アナグラ
相変わらずの遅さで申し訳ありません…
「頼みますよ、ホントに……」
「いや、すまんすまん」
酒場に向かう途中でガラント市長に再度自分の命を第一に優先してくれとお願いしておいた。
少しだけ申し訳なさそうにしていたが、本当に大丈夫なのかと心配になってしまう……
酒場の場所はルドルフの鍛冶屋のある通りとは逆の通り。
一番静かな通りの少し路地に入った場所を示していた。
通りに入る前には、市長は姿を隠してボクの後を付いてきているはずである。
一応ボクが酒場についた時に、近くにいることを口笛で教えてくれると言っていた。
人通りが少なくなる町外れの辺りで、地図通りに路地に入る。
先程の雰囲気とはうって変わり、古ぼけた建物が多い。道の途中には酔っぱらいが酒瓶を持って寝ており、治安も大通りに比べると悪そうだ。
ボクも素顔のままなら、直ぐにでも絡まれているんじゃないかと思う。
暫く道沿いに歩くと、地図が指し示す場所に酒場が見えてくる。
店の看板には[アナグラ]と書いてあり、こんな場所ではあるがそれなりの大きさである。
中々に味のある外観をしており、外のテラスにはビヤ樽を机とした席も準備されている。
テラス側には窓が2つ付いており、内側のカーテンが半分程度開いている。これならガラント市長も外からも中の様子が伺えるだろう。
酒場に入る前に一応の用心として《ストレングス》と《ディフェンスアップ》、それにもちろん《デリートマジック》を唱えておく。
《アクセル》も唱えておこうかと思ったのだが、建物の中でそこまで効果を発揮できないと思い止めておいた。
周りを見回すと路上で寝ている老人以外に人影は見られないが、少し離れた辺りから「ピューイ」といった感じの口笛の音が聞こえてきた。
ガルマン市長が見失っていないと合図を送ってくれたのであろう。
ボクは窓の方を指差して、ここから覗けるという合図を送っておいた。
さて準備は整ったと思うが……
中には何が待つのやら……
【ポコよ、もしサイジェンスが仕掛けた罠であったらわかっているであろうな?】
お、おう……
来世でやり直して貰うと言うことですよね……
【分かっておるならそれで良い。油断はするでないぞ】
サイジェンスが今回の事を仕掛けていたら、クロは絶対に許せないのであろう。
『サイジェンスが反省している事を祈りますが……』
シロとしては出来る限りチャンスを生かしてもらいたいと思っているようだ。
こんな怪しげな場所に呼び出す時点で本を返すだけとは思えないけどね……
まあ、突然に襲われても大丈夫なように準備はできている。
ギィィ……
扉を引くと金具が擦れたような音がする。
カーテンを閉めているせいか、只でさえ薄暗い路地よりも更に暗くなっている。
見えないというほどではないが、なれるのに少し時間がかかりそうだ。
中はホコリっぽく、視界に靄がかかったような感じがある。テーブルは壁に立て掛けられており、最近は営業していないだろう。
一階から二階までは吹き抜けになっており、外から見るよりも広く感じる。二階にはいくつもの扉が見えており、個室も設備されているようだ。
扉を開けたまま数歩中に進むと、奥のカウンターの中に人影が見える。サイジェンスだろうか? 椅子に座っているようだ。
「コロネルです。魔法書をお返しいただけるそうで」
そう伝えると、人影が少しビクリと反応したように見える。
「コロネル……」
少し小さく震えたような声でボクの名前を口にする。
声は小さいがサイジェンスで間違えなさそうである。
「それとこの間の件ですが、出来れば早めに……」
カウンター越しに奥のサイジェンスを見て異変に気がつく。
隠れて見えなかったが、身体は椅子に括りつけられており、全身は傷だらけで項垂れている様子であった。
「え、大丈夫でっ……うぐっ!!」
サイジェンスに声をかけようとした瞬間、ボクは両側から腕を取り押さえられ床に押し付けられてしまう。
明らかにサイジェンスに気をとられる瞬間を狙っていたようだ。
ボクが抑えられたのを確認すると、奥の厨房からワラワラと人が現れ、二階からも人が降りてくる。
酒場の中には20人程姿を現し、二階にもまだ人がいるようである。
大半の者はニヤニヤとしながらボクの方を見ていた。
ちょっと多すぎじゃないですか……?
