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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
58/84

会議と決戦(後)

 墓地に青白く揺らめいて燃え立つ鬼火のような。

 そんなじっとりとした悍ましい憎悪に満ちた眼光を、彼は宿して、私を見据えていた。

 レグダー男爵。これまでに幾度となく私の前に立ちはだかってきたあの男が、今や退路を断たれて。そしてそれゆえに、幽鬼のように怨念の塊と化して。



「ラツキ……サホ……!!」



 冥府の底でのたうつ亡者のようなしわがれた声が、私の名を呼ぶ。



「貴様が……貴様さえいなければ……貴様さえ!」



 血の色に染まった視線が燃え上がるように私を射抜く。私に向けられた奴の剣の切っ先が冷たい光を放っているのと対照的に。

 だが、それがどうした。

 レグダー男爵。相手に憤怒の念を抱いているのはこっちだって同じ。むしろようやく真正面からお前を叩きのめせる時が来たかと、天に感謝を捧げたいくらいだ。

 光芒剣を中段に構え、男爵の動きを牽制しながら、私は吐き捨てた。


「くだらない逆恨み、底が知れたわね、レグダー男爵。あんたの集めたあの武器の山も泣いていることでしょうよ。なんとつまらない男の手に入ってしまったのか、とね!」



 そう煽りながらも、しかし私は輝き溢れる光芒剣を持したまま、迂闊に男爵へ斬りかかるのを控えていた。

 ……位置取りが悪い。

 男爵と私が抜身の剣をぶら下げて対峙しているのは、各国のお偉方たちと出入り口との、ちょうど中間。だから、皇太子をはじめとした出席者たちは部屋から脱出することができない。

 聖務官たちなどの魔法行使者もいるけれど、室内に多くの人間が集まっているわけだから、巻き添えを恐れて、そう簡単に魔法を撃つこともできないわけだ。


 もちろん、偶然にそんな状況が生み出されるわけはない。

 男爵が、意図してこのシチュエーションをコントロールしたのだ。

 この男は腐った根性の狂人だけれど、決して愚物ではない。


 (……でも、なぜ?)


 と、同時に私は疑問に思う。

 そうまで頭の切れる男爵が、そもそもなぜ、こんな場所で剣を抜いたのか。

 もちろん、今は膠着状態だ。だが、そんな形勢がいつまでも続くわけはない。先ほど皇太子が言ったように、結局はいつか取り押さえられるに決まっている。 聖殿という場所柄、聖務官たちも山ほどいるのだし、それに何よりも。

 何よりも、ここには私がいるのだから。


 傲慢というよりもそれは客観的な事実だ。タイマンならば、登攀者たちの頂点であるユーゼルクでさえ私の敵ではない。……まあ、戦闘以外の、いろんな知識や経験なんかの総合的な登攀者としての能力では、私は彼には及ばないけどね。


 ただ、これは男爵の知らないことだけど、私はいずれにせよ、ここでは全力を出すわけにはいかない。

 好き放題に暴れまわって周りの人に被害を出したくないということもあるけど、何よりも、こんな多くの人々の前で全力を出して私の能力に不審を抱かれ、異世界転移者という正体がバレてしまうことは避けなければならないからだ。


 しかし、そういった私のハンディを考慮に入れたとしても。

 それでもやはり、男爵が私に敵わないことは、彼自身もわかっているはず。

 だったら、なぜ、戦いを挑んだのか。

 追いつめられて、さしもの男爵も判断を狂わせたのだろうか。



 だが、そんな不審にいつまでも拘泥していられるような状況ではなかった。

 男爵は無限に深い穴を思わせる目で私を見据えながら、乾いた荒野に蜃気楼が燃え立つようにその剣を上段へ移行していく。

 来るか。その方が都合がいい。まっすぐ私に打ちかかってきてくれた方が、廻りの、他の人に被害が出にくくて済む。

 

 男爵の剣が天を指して屹立し、その勢が極まった刹那。

 大きく一歩を踏み出しざま、轟と風を巻き、その剣が私めがけて振り下ろされた。

 雲耀いなづまとも思える迅速の一閃。

 だが、まともすぎる。その太刀筋は見え見えだ。私は光芒剣を掲げてその撃ち降ろしを防ごうとし、……けれど。


 私の瞳に映ったのは、あたかも中空で急転身して獲物を狙う飛鳥のごとく、歪んで虚空を斬り裂いてくる剣閃――!


