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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
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間話 殲煌雷刃と仲間たち

本日は本編と間話の連続投稿になります。

こちらは間話です。本編から先にお読みください。

「いやあ、怖い怖い。世界は広いなあ」


 上等な夕食を十分に堪能した後、殲煌雷刃の名で呼ばれる登攀者・ユーゼルクは楽しそうに言った。「殲煌雷刃」は、聖殿から与えられたユーゼルク個人の 綽号(しゃくごう )であると同時に、チームの名称でもある。そして彼が常に背負う愛剣の名でもあった。

 煌めく黄金の髪と瞳、均斉の取れた逞しい長身、そして子供のように無垢な笑顔をたたえる凛々しい顔つき。そこからわかる通り、彼は天使族である。そして同時に、その洗練されたテーブルマナーから、高い家柄――おそらくは名門貴族の出であろうことも、一見して判断できる。そう、事実、彼は帝国公爵家の生まれだった。


「何がよ。今日はついに82階層まで登れたんじゃない。聖王陛下の到達なさった100階層だって、もう夢物語じゃないわ。何が怖いの」


 不審そうな眼を向けてくるのは、ユーゼルクの隣に座っている、彼と同じく黄金の髪と瞳を有する女性。やや吊り気味の眼つきと、鋭い角度を描く眉が、その内面の勝気さを物語っている。

 彼女の名はミカエラ。ユーゼルクと同じく天使族であり、その幼馴染である。すなわちユーゼルクと同じく名門貴族の出ということになるが、その言葉づかいはぶっきらぼうで育ちの良さを感じさせない。お上品な物言いよりもこちらの方が性に合っている、とは、自他ともに認めるところである。


「いや、塔のことじゃない。帰り道で会った、あの娘さ。ラツキ、と言っていたな」


 ドン、と間髪いれずミカエラはユーゼルクの脚を蹴る。痛いよ、と痛くもなさそうに言うユーゼルクに構わず、ミカエラは言いつのる。


「すぐそうやって女にちょっかい出す! そりゃ確かにちょっとは……少しは……結構……すごく……美人だったけど!」


「珍しくミカエラに同意します。ユーゼルクには私という存在がいるのですから、他の女性との関わりにはもっと留意すべきです」


 ミカエラの言葉に美しい声で付随したのは、反対側のユーゼルクの隣に座する、青銀色の髪をした女性だった。傍らに備える見事な作りの竪琴が示すように、彼女は吟遊詩人、その妙なる玲瓏の歌声で様々な魔法効果をもたらすもの。妖歌族である彼女はエレインの名で呼ばれている。


「ちょっとエレイン。誰という存在がいる、ですって? 急に悪くなったのは私の耳かあなたの頭か、どっちかしら?」

「難しい質問です。なぜなら、悪いのは常にミカエラの頭だという正解肢が含まれていないからです」


 ミカエラは燃えるような眼差しで、エレインは冷やかな視線で、中空に火花を散らせる。

 彼女たちはいずれも、ユーゼルクの恋人である。




 ユーゼルクが自分の家を捨てて登攀者への道を志した時、ミカエラはためらうことなく自らも家を出てユーゼルクの後を追った。「あなたは剣の腕があってもお人好しすぎるんだから、私が面倒みてあげないとダメに決まってるでしょ!」そんな陳腐過ぎる、しかし健気な言葉と共に。


 仕方なく付き合ってやるというような態度ではあったが、本当にそうであれば、ミカエラは幼少時から10年以上も魔法の修業など積みはしない。いつかユーゼルクが旅立つ日が来るとわきまえており、そしてその時には自分が彼を支えると決めていたからこそ、彼女は周りの貴族社会の友人が蝶よ花よと気楽な日々を謳歌している中、ひたすらに魔法を鍛え上げてきたのである。


 エレインは二人が旅立ってすぐに出会った仲間である。その音曲の才を妬んだ師によって見捨てられ、世を拗ねた暗鬱な歌を場末の酒場で吐き捨てるように歌っていた。そのエレインに、ユーゼルクは言ったのだ。「綺麗な声だね。でも、泣いているようだよ。君ではなく、君の歌と竪琴が」


