選択とシステム
私のような生き方は、今では相当一般的理解も深まってきたが、逆にいえば理解を求めなければならないという時点でまだ普遍ではないのだ。まあ普遍であるべきだとも思ってはいないが。異質な存在である事は自覚しているし、それに異議を唱えるつもりはない。異質なら異質でいいが、だからと言ってその生き方をやめることもできない。
ともあれ、少なくとも、自らを偽ったり隠したり抑え込んだりせずに生きて行けそうだというのは、それだけでも素晴らしく未来が輝いて見える。ビバ異世界。ハラショー異世界。グレート異世界。
「ここに決める」
私はクソ電飾に頷いた。
「この『神々の塔の世界』に」
『了承イタシマシタ。しかしアレデスね、同性愛者の方が『塔』を征服しようと考えるというのはフロイト的に言いマスと……』
「うるせえ!!」
派手に30回くらい蹴り飛ばす。このセクハラ電飾野郎が。
『……エー、では世界選択ポイント、5千万をお支払いいただきマス』
5千万ねえ。高いんだか安いんだかよくわからないが。ゴネたら安くなったりするんだろうか。しないっぽいな、こいつはシステムだし。まあ仕方ないので支払うことに同意する。
ここまでで1億5千万。残り8憶5千万か。
では、次に選ぶのは何にしようか。
自己設定、というのがあった。世界が決まったのだからそこで生きていく自分を選ぶのが順序か。
自己設定の項目を見る。
『性別』? 考えるまでもない。前述の理由から、私が女以外の性別を選ぶわけがない。
性別を変更しなかったので、250万の支払いだけで済んだ。っていうか変更しなくてもポイント取るのかよ。やっぱりボッてるよこいつ。
次は『種族』。『神々の塔の世界』には、人間以外にも多くの知的種族が存在するようだ。さすがファンタジー世界というところか。それも相当多い。ざっと調べると、特に優れた種族というものはなく、どれも一長一短らしい。
ためしに『人間』の特徴を見てみる。――環境適応力と繁殖力に優れる。種族固有スキルを持たないが、代わりに習得可能スキルが最も多い。よく言えば多才多芸、悪く言えば器用貧乏といったところのようだ。
って、種族固有スキルってなんだ。参考に他の種族を見てみるか。
この『蛇身族』というのは上半身が人間で下半身が蛇の種属のようだ。
うーむ、さすがにこれになろうとは思わないが、あくまで比較対象としてなので、まあなんでもいい。
えーと、種族固有スキルは『毒牙』『蛇鱗』『脱皮』。そして習得可能スキルブランクが8つ。咬んだ相手に神経毒を注入したり、防御力の高い鱗を有していたり、また脱皮をすることで傷の再生ができたり、ということらしい。かなり便利っぽいが、その代わりに習得可能スキルとやらが少ないわけか。
ちなみに人間の習得可能スキルブランクは15。トータルで考えれば、蛇身族は種族固有スキルと習得可能スキルを合わせても11種しかないが、人間なら15種類のスキルを持てるということだから人間の方がお得なのかな。そう単純な話でもないだろうが。
うーん。
基本的には習得可能スキルが多い方が有利になるのではないだろうか。『神々の塔の世界』に生きる人間族の場合は、後天的に学ぶスキルしかないから、いわゆる大器晩成型になるのだろうし、それは不利に働くこともあるだろう。しかし私の場合は最初から特殊なスキルを自由に選ぶことができるわけだから、習得可能スキルブランクが多いのは利点だ。
それに、別種族として生きていくよりも人間として生きる方が生活しやすそうだという分かりやすい理屈もある。さっきの蛇身族とかだと、ただ日々を生きるのでさえも、慣れるのにちょっと時間かかりそうだ。
では、人間族にしよう。これも、現在と変わらないので、支出は250万ポイント。
ここまでで1億5千5百万ポイントだ。
次は年齢。これも変更可能らしい。現在の私の年齢は……まあいわゆるアラサーである。この年齢でそのまま新しい生活を始めるにしてはちょっとトウがたってる感が半端ないな。塔が立ってる世界だけにってか。
