御手洗楓という器
「ねぇ、ゾミ、お見舞いどうしようか?」
月曜日の放課後、御手洗楓が望に声をかけて来た。
入院している親友瞳子の話だ。
「うん・・・」
返答に困っているのは確かだった。だがそれは、行くかどうかではなく、瞳子を見舞うことを自分が許されていないと楓に説明すべきかどうかだった。
「でも、病院がお見舞いの人を入れないなんて・・・変だよね・・・」
竜造寺瞳子が事故で怪我をして入院した事。
退院するまで暫くかかり、その間学校を休む事。
瞳子の入院した病院がノロウイルスやインフルエンザウイルスなどの院内感染を防ぐため、一般の見舞い客を断っている事。
朝のホームルームで担任が皆に告げた内容だ。
生徒たちがざわめく中、望の心は更に沈んでいった。
タロも窓の外を眺めるのを止め、珍しく担任を見据え話を聞いていた。
「ミコん家行こう。二人で」
意を決し、少しだけ晴れ間の見えた空のような顔で望は言った。
「うん、え・・・でも、ゾミ・・・ミコのお母さんとは・・・」
「仲直り・・・はしてない。相変わらずというより、もっと悪くなったかも・・・」
「ええ?・・・」
「大丈夫。会ってくれないんなら、アタシ外で待ってるから楓一人で行って来て」
「そんなぁ・・・」
望、楓、瞳子、中学一年の春の事だった。
竜造寺瞳子は、親友平井望に己が背負う宿命を話した。
二人の素性は相反するもので、もしそれが交われば血が流れる事となり、友人関係など微塵の欠片も残らず壊れ消え失せてしまう。
それでも望と瞳子は友であり続けることを選んだ。
望が十三歳の誕生日を迎えたばかりの頃、瞳子に至ってはまだ十二歳。子供達には過酷すぎる状況下の決断だった。
そして二人は、その重い選択、現実離れした事実を親友御手洗楓に話す事にした。
「ゾミがオオカミで・・・ミコがその敵?」
楓はいつものように、ゆっくりとしたペースで話し、自分が聞かされた友たちの呪われた運命をおっとりとした表情で確認した。
「うん、だからアタシたち二人は大人の前じゃ仲悪い振りするけど、中身は変わらないから、これからもずっと親友のままだから」
「楓には迷惑かけてすまないと思う。私は学校でゾミとあまり口を利かなくなるかもしれないけど、楓は普通に接してくれていい。ゾミと今まで通り仲良くしてやってくれ」
「ミコとだって今まで通りでいいからね、楓。ミコと仲良しのままでいいから」
矢継ぎ早の望と瞳子の言葉をゆっくり咀嚼するかのように考える楓。
「う~んと・・・ね、よくわからないけれど・・・わたしはね、ミコとゾミが決めたことなら、それでいいと思うよ。それに・・・」
いつもの笑顔で楓は言った。
「変えろって言われても・・・わたしには無理だよ。二人は大切な友だちだもん。ずっと、ずっと一緒にいる親友だもん」
その笑顔は、大樹のように揺ぎ無く、陽光のように暖かいと二人は感じた。
「ゴメン!楓。アタシ、アンタに謝んなきゃ」
楓を教室から連れ出し、廊下の隅の方で望が頭を下げた。
「どうしたの?ゾミ・・・」
「実は・・・」
望は瞳子が怪我をした経緯を楓に話した。
「矢って・・・大丈夫なの?ミコ・・・」
「うん、これも陽子さん、タロのママから聞いた話なんだけど、命に別状はないって・・・」
「そうなんだ・・・大変だったんだね、ミコもゾミも・・・」
「ホント、ゴメン。土曜日アンタが家に来た時、言い出せなくて・・・」
「うん・・・でも、いま話してくれたじゃない」
「なんか・・・アンタを巻き込んじゃうような気がして・・・」
「そっか・・・だからゾミは今日一日中浮かない顔してたんだね」
「え、アタシそんな顔してた?」
「ゾミはすぐ顔に出るもの」
また、あの揺ぎ無い笑顔で楓は言った。
「じゃあ、これからミコの家にわたし一人で行ってくるよ」
「楓・・・」
「もしかしたらミコにも会えるかもしれないし・・・後でゾミにも教えてあげるよ」
小さい頃から男の子に意地悪されたり詰まらないことですぐに泣いてしまっていた楓だが、『三人の中で本当は一番肝が据わっている』と瞳子と話をした事がある。
親友の態度に、望はその会話を思い出していた。
ピンポンポンポーン。校内放送のジングルが流れた。
「何?・・・ああ、もう話せるのか・・・そうか・・・」
望にとってどこか聞き覚えのある女性の声だった。
「えー、生徒の呼び出しをします。えー、一年二組の平井望。至急、保健室へ来るように・・・何?もう一回?・・・あー、一年二組の平井望は、保健室へ来なさい」
不慣れでぶっきら棒なアナウンスに望は眉をひそめた。
「保健室?検便でも出し忘れたかな・・・」
「このあいだの身体測定で、体重ごまかしたのがバレたんじゃないかな・・・」
「いや、あれは完璧だったはず・・・って、ごまかせるか!」
楓の笑顔のおかげで、いつもの明るさを取り戻すことができた望であった。




