりじゃないってことじゃない!」
「いや、そんなドヤ顔されても」
大きな溜め息と共に、改めて言葉を返す。
「じゃあ、アンタならどんな彼氏ならイヤだっての?」
「よく聞いてくれたね、マダム」
「既婚者にすんなっ」
「私が、例え全盛期の石原裕次郎だったとしてもお断りする彼氏とはっ」
「趣味が渋いな、おい」
渋いというか古い。
「這いずり回った跡が粘液でベタベタする系男子にけってーい!」
「うんちょっと待って」
「え、異議あり?」
「異議って言うか何て言うか」
「結構好みなの?」
「んなワケあるかい!」
ナメクジ大好き少女とかならワンチャン。
「じゃあ何が不満なのさ?」
「いやだって、そんな人居なくない?」
「人んちの兄を亡き者にするとは、なかなか辛辣じゃないかね」
「あ、ゴメン。って兄? お兄さん?」
「アレが彼氏はないなぁ、うん。まぁ家族補正も少しはあるだろうけど」
「いや家族補正とかいらないでしょ」
「まぁ兄だから我慢してる部分はあるね」
「思ったより優しい子だね、アンタ」
「今頃気づいたのかね。お嬢さん」
「あー、このお調子乗りなところがなかったらなー」
友人としては大変残念でならないところである。
「というかさ、そのお兄さんって人間?」
「…………」
「あ、いや別に悪い意味で聞いたんじゃなくてさ。素直に率直に何というか人として心配になったから聞いてみたんだけど――」
「ギリギリかな」
「あ、ギリギリなんだ」
「うん、ギリギリ人類とは言えないね」
「あ、外れてるのね」
ちょっとホッとする友人に、首を傾げる。
そのまま少し考えてから、大きく頷いた。
「……なるほど」
「何がなるほど?」
「よしわかった。今度の日曜日に待ち合わせしよう」
「うんゴメン。何の話?」
「大丈夫、ちゃんとお兄ちゃん紹介するから」
「何を納得したのっ?」
「心配しないで。ベトベトするけど店員さんに暴言とか吐かないから。ベトベトするけど腰は低いから」
「それ以前の話だよっ」
「価値観の違いは直接話し合って擦り合わせるしかないって」
「種の違いだよ!」
「…………」
「……何で黙った?」
「ナイスツッコミ」
「うるさいわっ!」
後日、めちゃくちゃ塩を撒いた。