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自室

少しだけですが……

 ハアハア……

 ここまで来れば……


 ボクは足を止めることなく走り続け、いつしかクレイ寮の入口にまでたどり着いていた。

 追いかけて来てないかと何度も後ろを確認したが、人の姿は見られない。

 どうやら無事に逃げられたようで、ホッとしながら寮へと入る。


 フゥー……いやしかし困った……

 これからはキリエラ先輩に気を付けないと……


『銀鈴やキュドとは違う迫力がありましたね』

【これから授業が終わるたびに教室に……】


 ひ、ひぃー!

 でもあの様子だと……無いとは言えないかな……


『明日からは教室で復習と言うわけにはいきませんね』


 部屋に戻ってやればいいのかもしれないけど……

 狭くて空気が悪いし、教室の方がよかったなぁ……


【む、まだ続ける気か?】


 そりゃ復習はやらないとダメじゃない?

 毎日コツコツやるものだと思うけど。


【良いかポコ、人生とは短い。そして学園での生活は更に短い】


 え、あ、うん?

 どうしたの急に。


【復習に時間を費やしたいのもわかる。しかし、若いときにしか出来ないこともあるのだ。お前の求めていた学園生活とは学業だけなのか?】


 え、そりゃまあ……

 他にも色々とあるけど……


【そうであろう。それらに対して何かしらの行動を……】

『ポコ、察してあげてください……他の事をしたいと、そう言っているのですよ』

【省略するでない!】


 あー、また遠回しに説得しようと……

 まあでもクロの言っている事も分からなくもない。

 ボクだって部活に入って楽しんだり、友達と魔法の話で盛り上がったりと、したかったわけで。


【ウム! そうであろう!】


 うーん……

 取り敢えず行動できることと言ったら……

 部活の見学とか……?

 騎士団の件があるから断られるかも知れないけど……

 あ、あともちろん魔法陣研究会には行きません!


【フム……まあ今よりは楽しそうではあるな……】


 なら明日の放課後あたりにどこか見学にでも……



 そんな話をしながら、自室の前へ辿り着く。

 しかし扉を開けようとするが、何か様子がおかしい。


 あれ? 鍵かけ忘れたっけ……

 いや、かけた思うけど……


 ドアノブに手をかけると、いつものような手応えが感じられない。それに中から人の気配が感じられる。


 まさか……!?

