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魔法おいしい。 〜イディアル大陸美食異端健啖奇譚〜  作者: 太刀呪 駁/たちじゅ ばく
3/3

三話:魔剣、食べたい

 夜が明けるまでに、この街全体の、実に半分もの街灯に使われている光魔硝子を食って、満腹になった。

 久しぶりにお腹いっぱいになるまで食べて、非常に満ち足りた気分である。

 ほとんど引っ付いたようであった胃で、いきなり多く食べ過ぎると吐き戻すんじゃないかという心配はあったが、それは杞憂のようであった。食べれば食べるほど、体の調子が良くなっていったのだ。

 水分を失ってかさかさになった肌は、今はまるで剥き卵のようなすべすべの肌に。

 栄養失調でぽっこり突き出していた下腹は滑らかなくびれを作って凹み、うっすらと腹筋を浮かべてすらいた。

 骨と皮ばかりになっていた四肢も、実に健康的な肉付きとなって、十代の瑞々しい張りを取り戻している。

 落ち窪んだ眼窩に嵌っていた濁った双の瞳も、人形のように長い睫毛に縁取られた、潤んだ碧眼に変わっていた。

 煤けて汚れ、ベッタリ張り付いていた髪は、まるで雛の羽毛のような、ふわふわの黄金に。

 成長期に十分な栄養を取れなかったための、性に対して未分化な身体つきが、その性別をわからなくしていた。

 とんでもない美少年にも見えるし、途轍もない美少女にも見える。

 肩に届くか届かないかといった長さで切り揃えられた髪型が、余計にその性別を分かりづらいものにしていた。

 昨夜自分の口に光魔硝子を押し込んだ二人組には少年だと思われたようだったが、今の状態だと、少女と判断する人も少なからずいるに違いない。


 雪が積もるような寒さの中、わずか一枚の薄いシャツともワンピースとも取れるような布切れだけをその身に纏い、街を歩く。

 不思議と寒さはまったく感じない。それどころか体の芯から熱がどんどん湧いてきて、汗が滲むほどであった。

 氷と雪が混じり合ったような石畳の上を裸足で歩いてゆく。

 冷たさは感じない。それどころか、凍った石畳を、足跡の形に融かしてすらいる。


「……えへ」


 お腹がいっぱいになると、なんだか楽しいような、嬉しいような、つい昨夜までの過酷な不幸は忘れて、幸せな気分になってきた。

 早朝のまだ人通りも疎らな通りを、両手を広げて踊るようにステップを踏みながら、回る、回る、回る。


「……うふふふ」


 口端が三日月の形に釣り上がる。

 実際にその通りなのだが、なんだか久しぶりに笑ったような気がしていた。

 回転はどんどん早くなっていって、視界で街角の光景がびゅんびゅん通り過ぎてゆく。

 その美貌も相まって、きっと通りがかった人が見たら、雪の妖精か何かと勘違いしたに違いなかったが……まだ太陽が昇ってわずか数刻といった頃、商店街にはまばらな人影が見えるが、そこから程近い住宅街の石畳を踏む者は誰もいない。


「……あはは、あははははは」


!×!