【ヤレヤレ……油断するなと言ったのにな】
えっと……
一応は準備万端で望んだつもりだったんだけど……
【準備をしているのと隙があるのは別であろう?】
え……あ、すいません……
確かにそうかもしれないですね……
《アクセル》を唱えていれば即座に対応出来たであろうし、《サーチ》を使えばどれだけの人がいたのかすぐに分かったとは思う。
最近調子に乗っていたかも……
反省致します……
『無理に動くことは出来るでしょうが、状況の確認のためにも少し様子を見た方が良さそうですね』
うん、ここはシロの言うとおりにしよう。
バタン! と勢いよく扉が閉まる音が聞こえる。
首を上げて正面を見ると、依然に見たことのある人物が立っていた。
「はい、どうもお久しぶりですぅ」
この人を逆撫でするような声、サイジェンスとの試合前にボクを脅しに来た取り巻きAである。
「随分と不用心じゃないですかぁ……自分の力を過信しすぎじゃないですかぁ?」
取り巻きAがクスクスと笑うと、周りの闘士からも一緒になって笑い声が聞こえてくる。
奥にいたサイジェンスをボクの近くに連れてくると、交互に見回している。
「一応聞いときますけどぉ……不正を報告しろなんて言ったのはコロネルさんで間違いないですよねぇ?」
ボクを押さえつける手がグッと一瞬強くなる。
答えろということなのだろう。
ボクは床から見上げるように首を上げて答える。
「ええ……そうですけど……」
「困るなぁ……そんな事したら私達はどうなっちゃうんですか?」
取り巻きAは額に手を当て、首を振るような大袈裟な素振りを取る。答えの分かりきっている質問であり、もちろん答えなど聞く気はないようだ。
「サイジェンスさんもねぇ。散々いい目を見てきたくせに……一度負けたくらいで従おうとするなんてねぇ?」
「止めておけ……」
取り巻きAが忌々しそうな視線を送ると、サイジェンスが小さく呻くような声を出す。
取り巻きAはサイジェンスの髪を掴み、顔を上げて覗き込む。
「この状況でもまだ言うんですかぁ? あなたが恐がっていたコロネルさんも今じゃこの様ですよぉ?」
髪を掴むと勢い良く下に引き、サイジェンスを椅子ごと床に倒す。
うーむ……なんだかサイジェンスが哀れに思えてしまう。
悪いやつではあったけど、一応は反省していたようだし。
「一体どうするつもりなんですか?」
「それはもちろん、コロネルさんには死んでいただきますよ?」
あらやだ! 結構直接的な表現で伝えてくるじゃないですか。
でも「コロネルさんには」って事はサイジェンスは生かしておくのかな?
「ボクには……?」
「あなたが居なければ万事解決! それにサイジェンスさんも気が変わるかもしれませんし?」
まあ確かに。
コロネルは不正がバレて逃げたして、サイジェンスが口を閉じれば元に戻るだけである。
でもサイジェンスのことをそこまで痛め付けておいて、都合が良すぎるような気もするけど。
取り巻きAはそんな質問をするボクの様子を見て、首をかしげるような仕草をする。
「なんだかそんな格好なのに随分と余裕がありますねぇ? 魔法を使えば何とかなるとか思っていませんかぁ?」
オウフ……ボクの心の中がもろばれである……
しかし、こんなことを言いだすってことは、何かしらの対策をしているのだろうか?
