陰と陽
……ああ。
もちろん、そうだ。
そうであるべき、だったんだ。
長く永く久遠に続くかと思われた静寂。
いや、それとも、ほんの一瞬の沈黙だったのだろうか。
そんな感覚さえ消え失せてしまったような刻の後、止まった時間を斬り裂いて、悲鳴のような、あるいは怒号のような声が轟いている。主にユーゼルクの仲間たちから。
それは、そうだろう。信じられない、信じたくない、言葉だったはずだ。
フォン=モウンの言葉──
ユーゼルクは、『秘法』によって人工的に作られた存在だ、という言葉は。
だが私は、その喧噪を、どこか遠くから聞いているような感覚で耳にしていた。
だって。
そうであるべきだろう、と、とても自然に納得してしまったのだから。
言うまでもなく、私は異世界転移者だ。
多くのスキルで身を固めた私は、この世界では常軌を逸したと言っていいほどの力を有する。……まあ正体バレの禁忌があるので、全力を出せる機会はあんまりないんだけど。
──その私が、初めて出会ったその瞬間に、こいつはヤバい、と。
自分とほぼ互角の力を持つ男だ、と。
そう感覚で悟ってしまったのがユーゼルクだった。
『だから』、おかしかった。最初から、そう不思議に思うべきだった。
……私と同等の力を持つ人間が、まともな手段で存在するはずなんか、ないのだから。
もちろん、私の『剣術・極』や『体術・極』はESスキル、つまりこの世界の人間でも『理論上は』持ち得るギリギリ限度の力ではある。……だが、それは、いわば究極中の究極の能力だ。そこまで行けば、もうそれはあくまで単なる可能性の話。机上の空論でしかない。
いわば数千年に一人出るかどうか、というレベルの天才。
現実で考えれば、ほぼあり得ないと言える確率だと思う。
確かに、ユーゼルクが、本当にその『数千年に一人の天才』だった、ということだって、まあ、なくはないかもしれない。
だがそれにしては、かつて聞いたミカエラの話が引っ掛かる。
ユーゼルクは幼いころ、病弱でひ弱な、頼りない少年であったと。
そんな人間が……『数千年に一人の天才』であるだろうか。
だから、ユーゼルクが、私と同程度の能力を得たとするなら。
通常ならざる力を──『秘法』を使って手に入れたと思うしか、ない……!
「そんなくだらない話、誰が! 誰が信じるもんですか! そんなでたらめ、今すぐ言えなくしてやるわ!」
私の想いを断ち切るように、目を充血させて猛り叫んだのはミカエラ。その周囲には水の乙女たちが集まり、今しも無数の水槍を撃ち出さんとしている。
そう、ミカエラこそ、最もモウンの言葉を受け入れられない人間のはずだ。「ユーゼルクの幼馴染」である彼女こそ。
けれどモウンはそんな彼女に、物悲しい視線を送る。
「……ミカエラ。まだわかってくれないのかい。君の『幼馴染』はあいつじゃない。僕なんだよ。あいつは君との小さなころを覚えていないだろう? それをおかしいと思ったことはないのかい?
でも、僕なら知っている。君と過ごした昔の日々を。イェンデ伯爵夫人のお屋敷で君やミュシアと一緒に遊んだ日々のことを。……ミュシアは可愛い子だったね。口元のほくろが魅力的でさ。左手の親指の爪を噛む癖があって、いつも叱られていたけれど」
瞬時に凍り付いたように、ミカエラの動きが止まった。
ばしゃん、と音を立てて、浮かんでいた水の塊が地面に落ち、力なく四散する。
彼女の瞳は大きく見開かられ、何事かを言おうとしていた口は半開きになったまま動かない。
衝撃と驚愕が、そこにあった。
あり得るはずのないことを聞かされた驚きが。
そんな彼女を見つめながら、静かにモウンは言葉を継ぐ。
「そうさ、全部覚えてるよ。みんなで登ろうとして怒られたあの庭の大きな木も、魚を捕まえようとしてずぶ濡れになった泉水も、格好の真似をして遊んだ彫像も」
「……やめて」
「暑い夏の日、三人で水浴びをしていたら、僕が滑ってお尻をぶつけて、大きなあざを作ってしまってさ。それがおかしいってみんなで笑ったよね」
「……やめてっ……!」
「冬には大きな雪人形を作ったね。みんなで誰が一番大きいのを作れるかを競っていたら、君があんまり頑張りすぎて、途中で雪玉が割れてしまってさ。悔しそうに泣いちゃったよね」
「やめて! やめてやめてやめてっ!!」
耳を押さえ、悲鳴のような絶叫を上げて、ミカエラはうずくまってしまった。