 先回りされたとか……


 そんな思いが頭を過り、覚悟を決めてドアを開ける。


「やっと帰ったのかや?」

「おかえりー! 遅かったねー!」


 銀鈴がベットに寝そべって暇を持て余し、ピピルは部屋を飛び回っている。

 アエーラはベットに腰をかけ、赤雷は窓の前で目を閉じて仁王立ちである。


 ボクは思わずガクリと膝から崩れ落ち、その体勢のまま思考を巡らせる。


 何故この人達はボクの部屋にいるのだろうか……

 できるだけ来ないようにと話したばかりはずなのに。


 ふと見慣れない物が転がっているのが目に入る。壊れたドアノブ。

 扉へと振り替えると、部屋側のドアノブが無くなっていた。


 ちょっ、これは……

 ボクに安息の地はないのだろうか……


「すまない。軽く捻ったつもりだったのだが……壊れてしまったのだ」


 ボクの視線に気が付いた赤雷が、申し訳なさそうに伝えてくる。


 赤雷さんの怪力じゃ、こんなオンボロ扉は一溜まりもなかったか……


「ネェネェ! そのポーズは何なの!?」


 ピピルはボクの項垂れる姿を真似すると、笑いながら転げ回っていた。

 気を取り直してゆっくりと立ち上がり、軽い咳払いの後、少し問い詰める様に話を聞く。


「ボクとの接触は避けてほしいと伝えたばかりだと思うのですが。一体これはどういうことでしょうか……」


 ボクの様子がいつもと違うことに気付き、皆はヒソヒソと相談を始める。


「なんじゃ? ポコは怒っているのかの……?」

「だから言ったではありませんか……」


 銀鈴は何故注意を受けているのか分からない様子で、赤雷の方を不思議そうな顔で見ていた。


「やはり勝手に入るのは……良くありませんでしたか……」

「えー? でも扉が壊れたまま放っておく方がダメじゃない?」


 アエーラは少し気まずそうであったが、ピピルはアエーラの肩に止まって悪気なく言う。


「ウム、ピピルの言うとおりじゃ」

「姫様……元はと言えばワタシが扉を壊したことが原因でして……」


 銀鈴がそんなピピルに同意するが、流石に話の流れがおかしいと、赤雷が話を戻そうとした。


「でもポコはそんな事で怒らないよねー?」

「そうですね。理由を話せばポコもわかってくれるでしょうし」


 ピピルの根拠の無い言葉に、アエーラが頷いていた。


「ちゃんと人のいない時間だったし!」

「では赤雷や。扉を壊した責任をとって、ポコに説明しておくれ?」

「それは……」


 赤雷は銀鈴に何か言おうとしたが、諦めた様子でボクの方を向きなおす。


「……勝手に入ってすまなかった」


 赤雷は深々と頭を下げてくる。

 赤雷にそうまでさせてしまっては、流石に許さない訳にはいかないだろう。


「いえ、怒っているわけではないのですが……何でこんなことに?」


 赤雷は頭をあげると、眉を潜めて説明を始める。


「部活の勧誘とやらが激しくてな、何処にいても休まる場所がないのだ……」

「そうそう! 部屋にも押し掛けて来るんだよぉ……隠れる身にもなって欲しいよねー」


 ピピルがボクの頭に降り、頬を膨らませていた。

 訪問者は、そんな同居人が居るとは思いもしないだろう。


「姫様がここなら落ち着けるだろうとな……」


 赤雷が銀鈴の方を向くと、銀鈴はベットの上に座り直し、ウンウンと頷いていた。


「なるほど、事情はわかりました。まあ人に見られていないなら……」


 状況を理解したところで椅子に座り、気持ちを落ち着ける。

 天井を仰ぐように背もたれに寄り掛かり、諦めたように溜息をついてしまう。


「それにしても……勧誘ってそんなに来るもんなんですか?」

「んむぅ、ひっきりなしにくるのぅ。はっきりと断ってはおるのじゃが……」


 銀鈴は再びベットに倒れ込み、布団に顔を埋めてウンザリした様子で答えてくる。

 むしろ銀鈴にしては、良くここまで我慢したものである。


「調理部に少々興味はあったのだがな……あそこは作る専門なので断らせてもらった……」


 アエーラは少し残念そうな表情をしていた。

 しかし食べる専門の部活なんてものは、そうそう在るものではないだろうけど。


「見学したのが間違いだったな……是非うちにもと次々に……」


 アエーラは目を閉じ、軽くため息をついている様子である。


 まあボクからしたら贅沢な悩み事ではあるのだが……

 興味の無い本人達にしてみれば、鬱陶しい以外の何物でもないとは思う。


「特に魔法騎士団とかいったかの? あやつらはしつこくてのぅ……」

「奴らか。あの不遜な態度、どうにかならんものか……」


 二人とも気に食わない様子で、先程よりも明らかに苛立っている口調であった。


 そんな話を聞いて、ピピルがボクの顔を覗き込むように話しかけてくる。


「ねえねえ! ポコは部活に入らないの?」

「え? あ……いや、ボクには勧誘なんて来てないから……」


 自分で言って少し悲しくなってしまう。

 むしろ「入らない」じゃなくて、「入れない」の方がしっくりくるかもしれない。


「そうなんだー、ポコが入ってるなら皆でソコに行けばいいのにねー」


 ファッ!?

 な、何を言い出すのこの子は!