 その知った風な口ぶりにエレインは反発し、憤然とした。だが、彼の言に促されて奏でた音色にユーゼルクが唱和した時、彼女の表情は変わった。今まで聞いたことのない世界が、彼女の前に広がっていたから。ユーゼルクの歌は決して上手なものではなかったが、その内側から溢れ出てくる雄大な気宇と明るい心根が、エレインの歌を変えていたのだ。彼女は一も二もなくユーゼルクについて行くことを決意し、ここにミカエラとの戦いが始まった。

 

 二人の対決は張本人であるユーゼルクをよそに激しさを増して行ったが、ユーゼルクがのんびりと言った一言で、その戦いに一応の終止符が打たれた。「僕は二人とも命を掛けて愛するよ。それじゃダメかい?」それはあまりにも都合がよすぎ、身勝手すぎるとも取れる言葉ではあったが、二人は知っていた。ユーゼルクは掛け値なく本心から言っていることを。そしてかれはその言葉を必ず守るであろうことを。


 かくして二人は共にユーゼルクの寵愛を受けることとなったのである。しかし、次なる問題が現れた。いずれ結婚を見据えた時に、どちらが正妻となり、どちらが側室に甘んじるかである。従って結局、ミカエラとエレインの戦いは、新たなステージを迎えて今も続いているのだった。




「ふん。そのように浮ついた意味でユーゼルクは言っているのではない。まあ、そなたたちは魔法使いと吟遊詩人。武芸者ではないゆえ、あのラツキなる女のこと、わからぬのも無理はないがな」


 むっつりと言ったのは、狼の頭部を備えた狼人の男。うかつに近づくことが憚られるような、抜身の刃のごとき凄愴な雰囲気を身にまとっている。その腰に差しているのは一振りの刀。相手の血と脂に塗れるほどに斬れ味を増すと伝えられる妖刀・羅刹と人は知る。その刀の魔性に飲まれもせず、むしろ妖刀に主人として己を認めさせているこの剣客の名は、ルーフェン。




 彼は類稀な剣才に恵まれながら、どの国にも仕えず、また『塔』からもたらされる富にも栄誉にも名声にも関心を抱かなかった。ただ一人、己が剣を磨き上げ昇華させんと、ひたすら修羅の道を辿っている孤狼だった。

 ユーゼルクの名声が高まり、その噂が各国に届き始めたころ、ルーフェンはユーゼルクのもとを訪れ、戦いを挑んだ。目を爛々とギラつかせるルーフェンに対し、ユーゼルクの態度は拍子抜けするほど気軽なものだった――「ああ、いいとも」と、それだけである。


 だが、いざ剣を交えてみると、ユーゼルクの剣は彼の態度ほど軽くはなかったことを、ルーフェンはすぐに知ることになる。五十余合の打ち合いの中で、ルーフェンはほぼ守勢一辺倒に置かれていた。彼は焦り、絶望し、そして憤った。己が人生すべてを掛けて打ちこんできた剣の道が、かくまでに無為であったなどどうして認められようか。ルーフェンは全身全霊を掛けた最後の一太刀を繰り出し、――そして、羅刹が大きく彼の手から弾かれることで終わった。

 「殺せ」と、どっかと胡坐を組んで座り込んだルーフェンはただ一言口にした。それに対し、ユーゼルクもまた、ただ一言で答えた。「いやだ」と。


 剣士の生き様死に様を愚弄するかと猛るルーフェンに、ユーゼルクは己の胸鎧を軽く叩く。途端、鎧は音もなく真二つに寸断された姿を現した。「だから」とユーゼルクは言った。「だから、僕は僕が本当に君に勝った気はしない。ほんの少しの差だったからね」「ほんの少しの差だろうが、勝ちは勝ち、負けは負けだ」唸るルーフェンに、ユーゼルクは言う。「でも、君はこれからもっと強くなるだろう。そして僕もね。だから、お互いが本当に頂点を極めたと思ったとき、またやろうじゃないか。その方が面白いだろう?」