まあ17歳くらいにしておこうか。
――17歳。改めて言葉にすると、それは何と神々しく瑞々しく光輝いて見えるものであることか。希望と可能性と活力に満ち溢れた若き日々よ。甘く切ないセピアの追憶よ。還れ今一度我が手のもとに。なんかちょっと眼頭が熱くなる。いいよね17歳。いい。現年齢から変更されるのでいきなり2千万ポイントを要求されたが、ムカつくよりも昂揚感が先に立ったので喜んでお支払いする。
そして外見も設定可能。……外見かあ。私は財産も家柄も頭脳もとりたてた特技もないので、せめて見た目だけはと思い懸命に努力してきたつもりではあるが、それとても所詮は十人前程度にすぎない。だから美貌には素直に憧れるし、自由に外見を変えられるならそうもしたい。だがその一方で、自分の姿を変えるということに引っかかりを感じもする。作られた美しさを私は誇れるだろうか。
というか、与えられた能力を使おうとしている時点で今さらか。
そもそも、与えられた能力や外見に依拠することが必ずしも否定的に捉えられるものでもないだろう。努力や鍛錬は尊いものだが、それが人のすべてであるわけでもない。私の場合は、この異世界くじで一等を引いたという、その「運」も含めて「私」なのだ。従ってその「私の運」によって引き寄せた結果を私が堪能して何の憚るところもない。
では外見を決めよう。そう決めると、デザイン画面が投影された。めまいするほど多くのパーツが列挙されている。この中から任意の組み合わせでデザインするのか。
身長はこの世界の人間族女性の中ではやや高めで。あんまり大きいのも何だしね。
体型はスリムだけれど出るところは出ている方向で。出る部分に関しては、大きさだけではなく形も重要だ。張りのあるツンとした生意気系の整ったライン。もうコンプレックスに悩まされたくはない。肩が凝るとか重くて不便とか汗かくとか言うけど、それは持てる者の傲慢だ。
顔つき。まあ今更恥も衒いもない、徹底的に美少女でいいや。願望丸出しだが、それが私の今の特権だ。特権は全力で振り回すためにある。
細面で、目は大きく、きつくない程度に軽く吊り目気味。猫っぽい印象かな。いや私はベッドの中的にはどちらかというとネコではないが。眉は凛々しく整ったラインでシュッと流れる感じに。
髪型は、これも憧れだったサラッサラのストレートロング。くるっとまわると天使の輪がキラキラするようなの。今の私はネコっ毛だったので手入れが大変だったんだよな。
その髪を前と両サイドで切り揃え、後ろを長く伸ばすいわゆる姫カット。
そして髪と眼の色は両方とも深い漆黒。これで決定だ。
――なんというか、本気で凄い美少女ができてしまった。アイドルとかモデルとかなんて次元ではない。それこそ想像の世界にしか存在しえないようなレベルの。これが私になるのか、と思うと、今更ながらうわああと叫びつつ布団の中で転がりたくなる感もあるのだが。
ええい、だがここまで来てためらっても仕方がない。決定しよう。
決定ボタンを押そうとしたその直前に、一瞬だけ指が止まる。
その指を、そっと自分の顔に持っていき、なぞった。
これでお別れだね、私。嫌いではなかったよ。ここまで辛い時も苦しい時も悲しい時も、私に付きあってくれて、ありがとう、私。
短く息を吐いて、ボタンを押す。
そう、その瞬間、私は新たな私になったのだ。
今までの私は、もうどこを探しても存在しない。取り返しのつかないことをしてしまったという思いがなくはない。だが、私はもう進む方向を決めたのだ。
要求された2千5百万ポイントを支払って、これでちょうど2億ポイントを使ったことになる。
次はスキル。これで新たな世界を生き抜いて行かなければならない。慎重に考えなければ。
スキルの項目を眺めると、『EXスキル』『ESスキル』『Sスキル』『Nスキル』というランク分けが為されている。これはどういうものなのか。クソ電飾に尋ねると、答えが返ってきた。