そこにあったのはもはや、衝撃でも驚愕でもない。
恐怖と、絶望の、入り混じった絶叫、だった。
肩を震わせ、眼を剥きだし、かたかたと歯を鳴らしている彼女の、死人のように蒼白になった表情からは、普段の勝気さが見る影もなく消え失せている。
自分が信じていた世界のすべてが一瞬で崩れ去った人間のみが見せる、それは顔だった。
一途に思い続け、慕い続け、家も故郷も捨てて共に歩み続けてきたその人が。
……別人、だった。
その残酷とさえ言うも愚かな恐るべき事実は、人の心を一瞬でずたずたに斬り裂き、ボロボロに崩壊させて余りあるだろう。
そんなミカエラの姿を、茫然として他のみんなも見つめている。
今語られた、過去の話がすべて事実だと。
……それを、ミカエラの打ちひしがれた姿が、何よりも雄弁に物語ってしまっていた。
だとするなら。
モウンの話はやはり……やはり。
真実、なのだ。
その時、ぱん、と鳴った音。
乾いたその音は、ミカエラの頬から発せられたものだった。
駆け寄ったエレインの手によって。
エレイン自身の目にも激しい動揺を示す涙がにじんでいたが、それでも彼女の青銀の美しい瞳は力を失っていなかった。
「その無様な姿は何ですか、ミカエラ! いつものふてぶてしい顔は、図々しい態度はどうしたのです! その男が真実を語っているというのなら、ユーゼルクがあなたをずっと騙していたということになるのですよ。彼がそういう人がどうか、私たちが一番よく知っているはずではありませんか!」
「エレ……イン……」
虚ろになった眼をのろのろとミカエラは上げ、エレインの瞳に向ける。その眼差しには、僅かだが光が灯ったように見えた。
そんな二人の姿を、邪魔するでもなく、腰に手を当て、モウンは無言のままじっと見守っていた。
それは強者の余裕として見逃してやっている、というよりも、自分の言がどの程度受け入れられるかを測っていたようにも見える。……半ば不安げに、心細げにさえ見える表情で。
だがその結果を見て、モウンは疲れたように吐息をつき、首を振った。
「違うよ。まだわかってくれないのかい。
あいつは僕の存在を知らなかった。あいつ自身、本気で自分がフェルゲイン家の『一人息子』だと思い込んでいたのさ。世間から隠され、ひっそりと日陰で生きてこなければならなかった僕のことなんか、知りもしないでね。
ああそうだ、君たちの言う通り、あいつが故意に偽りを言うなんてことはあり得ない。誰かに嘘を言ったり騙したり、あいつはそんなことはしない。……ふん、そのはずさ。あいつは『そう作られた』んだ! 悪意なんか持たない、歪んだところも曲がったところもない、『理想の人間』としてね!」
……そう、そうだった。
確か、聖王祭の最後を飾る花火のお祭りの日だっただろうか。
あのとき出会ったユーゼルクを見て、私もまた、同じ不審を感じたのだった、と思い出す。
──彼は、いい人すぎる、と。
普通の人間には誰しも、多少なりともあるはずの、負の部分、ネガティヴな部分が、ユーゼルクには、まるで感じられない、と。
それは……「そう作られた」から、だったのか。
そして。
ラフィーネさんのお姉さんたち、「黒の聖務官」たちが、『登攀者殺し』、即ちフォン=モウンの正体を知りつつも手を出さなかったわけも、今ならわかる。
「黒の聖務官」の主な任務は、「秘法」が記載されているとされる偽の『聖王七書』をばらまき、それによって偽りの儀式を行わせることだ。この偽りの儀式によって、世界の『淀み』に対し、強制的に物理的肉体を纏わせて出現させ、しかる後にこれを倒すことにより、世界の均衡を維持することができる。
だが、すべてが偽りでは、『秘法』の信憑性が薄れ、誰も儀式を行うものがいなくなってしまうかもしれない。
そこで黒の聖務官たちが取った手は、おそらく。
百に一つか、あるいは千に一つか、それとももっと低い確率であるのかは知らないが、ほとんどが偽りである中に、僅かに「真実の秘法」が記された書を織り交ぜて世間に流布させる、ということだ。
99%が嘘でも1%でも真実があれば、その情報は無視できないものになる。「秘法によって望むものを本当に手に入れた人がいるらしい」という確定度の高い情報が、たった一つでいいから欲しいわけだ。それによって『秘法』の真実性は保たれる。
ユーゼルクが「作られた」のは、まさにその「真実の秘法」の力によるもの。