 可笑しな奴だ、と狼人は吐き捨てた。よく言われる、と天使族は笑った。そして、ルーフェンはユーゼルクが差し出した手を取ったのである。

 



「……私たちにはわからないって、どういう意味よ、ルーフェン」


 不機嫌そうに尋ねるミカエラに、狼人の剣士は訥々と答える。


「単純なことだ。一対一の果たし合いを想定した場合、あのラツキなる女に、我らの中で勝てるものはおらぬ。拙者も御老も……そう、ユーゼルクもな」

「なッ……!?」


 ミカエラとエレインはほぼ同時に席を蹴って立ち、凄まじい形相でルーフェンを睨みつけた。


「ありえない! あんな女にユーゼルクが負けるとか、ないから!」

「その通りです。ユーゼルクの実力は、ルーフェン、あなたが最も良く知っているはず」


 想い人の絶対性を信じて疑わない二人の女性の剣幕に、白髪白髥の老人が、胸まで伸びた髯をしごきながら笑う。


「ふぉっほっほ。残念ながらな、わしもルーフェン坊と同意見じゃて」


 深く彼の顔に刻まれた皺はその年齢を雄弁に物語るが、彼の眼光はいまだに鋭く、挙措も 矍鑠(かくしゃく )として老いを感じさせない。事実、一瞬のうちに相手の視野から消え失せるほどのこの老人の動きに対応できるのは、ルーフェンとユーゼルクのみだろう。バートリーという老人の名は仲間内ではあまり呼ばれず、もっぱら御老と尊称されている。




 策謀と欺瞞と裏切りと血。バートリーが長く生きてきた世界がすべて空虚であったとは言わない。だが冷えて乾いていたのは事実だった。彼は 間士(かんし )と呼ばれる、世の裏側で蠢く者たちの一員だった。四大国を始めとする多くの国々の間では、長らく大きな戦乱は起きていない。だがそれは決してこの世界が平和と安寧に包まれた楽園であることを意味しない。むしろ、表立った大きな戦争が起きていないからこそ、光の当たらぬ陰の世界では殺伐たる暗闘が常に繰り広げられ続けていたと言っていい。情報を奪い、奪われ、罠に嵌め、出しぬき、殺す。バートリーはその世界で生まれ、そこで生き、そこで老いた。


 間士の中で老齢に達するまで生き延びられるものは稀である。バートリーはその稀有な例に該当するに相応しいほどの技を備えていた。彼は重用され、尊重され、地位を上げた。だが結局、間士はどこまでいっても便利な道具に過ぎなかった。「やむを得ない」という形だけの理由があれば平然と見捨てられ、抹殺される存在である。そしてバートリーにもその順番が回ってきた。


 バートリーは初めて己の生まれに逆らった。討手も追手もすべて殺し、血の海の中で一人生き延びた。そして、己の中に何もないことに気付いたのである。バートリーはあてどもなくさすらった。そうまでして掴んだ生に、命に、何の意味があるのかわからぬままに。


 長い旅路の末、彼は光を見た。眩く輝く光。それは一人の男の、希望と夢と情愛に満ちた、躍動する魂だった。老人は色褪せた自らの過去とは正反対のその輝きに、自分が失ったもの、あるいは得たことさえなかったものの美しい代償を見た。かくして、ユーゼルクは、バートリーが初めて得た夢そのものとなったのだ。




「ユーゼルク坊を初めて見た時も、こんな化け物が世界にはおるのかと思ったがのう。10年もたたずに同じような化け物をもう一人見るとは、長生きはするものじゃて、ふぉふぉふぉ」


 面白そうに笑って、バートリーは茶をすすった。薬の匂いの強い薬茶だ。健康にはいいというものの、その匂いから仲間にはあまりいい顔をされない。

 もっとも、『匂いの強いものを食せる』というのは、バートリーにとってこの上なく贅沢な楽しみなのだ。自分の身体に『匂い』を付けることは居場所を知られることに繋がり、闇の世界に生きてきたこれまでの彼にとっては禁忌だったのだから。