「なっ……!?」



 私はすんでのところで光芒剣を体側に捌いた。と、ほとんど同時、がちんという重い衝撃が火花を放つ。

 まっすぐ斬り下されるだけと見えた男爵の剣は、途中で大きく弧を描いて延びながら私の側面を襲ったのだ。


「……っ……!」



 私は一歩退き、改めて光芒剣を構え直す。微かだが、背筋が冷えていた。

 何だ、今の動きは。

 にたりと、男爵の髑髏のような顔に、不気味な笑みが張り付けられる。

 そのまま、もう一度、男爵の剣が天に向かって差し上げられた。

 ……また、来るか!


 私は用心深く身構える。

 先ほどヤバかった原因はわかっている。強化された私の動体視力と反射神経が良すぎ、逆に相手の剣を「迎えに行って」しまったからだ。こちらが早く動き過ぎたためにできた虚を、逆に突かれた形だ。


 七分三分の太刀、という剣諺がある。相手が自分に向かって打ち込んできた剣は、その七分まではまだ変化の可能性があるから待って見極め、しかる後に対応せよという意味だ。

 だが私は、早く決着をつけたいという焦りもあって、つい早めに動いてしまった。その辺は、スキルや能力ではカバーしきれない経験の部分か。反省しないと。


 男爵の剣が再び真っ向から撃ち降ろされ――そして、再びその軌道が曲がった。


「――っ!」


 ちっ、屈折の角度が、また先ほどとは違う。私は半身になってその剣をかわしながら舌打ちした。

 だが、見切った。今回は、「けん」に徹していたから。

 奴の剣が曲がる理由。

 ――それは、足だ。


 レグダー男爵は、足を悪くして登攀者を引退した。今も、日常では杖をついている。

 そんな彼が剣を打ち込んできたら、当然踏み込みの際に踏ん張りがきかず、体勢は崩れる。

 だが、男爵は、それすらも意図的に、自分の術技に織り込んでいたのだ。

 真っ向から撃ち降ろす軌道が、足のために崩れ折れて、結果的に曲打きょくたになる。

 それこそが、男爵の曲がる剣筋の理由だった。

 しかも、悪い方の脚を前にするか後ろにするかでも、屈折の角度やタイミングが変わってくる。


 くそ、めんどくさい剣だ。

 私が塔に登って、まだ12階層。だからこそ、わかる。47階層にまでたどり着いた男爵の実力は、確かに本物なのだと。たとえその精神が汚濁に塗れていようとも。

 顔をしかめた私と対照的に、男爵は狂気に満ちた哄笑を上げる。



「ははは! どうだ! 貴様さえ、貴様さえいなければ、儂はとうの昔に念願を成就しておったのだ! 貴様さえ! 貴様さえっ!!」


 喚きながら、男爵は立て続けに打ち込んでくる。ただの手当たり次第な乱打ではなく、緩急を合わせ、フェイントを入れ、間合いを狂わせながら、しかも暴戻な勢いを剣に載せて。

 捌くことはできているが、技や手練がどうというよりも、その男爵の執念と怨念が込められた気迫に、やや私は押されかけていた。


「儂が! どれだけの時間をかけてあの剣を探し求めたか! この人生全てを捧げて追い求めたあの剣を! 貴様のような小娘ごときに!」


 耳まで裂けているかと思えるほどに開かれた口から迸る、血の出るような叫びとともに、男爵の攻撃はさらに嵐のように猛り狂う。

 その男爵の口から、その時。

 続けて一言が、漏れた。



「そうだ! あの小娘の家を潰す手間までかけたのだ! それほどの苦心を、貴様が!」



 鋭い音が空気を引き裂いた。

 私の剣が、男爵の剣を弾いた音。

 それまではむしろ押し込まれていたのは私の方。けれど。今の一閃は、明らかに男爵の勢いを撃ち砕き、彼は手を痺れさせ、ぎょっとした顔になっていったん身を引いた。


 後ろで、アンジェの悲痛な、声にならない叫びが聞こえてくる。

 心を斬り刻まれたような、叫びが。

 

 ああ?

 なんだって?

 今、なんと言った?