そうであれば、彼の存在は、「真実の秘法」が存在することを証拠立てる、またとない看板になる。
一方、ユーゼルクとフォン=モウンは何らかの形でつながりがあり、モウンを傷つけるとユーゼルクの命も危険になると、先程モウンはほのめかした。
それが事実だとするなら、黒の聖務官たちはモウンを倒すことはできない。『秘法』の真実性を傍証する存在であるユーゼルクを失ってしまうからだ。
なるほどね。意味もなく無為に登攀者殺しを放置していたわけでは、さすがになかったか。
「わかったかい、みんな。あいつはまともな人間じゃない。ただの人形さ。そんな奴に義理立てすることはないんだ。だから僕と一緒に……」
「それが、どうしたと言うのかの」
訴えるように周囲を見回したモウンに答えたのは、手を後ろ手に組んだバートリーだった。
老人の表情は冷徹で、枯れたその細い身体からは強い圧迫感が噴出している。
実力ではおそらくバートリーは今のモウンにはかなわないだろうし、本人もそれを承知のはずだ。それでも、彼は一歩も引かない鋭い眼光を放っていた。
「……何?」
「ユーゼルク坊は「作られた人間」か。そうも言われると、色々と腑に落ちる点もある。
……じゃが、それがどうしたと言う。例えば、このわし自身じゃ。わしとて、幼き頃に間士の組織に買われ、隠形術や偸盗術、そして何よりも殺人術を仕込まれた。その過程で、まともな人の心など失くしてしもうたわ。出来上がったのはただの道具であったよ。
言うてみれば、わしもまた、殺しの道具として「作られた人間」よ。すれば、ユーゼルク坊とさして変わるところはあるまい」
「な……!」
絶句したモウンに、今一人、胸の傷を押さえながら、よろよろとルーフェンが立つ。彼の傷はアンジェが応急的に治療していたが、その姿に力はない。しかし、眼だけは爛々と輝いていた。
「……ふふふ、御老の言う通りだな。拙者とて、剣の道一筋に打ち込み、人の情も義も捨てたはずの剣鬼であった。さすれば、拙者もまた、拙者自ら、剣の権化として、己を「作り変えた」のだ。ユーゼルクが「作られた」存在だからと言って、とやかく言うほどのことでもないわ」
「うう、ユーゼルクの、旦那が」
ルーフェンに続き、ロッグロックもうっそりと言う。
「旦那がどんなお人であろうと、俺にとっては明るくてあったかい光だった。その光が、自然の太陽でも、作った焚火でも、明るくてあったかいことに、変わりない」
モウンは茫然として彼らを見つめる。
私もまた、驚嘆というべき心の震えを覚えていた。
人工の生命という概念に、現代日本人であった私は、ある程度耐性というか、慣れがある。
実際にそれを見たことはないけれど、感性として、あってもおかしくはないもの、という感覚が。
だが、この世界の、少なくとも大多数の人々にとってはそうではないだろう。
科学技術的な意味でももちろんそうだし、またこの世界の魔法体系にも、例えばホムンクルスやゴーレムといった疑似生命などは存在しないのだから。
……にもかかわらず。
彼らは、超えたのだ。乗り越えたのだ。
友の存在そのものの根本的な異形性、異質性を突きつけられて、それでも。
あまりにも信じがたい、そして恐ろしい事実を伝えられて、それでも。
──それでも、友だと。
あるいは現実を精確に認識できず、理解が追いついていないだけかもしれない。
だがたとえそうでも、ユーゼルクの仲間たちは、その確たる信頼と相互の結びつきが、まぎれもなく真実のものであったと。そう、証明してくれたのだった。
私は……
私の愛する少女たちは、どうだろう。
アンジェ。テュロン。メイア。キュリエナ。ラフィーネさん。
もし、みんなが私の正体を知ったとして、それでも、私を、愛してくれるだろうか……。
「何を言ってるんだ……君たちは……あいつはただの人形なんだぞ。人の形をしているだけだ。本当の人間は僕だ! 僕なんだ!!」
「道を外れた忌まわしい殺人鬼のお前と、これだけの人々に慕われているユーゼルク。どちらが「本当の人間」なのか、お前自身が良く考えてみなさい」
悲鳴のような声を上げたモウンに、エレインが静かに、そして辛辣に決めつける。
モウンは、血走った眼で彼女を睨みつけた。
「ああ、殺した。殺したさ! 僕の前で、あいつらは夢を語ったんだ! 嬉しそうに、幸せそうに! 僕には決して届かないものを、望むことさえ許されないものをだ!
