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満月の輝く夜に  作者: 剛田豪
第二章 月長石
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中心点

「どういうこと?」

「だからね、中心点、つまりは発想の起点が間違っているのよ」

 憤慨気味の望の疑問に、ベッドの上に置かれたタブレットを指差し矢追(やおいそらは冷静に答えた。


 水曜日の放課後、イアン・ノースランドが一年二組の教室を訪れタロと望に保健室へ来るように促した。

 花香神社での一件、及び一連の人狼事件について大事な話がある――PPM部長が二人を呼んでいるとの事であった。

 昨日の昼休みにこちらから訪問した時には『Don't Disturb!』などと書かれた札をぶら下げておいて勝手な奴だと望は思った。ましてや、兄の所在が分かり三つの神社に現れた人狼がのぞむではないことがはっきりした今となっては、一連の事件も彼女には関心のない事だ。

 望は矢追との面会を断るつもりでいた。

 正直、矢追宙の能力や人狼の正体については少なからず興味はある、だが、これ以上母に心配をかけたくないというのが彼女の本心だった。

 しかし、イアンの発した一言によって望は保健室へ行く事を決める。

「あなたのご家族に関わる事。だそうです」

 という言葉に動かされたのだ。


 平井望は矢追について、確かに不思議な力を有する少女だと思っていた。

 彼女の両親の事や生い立ちを考えると同情の念を禁じ得ないが、自分たちを『PPM』に勧誘するために家族まで引き合いに出すような真似は許し難かった。

「一言ガツンと言っとかないと」と保健室に乗り込んできた次第だったのだが・・・

「いい、もう一度説明するわね。猿河神社、香川神社に人狼が現れた事で、次に花香神社を選んだのは正解だったけど、その根拠たる中心点が皇居というのは間違いなの」

 望はタロ親子と母親にしか話していない論拠をなぜこの不思議部長が知っているのか疑問であったが、あえて黙っていた。

「本当の中心点は・・・」

 宙は月曜日のあの芝居がかった台詞回しではなく、放課後の喧騒に消えそうな小声で言った。

「ここよ・・・」

「ん?・・・」

「・・・」

 望もタロもPPM部長の指差す場所を無言のまま覗き込んだ。

 宙の人差し指は、タブレットに映る地図の皇居から少し右側をタップした。

「将門の首塚・・・」

 また、ぼそっと小声で言うと、宙は同じ口調で地図越しにどこか遠くを見るような目で続けた。

「ここが、術式の中心点であり目的たる場所よ・・・」



 平将門・・・首塚・・・怨霊・・・祟り・・・

 望はパソコンでそれらの言葉を検索していた。

『平将門は知っているわよね・・・』宙の言葉が望の脳裏に蘇る。

 帰宅後、食事を済ませ、母ともあまり会話もせずに自分の部屋へ行き、赤いノートパソコンを開いた。今日の放課後の矢追宙の話は、とてもじゃないが母親には話せない。

『将門の霊を呼び覚まそうとする単純な術式よ・・・』

 宙の疲れているような覇気のない表情がフラッシュバックする。

『平安時代にクーデターを起こした・・・不遇の死を・・・死後の怨霊の方が有名になってしまって・・・首の伝説・・・』

 宙の話が断片的に望の中で再生されていた。

 平将門という人物は、以前、歴史の教科書で目にした程度で、人物像や彼にまつわる史実、ましてや処刑後のオカルトめいた伝承や現代の都市伝説など、望にとって知識も無ければ興味も持ち合わせていなかった。

 宙のあの言葉を聞くまでは・・・



「だから!その将門がアタシの家族に何の関係があるのよ!」

 怒りを抑えきれない様子で望は宙に声を荒げた。

「大体、誰がなんの為に、その将門の霊を呼び起こそうというのよ!で、仮に霊が蘇ったら一体何が起こるというの?」

 宙は、少し間を置くようにゆっくりと望を見て、また地図に視線を戻して話しだした。

「誰が何のために、という事は私にもわからない・・・ただ、将門の霊が呼び覚まされたら、何らかの災いが起こる・・・これは過去にも例があって・・・有名なものでは大震災などの天変地異や・・・」

「そんなのただの都市伝説じゃない!」宙の話を遮るように望が吠えた。

「・・・都市伝説・・・というのは、少し違うと思うけど・・・まぁ、霊や祟りといったものを信じない気持ちはわかるわ。でも、古えから人は天変地異や飢餓などの災厄に何か理由や原因を求めたものなの。そして、その人知を超えたもの・・・そういったものの存在を信じて、現在でも実際に動いている者がいるのも事実・・・あなたたちは、この間、新宿で見たでしょ」

