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満月の輝く夜に  作者: 剛田豪
第三章 十六夜
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待ち人

「ほう、思いの外、早かったね」

 益田神父は、将門塚へ合わせた手を解きながら、背後に立つ二人の男を見た。

 オフィス街の喧噪も内堀通りの渋滞も無縁なこの日、ビルの谷間にひっそりと佇む鎮魂碑は、先程までの雨に洗われたまま濡れていた。

 月夜の狂気や安息日の譫妄せんもうなど他事たじだと言わんばかりに鎮座する「中心点」。この小さな虫喰いのような地で、かつての反逆者は「彼」を待っていた。


 益田は、蹲踞そんきょの姿勢から立ち上がりやおら振り返ると、金髪ブロンドの男へ言葉を掛けた。

「あまり時間が無いので助かるよ、ルシファー君」

「そりゃ、どうも」

 サングラスのブリッジ部分を押さえ不敵に謝意を表す男。彼の隣には平井ひらいのぞむの姿があった。

「あんた、ルシファーってゆうのか」

「うん・・・まぁ、芸名?かな、コンビ名みたいな・・・」

「なんだそりゃ、お笑い芸人かよ」

「漫才なら僕はウナズキ担当だね」

「ボケでもツッコミでもねーのかよ」

「僕には、笑いのセンスが無くてね・・・それは、さておき・・・」

 両手で髪を後ろに掻き上げルシファーは言った。

「自ら投降してくるとは、中々殊勝な心掛けだね益田神父、いやさ、天草四郎時貞」

「おい、天草四郎って・・・」

「私の芸名だよ、平井希君」

 そう言った後、益田は穏やかな表情を少し緩めた。

「えっ?なんで俺の名を・・・どっかで、会ったっけ?」

「いや、君とは初対面だよ。だが、私は君に謝罪せねばならん」

「謝罪?」

「ああ、私は君や君の御家族に多大なる御迷惑をお掛けした」

「あんたが?」

「本当に申し訳ない」

 深々と頭を下げる益田に今一つ合点がいかない希であったが、ふと自分たちの本来の目的を思い出した。

「あ、俺の事はいいからよ、本郷に・・・」

 希の言葉を遮りルシファーと呼ばれた男が間に割って入る。

「ちょっと、ちょっと、遠い親戚同士の挨拶みたいのやめてよ、バトル展開突入の流れだったでしょうが」

「バトルって・・・相変わらず物騒な奴だな」

「この男はね『A12』ってゆうアブナイ奴なのよ」

 眼前で両の手をしかと組み手首をくねくねと回しながらサングラスの男は続けた。

「だから、ここで身柄を確保するのが僕の仕事なワケ」

「A12?なんだそりゃ、肉の等級か?」

「フッ・・・まぁ、オイシイってのは間違いないね」

 軽口男が今度は首を左右に倒しコキコキと鳴らしていると、その背後から笑い声がした。

「はっはっは、サングラス野郎が大挙して周り囲んでるぞ」

 Tシャツ姿の大男は、その太い腕で頭を掻きながら希たちの横を通り過ぎる。それは声が聞こえた後の一瞬の出来事であった。ゆっくりな歩様にも拘わらず、振り向く間も無く、気配すら感じさせなかった男の動作に希は驚いた。そして、自分の隣にいる外国人も同様に驚愕していると彼の表情から察した。

 立ち尽くす二人を尻目に体躯の良い男は細身のスタンドカラーの青年に笑う。

「さっきまでは気配だけで姿は見えなかったんだが、もうあからさまっていうか・・・」

 数歩行ったところで足を止め希たちに気が付いた様子で男は振り向いた。

「あ、すまん、邪魔したかな?」

 ニヤリと笑う大男。ルシファーと呼ばれた外国人は笑みも無く彼に応える。

「お気になさらずに」

「そうか・・・」

 そう言って少し涼し気な目をした後、太い首を傾け男は訊いた。

「なぁ、益田神父、この若者がアレか?」

「ああ、さっき話した子だよ」

「ほう・・・」

 益田の答えに合点し、何か嬉しそうに男は二人に歩み寄る。

「そうか、君が噂の・・・」

 大男は屈託のない笑顔で訊いた。

「平井希君か?」

「へ?・・・俺?」


 平井希がきょとんと首を傾げている時、本郷ほんごうかなたはボルボの後部座席にいた。ここへ到着してすぐ、あの背の高い黒人にシボレーからこちらへ移されたのだ。

 首塚の入口付近に停められたS80、隣の席では隼田が外の様子を窺っている。

 人目を惹く屈強そうなスーツ姿の外国人たちの人数が明らかに増えていた。麻布の教会から同行していた男たちに加え倍以上の数だ。日曜日とはいえこんな都心の真ん中で大仰過ぎるのではないか?ここに何があると言うのだ?この将門塚に誰がいるのだろうか?