最初はただ酒場の隅でそんな言葉を聞きながら歯軋りしているだけだった。でもあるとき偶然そいつらの一人と塔の中で出会ったんだ。……気が付いた時には、もう僕はそいつの命を奪っていたよ。目の前で苦しみもがきながら、時間をかけてゆっくり動かなくなっていく姿を見て、僕は笑った。いや、泣いていたかもしれない。──夢なんて、そんなものだ。こんな簡単に壊れてしまうんだ。そう、自分自身で改めて思い知ってね」
呻くように言いながら、モウンは自分の足元を踏み鳴らした。
いや、違う。
彼は、自分の影を踏みつけたのだ。
怒りをぶつけるように。憎くてたまらないように。
その光景を見て、私ははっと気づく。
「まさか、ユーゼルクは、そこに……!?」
「ああ、そうさ。僕とあいつは一枚の布の裏と表。幼いころは病弱で、いつ死ぬかわからないと言われた僕が今まで生きてこられたのは、あいつが存在したからだ。あいつが生きている限り、僕はあいつのおこぼれの生命力を貰って生きていける。本来死ぬべき人間が無理やり生かされているんだから、そりゃあ僕は弱いに決まってる」
モウンの瞳は不気味に熱を孕んだ底光りを放っていた。それは既に……常人の目ではなかった。
「わかるかい。地位も家族も未来も、自分のものをすべて奪われた僕が、その相手のお情けで生き続けている……いや、生き続けなければいけないんだよ。そう、僕は「死」すら奪われたんだ! 死んだ方がどれだけマシだったか!
何度か自分で死のうとしたことがあるが、死ねなかった。あいつの方が生命力が強かったから、そんな傷を癒してしまうんだ。こんな、こんな屈辱と苦痛まで受けなければいけないほどの罪を僕が何かしたっていうのか。僕はただ生まれただけなのに!」
大きく荒々しく息をついて、モウンは足元の影を見つめる。
「だが、ある時、気づいた。『登攀者殺し』として何人かの命を奪うに従って、僕は少しずつ、強くなっていった。いや、正確には、僕自身の武力や魔力が上がったわけじゃない。そんなものは最初からずっと貧弱なままさ。
だが、「夢」なんてものを持つ奴を葬るたびに、僕の中の何かが強くなっていった。……人の夢を奪うたびに、僕は自分の中で強い力が蠢いて行くのを感じたんだ」
……その強い力の名は、──多分、「狂気」だ。
壊れた心の行き先が暗い感情の激しい迸りとなってモウンの中に荒々しく渦巻き、実際に人を殺してしまうという行為が引き金となって、その勢いを怒涛のように増していったのだ。
その混沌の感情に飲み込まれた結果が……今の、モウンなのか。
「そして悟ったのさ。これだけは、この力だけは、僕はあいつより上だ。あいつは何に対しても、強く執着するってことがない。目標があっても、それを狂いそうになるほど強く強く追い求めることなんてないんだ。何でもできるあいつにはね。だけど、僕は違う。呪って、恨んで、憎んで、その想いの力だけは僕の方が上だったんだ」
モウンは引きつったような笑いをくっくっと漏らす。
「あいつと僕とは布の裏と表だ。だが、裏があまりにも汚れればその汚れは表にも染み通る。
僕はゆっくりと自分の力を増していった。そしてある程度自信が付いたところで、試してみたのさ。あいつを、この力を使って乗っ取れるかどうか。……その時に、君と戦ったね、ラツキ」
あの時──ユーゼルクが暴走した時のことか。
確かにあの時のユーゼルク……いや、ユーゼルクの中に似た「何か」は、「ラツキだと知っていれば戦わなかった」と言っていた。
あれは、モウンの言葉だったのか。
「だが、遠くから無理やり乗っ取ろうとするだけでは、まだ不十分だと分かった。それこそ操り人形みたいにぎこちない動きしかできなかったからね。……だから今回は、直接、あいつに『触った』のさ」
塔の中に入り、偶然ユーゼルクたちに出会ったふりをする。
彼らの目的は皇太子の護衛なのだから、だいたいの居場所はわかるし、それに何よりも、モウンはユーゼルクの存在を感知できるようになっていた。
一人の、熱心な支援者、ファンを装って、モウンはユーゼルクに近づいたのだ。
いつものことだ。ユーゼルクたちは、そうした熱狂的な支持者に近づかれることに慣れている。
そしてユーゼルクは、律義にその一人一人に対してきちんと挨拶を返す、ということも、以前からよく知られていたことだった。
モウンはそのユーゼルクの寛容に付け込み……彼に『触れた』。
その瞬間、ユーゼルクはモウンの影に飲み込まれたのだという。
影。いや、渦巻く怨念と呪詛と復讐心に、飲み込まれたのだ、と言ったほうがいいのかもしれない。
己の中に飲み込んだことで、モウンはユーゼルクの力と技と美しさを己の中に取り込んだ。
いきり立つユーゼルクの仲間たちに、モウンは自分が傷つけばユーゼルクも傷つき、死ぬと教え、そして私たちの足止めをするように命じたのだった。
「面白い皮肉だろう? 常に光を浴びてきたあいつが、今、僕の影の中にいる。光を浴びているのは、ずっと日陰者だった僕の方だ」
「あなたは今の自分を、光を浴びていると感じているの?」
吐息をつきながら問うた私に、モウンは口角泡を飛ばし、ムキになって応える。
「ああそうさ! そしてこれからも、もっとそうなるよ! だからラツキ、せめて君だけは僕と一緒に来てくれ! 僕に力をくれたのは、ある意味では君なんだから!」
「……何ですって!?」
モウンの思いがけない言葉に私は慄然として立ちすくむ。
私……?