 


 「……アンジェの家を潰したのは、お前だと言ったのね?」

 

 

 アンジェの幸福を。安らぎを。家族を。誇りを。名誉を。

 お前が破壊したのか。お前が。


 ――お前が!


 総身の血が煮えたぎり、沸騰し、沸き立って、真紅の霧が立ち込めるような感覚が掛けめぐる。

 だが反対に、脳裏はあくまで冷え切って、私は目の前の男を睨み据えていた。

 目の前の……哀れで無様な、妄執の残骸に過ぎない男を。



「そうだとも。家を潰してあの娘を奴隷にしなければ、儂の目論見は達成できぬではないか。そんなことさえ今まで想像できなかったのか、愚か者が!」

「そう。わかったわ」


 饒舌な男爵に対して、私は短く答える。



「――じゃあ今度は、私がお前を潰してやる」



 私は光芒剣を右脇に立て、足を開き気味に構える。真正面と左側はがらんどうだ。

 男爵の目が訝しげに細められる。彼の目から見れば、打ち込み放題に見えるだろう。

 一瞬の沈黙の後、けれど、男爵は大きく踏み出し、必殺の一撃を繰り出した。


 私の意図は単純。右側からの攻撃を制限し、攻撃を一方からに絞っただけのことだ。

 そしてその上で……

 男爵の剣が唸った瞬間、私は。いや、私「も」、また同時に、大きく右膝を折っていた。


 男爵の剣の軌道が変わり、弧を描いて私を襲う。けれど同時に、私自身の身体も、深く斜めに沈みこんでいた。上半身はほとんど床に平行になるほどに。

 私の頭上すれすれを男爵の剣が通過していく一瞬がスローモーションのように感得される。


 驚愕の表情が男爵の顔にゆっくりと浮かんでいく様子を見ながら、私は曲げた右膝を伸ばし、その勢いで男爵の剣に光芒剣を叩きつけた。

 打ち終わりで「死んで」いた男爵の剣に力は乗っておらず、彼の手から剣が高く弾き飛ばされ、部屋の天井へと突き刺さった。


 圧倒的な速さで、あるいは絶対的な力で、真正面から強引に男爵を斬ろうと思えばできた。だが、それでは私の怒りがおさまらなかった。

 こいつが傲慢に振りかざす技法と同じようなやり方で、こいつの剣を撃ち砕いてやりたかったのだ。


 今や、男爵自身の体勢も完全に泳いでいる。その無防備になった男爵の首筋から胸元までを、私は光芒剣で深々と斬り裂こうとして――



 けれど。その一瞬。


 そこに、私は深い暗黒の愉悦を見た。昏く狂った歓喜の光を、男爵の相貌に認めたのだ。


「――っ!!」



 私はかなり無理をして身を翻しながら、その勢いを使い、危ういところで光芒剣の刃を男爵から逸らした。その回転を活かして、左肘を男爵の肩に袈裟懸けに叩きこむ。

 ぱきん、と道化じみたほどに軽い音が響き、男爵の鎖骨がへし折られた。


「ぐうっ!」


 男爵は苦悶の声を上げ、ついにうずくまった。

 私は軽く息を吐きながら、その小さな姿を見つめる。


「何故剣を引いた……斬れたはずであろうに、何故斬らなんだ!?」


 脂汗をにじませながら、男爵は下から私を睨みあげる。

 私は、冷酷に答えた。


「最後の最後で、またお前の手に乗せられるところだったわね。でも、そうはいかないわ。お前の思い通りになど、させるものですか」

「な、何……!」


 わななく男爵の言葉に、私は鞭打つような声を吐き捨てる。



「――斬ってほしかったのでしょう? どうせ滅びるのなら、お前の求めてやまなかった光芒剣に斬られて死にたかったのでしょう。でも、お前にそんな栄光など与えはしない」



 そう。

 男爵は、その生涯を費やして求め続けた光芒剣によって、斬られて果てることを望んでいたのだ。

 私たちの指摘によってその罪状が暴かれ、もう逃れようがないと悟った男爵は、この場を切り抜けるためではなく、死ぬために剣を取ったのだ。自分の希求する光芒剣によって死ぬという最後の希望を胸に。


 私の宣告に、男爵の顔が絶望の色に染まる。いや、絶望よりもはるかに深く果てしない、恐ろしい感情に囚われて。



「き、斬れ! その偉大な剣で! 斬ってくれ! わ、儂は、その剣で死ぬのならば本望! 斬ってくれ!!」

 