 現状を把握すべく思考を巡らしていた理事長であったが、ふと隣に座る教え子の異変に気付いた。

 楷木高生徒会長の顔色は蒼白で、目は遠く一点を見つめるように見開いているではないか。

「本郷君・・・大丈夫かね?」

 問いかけに反応しない本郷の肩にそっと手を置き、少し強い口調で隼田は再び彼の名を呼んだ。

「本郷君」

 理事長の呼びかけに「はっ」と我に返る少年。

「理事長・・・」

「気分でも優れないのかね?」

「いえ・・・その・・・います」

「いる?何がいるのかな?」

「奴が・・・益田が、そこにいます」

「益田神父が?」

「ええ・・・金髪の男は益田に会う為にここへ・・・」

「何故?解るのかね?」

「今、益田が僕に・・・その、話しかけて来たんです」

「なんだって?」

「何と言うか・・・脳というか、僕の意識に直接語りかけて来たような」

 非現実的なモノに携わる組織の統括委員という立場であっても、精神感応テレパシー遠隔透視リモートビューイングなどの実体験が隼田には無かった。それでも理事長は自校の生徒へ穏やかに問いかける。

「それで、彼は何を語ったのかね?」

「その・・・奴は、益田神父は佑衣を救ってくれるそうです・・・」

 益田神父というワードに未だ聖ジェローム教会で対峙した男のイメージを思い描いてしまう隼田であったが、言葉を選び話の内容を慎重に整理して伝えようとする学園の秀才の話を黙って聞いていた。