『EXスキルは世界転移者のみが有することのできるスキルデス。超常的な力をふるうことができマス。ESスキルは転移先の世界の本来の住人でも獲得することができるスキルデス。ただしそれには天賦の才と凄絶な努力、そして恵まれた環境と周囲のサポートが必要となりマスが。いわゆるごく一部の天才のみが生涯を掛けてたどり着けるという境地のスキルデスネ』
電飾の表示は続く。
『Sスキルは専門的技能デス。職人や各分野のプロフェッショナルが有している技術レベルとなりマス。そしてNスキルは日常生活で使用する程度の一般的スキルになりマス』
ふむ。そうすると、私が選ぶべきはEX,とES、そしてNということになるのか。
EXは私の切り札になる。しかしジョーカーすぎてうかつには使えない。正体がバレたら終わりなのだから。ESは天才の境地、つまり使用しても、驚愕はされるが怪しまれるわけではないということだろう。普段はこれを使っていくべきだ。そして一般生活用にNも取っておかなければならないのだろう。
残りは8億だ。これをどう使っていくかが思案のしどころになる。
さて。結論からいえば、私は下記までは習得するスキルを決めた。
EXスキル
『ワールド・リサーチ』 5千万ポイント
『ソーシャル・リサーチ』 3千万ポイント
『パーソナル・リサーチ』 2千万ポイント
『アナライズ』 2千万ポイント
『リミットレス・キャパシティ』 5千万ポイント
『スキルコピー』 5千万ポイント
『ラーニング・エンハンス』 5千万ポイント
『インクリーズ・プロバビリティ』 5千万ポイント
『ブースト』 5千万ポイント
ESスキル
『二刀流・極:特級Lv10』 2千5百万ポイント
『拳術・極:特級Lv10』 2千5百万ポイント
『身体能力強化・極:特級Lv10』 2千5百万ポイント
リサーチとアナライズ、つまり情報検索系は真っ先に決めた。見知らぬ世界で生きていこうとする以上、情報は何よりの武器になるはずだ。
『リミットレス・キャパシティ』、つまり、取得スキル無限というスキルを見つけた時はコケそうになった。だって、それならスキル習得可能数が多い人間族を選んだ意味がないじゃない!
だが、落ち着いて考えた結果、そうでもないことが分かった。転移先の世界にはスキルというデジタル的な概念はないと電飾野郎は言っていたが、まあ人間族は学習能力が高いという認識はあるとは言えるのだろう。ならば、私が人前で多くのスキル、いや技能を使って見せても、怪しまれる可能性が少ないということになる。もちろん常時一緒に行動する人に対しては別のエクスキューズを考慮しなければならないとしても、一般的には「私、人間族だから色々な技術が身に付いているんですよ」で済ますことができるのは利点だろう。
スキルを複写できる『スキルコピー』と、スキルの成長を向上させる『ラーニング・エンハンス』は、どちらも私のためだけのスキルではない。無論私自身も使っていくつもりだが、他者に対しても使用する目的だ。有史以来誰もその頂を見たことがない塔を極めようとする以上、私一人では切りぬけきれない場面も出てくるかもしれない。仲間が必要になるが、その仲間にも強くなってもらわないと。これはそのためのスキルだ。
その他、『インクリーズ・プロバビリティ』はアイテムドロップの確率を上昇させるスキル。
いずれにせよ、ほとんどのEXスキルはパッシブなもの、あるいは使用しても他者からは見えないものを選ぶことになった。たった一つ、一時的に全能力を増大させる『ブースト』を保険的に取っておいたが、これは最後の最後の手段だろう。
『巨大ロボを召喚する』とか『身長45mの銀色の巨人に変身する』とかの、ものすごそうなスキルもあったんだけど。そんなの使ったら一発で正体バレるよね。転移者の正体を隠匿しなければならないというのは、思った以上に厳しいかもしれない。
ESスキルは普段使いのスキルになる。
新たな世界で、どのようなスタイルで生きていくかは結構迷った。