 すっかり日が昇り、行き交う人の群れで街が賑わい始める頃、腰に魔剣を佩いた剣士数人が目の前を通り過ぎた。

 丁字路の角を出て曲がろうとした瞬間であり、直進して行く彼らは、路地の暗がりにいるこちらには気付かなかったようだった。


 魔剣とは、魔硝子を剣の形に削り出した代物であり、物質という形を取りながら、魔法の性質を持つ剣のことである。

 武器に加工されるのは、その扱いやすさから火、水、光の魔硝子がほとんどで、常時発動し続ける魔法を抑えるための魔法陣がその鞘に刻まれている。

 体内の魔力を消費することなく、それなりに丈夫で、かつ持ち運びやすい上に生産も容易と、魔剣は王国の騎士団の基本装備の一つとして定められていた。

 剣の柄に刻まれた王家の紋章からして、非常時は兵隊、そうでないときは刑吏を兼ねる憲兵団のようである。


「魔硝子の盗難事件ったって、あれ、特殊な工具使わねえと外れないんじゃねーのか?」

「通報によると、素手で覆いが捩じ切られたように見えるそうですが」


 目の前を通り過ぎていった六人の憲兵団の方向に角を曲がる。


「はあ。素手ったってよう、街灯の覆いは事故防止のために、憲兵団(おれら)がチェックしてるじゃねえか」

「魔物の仕業かもしれませんね」


 特に声をひそめるでもない、先頭に立つ二人の会話がよく聞こえる。片方は上級剣士の証を胸元につけていた。

 特に目的もなく、どこへ行くでもなくふらふらしていた足が、彼らの軍靴が雪に刻んだ足跡に従った。


「……美味しそう」


 視線は魔剣に釘付けである。

 その呟きは、憲兵達の耳には届かなかったようで、誰もこちらを振り向いたりはしない。

 この極寒の中、見つかれば、確実に声をかけられるであろう薄着である。端から見ると、物乞いの子供が憲兵団の尻を追っている風でもあったが、それにしても身に着けている服、否、布切れ以外が綺麗すぎた。

 そのままなんだかよくわからない一行は、昨夜「街灯が盗まれた」という通報の入った地点に辿り着く。


「これは確かに、捻じ切られてますね」

「道具使ったって感じでもねぇな、おい」


 街灯そのものや近くの路面を検分してゆく憲兵団。

 そこからポツンと少し離れて立つこちらに、ついに憲兵の一人が気付いた。


「そこの君、どうしたんだ、その格好は!?」


 上級剣士の証をつけた男に何事か言い、その憲兵は、こちらに近づいて来た。他の憲兵は、こちらを一瞥した後、再び自分の仕事に戻る。


「取り敢えずこれを羽織りなさい」


 そう言って差し出されたマントを受け取り、手の中にあるそれを見る。


「……寒くない、よ?」


 実に久し振りの他人との会話に、ほんの少し、緊張した。


「さ、寒くないわけがないだろう!? 池の水が凍るんだぞ!? 遠慮しなくていいから、すぐに羽織りなさい」


 憲兵団特製仕様の、火の魔法が織り込まれたというマントを、言われるままに羽織った。


「暖かいだろう?」そう言ってこちらの胸元に手を伸ばす。「ちゃんとここも結ぶんだ。それは君に上げるから、着ておきなさい。凍え死ぬぞ」

「……ありがと」


 目を細めて礼を言う様に、憲兵はなんとなく、猫を思い出し、その頭に手を置いてふわふわの髪の毛を撫でた。


「……んむ」


 特に寒さは感じていなかったが、憲兵がくれたそのマントはほかほかと暖かく、なんだか眠たくなりそうだった。

 頭の上に置かれた憲兵の手は大きく、マントに負けず暖かい。


「君、名前は?」

「……ん、ない」


 頭を撫でる憲兵の手が一瞬止まる。

 この国で、下手をすればこの世界で、名前がないということはすなわち、不可触民、アラズを意味するからであった。

 ただ単に育児放棄されただけの子供、というのも豊かなこの国ではほとんどいないが、まだそちらの方が可能性としては高い。憲兵はまさか目の前にいる子供がアラズなのではという考えをなかったことにした。


「……そうか。それじゃあ、もう、俺たちは仕事があるから、ここから離れなさい」


 追い返されてしまった。

 かと言って特に行く宛があるわけでもなく、少し離れたところで尻が濡れるのも気にしないで、道の端に座り込む。

 顔の半分くらいを襟に埋める様は、広がるふわふわの髪と相まって、冬の小鳥が寒さに首をすくめる様を連想させた。

 ぱちくりと愛らしい双の碧眼の奥で、まさかどうすれば魔剣を口にできるだろうかということを考えているとは、誰も思うまい。

 視線の先で、マントをくれた憲兵が寒そうに両手に息を吐きかけた。マントを返せば少しくらい魔剣を触らせてくれないだろうか。まさかそんなはずがない。

 今まで生きることに必死で、あまり考えることをしてこなかったから、何かを考えるということが得意ではなかった。なんの妙案も思い浮かばない。

 それでも必死に頭を働かせていると、腹の虫が鳴った。火の魔法が織り込まれているというマントから良い匂いがする。鼻腔を突く、刺激的な香りだ。口に唾が溜まるが、なんとなく、マントを食べるのはもったいないような気がして我慢した。

