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満月の輝く夜に  作者: 剛田豪
第二章 月長石
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電波のPPM

 週明け月曜日の放課後、タロ・M・トランシルバニアは一週間前のこの日と同じ場所で同じ人物と一緒にいた。

 先週と違うのは、制服が夏服に変わった事と、今回はタロがイアン・ノースランドをここへ呼び出した事だった。

「説明してもらおうか・・・」

 やはり誰もいない日暮れ前の公園でタロは静かに訊いた。

 言葉は少ないが、後輩の質問の意味をノースランドは充分に理解していた。

 それが、花香神社で起こった事件についてである事を。


「さて、何からお話ししましょうか・・・」

 先週と同じ爽やかな笑顔でノースランドは言った。

「タロ?・・・」

 公園の入り口から聞き覚えのある声がタロを呼ぶ。

 怪訝そうな顔をした望だ。

「何してんの?」

 そう言うと小走りでタロに駆け寄りノースランドをちらりと見た。

「・・・あれ、二年のノースランド君よね・・・留学生の。何なの?けんか?・・・なわけないか・・・」

 無言のままノースランドを見据えるタロ。上級生の小柄な少年も黙って微笑んでいる。


「どういう事?」

 委員長は公園の入り口の方へ向き直って訊いた。

 そこには望と同じ制服を着た黒髪の女子生徒が立っていた。

 黒のフリル付きの日傘をクルクルと回すその少女の顔は青白く、傘でできた影の中に浮かぶ笑みは少し不気味で、セーラー服のカラーの上で縦巻きカールの長い髪が揺れている。

「私が説明するわ」

 日傘を回すのを止め少女は言った。

「でも、その前にまず自己紹介かしらね・・・我が名は、矢追やおいそら。楷木学園を統べる超常現象研究会の王。偉大なるクラブの部長なの」

 その芝居がかったような仰々しい話し方に、Player(=演技者)か?とタロは思った。

「そして、そこのノースランドはウチの部員。私の下僕というわけよ」

「で、そのちょーじょーナントカが、タロ・・・トランシルバニアに何の用?こんな所に呼び出して・・・」

「呼び出されたのは僕の方ですよ、平井さん・・・平井、望さん」

 ノースランドの言葉に望はタロを見上げた。

「そうなの?」

「ああ・・・」

 矢追からノースランドへ視線を移しながらタロは答えた。

 大仰に長身の後輩を指差す矢追。

「金曜日、新宿に彼を差し向けたのは、我々なの」

「あ・・・(そういえば、なぜタロが花香神社にいたのか訊くの忘れてた・・・)」

 再びタロの顔をゆっくり見上げてから、矢追に視線を向けて望は訊いた。

「でも、なんで?どうしてアンタ達、そのナントカ研究会が・・・」

「Paranormal Phenomena Meeting!」

 部長の大声が望の質問を遮る。

「はい?・・・」

「『PPM』とお呼びなさい!」

「な、何のこと?・・・」

 困惑気味の望にノースランドが言った。

「Paranormal Phenomena Meeting の頭文字を取って『PPM』、超常現象研究会の略称ですよ」

「は、はぁ・・・」

 アングラ劇団の女優のような台詞回しと要領を得ない会話に、望は困惑を通り越し呆れていた。

(PPM?何の濃度だ?・・・)

 タロも遅々として話しが進まぬ事に辟易としていた。

 半ば会話の続行を諦めかけている二人の態度もお構い無しに矢追は演じ続けた。

「我々があなた達に協力したのは、あなた達二人を我がPPMに勧誘するためよ!」

「はぁ?・・・あ、思い出した・・・こいつら『でんぱーズ』だ・・・」

「?」

 望の言葉の意味がわからず彼女の顔を覗き込むタロに委員長の説明が続いた。

「この人たちはね、いつも保健室にたむろしている『保健室登校者』。やる事や言う事が意味不明の『でんぱさん』なの。で、二人合わせて『でんぱーズ』ってわけ」

 その説明がタロには意味不明だった。


「他人に何と思われようと、どんな言われ様をされても、我々はいとわないわ。我がPPM再興のためなら、そう、あなた達を我々の仲間にするまでは!」

「仲間って・・・『でんぱーズ』の?」

「そうよ!入部なさい!我がPPMに!」

 女性だけの歌劇団風な矢追の言葉と身のこなしは、シンプルすぎる公園とはミスマッチだった。

「あ、あのぅ・・・わたしぃ~委員長とかやっているんでぇ~クラブ活動やってる暇がなくてぇ~ごめんなさぁ~い」

 作り笑顔で馬鹿っぽく話した後、望は普段の口調でタロの袖を引っ張った。

「さ、行くわよ」

 公園を去ろうとする二人にPPM部長が意外な言葉を吐いた。

「狼男と吸血鬼」

 思わず足を止め振り返るタロと望。

「あなた達二人がいれば、鬼に金棒。虎に翼。ライオンにエイヒレよ!」


 彼らの素性を示す二つの単語が先輩の口から発せられ、一年生二人は彼女の正体を計りかねた。

(なんだ?こいつ・・・)