「じゃが、妙に気にかかる部分もある。ラツキとか名乗ったか、あの嬢ちゃんは何故――何故あのように身を固くしておったのやら」

「そう、それだ」


 ふと毛の長い眉をしかめたバートリーに、ルーフェンも気難しい顔で頷く。


「弱者が強者を前にして怯え、すくむならわかる。当然の話だ。だが、明らかにあの娘は拙者たちを上回る技前を備えている。ユーゼルクよりもだ。それなのに何故、「強者」の方が「弱者に対して」臆するのだ?」


「じゃあ、やっぱり強くないのよ、あの女」


 ミカエラが唇を尖らせ、話に割って入る。彼女にとってユーゼルクは揺るぎない最強最高の存在であり、またそうあって欲しい男でもあった。


「いや、彼女は僕より強いよ。それだけは確かだ。ただ……」


 が、空気を読まずにユーゼルク自身がそう断言する。しかし彼もまた不思議そうに首を捻り、人差し指でこめかみを押さえながら考え込む。


「ただ……うーん、うまく言えないが、おかしな不安定さを感じるのも事実だね」


「殲煌……雷刃……」


 その時、卓の末席で黙したまま食事をゆっくり続けていた巨人が、くぐもった声を出した。野太い指を上げ、ユーゼルクを指す。先述のように殲煌雷刃には三つの意味があるため、仲間達は一瞬戸惑ったが、ユーゼルクはすぐに彼の意を察し、剣を取って示した。巨人は頷いて、続ける。


「それを、その辺の子供に、貸す。子供は、強くなる」

「はぁ? いきなり何わけわかんないこと言ってんのよロッグ。そこらの子供が殲煌雷刃を扱えるわけないでしょ!」

「う……うう……」


 ミカエラがガミガミと叱責する声に、巨人はその巨躯にも似合わず申し訳なさそうに肩をすくめて縮こまった。が、ユーゼルクは我が意を得たりとばかりにパッと表情を明るくした。


「ああ、確かにそうだね。確かに、子供がすごく強力な武器を持った、という感じに近いよ」


「うう。旦那。やはりわかってくれる」


 巨人は顔を上げてユーゼルクを見つめ、何度も頷く。その小さな目は感激に輝いていた。彼はユーゼルクに仕える奴隷である。もっとも、同じ食卓についていることからわかるように、仲間たちはこの巨人を奴隷とはほとんど思っておらず、対等に接している。またユーゼルクも何度も彼を解放身分にしようと申し出ているのだが、肝心の巨人本人が頑としてそれを聞き入れず、あくまで奴隷として主に忠義を尽くしたいと望んでいるのだった。




 ミカエラがロッグと呼んだ巨人の正式な名はロッグロック。ロッグと呼ばれたりロックと呼ばれたりと一定しないが、本人も含め特にそれには拘泥していない。座してさえ見上げるばかりのその巨躯は、上背のみならず肩幅も胸板の厚さも尋常ではない。彼が歩く様はまるで小山が、いや岩山が動くようだ。ロッグロックは岩人族。世界の数多い種族の中でも、その剛力では地龍族と並び称される一族の男だった。

 

 ロッグロックは生まれながらに奴隷の出である。岩人族の中でも特に秀でた体格と膂力に恵まれた彼は、拳術を仕込まれ、闘技奴隷として戦いの場に育った。だが意外な事に、彼は勝ち星を得られなかった。幾度もの試合が組まれたが、ロッグロックが勝利者となることは一度もなかった。その覇気のない弱気な性格も相まって、ロッグロックの所有者は彼に愛想を尽かし、見放して、売り飛ばすこととした。ロッグロックの元主は、彼が「闘技場で負け続けていながら生きている」、ということの意味を深く考えはしなかったのである。それこそがロッグロックの恐るべき天稟と技術を示すものだとは露ほどにも。


 ロッグロックは争い事が嫌いだった。彼は柔らかでふわふわして温かいものが好きだった。しかし闘技場にそんなものは一つもなかった。あるのはただ憎悪と怒声と血だけだった。彼は小汚い部屋の中から、小さな目をしょぼしょぼとさせて、時折空を見上げた。そこにはふわふわした雲と、暖かい太陽があった。彼の手の届かないところに。