「フフフ、良い事を教えましょうかぁ? 店に入った時に少しもやっぽくありませんでしたぁ?」
確かに霞がかったようであったが、ホコリっぽいこともあったので、特には気にしていなかった。
「念には念をいれましてねぇ……あれ魔法無効化と魔封じの魔法だったんですよぉ! アハハー!」
取り巻きAは語尾を上げ、高らかに笑っていた。
魔封じに魔法無効!
今まで魔法を封じる魔法っていうのは見たことはなかったけど、まあ存在するのは当然だと思う。
んー、だけどもそれ自体も魔法なんだよね?
『もちろん魔法です。一般的には魔法の粒子が身体の中に入り込み、ファルナの流れを乱す作用を持っています。それによりファルナの集中を不能にします』
なるほど、状態異常に近いってことだね。
じゃあ魔法無効化っていうのは?
ボクの《デリートマジック》に近いものなのかな?
『いいえ、違います。一般的な魔法無効化と言うのは、補助魔法などを標的にした妨害魔法です。構築された魔法を分解するような効果を考えた方がわかりやすいでしょう』
ほうほう、なるほど。
えーっと……つまりは……
【両方ともポコの魔法で無効化されているわけだな】
ですよね?
なんか高らかに笑ってるとこ悪いけど、効果がないってことだね。
【作戦としたは悪くはないぞ? 普通であれば魔法に対する防壁で防げるかどうかと言ったところだからな】
『使い手の実力次第ですからね。ポコも注意していれば問題なく防げたでしょう』
ほほー、勉強になります。
……ってそんな事言ってる場合じゃないかな。
大体の状況は飲み込めたし、そろそろ行動を起こしてもいい頃かと思う。
「身動きはとれない、魔法は使えない。どうしようもないですよねぇ?」
取り巻きAは、お手上げと言ったポーズをとり、笑いながらボクにそう言ってくる。
うーん、動けるし魔法も使える。
なのに上から目線で得意気にそんな事を言われたら、どう反応していいのだろう……
「では素顔でも見せて頂いてからお別れといきましょうかぁ」
そう言って取り巻きAはしゃがみこんでボクの仮面に手をかけようとする。
ドンドンドン!!
ボクが気を見計らって起き上がろうとしたのと同時に、酒場のドアが勢い良く叩かれる。
「そこまでじゃ! お前さんたちの悪事、しっかりと聞かせてもらったぞ!」
エエエー!? ちょっと市長!?
何してんのー!!!
取り巻きAは驚いて扉の方を見る。
「オイ! 他に誰もいなかったんじゃないのか!?」
「あ、ああ、ヤツがきたときは確かに誰の姿も……」
他の闘士達にも動揺が広がり、ざわついていた。
数人の闘士が急いで外に向かおうとした瞬間である。
ガッシャーン!!
突然に窓ガラスが割れ、一匹の巨大な狼が現れる。
エエエエー!!
ちょっと! 今度は何よ!?
「グルルルルッ!!」
眉間と鼻の上に皺を寄せ、闘士達を威嚇しボクの方へとゆっくりと近づいてくる。
「な、なんだコイツ!」
「一体何が起きてるんだ!」
ボクでさえ何が起きてるのか分からない。闘士達はさぞかし混乱しているのだろう。
しかしまあ、行動を起こそうと思った矢先に事態が急展開ですよ……
こうなってしまってはボクが動いても問題ないだろう。
全身に力を入れて無理矢理に立ち上がる。
抑え付けていた二人は驚愕の表情でボクの方を見ていたが、力任せに振り払う。
一人を他の闘士いる方に、もう一人はカウンターに向かって吹き飛んでしまった。
ドガッ!! ガッシャーン!!