 皆の視線がボクを向いているのが感じられる。


 見ちゃダメ……

 見ちゃダメだ……

 見ちゃダメだ……!


 下を向いて黙っていたが沈黙の時間に耐えきれず、椅子をくるりと回して机に向かう。


「さーて、今日の復習でも始めようかなー」


【クハハ!下手くそだな、オマエは】


 クロの言うとおりである。

 そんな言葉で誤魔化せる訳もなかった。


「なるほど、その手があったのぅ」

「確かに……既に部活に入ってるともなれば、勧誘も少なくなるだろうな」


 銀鈴にアエーラ、二人とも納得といった様子であった。


「イヤイヤ! まずボクの入れる部活なんて無いですから!」


 このまま話が進んでしまうのは困ると、慌てて皆の方を向く。


「えー? なんでなんでー?」

「部活など幾らでもあるじゃろ?」


 ピピルと銀鈴は不思議そうに此方を向いていた。

 確かに学園内の噂話を知らなければ、疑問に思うかもしれない。これ以上余計なことを言ってしまうと面倒な事になるかもと少し考えるが、赤雷が呟く様に口を開く。


「ポコを入れれば敵と見なす、だったか。そんな話を魔法騎士団の連中が広めてるそうだな……」


 赤雷の言葉を聞くや、部屋の空気が一変する。

 先程までの明るい雰囲気は消え去り、少しひりつく様な空気が充満する。


「なんじゃと……?」


 銀鈴の眉がピクリとつり上がり、いつもの笑みは無くなる。


「それは妾の敵だということじゃな?」

「いえ、我々のです。子供と思って多目に見ていましたが……どうやら間違いのようですね……」


 そう口にするアエーラの目付きも、鋭さを増しているように感じられる。


「そうじゃな、我慢もここまで……」


 大きく息を吸い、溜め息を吐くように呟く。

 その瞬間、銀鈴の瞳は赤く凄惨な色へと変貌する。


「八つ裂きにしてくれようぞ!!」


 銀鈴の叫びに反応するようにアエーラは立ちあがり、周囲に風を纏い始める。


「きゃー!」


 部屋の荷物が散乱し、ピピルが飛ばされまいとボクの髪を引っ張っていた。


「イテテッ! ちょっ! 二人とも落ち着いて! 良くあることなんですから!」


 今までに無いような二人の変化に慌てて止めにはいるが、二人の様子が変わる様子は無い。


「良くあること? ポコを愚弄することがですか?」


 アエーラは納得がいかないという表情である。


「いえ愚弄と言うよりは、プライドを傷つけられたとか……むしろ嫉妬の方が強いと……」


 ボクは散らばった荷物を拾いながら説明する。

 銀鈴はボクの説明で少し落ち着きを取り戻し、考えている様子であった。


「嫉妬……なるほどの。ポコとの実力差を思い知ったなら、他の手段に出るのも致し方ないのかや」

「違いますよ、お二人の事ですって」


 銀鈴の検討違いな言葉に少し笑ってしまうが、ボクの言葉に二人はキョトンとした顔をしていた。


「お二人の人気が高いからです。仲の良さそうなボクが羨ましいのだと思いますよ」


 それを聞いて二人呆れた表情をして再び座り込む。


「なんじゃ、くだらんのぅ……」

「器の小さな人間ですね」


 毒気を抜かれたかのような様子であり、どうにか落ち着いてくれたようである。


 しかし、あんなに怒るとは……

 結構我慢してくれてるんだね。


『ポコの人望のおかげじゃないですか?』


 いや……

 それとはちょっと違うような……


【まあ暴走した時にはだ、ポコも出ていく覚悟を決めないとな】


 えっ……? ボクの責任になるの?

 滞在許可を取り付けたキュドの責任じゃなくて?