 甲高い声で涎をたらしながら喚き散らす男爵の姿に、もはや貫録も威厳も、僅かばかりも残ってはいなかった。そこにいるのは、ただの老い果てた醜い欲望の欠片が不格好な形をとった亡霊に過ぎなかった。


「お生憎様ね、男爵」


 私は静かに、背を向ける。


「お前の死に相応しいのは、この剣の美しい刃ではないわ。薄汚い絞首台の縄が一本。ただそれだけよ」



 しばしの後、私の背後から絶叫が響いた。いや、それは人の声とすら言いようもない、ただの音でしかなかった。何かが、というよりも何もかもが、壊れてしまった男が発する、ただの音。


 警護官たちがばらばらと男爵に駆け寄っていく様子がうかがえたが、私の意識は既にそこにはない。

 私の目は、蒼白になって立つ愛おしい少女を見つめていたから。

 艶めいた唇をきゅっと噛みしめて立つアンジェの、手元に組み合わせた手が震えていた。

 男爵との長い因縁にようやくケリがついた安堵感や開放感を感じるよりも。

 やはり、自分の家を潰したのが男爵の差し金だったという事実を知らされた衝撃の方が大きかったのだろう。


「アンジェ……」


 そっとためらいがちに声を変えようとしたが、しかしその瞬間、アンジェは弾かれたように小走りに私に向かって駆け寄ってきた。

 何が、と思う間もなく、アンジェは私の手から半ばむしり取るように、取り上げた。――光芒剣を。

 そしてそのまま、まっすぐに男爵へ向かって走る。


「アンジェ!?」


 まさか、自分の手で男爵を斬るつもりなの!?

