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満月の輝く夜に  作者: 剛田豪
第一章 月不見月
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新風紀委員は黒髪ロングの美少女

 放課後、竜造寺瞳子りゅうぞうじひとみこは校内のミーティングルームの末席に座っていた。

 図書室の隣にある教室の半分程度の広さの細長い部屋には縦長のテーブルがあり、両側に十脚程度の事務椅子が並んでいる。生徒会役員を含む各委員会の十数名の生徒達が席に着き、話をしながら会議の開始を待っていた。


「みなさん、本日は急な呼び出しにもかかわらず集まっていただき、誠にありがとうございます」

 テーブルの一番奥に座る生徒会長の本郷ほんごうの挨拶で会議が始まった。

「本日皆に集まってもらったのは、副会長から緊急の議案が提出されたためであり、ここからは一文字いちもんじ君よりその議案について話してもらおうと思います」

 そう言うと、三年生トップの成績を有する男子生徒は、横に座っている眼鏡をかけた女子に発言を促した。

「はい。緊急の議案というのは、一年二組のタロ・トランシルバニア君の件です」

 生徒会副会長の一文字は、タロの学内における態度や振る舞いについての問題点を指摘し、それに対し教師達も手を焼いている事を述べた。

「また、一部の心無い生徒達は彼について、ネット上で根も葉もない噂を含め破廉恥な書き込み等を行っており、学内の風紀が乱れ始めています。これは由々しき問題です。我々生徒の代表である生徒会としては何らかの手を打つべきだと思います」


 議案の一通りの説明を終えると利発そうな三年の女子生徒は手にしたファイルを閉じ椅子に座った。それを見届けて、会長が口火を切った。

「うん。確かに、彼、トランシルバニア君に対しての噂話の広がり方は、看過できない所まで来ているように思えます。特にネット上で・・・人の口に戸は立てられない。とは言うが、ネットに於けるこれらの噂に関しては放置しておくのも好ましくない。学外にもすでに飛び火しているようだし・・・ネット上の書き込み等については、専門家である風見かざみ君にお願いしてもいいかな?」

 そう言って生徒会長が目配せをすると、書記の男子生徒はノートパソコンのキーボードを叩きながらニヤッと笑ってうなずいた。

「では、よろしく頼むよ。さて、当人のトランシルバニア君に対してだが、彼は帰国子女で、まだ日本の風習に慣れていないらしい。また、聞くところによると学園生活というものを今まで経験した事が無いようだ。あくまで私見だが、ここは穏便に彼を導いてあげるのが良いかとは思うのだが・・・何か、良い案がある人はいるかな?」

 会議の参加者達が個々に会話し始め卓上は少しざわつき出した。

「意見のある方は、挙手して発言してください」

 副会長が皆を制した。そして、それをまた収めるように会長がにこやかに言った。

「まぁ、僕も生徒が生徒に指導するというのは、実におこがましい話だと思う。だからと言ってただ手をこまねいている訳にもいかない。竜造寺君、君は彼と同じクラスだよね。クラスメイトとしての意見を聞きたいな。生徒会に入ってまだ間も無いからといって遠慮しなくていいよ」

 促された瞳子は凛とした面持ちで立ち上がった。

「はい、確かに彼の振る舞いは好ましいものとは思えません。クラスメイトとしても、また、風紀委員としてもです。立場云々ではなく、私は一生徒として彼に自分の意見を伝えようとも考えました。しかし、それで状況が改善するのかと自問したのですが、問題解決に逆効果である可能性も否定できず、行動を躊躇しているところです」

