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満月の輝く夜に  作者: 剛田豪
第二章 月長石
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望、走る。

 平井ひらいのぞみは走っていた。

 根木ねぎ神社じんじゃへ向かって、夜の街を。

 満月を背に、スマートフォンを握りしめて。

「で、まだ真っすぐでいいの?」

 息も切らさず話しかける。大きく前後に振る手で光る携帯電話の画面へ向かって。

『ええ、そのまま道なりでいいわ』

 スマホからは矢追やおいそらの声が流れる。

『さすが姫、速いわね。そのペースなら、二分十八秒で到着よ』

「そりゃどーも、てーか、アンタどこにいんのよ?」

『そうね、乗り物の中・・・かしら』

「乗り物?あの無駄にでっかいリムジン?」

『う~ん、近いけど、もう少し大きいかしら・・・』

「なにそれ?トラックかなんか?」

『まぁ、大きさはそんな所ね、ウフフ』

「で、そのトラックから、みんなの行動を観てるってーの?」

『観ているというより、【俯瞰している】かしら』

「ふかん?」

『上から全員の動向を把握しているの。サッカーの試合をドローンで観ているようなものよ。もっとも、遥か上空からだけど』

「だから、どうやったら、そんな事が・・・」

『あ、姫、次を右ね』

「はい、はい!」

 平井望は、少し不満そうな顔で駆け抜けて往く。

 神社へ向かって、住宅街の細い道を、アスリートのように力強く・・・



 数分前の出来事だった。

 廃校の屋上で望とタロの携帯が同時に鳴り、少年の血だらけの手でタップされた画面に少女のアバターが現れたのは。

 縦巻カールの黒髪に可愛らしい顔をしたCGアニメーション、黒い日傘をクルクルと回す矢追宙のデフォルメキャラだった。

『どうやら、【姫解放ミッション】は、成功した様ね』

 二頭身のアバターが矢追の声に合わせて瞬きをし表情を変える。

「ずっと覗いてたのか?ゴスロリ」

 スマホを握った手をだらりと地面に置きながら、溜息をつくように話すタロ。

『あらあら、王の血筋が傷々いたいたしいわねミーシャ、いえ、【脱ミーシャ】かしら?』

「ふん、高みの見物決め込みやがって、良い身分じゃねーか、エセ宇宙人」

『そういえば、貴方とは【はじめまして】になるのかしら?こちらの不良人格の方は何と呼べば良いの?クソヴァンパイア』

「何でもいいさ、『ターちゃん』とでも呼ぶか?ははは!」

 タロの笑いに連られて矢追が『ほほほ』と笑うと、2DのPPM部長も頬へ手を添え笑顔になった。

「しかし、何処で観ているのか知らねえが・・・」

 そう言いながら、何かを取り出そうとポケットに手を入れるタロ。すると、矢追がその動作の完了を待たずに先んじる。

『そう、その御札おふだに仕掛けがあるの』

 矢追の説明が終わった後に取り出した神社のふだを眺めるタロの傍らで、望が携帯電話を持ち怪訝な顔をする。

「その紙きれが一体何だってゆうの?」

「神田の神社で受け取った紙なんだが、コイツのお陰でゴスロリ星人はここにいる連中の心が読めるらしい」

「なにそれ?それも、『おんみゅーどー』とかいう魔法みたいなワザ?」

『ふふ、陰陽道ではないわ。そうねぇ、貴方達に解り易く説明するならば、【量子もつれ】みたいなものかしらね』

「りょーし?」

『ああ、魚を捕る漁師さんじゃないわよ、姫』

「・・・」

「量子もつれを通信に応用する技術か?」

『正確には違うけど、地球人のレベルで話すとそんな所かしらね』

「なんなのよ・・・」

 矢追の話す内容が全く理解できない望は、苛立ちながらスマホの画面で日傘を回すアバターを睨みつけた。


「そんな事より、部長、アンタ今どこに・・・」

 望が矢追に居場所を問いただそうとした時、彼女の後ろで瞳子が声を荒げた。

「何だと!誰の指示だ」

 少女が手に持つ軍用のトランシーバーから、ザーという短いノイズの後に男の声が流れる。

『あなたの指示を、ウェブ経由で受けました』

「私の指示・・・だと・・・」

 呆然とした表情を打ち消すように、瞳子は一度目を閉じ、それをゆっくりと開いて無線機のボタンを押した。

「わかった。命令はホールド、以上だ」

『命令はホールド、了解。オーバー』

 先程より少し長いノイズ音が響く通信機を力無く膝の上へ置く瞳子。虚し気な無力感を漂わせる親友に望は声を掛ける。

「ミコ・・・どうしたの?」

「我が一門の人間が根木神社から撤収した・・・結界を維持する者も含めて・・・」

「え?」

「私の指示で、全員丸の内にいるそうだ・・・」

 悪夢から目覚めたばかりのような表情の瞳子と、それを心配そうに見つめる望。二人の少女を少し離れた場所で傍観していた谷田部やたべ奈菜恵ななえは、彼女たちの会話から状況を推察する。