カウンターの上に置いてあったジョッキが床へと撒き散らされ、再度ガラスの割れる激しい音が響きわたる。
「なっ!?」
狼に気をとられていた取り巻きAは、ガラスの割れる音で振り返る。
ボクが立ち上がっている姿を目にすると、驚いて他の闘士の方へと後ずさっていた。
そんなボクの側に狼は近付いてくると、頭を下げながら口を開く。
「申し訳ありません。出すぎた真似だったようで……ポコ様であれば問題無いと思ってはいたのですが……」
ガロウさん……
ついてきてたんですね……
まあ市長の行動をきっかけに動いてくれたのであろう。
本当にボクが動けない状態であれば、なんともありがたいことである。
闘士達はかなり混乱した様子であったが、取り逃がしてはいけないとボクを囲む様に酒場一杯に広がっていた。
「たかが一匹増えただけのことです! 複数でかかれば問題ありません! それと外の奴も捕まえに行って下さい!」
取り巻きAが焦りながらも他の闘士に指示をだす。
市長の姿は見えないかも知れないが、万が一にでも捕まってしまっては一大事。
誰一人であろうと外に向かわせるわけにはいかない。
「ガロウさんはボクの近くから動かないでください」
「了解致しました」
ボクは両手の掌にファルナを集中し《ドライシューター》を唱え始める。
目に見える範囲の闘士すべてを標的とすると、右手のファルナは多数の針のような形に姿を変える。
ボクの手に集まったファルナが転換されているのを見た何人かがざわつきだす。
「お、おい! 魔法使えないんじゃないのかよ!」
「なんだコイツ……魔法書も魔道具も使ってる様子ねえぞ!?」
そのまま両手を上げ[ 発動]を唱えると、頭上から一斉に針のような魔法が打ち出される。
高く上げられた両手の掌からキュンッ! といった小さな音が聞こえ、魔法の針が闘士全体に降り注ぐ。
「な! なんだ!?」
「グワッ!?」
「あ、足が!?」
回りから闘士達の苦痛の声が沸き起こる。膝を地面につき、足を見ながら何が起きたかわからないといった様子である。
そんな中でガロウは「流石です」と言って頭を下げていた。
「出来れば抵抗しないでくださいね」
誰と言うわけでもなく、皆に向けてそう話す。
ほとんどの者は抵抗どころか、脅えた視線を向けていた。
しかし、取り巻きAを含む何人かは回復したようで、敵意剥き出しで此方を凝視する。
「ふざけないでほしいですねぇ! こちらはもう後戻りできないんですよ!」
取り巻きAは古びた装飾の剣にファルナを込めて叫びだす。剣の刃はバチッ! と弾ける様な音を出し、黒い火花を散らばせながら、その量を増していく。
「さあ! 這いつくばってください!!」
数叫び、勢い良く床へと剣を突き刺すと、薄暗い光を放つ黒い影が地面を染めるように浸食する。
ボクを中心とした半径1メートル程の円柱の空間を作り出し、ズズズッ! という地鳴りのような音を出す。
「ガグゥ……」
そばにいたガロウが呻くような声をあげる。脚を折り、何かに耐えるように見える。
ボクは屈んでガロウの様子を伺うが、何が起きたのかわからな。何か命に関わるような状態でないかと心配してしまう。
【問題ない。重力魔法とは中々に珍しいものを使うものだな】
重力魔法とはまた聞き覚えのない魔法ですね?
【物質の重さを変化させる魔法だ】
『範囲内の重さが何倍かに膨れ上がった状態になっているはずです。身体を支えきれない状態ではありますが命には別状はないと思いますよ。』
へー……そんな魔法があるんだね。
でもそれだとボクにも作用しそうな?