 驚愕して振り返った私が見たのは、警護官に囲まれてうずくまった男爵に対して、大きく手を振りかぶったアンジェの姿。

 その手が真っ直ぐに振り下ろされて――けれど。

 叩きつけられたのは、刃ではなかった。

 パン、と乾いた音が大きく響き、男爵の顔ががくんと大きく揺れる。


 アンジェの振り下ろしたのは、平手だった。


 茫然としてアンジェを見上げる男爵の前に、アンジェは改めて光芒剣を突き出す。けれど、向けられたのは切っ先ではなかった。その美しく輝く、煌めく刀身だった。

 まるで、そう。まるで、鏡のように。――照魔の鏡のようにだ。



「ごらんなさい。それがあなたの、今のお顔。そして、あなたのお心、そのものです」



 声を詰まらせながら、しかしきっぱりとした口調でアンジェは言う。

 光芒剣の刀身には、無様で醜く泣き喚いていた惨めな老人の小さな姿が、残酷にもはっきりと映し出されていた。


「そんなあなたが、この貴く美しい剣に見合うかどうか。あなたご自身が良くおわかりのはず」

「ああ……あ……あ……!」


 言葉にならない呻きを漏らして、男爵はがくがくと震える。

 哀れな自分自身から逃げようとでもするかのように、男爵は顔を背けようとして、しかし光芒剣の美しさに魅入られるかのように目が離せない。

 見たくはなくても見続けさせられてしまう。そんな無慈悲で無情な光景だった。

 そこにはアンジェの、深く静かで、けれど激しく烈しい怒りと悲しみがあった。


「……報いを、お受けになってください。哀れなお方」


 アンジェの冷然とした声に、今度こそ男爵は顔を伏せて丸く床に伏せ、そのまま動けなくなってしまった。

 ……これが、この男の最後の姿か。

 悲哀に満ちた目でじっと男爵を見下ろすアンジェの肩に、私はそっと触れる。

 風に揺れる花のように、アンジェは静かに振り返った。


「ご主人さま……」

「アンジェ。……終わったようね」


 私の言葉に、アンジェは無言で頷いた。

 ……けれど。考えてみれば、皮肉な話だったのかもしれない。

 男爵がアンジェの家を潰さなければ、私はアンジェに、この愛しい少女に会えなかったのかもしれないのだから。

 もちろん、だからと言って、男爵の行為を肯定する余地なんか、欠片もありはしないのだけれど。

 でも、巡り合わせって、本当に不思議なものだ、とは、思う。

 どれほどのスキルも能力も、運命は紡げない。当たり前の話ではあるけれど。

 襤褸屑のように男爵が引き立てられていく姿を見ながら、私は勝利の余韻とも少し違う感慨に耽っていた。






 後日。

 フォジョン駐留官は、毒による自裁を命じられたと聞いた。外務卿を毒殺した駐留官自身が毒によって命を落とすとはね。


 そして。

 レグダー男爵……いや、爵位を剥奪された「元男爵」は、絞首台の露と消えた。

 もっとも、すでに魂を丸ごと粉々に砕かれて生きる屍のようになっていた彼は、処刑の際にもほとんど反応することなく、人形のようにただ刑に臨んだという。


 世間一般的には、権勢を振るったレグダーの処刑は大きな話題になった。しかし、私たちにとっては、既にあの場で奴との決着はすべて済んでいたから、特に関心を抱くことはなかった。

 私たちにとっては、それよりもっと、身近で大事なことがあったから。




「ラツキさーん! お待たせいたしましたー!」



 ぶんぶんと大きく手を振りながら声を張り上げたのは、真紅の髪の聖務官。

 もちろん、ラフィーネさんだ。

 当然のことながらラフィーネさんの身に掛かった嫌疑は晴れ、潔白の身となって自由を得た。

 そして今日、ラフィーネさんを私たちみんなで迎えに来ている。



「……『ほむべき』」

「あーはいはい、ほむほむ。じゃあ、行きましょうかラツキさん」

「うわ、ついに挨拶を省略するようになりましたよこの人」

「あはは。まあいいじゃないですか。言葉よりも気持ちが大切なんですよ」


 呆れ顔の私に、ラフィーネさんは快活に笑う。

 まあ、確かに、彼女はこうやって明るい笑顔してる方が似合うんだけど。

 でも、ちょっと、ほっとしてもいる。

 私とラフィーネさんは、友達という垣根を踏み超えた関係になった。なってしまった。

 けれど、こうやって、いつも通りに笑い合うこともできている。

 ラフィーネさんの言うことは、正しかったな。恋と友情は両立できるみたい。


「しかしまあ、大荷物ですわねえ」


 テュロンがまじまじとラフィーネさんを見つめ、また別の意味で呆れた。

 その言葉通り、ラフィーネさんの背中、そして両手には、山のような荷物が乗っかっていた。


「聖務官という方々は、もっと清貧と申しますか、身の回りのものは少ないのかと思っておりましたわ」

「いやー、それは偏見ですよ。聖務官だって人間ですからね。色々と必要なものはあれやこれやと」

「相変わらず俗物根性丸出しなラフィーネさんで嬉しいです」


 くすくす、と私たちは笑いさざめき合う。


「じゃあ、ごめんね、テュロン。ラフィーネさんの荷物運ぶの、手伝ってくれる?」

「承りましたわ」


 テュロンは肩をすくめて肯い、軽々と一番大きな荷物を背に負う。

 その様子を確認して、私はみんなに笑いかけた。


「じゃ、みんな。帰りましょうか。お屋敷に」



 そう。

 みんなで、帰るのだ。屋敷に。

 ……ラフィーネさんも含めて。


 

 結局、アンジェと光芒剣に関しては、引き続き私の管理下に置かせてもらう、ということで会議の結論が出た。

 

 ユーゼルクのお父さんであるフェルゲイン公爵も、アンジェを掌中に収めることを狙っていたというが、さすがにレグダー男爵が盛大に自爆したこの雰囲気の中では、同じ提案などはできないようだった。

 

 それに、フェルゲイン公爵としては、別にアンジェ個人や光芒剣そのものに関心があったわけではない。それを手段にして自家の勢力を拡大したかっただけだ。

 なので、ライバル勢力であった男爵が没落して、いわば棚から牡丹餅の状況になった以上、特にそれ以上横車を押して皇室との軋轢を起こす必要もない、ということらしかった。

 一方男爵はそれとは逆に、自分の勢力を伸ばすことよりも光芒剣に執着していたから、アンジェを手に入れることに協力してくれたら、フェルゲイン公爵の傘下に入ってもいい、という取り決めをしていたらしい。

 だからフェルゲイン公爵は、ユーゼルクがアンジェとの結婚に否定的でも、それを強制しなかったのね。


 とはいえ。

 やはり、光芒剣は世界にとっても貴重な宝であり、またアンジェは聖王の子孫として尊い人物であることに変わりはない。ただ放置していいというものでもなかった。

 そこで、決まったことがある。

 