「あと・・・佑衣に、意識の戻った佑衣に話を聞けば誤解は解けるとも・・・」

「そうか・・・」

 隼田はあの古い白黒写真の中央に映っていた青年を想起し益田という男が何者なのかを無言で考察していた。すると、それに呼応するかのように本郷が言葉を発した。

「天草四郎・・・そう言った方が通りが良いと言っていました」

 隼田は黙ったまま彼を凝視して固まった、

 偶然なのだろうか?それとも表情や話の流れから察してそう答えたのか?間違いなく声に出していない疑問へまるで会話のようにスムーズに返答されてしまったのだ。

 だが、何よりも驚いたのはその固有名詞であり、少年の発した名に背筋を凍らせていた。

 僅かに前へ乗り出してしまった体から力が抜けて行くように、隼田はシートへ背を預け言葉を漏らした。

「なんて事だ・・・」


 学園の理事長が珍しく動揺を顕にしている時、希は後退りしながら不平を吐いていた。

「おいおい!白昼堂々素人相手にゴロ巻いてんじゃねーよ!」

 益田神父の連れの大男がオーソドックススタイルの構えから希にジャブを繰り出している。

「素人?学生時代はヤンチャだったって聞いてるぞ」

 笑いながら軽やかにステップを踏み攻撃する男。

 対して希はスウェーとベタ足で追撃を躱す。

「ヤンチャでもボクシング経験は、ねぇーつーの!」

「ボクシングならこっちも素人だぞ」

 鋭いフックが空を切った後、男の足が大きく弧を描き希を襲った。

「今度はカポエイラかよ!」

 持ち前の反射神経で避けたものの連続して繰り出された蹴りは手でガードせざるを得なかった。

「くそっ、でけぇがたいのくせして、身軽かよ」

 文句を言いながら希はなんとか男の攻撃を凌いだ。

 連続技コンボを終え男はその場でトントンとステップして笑っていたが、ふぅと息を吐くと踵を地に着け頭を振った。

「やっぱ付け焼刃は駄目だな、目が回ったぞ」

 ガハハと笑う男に希は未だ身構えたまま賛辞を贈る。

「いやいや、十分『見事な攻撃だ』だぜ」

「そっか、ありがとよ坊主」

 大男は肩を大きく回しながら、またあの屈託のない笑顔を見せ言葉を続けた。

「お前さんも中々良い筋してんぞ。だが何故反撃しない?」

「あん?ああ、今日はよ、朝っぱらからジジイやチャラ男に負けて説教まで喰らっちゃってさ」

「説教?」

「ああ、暴力論?的なヤツさ」

「ほう・・・糞詰まりみたいな面してるのはそのせいか」

「誰がフン詰まりだ!」

 怒る希にガハハと笑うと男は腰に手を充てて言った。

「よし、小僧、一発殴らせてやろう」

 どこか嬉しそうな笑みを浮かべる男に対し希は引いていた。

「いや、いいって・・・」

 遠慮する青年に対し男はカモンと両手でポーズする。

「いいってば」

「よし、わかった、じゃあ、これを撃ち抜いてみろ」

 そう言って男は右手を広げて掲げると、その眼差しから笑みを消した。

 その真剣な表情に「ふぅ」と希は溜息をつく。

「怪我しても知らねーぞ」

 文句を言いながら両の拳を上げ構える希、その瞳が鋭く輝いた瞬間男が言葉を発した。

「本気でやれよ」

 重く響く男の声を掻き消すようにパシンという音が鳴り、掲げられた分厚い掌が弾かれた。

 と同時に、大男の左の手刀が希の後頭部を叩いた。

 希は拳を繰り出したままの体制でちらりと男を見遣る。驚愕を纏いながらも、その眼差しはしかと男を捉えていた。

「あ、すまん」

 思わず反撃してしまった事に男は謝意を示した。だがそれは青年の視線に畏怖したからではない。彼が真に恐怖を感じたのはその拳が撃ち抜かれるほんの僅か前、希のストレートが放たれた刹那の事であった。

「あんた、一体、何者だ?」

 体制そのままで発した質問は、希には珍しい小さな声だった。

「俺は・・・」と言葉を詰まらせた後、男の顔は氷解して行くかのように綻んだ。

 大男は子供のように無邪気に笑い言った。

「わしの本業は『やっとう』じゃ」

「やっとう?」

 昔どこかで見聞きした事があるかもしれない単語を希が脳内検索していると男に声が掛かった。

「先生、すまないが時間だ」

 益田神父だった。

「おお、わかった」

 涼し気な顔の益田に答える大男。希はまた彼に訊く。

「先生って?あんた本当に何なんだ?」

「じゃから、わしは『やっとう』の師範じゃ」

「だから、やっとうって・・・」

 希の言葉を遮り男はまた子供の様に言った。

「おぬし、わしの弟子になれ」

「はぁ?なんだそりゃ?てか、あんた変だぞ、急に口調が変わったつーか・・・」

 希が男へ疑義の念を呈しているとキーンという耳鳴りと共に周囲が瞬時に暗くなった。

「記憶の混乱だよ」

 漆黒の闇の中で益田神父の声が響く。

「なんだこれ?」

「君の心に直接・・・」

 希の中で益田の声が遠ざかるように薄らいで行く。そして、その代わりに思念が直接波の如く伝わっって来た。

  前世の記憶を取り戻した者たちの事。

  父、ひとしの事。

  一文字いちもんじ佑衣ゆいの事。

  狼事件の事。

 様々な事柄が五感を越えてダイレクトに希へ伝搬した。理解するしないというのではなく認識が心に刻まれるようであった。

「おいおい、待てよ!これじゃ洗脳じゃねーか!」

 暗闇の中で希が抗うと眼前に益田神父が姿を現した。

「ああ、すまない。そんなつもりではないのだよ」

「てめえ・・・」

「もちろん、君の意見は尊重するよ、これらはただの事実だ」

 益田がそう言うとその姿が遠退いて行った。

「ちょ、待てよ!」

 希の叫びも及ばず彼の姿は暗闇の中に消えた。そして、不意にあの大男の笑顔が映し出された。

「わしの名は辯助べんのすけじゃ」


「べんのすけ・・・」

 そう呟く希の周囲は明るさを取り戻し、雑多な音が耳に届き始める。

 まだ首塚の前に立っていたが、大男や益田の姿は既に無かった。

「なんだよ、今の・・・」 

 両手で顔をパンパンと叩くと希は傍らに立つ人物に気付いた。

 うつむき加減で佇む男に青年は声を掛ける。

「えっと、ルシファーだったっけ、あんたもやられたのか?あの精神攻撃みたいなやつ」

「はぃ?何それ?」

「いや、バトるとか言ってたじゃん」

「んと・・・そんなレベルじゃなかったよ・・・」

「へぇ・・・」

「てゆーか、まだ居たの?君」

「はぁ?てめぇが拉致ったんじゃねーか」

「そっか、もういいよ帰って、下に停まってるボルボでお友達が待ってるから」

「なんなんだよ!ったく・・・じゃぁ、帰るかんな!」

 呆れ気味に憤慨しながら場を去る希を無表情で見送ると金髪の男は背伸びをしながら呟いた。

「さて、うちらも撤収しますか・・・」

 耳に手を充てインカムで配下の者たちへ指示を出しながら、男は思う。

「出直し・・・というより、もうヤツをぶつけるしかないかな・・・」

 天を仰ぎ男は深く溜息をついた。

「あの、ヴァンパイアを・・・」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です~ [気になる点] バトるのかい?バトらないのかい? ドッチ?? [一言] ルシファ~!! こっちにも居たけど。 やはり損な人だったのか・・・ねぇ? こつこつの更新で…
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