 宙の言葉に、望とタロはあの夜花香神社で遭遇した人狼の姿を思い浮かべた。

「で、でも・・・あれは・・・あいつは、兄貴じゃなかった・・・」

 自分の兄ではないという明確な答えと、では一体何者なのかという不明瞭な疑問が混在し、望は語気を弱めていた。

五峯いつみねの系譜以外に狼の血筋があるのか?・・・それは私にもわからない・・・」

 宙が知るはずのない五峯家の事に触れた事で望は沈黙してしまった。


「でもね・・・これはさっきも言った通り、単純な術式なの。将門の鎮魂のために施された青龍、朱雀、白虎、玄武の四方位の霊所の印を解く術。青龍は東の猿河神社、季節に当てはめると春。同様に南で夏の香川、そして花香・・・この順番に鎮魂の印を解いた・・・つまりは人が施した封印を邪悪とされる獣が汚す事で成就する術・・・

そして、それは玄武の方角、季節でいうところの冬、つまりは北の霊所の解印で完遂するの」

 宙は望をちらりと見やって話を続けた。

「まぁ、あなたがなぜ花香という答えにたどり着いたかは聞かないでおくけど・・・」

 望の更なる沈黙はPPM部長の話を続けさせた。

「そして、術式が完成されると将門の霊が呼び覚まされる。でも、それには憑代というものが必要なの・・・」

「よりしろ?・・・」

 望は、そのあまり馴染みのない単語に首を傾げていたが、タロに至っては、これまでの宙の話の大まかな骨子程度しか理解できておらず、また新たな謎の単語の登場に、その高IQの頭脳を持て余していた。

「一般的に・・・まぁ、所謂オカルトの世界の一般的だけど、霊を呼ぶには憑依・・・つまり、霊がとり憑くものが必要なの・・・」

 PPM部長は、彼らの理解度を確認するかのように、二人のゲストと自らの下僕の顔を一通り見て話を続けた。

「それは、人であったり、動物であったり・・・何か、物であったりもするわ・・・でも、人の霊の場合は、その憑代は人間がベストなの。憑依体質を持っている者や・・・その霊と血縁関係がある者に憑依しやすいと言われているわ・・・」

 宙は、一度言葉を区切って望を見た。

「そして、それが憑依体質者ではない場合、その憑代とされる者の意識や自我が薄弱な方が憑依しやすいの・・・トランス状態の時とか、気を失っている時とか・・・」

 宙の言葉と視線に、ハッとする望。

「ま、まさか・・・」

「そう、平家の血を引く・・・あなたのお父様よ」



『何で!パパを!』と言う望の憤慨や疑問に満ちた横顔をタロは思い出していた。

「うん、一連の狼男事件は、望ちゃんのパパと無関係ではないってことかしら・・・」

 陽子は息子からの断片的な情報をパズルのようにつなぎ合わせて言った。

「それを目論んでいるのが何者なのか?将門の霊を呼び覚ます目的も不明。平井さん家のパパが意識を失っている原因も不明・・・そして、おそらく次の満月の夜、北の神社でまた事件が起こる・・・」

 陽子の話を聞いて、タロはやっと放課後の宙の話を理解し始めていた。

「心配ね・・・望ちゃん・・・」

 無言で考えを巡らす愛息の横顔に、陽子は優しく話しかけた。

「うん・・・」

 ソファーで天井を仰ぎ見るように答えるタロ。

「彼女・・・なんでも一人で抱え込むタイプのようだし、きっと、静香さんにも話さないでしょうね」

 タロは、望の母、静香の心配そうな表情や娘と一緒に笑う笑顔を思い出していた。

「力になってあげましょう、望ちゃんの。私も協力するから!」

「うん・・・」

 陽子の明るい笑顔に頷いたタロであったが、無論という想いと、では、一体何をすれば良いのかという思いが頭の中に同居していた。

「解決するのよ。この事件を」

 母の言葉に、タロは思わず陽子の顔を見た。

「餅は餅屋・・・」

「モチ?」

 母の発した意味不明な単語に戸惑い気味の表情のタロ。

 そんな息子に微笑みながら陽子は続けた。

「専門家に任せろって事よ。今回、事がここまで進んでいるのに、彼らの動きが静かすぎるのが解せないわ・・・」

「彼ら?」

「ちゃんと働いてもらいましょう。『祷り人プレイヤーズ』に」




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