『範囲内の物質に作用して重さを変える魔法ですから、ポコ自身には効果が及ぶ前に消えています』
【クククッ、何か物がのし掛かるなら別だがな。強いて言うなら回りの空気が少し重いくらいではないか?】
なるほど、本当に魔法は奥が深いですね……
「ハハハ!! どうですかぁ? 動けないでしょう! さあ皆さん、私が抑えているうちにやってしまいましょう!」
取り巻きAは振り返って動ける闘士達に向かって声をかけるが、闘士達は顔を見合わせて動こうとしない。
「どうしたのですか?さあ!今のうちに……」
周りの様子に少し焦った声を出していたが、他の闘士の視線に気がついて言葉が止まる。
ゆっくりと、ボクの方を見直し、ボクが平然と立ち上がっていることに言葉を失う。
【なんだか全ての元凶はコイツにも思えてきたな】
なんだかそんな気もするよね。
彼だけは絶対に取り逃がすわけにはいかない。
ボクは右手の人指し指にファルナを集中し[消滅・意識・線形・打ち出し・対象]と唱え始める。
《ブラックアウト》、意識を消失させる魔法である。
ヒトに試すのははじめてだが、これ以上に良い機会など、そうそうないだろう。
指先には薄く透明な針のような形の魔法が留まり、取り巻きAの方向を向いている。
「い、いやだなぁ……? 一体何をするつもりですか……?」
取り巻きAは少し狼狽えながら後退るが、他の闘士は取り巻きAを避けるかのように広がり、完全に孤立した状態である。
「命までは奪いません。暫く大人しくしてもらいます」
取り巻きAは咄嗟に扉の方へと逃げようとするが、魔法を発動した瞬間に魔法の針は頭部へと吸い込まれるように到達する。
「ガッ!?」
走っている状態で意識を刈り取られ、頭から床へと倒れ込む。
気を失った瞬間にボクの周りに展開していた黒い影のような重力魔法も解除された。
「他に暴れたい人がいなければ両手を頭の後ろにして大人しくしていただけますか?」
先ほどまでの様子を見ていた他の闘士達は静まりかえっており、ただ黙ってコクコクと頷くものがほとんどであった。
どうにか一段落ついたところ、何やら扉の外が何だか騒がしい。
ドゴンッ!
「全員両手を上げ、膝をつけ……?」
突然に扉が打ち破られ、衛兵たちが一斉に酒場の中へとなだれ込む。
既にほとんどの者が座り込み、両手を頭の後ろにあげている。
中の様子を見た衛兵達の反応は、まるで頭に疑問符が浮かんでいるようであった。
~~~~~~~~~~~~
「ガハハ! なんだ演技だったのか! それにしてもやりおるな!」
ガラント市長は騒ぎが起きて、すぐに衛兵を呼びに行ったらしい。魔法を使った時には既に居なかったようで、闘士達が大人しく従うので何が起きたのかと困惑したと言っていた。
今回の事件は事情聴取が行われてから世間への報告となるそうである。闘神祭が終わったころに大騒ぎになってしまうだろう。
ボクとしては騒ぎに巻き込まれる前に、一刻も早く学園へと向かいたいと思っているのだが……
そんなボクも事情聴取されるうちの一人となってしまった……
ガラント市長は、闘神祭が終わってから話を聞かせて貰えればそれで良いと言ってくれたのだが、こんな状況になり闘神祭は辞退させてもらうことにした。
ただでさえ今回の騒ぎの中心になってる上に、もし闘神祭で優勝でもしようものなら騒ぎはもっと大きくなると思う。
「ポコ」の名前は出ていないにしろ「コロネル」の名前はある程度噂になってしまうだろうし、他の闘士の事情聴取が終わった後に聴取されるとなると、魔法にしろ、ガロウにしろ、説明がめんどくさい事が有りすぎである。
シロとクロにも確認は取っており、二人としては世間一般の実力が分かったので十分だとは言っていた。
まあクロに関して言えば「飽きてきた」「今回の騒動で満足した」という方がしっくりくる……
そんな訳で先程事情聴取を済ませ、ルドルフの鍛冶屋に帰る途中ではあるのだが、すっかり日が暮れてしまった。