「これは・・・」

『メイドさんの考えが正しいわ』

 望のスマホから流れる矢追の声と共に、画面のアバターが動いた。

「なに?どういうこと?」

 怒り気味の口調で訊く望に矢追は答える。

『トップダウンの指示系統を逆手に取ったトラップ、まんまと竜造寺一門が罠に嵌まったって事よ』

「罠?」

『そう、敵の罠』

「敵って、誰なの?」

『神社に狼を向かわせた輩、姫のパパに呪いをかけた連中よ』

「だから誰なのよ」

『さて?誰なのかしら、貴女が根木神社へ行って直接確かめたらどう?』

「そうね、アタシが行く、アタシが狼を止める」

 スイッチが入ったように瞳に闘志をみなぎらせる望。

 それに呼応して親友も立ち上がる。

「ゾミ、一人では危険だ、私も行くぞ」

「ミコ・・・」

 瞳子を見つめ望はその肩を両手で掴んだ。

「ありがとう、でも、ミコは そいつの面倒を見てあげて」

 望の目線は、瞳子の足元、地に伏し気絶している氏原に向けられていた。

「しかし、この状況は私にも責任が」

 抗おうとする親友に望は優しく笑った。

「大切な人を守ってあげて。任務とか責任なんかより、ずっと大事だとアタシは思うよ」

「ゾミ・・・」

 望を見つめる瞳子の顔は、少しだけ赤く染まってから氏原へ優しく向けられた。


「ミコ、アタシは一人でも大丈夫だから」

 活気に満ちた望の顔を見上げてタロがぼやいた。

「くっそぉ。血だ、血が足んねぇ・・・これじゃ、起き上がる事もできねぇ」

 体に力が入らない様子で少年は、また地面に這いつくばった。

「タロ・・・アンタ、アタシに任せるって言ったじゃない」

「でもよう、やっぱ、お前一人で行かせる訳には・・・」

『一人じゃないわよ』

 二人の会話に割って入るように矢追が言う。

『イアンと右蘭うらんが根木神社にいるわ』

「イアン君と右蘭が?」

『ええ、結界を解いたのは右蘭なの』

「結界を解いた?だと・・・」

 スマホから聞こえてくる言葉を俄かに信じられない様子の瞳子に矢追が言う。

『あれは対人用の結界なんでしょう、竜造寺家の御令嬢』

 無言のまま望の携帯を見据え瞳子は思った。

(あの結界は、人だけではなく他の生き物も寄せ付けないものだ)

『右蘭はPPMうちの秘密兵器、魂を持たないスーパーロボットなの。だから、対生物用の結界なんて簡単に破れるのよ』

 瞳子は、望やタロが経験済みのあの不思議な感覚、心を覗かれているような気持ちを、この時初めて体感した。

『でもね、ちょっと苦戦しているみたい』

 アバターが残念そうな表情に変わったものの、危機感のうかがえない矢追に望は訊いた。

「苦戦?何に?」

『土や葉っぱに・・・』

「はぁ?なにそれ?」

『人や動物の形で襲ってくるそうよ、木の葉や土が』

「それは!」スマホの音声に表情を曇らせる瞳子。

 その思考を読み取って矢追は言う。

『ふ~ん、そうなの。貴女の親友に教えてあげてくれないかしら、お嬢』

 矢追の言葉を受け、瞳子を見つめる望。

 親友の目を見据え陰陽師の少女は、何かを悟ったかのような面持ちで語った。

土塊つちくれ人形。修験者の使う術だ」



 平井望は走っている。

 夜中の住宅街を、路地のような狭いみちを。

 そして、彼女の行く手に立ち塞がる黒と黄色のバリケード。

「ちょっと、部長、『迂回』って書いてあるけど?また、工事中なんですけど!」

『凄いわね姫、その距離であの文字が読めるなんて』

「アタシ、視力は良いのよ。てか、どーすんのよ?」

『狼の夜目、恐るべしね・・・』

「だから、そんな事は、どーでもいいから!どーすんの?」

『強行突破ね』

「工事のオジサンに怒られたら、アンタ謝ってよね!」

『大丈夫、どうせ偽装フェイクよ』

「もう、知らないからね!」

 平井望は金網を飛び越える。

 軽々と、そして、力強く。

 煌々と輝く真円の月へ跳ぶように・・・



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