 一勝もしたことのない闘技奴隷に高値は付かなかった。いや買い手さえつかなかった。誰にも買われなければ自分はどうなるのだろう、とロッグロックはぼんやりと考えた。労役奴隷に回されるには、彼は過剰な存在だった。巨体ゆえに狭い場所に入り込むことができず、その太くごつごつとした手は作業に向かず、また何より、大食漢であるゆえに維持費が高くついた。処分されるのだろうか、と彼は思った。特に生に未練はなかったが、死はきっと温かくもふわふわもしていないのだろう、と思い、それが少しだけ残念だった。


 だがロッグロックは生き延びた。最後に飄然と現れた一人の男が、彼を買ったのである。目が合ったから、と、そんな理由をその男は告げた。ロッグロックの目が、温かく柔らかだったからだと。ロッグロックは手の届かない場所にあった太陽が、今自分の目の前にいるのを感じた。その太陽の名は、ユーゼルクと言った。




「……何を言っているのですか、ユーゼルク?」

 

 きょとんとするエレインに、ユーゼルクは説く。


「彼女の話さ。ラツキのね。彼女の強さとその不安定さは、今ロッグが言った感覚に近い、ということさ」

「それは、彼女の剣が優れているのであって、彼女自身の強さではない、ということですか?」

「いや、ロッグの言葉は喩えであろうよ。あの娘の剣は二振りとも確かに業物であった。拙者の羅刹が死合いたいと哭くほどにな。だがあの娘の剣気の強さは剣の良さだけに頼ったものではない。つまり、あの娘の並みはずれた強さそのものが、あの娘自身と不調和なのだ」


 エレインの疑問に答えたのはルーフェンだった。普段は寡黙な男だが、こと剣の話となると一転して饒舌になるのは常のことである。


「高い能力があることは確かだがそれを使い慣れていない? ……理解しづらい話です」


 エレインは美しい眉間にしわを寄せて考え込む。他の者たちも首を捻る中、バートリーが冗談めかして笑った。


「ふぉっほっほ。あるいはアレかもしれんのう、――『秘法』を使ったのやも」

 

 ミカエラが顎を上げて、呆れた目線を老人に向ける。


「いい年して何言ってるのよ。そんなおとぎ話を信じてるの?」

「いやいや、いかにもな、わしほど裏社会で長く生きてきても、実際に『秘法』を使ったものの話など聞いたことがない。故に、おとぎ話だ伝説だと言われるのも分かる。じゃが」


 バートリーの口調は半ば無駄口を楽しんでいるような、そして半ば本気のような、韜晦したものだった。


「それこそが不思議なのじゃよ。何故誰も使ったことがないはずの『秘法』の噂だけが、いつまでも流れ続けておるのかと、な」


「バカバカしいわ。伝説ってそういうものでしょ。それこそ最近流れてるあの噂――『登攀者殺し』にしたってそうよ。実体なんてあるわけないのに、面白がってみんなが話すからどんどん広まる。それだけよ」


 ミカエラは手をヒラヒラとさせ、軽蔑したように話を打ち切った。彼女はリアリストの魔法使いである。いや、魔法使いだからこそリアリストなのかもしれないが。


「まあ、考え込んでも分からないものはわからないね。とはいえ、登攀者の世界に期待の新人が現れたというのは歓迎すべきことだろうな。いつか改めて彼女とゆっくり話がしたいね。仲良くなれれば面白いと思うよ。――なんと言っても凄い美人だし」


 ユーゼルクが最後に楽しそうに締め、同時にミカエラとエレインが両側から彼の脚を蹴って、ラツキの話はそこで立ち消えとなった。すぐに彼らの会話は次回以降の登攀計画の立案に移行する。彼らにとっては『塔』の頂点、今だ誰もたどり着いたことのない場所に史上最初の足跡を記す、そのことこそが最優先であって、それ以外の話題はあくまで間話に過ぎないのだから。

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