それと言うのも帰りがけにガラント市長に「自分の元で働かないか?」「闘士として一躍花を咲かせてみないか」などなど随分と誘われてしまった為である。
もちろんボクはこれから学園に向かうと丁重にお断りさせてもらった。しかし、卒業した後でもいいと散々と粘られてしまったわけである。
それと忘れてはいけないガロウである。
あの後、衛兵達には仲間の狼だと誤魔化しておいた。ガロウも暴れることなくボクに従っていたので、驚かれはしていたが特に疑いは持たれなかった。
町を出てもコッソリと付いて着そうだったので、学園の近くまで乗せて貰う事にした。
嬉しそうに尻尾を振っていたのだが、流石に王都の中までは連れていけないと念を押しておいた。
今は町の外でおとなしく待機してくれていると思う。
色々あって早く休みたい気持ちであるが……
今日の事を聞かれるであろうし、それにこれからのことを皆に話さないといけない。
鍛冶屋ドルフに着いてドアを開けると、なぜだかロイズがカレンの前で正座をしてしょんぼりとしている。
ルドルフがボクに気が付いて少し困った表情を見せていた。
「よ、よう! 一体どこに行ってたんだよ! 大変だったんだぜ!」
ロイズはボクに気が付くと、誤魔化すように話を始める。
なんでも赤雷がキュド・マイオールに負けてしまい、銀鈴が大層ご立腹になってしまったらしい。
赤雷がいくら謝罪しようが許さないらしく、二人で宥めるのも大変だったそうだ。
試合は二人の実力が均衡しており接戦。
しかしながら、マイオールが今までとはまるで別人のように張り切っていたらしく、わずかな経験の差で勝敗が分かれたような結果だったらしい。
うーん……なんとなく原因について身に覚えがあるのだが……
ここで言うのは止めておこうと思う……
そして何故ロイズが正座をしていたかと言うと……
今までの儲けのほとんどを赤雷につぎ込んでしまったらしい。
赤雷の試合前に「ポコを探してくる!」と、カレンに銀鈴を任せて席を外し、その隙にカジノに行っていたようだ。
銀鈴をどうにか宥めた後にそのことが発覚し、先ほどまでカレンにこっぴどく叱られていたそうである。
一体いくらつぎ込んだかは怖くて聞けないが……
まあ今までの儲け分で済んだなら、まだ救いがあると思う……
「で、ポコは何していたんだ?」
ルドルフが話題を変えようとしたのか、少し苦笑いしながらそう聞いてくる。
「うーん……話すと長くなってしまうんですけど……」
たった1日のことなのだが、実際に話はじめると本当に長かった。
不正疑惑に手紙のこと、酒場への調査と、ことの顛末。
話終わるまで、みんな静かに聞いてくれたが、話が終わる頃には少ししんみりとした雰囲気となってしまった。
「……じゃあソロソロ旅立つってことか?」
「ええ、急ではありますけど……」
そう聞くと、全員が寂しそうな表情をしていた。
言葉として出してはいないが、みんな同じような気持ちなのだろう。
ルドルフがおもむろに席を立ち、店の奥へと入る。
少しして戻ってくると、その手には短剣が握られていた。
「ホラ、頼まれてた短剣だ、間に合ってよかったぜ」
そう言ってボクの胸に尽き出すように渡してきた。
「あ、ありがとうございます!」
受け取ると小さいながらもしっかりとした重量を感じさせる。
グリップは黒い木製で握りやすく、丁度力が入りやすいほどの太さをしていた。
早速と鞘から引き抜いてみると、少し灰色がかったような本体部分と綺麗な銀色の刃が目にはいる。
片刃の真っ直ぐなシンプルな形をしており、刃渡りは約20cm、幅は5㎝程と意外に大きく感じる。
「グリップにはファルナの吸収率の高い黒曜杉を、刃はポコの故郷で取れたアレアニウム銀鉱をメインに使ってある。魔法との相性や耐久性を重視して作っておいたぞ」
自分の事を考えて作ってくれたのが伝わり、非常に嬉しく感じる。