 澱みのない視線を向けて発言する風紀委員を会長は顔の前で手を組み見つめていた。


「すでに先生方が試されたかもしれませんが、彼と面談し意見を聞くのも・・・」

 瞳子は思わず発言を中断してしまった。

 それというのも、ごついレンズの一眼レフカメラが彼女の正面で連写音を鳴らしていたからである。

「あの」

 嬉々としてシャッターを押し続けるカメラマンに風紀委員は涼しげなまま声をかけた。

「あ、お気になさらず、続けてください。竜造寺氏。」

 ファインダー越しに書記の風間が答えた。

「う~ん、いいねぇ、うん、うん、もう少しイラついた表情を頂いても可ですよ」

「いえ、発言しにくいのですが」

 表情も声のトーンも変えずに被写体にされた一年女子は言った。

「う~ん、惜しむらくは、レフ板が欲しいところですが・・・ああ、申し訳ござらぬ竜造寺氏。記録でございますゆえ」

「はぁ、記録ですか」

 瞳子は動ぜずに聞き返した。

「ええ、生徒会新メンバーの・・・う~ん、その表情もいいですねぇ、えっと、新風紀委員のお姿をですね、本日の会議の記録として、おお、生徒会広報に大々的に載せるというのもありですかね」

 シャッターから指を離さないまま風間は答えていた。

「ですが、もう十分撮られたのではないですか?」

「いえいえ、まだまだ」

 冷静な瞳子も思わず少しだけ困り顔になったが、それはカメラマンを大いに喜ばせてしまった。


「風間君」

 女子の怒りを帯びた低いトーンで副会長の一文字が割って入った。

「進行の妨げになりますから、そろそろ・・・」

 女史の眼鏡の奥で眼光が鋭く光る。

「はいはい、わかりました。ではこれで・・・」

 と言いながらも数秒連写音を鳴らしてから風間は席に戻った。彼のノートPCの画面の片隅には瞳子を捉えた外付けカメラの映像が映し出されていた。

「うむ、ファンクラブ発足は必至なりね」

 『REC』の文字が点滅するウインドウを眺めて風間はにやりと笑った。


 生徒会書記の下劣な笑みとささやかな策謀にも気付かず、瞳子は意見陳述を再開した。

 いくつかの方策案とクラス内の現状、流布されている噂との差異など、客観的な事象の報告も併せて風紀委員の発言は終了した。

 会長がそれに対しての謝辞を述べ、その後、何人かの生徒が発言し、それに対して意見が交わされたが、結論といったものは出なかった。

 会議を閉めるべく本郷生徒会長が発言した。

「正直、デリケートな問題でもある。一朝一夕で答えの出る問題でもないだろう。この議案は継続審議という事で、各自考量しておいて欲しい。生徒会としては差し当たり先生方や一年二組のクラス委員長の平井君を交えて対応を協議したいと思う。何か、意見、異議のある方はいますか?」

「異議なし」と数人の生徒が発言し、他の生徒は沈黙で同意した。

「これでいいかな?」

「はい」

 生徒会長の言葉に副会長がうなずいた。

「では、本日は解散です。ご苦労様」

 本郷が会議の終わりを告げると、参加していた生徒たちは席を立った。


 会議の間凛とした姿勢を崩すことなく背筋を伸ばした美しい姿勢で座っていた瞳子も離席した。ミーティングルームを出て行こうとする一年生を会長が呼び止めた。

「竜造寺君・・・」

「はい」

 振り向く瞳子に本郷は笑顔で続けた。

「すまないね。君にこんな子供の遊びのようなものに付き合わせて」

「いえ、そんな事は。子供の遊びだなんて、私は・・・」

「おままごとさ、君の、いや、君たち竜造寺一門の仕事に比べれば・・・」

 本郷の言葉に竜造寺瞳子の表情はあからさまに変わった。

「会長・・・あなた一体・・・」

 瞳子の動揺を尻目に笑顔を崩さぬまま本郷は言った。

「安心してくれ、おままごとだとしても、黒洲の者に手を出せとは言わないから」

 無言のまま自分に対峙する瞳子の肩を軽くたたくと笑顔のまま本郷は部屋を出て行った。

 長い黒髪が鮮やかな痩身の少女はめずらしく動揺していた。

 しばらくの間去りゆく生徒会長の背中を見つめ立ち尽くしてしまった。


「あなたは、私の何を知っているというの・・・」


 


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