【ポコがいなければキュドも含めて此処に居らんわけだろう? ならば根本の責任はオマエであろうが】


 ごくごく正論……

 でも皆をいつも監視できる訳ではないし……

 ボクはボクで生活を楽しみたいし……


「しかし赤雷よ、何故もっと早く言わんのじゃ?」

「それは、姫様が怒るのが分かっていましたし……機会を見てかと……」

「なんじゃ、お見通しというわけかや」


 銀鈴が少し頬を膨らませると、赤雷は黙って頭を下げていた。


「あ! じゃあさ! じゃあさ!」


 ピピルがなにか思い付いたように、飛び上がって騒ぎ立てる。

 先程の事と言い、あまり良い予感はしないのだが……


「ポコが部活を作っちゃえばいいじゃん!」


 ギャアアアー!!

 な、なんて恐ろしい娘!

 ボクの嫌がる解決法を提案してきたよ!


【コヤツ……! 中々にできるな!】


 うるさいよ!

 感心してる場合じゃないよ!


「おお! それはいい考えじゃな」

「むしろそれしかないと言う提案ですね」


 銀鈴とアエーラは乗り気満々である。

 傍観していた赤雷までも、ピピルの意見に感心したような表情を見せていた。


「でしょでしょ!」


 ピピルは胸を張ってふんぞり返る。


「イヤイヤ! ちょっと待ってください! そう簡単に部活なんて作れるとは……」

「それは聞いてみんと分からんじゃろ?」


 銀鈴はボクを見ながら不思議そうにしていた。

 今までと変わらぬこの考えは、決して崩れることはないだろう。


「それに一体何をする部活に……」

「ポコの好きな事で良い。ワタシは勧誘が無くなればそれで良いしな」


 アエーラはそう言うと、腕を組んで頷いていた。


「取り敢えず作れないのか聞いてみようよー!」


 皆はピピルの言葉に賛成といった反応である。

 他に何かないかと考えるが、良い解決策も浮かばない。


『二人が学園に入れたという前例がありますからね。確認しない限りは納得しないでしょう』


 確かに……

 あ、まあ逆に言えばダメなら諦めるってことかな?

 取り敢えず結果はどうあれ確認する分には……


 ……って、いやまて! 流されるな!

 もしそれで本当に作れるなんてことになったら……

 それはボクの思い描く部活動とは全く違うぞ!


【クックック、魔方陣研究会なら全員受け入れてくれるだろうな】


 その意見は却下となります!

 しかしなんかもう詰んでるような……

 ボク1人だけ部活に入るのは無理な気がするし……

 皆に内緒で……? いやそれこそ無理だ……


「分かりました……取り敢えず確認はしてみます……」


 ボクの口から諦めにも似た溜息が漏れる。


「ウム! 朗報を期待しておくかの」

「内容はポコの好きで構わないからな」

「楽しみだねー!」


 既に作れる事が決定したような返事に感じられる。取り敢えず、今はこれで納得してくれたようで、これ以上この話をしなくても済みそうである。

 問題が先延ばしになっただけな気もしなくはないけど。


「姫様、そろそろ夕食時になりますが……」

「おお、もうそんな時間か。久々にのんびりできたのぅ」


 ボクの方は全くのんびり出来ない1日であった。しかし、嬉しそうな銀鈴を前にしては何も言えない。


「夕飯……そろそろ戻りましょう」


 ご飯と聞いてアエーラは立ち上がり、颯爽と扉へと向かう。


「またねー!」

「また邪魔しにくるぞ」


 アエーラの後に続くように、皆も部屋を出ていく。

 最後にドアを閉めようとした赤雷が、憐れむような視線でボクを見ていたのを忘れることはないと思う。


 あれ?

 ちょっと待って、また来るの?

 おかしいな。さっき注意したばかりのはずだけど……

 ……いや、もう考えるのを止めよう。


 今日1日の疲労感が隠せず、そのままベットへと横たわる。

 問題は山積みではあるが、一つ一つ解決するしかない。優先するべき1つ目は今日の疲れを取ること。

 そのまま目を閉じて暫しの休息をとることにした。


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