「アンタ、一体・・・」

「何者なのか?」

 望の言葉を遮り、それを自ら続けるように矢追が言った。

「そうね、教えてあげるわ!私は宇宙人。そして、そこの下僕は人魚よ!」

『狼男と吸血鬼』と呼ばれただけではなく、その対比に『宇宙人』や『人魚』などと言われて望は怒りを覚えた。

「アンタね・・・」

『ふざけるのも大概にしなさいよ』と言おうとする望に、先んじて矢追が発した。

「ふざけてなんかいないわ!」

 読心術宜しく言わんとする言葉を先取りされて望は閉口してしまった。

(宇宙人だと・・・そんなもの・・・)

「そんなものが、この地球にいるわけない?そうかしら?」

 今度は無言のタロが言葉を横取りされた。

(何?)

「確かに、相対論や量子論に立脚される現在のこの星の科学理論では、星間移動は成立しない。では、あなた達のような存在は?その根拠たりうる科学で説明がつく?短時間で変化する肉体を、変身するシステムやプロセスを、どんな理論で説くつもり?」

「詭弁だ。それが、お前の言っている事が宇宙人の存在の根拠にはならないだろ」

 望はタロの長台詞を初めて聞いて少し驚いていた。

「そう・・・根拠のない存在。でも、それが今ここに立って、酸素を吸引し、二酸化炭素を排出している。単純な化学式の生体活動を行っているのよ。私もあなたも。根拠など無くても存在しているのよ」

「議論のすり替えにすらなってない・・・」

 めずらしく熱くなっているのかな?などとタロを横目で見ながら望が口を開いた。

「とにかく、宇宙人だかなんだか知らないけど、アタシもコイツも『でんぱーズ』には入らないから。アンタたちがアタシたちの正体を知ってようが、それを誰かにチクろうが、そんな事どうでもいいわ!勝手にしなさい!」

 自分の正体が知られている事よりも、自らの存在や友を茶化しているかのような言動に望は憤りを感じていた。


「もう・・・行こ、タロ・・・」

 再び公園を出ようとする二人の後ろで、音を立てて水柱があがった。

 公園の中にある水飲み蛇口から、水が勢いよく、太く高く噴き出したのだ。

 振り返り水しぶきに目を細めながら「何やってんのよ!」と怒鳴る望。

 しかし、三、四メートルの高さまで上がるその噴水は、あの小さな蛇口から出ているとは思えないほど大きく、彼女を驚かせた。

「な、何?これ・・・」

 望の驚きに満足した様子で矢追はノースランドへ目配せした。

 噴水が止み、中に浮いていた水がばしゃばしゃと音を立てて地面に落ちた。

 水飲み場の上に小さな虹が架かり、その向こうでノースランドが右手を顔の高さぐらいに上げ微笑んでいた。

「人魚と言ったでしょう。その子は、水を自在に操ることができるの」

 矢追が得意げに言った。

「水を・・・」

「トリックだ。信じるな、望」

「地球人の体の70%は水らしいから、その力を人体に使ったら・・・」

 日傘をクルクル回しながら不気味に笑う電波部長を見据え、望を後ろ手で庇うように掴んでタロは言った。

「今度は、脅しか・・・」

 傘を回しながらゆっくりとノースランドへ歩み寄る矢追、爽やかなままの笑みも不気味に見えるノースランド、涼しげながら好戦的な眼差しのタロ、三者の間で空気が張り詰めた。

 望はタロの影から顔を覗かせそれを見守っていたが、守られていることが気に入らないのか、黙っていられなかったのか、彼の肩をぐっと掴み押し退けるようにしてタロの隣に並んだ。

 タロはそれを横目で見て、ふっと笑った。


 水溜まりを囲むようにできた四人の輪。

 突如、その真ん中で「バシャッ!」という音が立ち、泥水が飛び散った。

 一人の少女が輪の中心、小さな水溜りの中に着地していた。

そらちゃん!ドクターいじめちゃだめ!」





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