 聖殿から私の隊に特に人員を派遣し、アンジェと光芒剣を観護し、監察する、ということ。

 そしてその、私と行動を共にする聖殿の特務監察官として決まったのが。

 ――ラフィーネさんだった。



 まあ、一緒に塔に登るとなれば気心の知れた仲の方がいいのは確かだけどね。だから彼女が選ばれたってことなんだろうけど。

 塔に登るとき以外の日常では、普通の聖務官としてのお仕事もするらしいので、ちょっとラフィーネさんとしては大変なんだろうけど、でも正直、嬉しい。うん。すごく嬉しいな。

 


「それでですね、ラツキさん。私が貸していただく部屋なんですけど」

「ああ、空き部屋はまだいっぱいありますから、お好きなところを選んでください」


 屋敷へ向かって歩きながら尋ねてきたラフィーネさんに答えると、彼女は意味深な笑みを漏らした。


「ラツキさんのお部屋の隣って、空いてます?」

「あー、いや、それは」


 口ごもった私に代わってテュロンが答えた。


「ご主人さまのお部屋の両隣は私とアンジェが使わせていただいておりますわ。申し訳ございませんが」

「あー、そうですか。じゃあ、しょうがないなー」


 ラフィーネさんは小首を傾げると、何でもないことのように続けた。


「しょうがないから、私、ラツキさんと同じお部屋でいいです」

「ちょっと!?」


 アンジェ、テュロン、キュリエナ、そして私自身が異口同音に突っ込む。メイアだけはきょとんとしていたけど。


「……凄いわね、あなた。私でもそこまで図々しくはなれなかったわよ」


 キュリエナが目を丸くして言うのに、ラフィーネさんはケラケラと笑った。


「あはは、じょーだんですよ、じょーだん。どの部屋でもいいですよ」

「そ、そうですよね、冗談ですよね」

「冗談ですから、ラツキさんの方が私の部屋に引っ越してきてくれればいいです」

「同じじゃないですかー!!」



 な、何だこのラフィーネさんのテンションは。いや前から愉快な人ではあったけど。


「あはは。私、ラツキさんと一緒に暮らせることになって、ちょっといろんなとこの限界が突破しちゃった感じかもしれません」


 上機嫌で言うラフィーネさんに、顔を引きつらせてアンジェがテュロンにささやいていた。


「テュ、テュロン、これは、キュリエナよりも手ごわい方がいらっしゃったような気がします」

「ど、同感ですわ、アンジェ」


 それを耳聡く聞きつけたラフィーネさんがさらに口を挟む。


「ふふ、私、出遅れてますからねー。その分、これから猛追しますよー。アンジェさんにもテュロンさんにも、負けませんからねー」

「わ、私たちだって、負けません!」

「そのとおりですわ!」


 なんかバチバチしてる中、けれど。キュリエナがくすりと皮肉気に笑っていた。


「……まあ、今のところは私たちみんな、負けみたいだけどね」

「え?」

 

 きょとんとして振り返ったアンジェたちが目にしたのは、私にお姫様抱っこされたメイアの姿だった。


「えー!?」

「しょ、しょうがないじゃない。メイア、もう疲れて眠いっていうんだもの」


 妖精のように無邪気な顔で、すやすやと寝息を立てているメイアを起こさないように、私は小声で弁明する。

 う、と言葉に詰まって、みんなは苦笑した。


「……一番の強敵はやはりメイアのようです」

「ですわねえ」

「むむー。これは作戦の練り直しが必要みたいですね」

「うふふ。敵わないわね」


 優しく柔らかい忍び笑いが広がっていく。

 私の感じている温もりは、腕の中のメイアの体温? ……ううん、それだけじゃない。胸の奥底からしっとりと湧き出てくる、切ないような幸福感だった。

 大切な、大好きな、みんなとこうして一緒にいられるということの。

 それは、当たり前な奇跡。

 それが私たちをしっかりと結びつけて、抱きしめてくれている。


 お屋敷までの道のりは、まだ少しだけ遠い。

 でも、願わくば、この道のりが、ずっと終わりませんように。そんなおかしな想いが、私の中にあった。

 このまま、ずっと。みんなで。いつまでも、歩いて行きたいな、と。


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