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満月の輝く夜に  作者: 剛田豪
第一章 月不見月
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瞳子の想い

「アタシを・・・殺・・・して」

 震えながらかろうじてそう絞り出す少女の瞳は暗闇の中で野生の輝きを放っていた。

 そして、その荒く息をする口元は大きく裂け、肉食獣のような犬歯が迫り出している。

 驚嘆の眼差しを隠すことなく望に向けるタロ。

 彼の胸元を力強く掴んでいた少女の手がそこから離れ、フードの上から自身の頭を両の手で鷲掴みにし、唸り声を上げ苦しそうにまたうずくまった。

「望!」

 少女の名前を呼びながら彼女の肩を掴む少年へ竜造寺が叫んだ。

黒洲くろす太郎たろう!そいつから離れろ!」

 鬼気迫る表情の『祷り人プレイヤーズ』は、左足を前に後方で刀を構えていた。

 もし、彼女の言う通りにすれば、その刀で望に斬りかかるだろうとタロは思った。

 そして、彼女を守るべく竜造寺に対峙しようとしたその時、望は犬のような唸り声と共に彼を振り払った。

 不意を突かれたのは確かだったが、それ以上に、少女のものとは思えない物凄い力にタロは思わず足を踏ん張った。

 振り払った反動も手伝い、苦しみながらよろけるように望はタロから少し遠ざかる。

 月明かりが照らす場所まで進むと頭を抱えたまま反り返るようにして叫び声をあげた。

 その低く響く声は、もはや少女のものではなく、人のものですらなかった。


 呆然と見据えるタロをフラッシュバックのような光景が襲った。

 望が上半身の着衣をレインコートごと引きちぎったのだ。あの獣人のように。

 満月の光に浮かぶ彼女のヌードは十六歳の少女のシルエットではなく、鍛え抜かれた筋骨隆々の格闘家のようなシェイプで、野太い体毛に覆われたその体はウエストの締まったゴリラのようだった。

 その有様を見るや、間隙を突き『祷り人プレイヤーズ』が望に斬りかかった。

 キンという金属音と共に青白い閃光が走り、彼女のきっさきはゴリラ化した少女から逸れた。

「くっ!」

 体制を崩した瞳子が向けた驚愕と憤懣の視線の先には、タロが望を守るように立ちはだかっていた。折れた日傘を右手に持って。

「そ、そんな物で・・・そんな物で私の太刀をかわしたというのか・・・それが、死を超えた血族の力なのか・・・」

 刀を正眼に構え直しながら、歯を食いしばるように言葉を絞り出す白装束の少女に、タロは日傘を落とすように投げ捨てながら言った。

「物理の授業クラスは取っているか?」

 単純な力学の応用だ。タロは、そう言いたかった。たとえ振り下ろされる日本刀であっても、力点作用点を鑑み力を加えればそのベクトルは変化する。そして、付け加えるなら、それは自分がヴァンパイアである事と何ら関係はない。

「訳の分からぬ事を・・・なぜ、そいつを守る!」

 質問に答えず、タロは無言のまま『祷り人プレイヤーズ』と対峙していた。

「なぜだ!」

 もう叫びに近い声で瞳子は聞き直した。

「その女は・・・その女は!」

 呼吸を乱し震える少女にタロは逆に質問した。

「なぜ・・・殺そうとする・・・」

 怒りが制御を超え、瞳子は声を荒げて叫んだ。

「親友だからだっ!」



 散った桜の花びらが、少し冷たい風に舞っていた。

「ゾミ・・・『祷り人プレイヤーズ』って知ってる?・・・」

 三年前、竜造寺瞳子中学一年の春、彼女は親友に自らの宿命を話した。

 大陰陽師の系譜である竜造寺家に生まれた自分が背負わなければならない責を。そして、それは二人を分かつ諚でもあるという事をも。

 『祷り人プレイヤーズ』――妖怪や魔物といった「人ならざる者」に対抗すべく近代に組織された非公開団体。

 日本でその核たる竜造寺家の嫡女である瞳子は、齢十五に達すればその任に就かなければならなかった。

 彼女は自身の運命さだめと望が生まれ持った血脈が互いに相容れない事を親友に諭すように語ったのだ。

 それでも、平井望は納得しなかった。睨みつけるような力強い表情に溢れ落ちそうな涙を溜めて抗い、己の素性を呪った。


「小さい頃、親に内緒でアニキと二人で夜中外に出たの。ほんのいたずら気分で。

 でもその晩、満月だった。初めて見る満月に、アニキは、とてもはしゃいでいたんだけど、急に苦しみだしたて、みるみる獣に変わっていった。

 とても怖かった。泣き叫んでいるうちに、アタシも気分が悪くなり、頭の中が真っ白になった。

 そして気がついたら朝になってた。

 目覚めたのは山の中。

 アニキもアタシも何故か裸だった。そして、血だらけだった。

 泣きながら、辺りを見渡すと鹿や猪の死体だらけで、もう、怖くて怖くてどうしようもなかった。

 あの時、おじいちゃんに遊びに行ってたから、山の中だったから・・・もし、都会だったら・・・」

 そう唇を噛み締めてから、望は言葉を続けた。

「もう、あんな思いはイヤ・・・二度と狼になんかならない。でも・・・もし・・・もしアタシがまた狼になったら・・・その時は・・・ミコ、アンタがアタシを殺して!」

 そんなことはできる訳がないと泣きながらミコは拒んだ。ゾミも我慢していた涙を止めどなく流しながら言った。

「アンタが何と言おうと、アタシ、アンタの友だちやめないからね!」

「私だって、私だって・・・」ミコは泣きじゃくりそのあとの言葉が出なかった。

 そして、二人で涙が出なくなっても泣き続けた。



 三年前のゾミの泣き顔と月光を浴び息を荒げる獣人の顔が、瞳子の中でオーバーラップしていた。

 そして、彼女が自分にではなく、目の前に立ち塞がる転校生に放った言葉、

 『アタシを殺して』が忌まわしくリピートされていた。

「このまま放置すれば、やがてこいつは獣者けものと化す。心を陵辱され、自我を奪われ、体を支配されて人を襲うだろう。それを阻止する事が、私の友情だ」

「なぜ人を襲うと決め付ける!」

「それがお前たちのことわりではないか!」

 タロの脳裏を横切る『Jack the Ripper』の文字。

「邪魔をするな!さもなくば、お前を斬る!」

 その言葉にインカムへ静止の声が届いた。瞳子は苛立ちを顕にし、耳から小型通信機を外し投げ捨てた。

 無言のままこちらを見据え立ちはだかるタロの姿は、防御する術もないのに「やってみろよ」と言っているように『祷り人プレイヤーズ』には映った。

 にじり寄るように少しだけ間合いを詰めると、瞳子は静かにゆっくりと小さく息を吐いた。

 まるで、心音すら消された静寂に包まれているようにタロは感じた。

 突如それを嫌い切り裂くかのように獣人が月に向かって雄叫びをあげた。

 それは遠吠えだった。

 そして、その音に反応するよりも早く、咆哮とほぼ同時に

 『祷り人プレイヤーズ』は刀を上段から振り下ろした。





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