裏返して逆側を見てみると、刃の根本には崩れたような字体で「KR」と刻んであった。
「銘はしっかりと入れておいたからな! それを見れば今日までの事を思い出すだろ!」
そう言うと、いつも通りにガハハと笑っていた。
「私たちも暫くしたらギルドで依頼を探さなければいけないですし……本当であればもう少し余裕があったのですが」
カレンも今後のことを話しはじめるが、ロイズのことをジトリと見ながら責めるような言葉を付け加えた。
「アレアドル王国に行くこともあるでしょうし、その時には学園にでも顔を出しますね」
カレンはそう言ってにこりと笑っていた。
「よ、よし! 今日は送別会だな!」
ロイズはカレンの視線をごまかすかのようにそう言ってくる。
いつもと違って「今日は割り勘だけどな」と付け加えてきたけど……
その後は酒場で宴会がはじめられた。
いつも通りにロイズは飲んだくれ、カレンは泣きじゃくり、ルドルフとマージェスはまったりと飲んでいた。
今までのこと、これからどうするのかを話ながらあっという間に時間は過ぎてしまった。
ロイズには冒険者ギルドを見かけたら、自分達がいないか調べて欲しいと言っていた。
もちろん時間がある時には覗きにいこうとおもう。
おこずかい稼ぎもかねて……
ルドルフは武器で困ったときには、何時でも相談に来いと言っていた。それとアレアドル王国方面には縁もあるし、鉱石を取りに出たときは学園に立ち寄ると約束してくれた。
鬼人達のことはどうするのかと聞かれたのだが、ボクとしては出発することは言わない方が良いかと思っている。
もしロイズやカレンが出会うことがあったら、闘神祭に興味が無くなり居なくなったと伝えてもらうことにした。
帰りがけにロイズとカレンに別れの挨拶をすると、カレンはお酒も入っていたことも大泣きしていたが、ロイズはまた会えるさと笑っていた。
確かに他の人と比べれば冒険者である二人とは、会える機会は多いと思う。
次の日の朝、人が少ない内に旅立つ準備をする。
ルドルフが村の外まで付き添ってくれた。
「何だか寂しくなるな……」
「ええ……そうですね」
染々とした言葉がルドルフの口から漏れる。ボクとしても旅立って初めて知り合った友人であり、寂しい思いで一杯である。
なんと言えば良いか分からず、曖昧な返事しかできなかった。
町の外で人が居ないことを確認してからガロウを呼ぶと、大きな狼がボク達の前へと姿を表す。
「おおう、オマエさんが話に聞いた人狼かい? ポコのことを頼んだぜ」
ルドルフは目の前に表れた狼に驚いた様子であったが、そう話しかけて頭を下げていた。
ガロウもその様子を受け、コクリと頷く様な素振りを見せていた。
ボクはガロウの背に乗ると、ルドルフの方を振り替える。
「本当にお世話になりました」
「ああ、楽しかったぜ! こっちに来たときには絶対に顔を出せよな!」
ルドルフは満面の笑みで、親指を立ててボクの方に突き出してくる。
「ええ! もちろんです!」
ボクも精一杯の笑顔でそう答え、ガロウに出発するように告げる。
「カレンさんと上手く行くことを祈ってますね」
最後には冗談混じりの言葉をルドルフに言うと、頭を掻いて照れ笑いをしていた。ガロウの軽やかな踏み込みであっという間に村の入り口が遠ざかる。
「またなー!」
遠くからルドルフの声が風の音に紛れて僅かにだが聞こえてくる。
振り返ると手を振っているのが見えたが、少しすると小さくなり見えなくなってしまった。
『良き出会いが多かったですね』
うん、本当にそう思う。
これまでの出会いは本当に恵まれていた。
この先には、どんな出会いが待っているのだろうか。
そう考えると寂しい気持ちも少し和らぎ、楽しみにも思えてくる。
急な展開ではありますが…
取り敢えずの一区切りとなります。
ようやく!
あと少しで学園にたどり着ける!……はず