私が、この件に、何か関わりがあるというのか。
「僕に自信をくれたのは君だと言っただろう。だから、その時から僕は、より多くの行動を起こすようになった。僕だってやればできるんだと、僕は君に教えてもらったから」
「ま……待って。じゃあ、まさか、最近になって『登攀者殺し』の出現が増えていたというのは……」
「ああ、そうさ。君に自信を付けて貰ったからだよ、ラツキ。それまでの僕は、ごくたまに、どうしても我慢できないときにしかやらなかった。だけど君に会ってからは……」
そこから先の言葉は聞きたくなかった。
私。
私が。
私の存在が。
結果的にとはいえ、『登攀者殺し』の活発化の、モウンの狂気の増幅の、その遠因となってしまっていたと……言うのか……!
私は目の前が暗くなって倒れ込みそうになるのをやっとの思いで堪える。
息が上手く吸えない。吐けない。心臓が不規則に踊って、今しも破裂しそうだ。
それでも。
たとえそうであっても。
私は、混濁の中に逃げ込みそうになる意識を自ら叱咤し、辛うじて繋ぎとめた。
「そう。……私が原因だというのなら。……決着をつけるのも、やはり私の仕事になるわね」
震える唇で、私はようやくその言葉を紡ぎ出す。
次の刹那、私は大きく手を振り、叫んだ。
「来なさい、不知火っ!!」
瞬間。
先ほど投擲したままだった私の剣・不知火が、自ら意思を持つかのごとく飛燕のように空中を飛翔し、私の左手に収まっていた。
名を呼べば飛来し戻ってくる、私が自分の剣に付与した五つの能力のうちの一つだ。
さすがにモウンもこの光景には虚を突かれたようで、大きく眼を見開く。
「な、何をしたんだ、ラツキ? まるで剣が自分で飛んできたような……」
「そんなわけないでしょ。これよ」
と、私は、不知火の柄頭に、あたかも何かがあるように、何もない空間をつまんで見せる。
「と言っても、よく見えないでしょうけど。魔法で強化した、細い細い糸が結んであるの。それを引っ張って手元に戻したってわけ。そうじゃなければ、簡単に自分の剣を放り投げたりしないわ」
我ながら相変わらず平然とでたらめが言えるなあ、私。
偶然ながら、今この場には、先程ミカエラが作り出していた霧がまだうっすらと残っていたのも幸いした。細い細い糸がある、と言い張れば、よく見わけはつかないだろう。
「そうか。用意周到なんだね。……それで、君がその剣を構えたということは、そういうことなんだね」
「ええ、そういうことよ」
「今の僕は君より強いかもしれない、とさっき言ったはずだけど、それでも、なんだね」
「試してみる? って私もさっき言ったわよね」
モウンは、一瞬だけ、泣き出しそうにその顔を歪ませた。
そして首を振り、私を睨みつける。
一転して、憎悪と憤怒と、そして──絶望的な孤独に彩られた顔つきで。
「……なら、もういいよ。もう、誰もいなくたっていい。君を殺して、それからここにいる全員を殺して、皇太子も殺す。みんな殺す。そして僕は皇帝になる」
モウンは地面に付き立ったままの殲煌雷刃を抜き取り、構え直した。
この哀れな、けれど決して野放しには出来ず、許してもいけない怪物を。
私は──斬る。
それが私の、責任なのだから。