 それにしても美味そうなマントである。光魔硝子(あまいもの)ばかり食っていたから、余計に口が辛いものを欲している。


––––考えるのはやめよう。


 これ以上エネルギーを使うと、本当にマントを食べてしまいそうだと思い、直接憲兵に頼んでみることにした。

 どうせ量産型なのだから、一口くらい囓らせてくれるかもしれない。とりあえず頼んでみる。


「……あの」


 忙しそうにしている、先程マントをくれた憲兵に背後から声をかけた。

 振り返る憲兵の顔に、一瞬困ったような色が浮かんだ。


「君、まだいたのか。この街灯をやった魔物がまだ近くにいるかもしれないから、危ないぞ」

「……一つ、えっと、お願いしても、いいかな」

「なんだ? ……お願いを聞いたら、ちゃんとここから離れてくれるなら良いぞ」

「……本当!?」


 憲兵のいらえに、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。

 やはり頼んでみるものだ、優しい憲兵で良かった。


「……あのね、憲兵さん。その魔剣、ちょっと、味見させて欲しいの」

「んん? なんだって?」


 その憲兵は、耳を疑った。魔剣を、味見?

 「お願い」の意図がそもそもわからない。どういうことだ? 魔剣を少し触らせて欲しいとか、そういうことだろうか?

 そうであるなら、それは聞けぬ相談である。


「……だからね、憲兵さん」


 憲兵の左腰に佩いてある、魔剣に視線をやって、もう一度言う。


「……その魔剣、火の味でしょ。ちょっとで良いから、味見させて」

「ん……? いや、それは駄目だ、いくら量産型とは言っても、一般人においそれと渡して良いものじゃないからな」

「……ええっ? さっき、お願い聞いてくれるって」


 目尻に薄っすら涙を浮かべて見上げる相手に、憲兵はしどろもどろになりながらも、理論立ててどうして駄目なのかを説明しようとした。

 と。


「おいこら、遊んでんじゃねーぞ。ここの検分は終わったから、次行くぞ。……ガキ、おめーも、あんまり大人困らせるもんじゃねーよ。ほら、行くぞ」


 調査に派遣された憲兵団の中で、唯一上級剣士の班長についに注意を受けた。


「ごめんな、仕事だから。それじゃあ」


 そう言って踵を返した瞬間、背筋にこれまで何度か潜り抜けた死線と同じような感覚が走った。ぞくぞく。思わず身震いする。

 マントを上げたから冷えたのか、と一瞬思ったが、いつの間にか、左腰から魔剣の鞘が消えていた。丈夫な魔物の鞣し革で作られたはずの剣帯が無残にも引き千切られている。一体、いつの間に?


「……ごめんね、憲兵さん」


 振り向くと、魔剣の切っ先を口に含んだ子供がこちらのすぐ後ろに立っていた。綺麗な歯が、最低でも鉄よりは硬い魔硝子をいとも容易く噛み割り、砕く。

 子供が魔剣から口を離すと、そこには、くっきりと歯型がついている。

 まるでパンでも食べているかのように頬を膨らませている相手に対して、呆気に取られていた憲兵は、ついに自分が取るべき行動を思い出した。


「君、いや、貴様、何者だ……?」


 飲み下し、二口目。栗鼠の様に頬を膨らませて、見るものを幸せにしそうなくらい美味しそうに魔剣を齧る相手に、憲兵は戦慄する。

 憲兵は何者かと問うた。

 しかし答えは、その問いへの返答ではなかった。


「……やっぱり、魔法、おいし」


 とうとう自分が取るべき行動がわからなくなった憲兵は、悲鳴を上げた。


 

 男なのか、女なのか。一応決めてはあるんですけどね。灯景と合流してからです、それは。名前も。

 魔法食べる方の主人公ってば、まだ名前が出てこないもんだから、書きづらいのなんのって。

 少年とも少女とも書けないもんだから、ガキとか子供とか、実際は十五歳くらいなのに、えらく幼い印象が。一話は十五歳ってつもりで書いたはずなんだけどな(おかしいな)。


 次話は灯景くんサイド。その次あたりで合流できたらいいなと思いつつ。


(2016,1,24)



【キャラ紹介】(これ以降出ない人のみ)

憲兵団調査班班長:上級剣士。佩いている魔剣の属性は光。得意魔法は不明。剣士としての腕より、刑吏としての腕を買われて昇進した。名前はアドニス。おっさんだが若い嫁と四歳の娘がいる。

憲兵団調査班班員A:無印の剣士。佩いている魔剣の属性は火。得意魔法は不明。優しい。大柄で、実は主人公にあげたマントは半分以上裾が余っている。名前はシャンディ。子供が好き。

憲兵団調査班班員B〜E:無印の剣士達。佩いている魔剣の属性はそれぞれ火、水、水、光。名前は順番にベータ、シータ、ディータ、イータ。普通に優秀。

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