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満月の輝く夜に  作者: 剛田豪
第一章 月不見月
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母親は相手が誰であろうと対抗心を燃やす

 夕刻、自分が生徒会の議案の主になっていた事など全く知らずに、タロは自宅のリビングで携帯電話を弄んでいた。

「あら、どういう風の吹き回し?」

 液晶画面を右手人差し指でタップしている愛息に陽子は興味深げな笑みを浮かべ後ろから声を掛けた。

「うん・・・」

 タロは指の動きを止め、昼休みの出来事を母親に話し始めた。



「ったく!すぐに戻ってこないから心配したじゃない!」

 両手を腰に当てながらそう言うと、平井望は屋上の仕切りのチェーンロックを閉めながら続けた。

「もう、すぐに逃げればよかったのに・・・理事長にお説教でも食らった?」

「・・・いや・・・握手・・・した・・・」

「握手?アンタが?理事長と?」

 不思議そうな委員長と同様に、タロはまたもや不可解な感覚に囚われていた。

 温かく厚い手。

 初老の男から差し出された手を何故か無意識に握り返していた。

 そして、その温厚そうな笑顔に浮かぶ瞳の奥には広く深い海のような何かが広がっているように思えた。

 そう、果てしない闇が・・・

 しかし、それは自分に嫌悪や警戒を与えるものではなく、その手のように温かく感じた。平穏さともいえる何かに包まれるような・・・


「ふ~ん、ま、よかったわ。アタシのせいでアンタが理事長にお目玉食らったなんて事にならなくて。そんな事になったら、委員長としての立場無いもの」

 安堵の溜息を軽く漏らし望は近くのベンチに座ると、あらためて膝の上に弁当を開いた。

「ねぇ・・・」布のバックからお茶のペットボトルを取り出しそれを一口飲んで委員長は転校生に訊いた。「アンタ、友達とかいるの?」

「・・・友人?・・・何人かはいるが・・・」

「ホント!どんな子?」

「・・・子供・・・ではなく・・・その・・・大人だ」

 理論物理学者や大学の研究者などの単語が咄嗟に日本語で浮かばなかったためタロは説明に詰まっていた。

「ふ~ん、大人の友達ねぇ・・・で、たまにどっか遊びに行ったりするの?」

「・・・いや・・・何年も会っていない・・・SNSで議論する・・・」

「何それ?それってリア友じゃないってこと?ヴァーチャル?2D?」

「・・・」

 またもや望の言っている事が理解できないタロであった。


「まぁ、でも、帰国してまだ間もないんだっけ、しゃーないか・・・」弁当をほおばりながら横顔のまま少女は言った。

「知ってる?日本にはね、『同じ釜の飯を食う』って言葉があるの」

「・・・」

 黙って自分を見つめる外国人の少年に向き直って持っている箸を突き立てて望は説明した。

「同じ釜で炊いたご飯、つまりは、同じ料理をシェアした者同士は仲間って事なの」

「・・・」

「だから、アンタとアタシはもう仲間、友達って事よ。わかった?」

「・・・そうか・・・」

「不満?」

「いや・・・」

 涼しげに微笑む少年の横顔を見て、少女は安心したように笑った。

「ねぇ、アンタ携帯とか持ってる?」

「?・・・ああ、持っているが・・・」

「じゃあ、番号教えてよ。アドレスも」

「・・・構わないが・・・その、使い方があまり・・・」

 制服の内ポケットから携帯電話を取り出しながら、少し困り顔でタロは言った。

「そ、ちょっと借りてもいい?大丈夫、メールとか読まないから」

 嬉しそうに笑う望にタロは無言で携帯電話を差し出した。

「へぇ~、さすが帰国子女。最新機種じゃない。ふふん、どれどれ・・・」

 転校生のスマートフォンを受け取ると委員長は慣れた手つきで操作し始め、自分の携帯を取り出し少年の電話にかざすように近付けた。ピロンと機械音が鳴り、データ交換が終了した。

「はい」と満面の笑みで望は携帯をタロに返した。少年は受け取ったじぶんの携帯を少し所在なさげに眺めていた。


 二人が座っているベンチから程近い金網のフェンスの向こう側で、一人の少年が困り顔で電話をしている事をタロと望は知らなかった。

「・・・はい・・・ええ、その鍵を掛けられてしまいまして・・・はい、部長・・・その・・・自分で何とかしろと言われましても・・・え~と・・・」



「ふ~ん。なかなかやるわね、近頃の女子高生は」

 嫉妬にも似た対抗意識を含んだ笑顔を浮かべる陽子を小さな溜息と共にタロは見上げた。

「でも・・・良かったじゃない。友達が出来て・・・」

 穏やかな母の顔に戻ってタロの携帯を覗き込む陽子であったが、表示されているアドレスを見るや否やまた、ライバル心むき出しで言い放った。

「なんで、名前の後ろにハートマーク?!そんなのあり?!」

 陽子の怒りをよそに画面がメールの着信を知らせ携帯が震えた。

「・・・ん?」

「あら・・・」

 平井望からのメールであった。

「えーと・・・」

 ぎこちない仕草でタロは画面をタップしメールを開いた。陽子はメールの中身を見たくて仕方なかったがあえて顔をそらし腕組みしていた。

「・・・」

 思案顔で携帯を見つめる息子に母は訊いた。

「・・・で、ターちゃん・・・その、なんだって?・・・」

「はい・・・」

 タロは躊躇なく携帯を陽子に手渡した。


『こんばんは(笑顔)初メールです(Vサイン)今日はいろいろ話しができて楽しかったよ(アゲアゲ)ホントは(メッセージアプリのマーク)とかがよかったのだけれど(残念顔)それはまた今度(ハート)』


「・・・半分以上絵文字ね・・・」

 呆れながら苦虫を噛み潰すような呟きと共に陽子は息子宛のメールを何の遠慮もなく読んだ。絵文字だのスタンプだのはもちろん飛ばして・・・


『突然だけど(絵文字省略)明日の放課後ヒマ?・・・ちょっと・・・付き合ってほしい所があるんだけど・・・』


「・・・いきなりデートのお誘いかい・・・やるわね、近頃の女子高生はっ!」

 そう言うと陽子は黙って自分を見上げる息子に携帯を返した。

 無言のまま『どうすれば良いか』という尋ね顔のタロに母は苛立つように言った。

「もちろん、すぐ返信しなさい。それから・・・」

 陽子はいつもの快活な笑顔に戻って続けた。

「明日のデートもちゃんと行くのよ。女の子に恥かかせるんじゃないぞ!」

 いつものように後ろから無邪気に抱きつかれ困った様子でタロは呟いた。

「・・・デート・・・って・・・」






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