この世界には魔法もある。魔法使いとして生きるのも一案だ。しかし、いずれは仲間を作るにせよ、最初のうちは私一人だろう。一人で生き抜かなければならない。であれば、直接戦闘に特化した方がよさそうだ。そして一人で戦うことを想定すると、持久戦は分が悪いかもしれない。やられる前にやれの精神だ。攻撃重視型の戦闘スタイルということで二刀流をチョイス。そして何らかの事情で剣を使えない場合に備え、拳術も選んだ。
身体能力強化は筋力や腕力だけでなく、スタミナや耐久力、回復力などにも大いに期待しての選択だ。何よりも体の丈夫さが資本になる生活になるだろうから。
もちろん、腕力も重要ではあるが。私はその重要性を知っている。腕力を持たない女がどういう……
――いや、それはもういい。
さて、ここまでで総額6億5千5百万ポイントを消費した。結構ガンガン消えていくもんだなあ。
一応ここまでで基本的な設計は済んだと思えるが、あとは何かあるだろうか。
と、膨大なスキルの一覧をつらつら眺めていたら、ESスキルの中に、なんか素敵なものを見つけてしまった。
『性技・極』。
性技て。そのままズバリそのことだよね。そうか、こういうのもスキルとして存在するわけか。確かに技術だもんなあ。いやメンタルな部分も大切だけれど、技術的な要素が強いことも否定してはいけないと思うんだ。
うん。
じゃあ。
買います。
レベル最高の特級Lv10にして。
お値段は2千5百万ポイントでした。二刀流とか拳術と同じ値段だ。それだけこの道も奥が深いんだなあ。と感動した私だった。
と、危ない。Nスキルを忘れるところだった。見た目に派手なEXやESがスキルのすべてではない。日常生活を送るのに必要な技能がなければ生きていくことはできない。
と言っても、いちいち『歩行』とか『走行』などにスキルが分かれているわけではなかった。そりゃそうだ、いかに習得可能なスキルの多い人間族でも、それではあっという間にスキルブランクを埋め尽くしてしまうだろう。
そのように、専門的ではなく、日常生活に求められるレベルのスキルはひとまとめにされていた。『一般生活』『一般運動』『一般言語』と。
そうか、言語もスキルか。確かに日本語が通じるわけはない。だが、会話はともかく、読み書きは『一般言語』に入るのかな。この世界の識字率はどんなものだろう。ちょっと探すと、ESスキルの中に『識字』があったので一応取っておくことにする。
日常生活系Nスキルは3種類で3千ポイント。『識字』は、基本的なものがわかればいいだろうから初級Lv10として、2千ポイントだった。
まあスキルはこんなものか。最後に『アイテム』を創造する。アイテムにもEXからNまでの同じランクがある。EXは超常的な強力な補助効果が付いているもの、Nは一般品だ。
まずは武器だろう。それもEXランクのものを。
私が通常使う二刀流や拳術のスキルはES。すなわち、超天才でなければ届かない領域の技術ではあるが、言い換えれば超天才であれば届く領域だともいえる。つまり私と同レベルのスキルを有する超天才が、転移先の世界では他にも存在しうるという可能性を示してもいるわけだ。そうであれば、そういった私と同等のスキル使いと敵対する可能性までも、視野に入れなければならないのではないか。杞憂かもしれないが、備えておくに越したことはない。
その場合に備えて私はすでにEXスキル『ブースト』を購入している。だがそれ以外にも手札は多い方がいい。同等の力量のもの同士が戦う場合、武器の質による差異は無視できない要素になるだろう。よって、武器は最上級のものを持つべきだ。
私は二刀流使いになったのだから、剣を二振り。無数にカタログに提示された剣や刀の諸要素の中から適宜に組み合わせ、気に入った二本をデザインする。
黄金に輝く真っ直ぐな刀身を持つ一振りと、漆黒に揺らめく不気味な形状の一振り。EXアイテムには特殊効果を五種類まで付与することができる。そして最後にネーミングをすることで、この二振りの剣は私に帰属し、私以外には使用不可となる。EXアイテムもまた私が転移者であることを示す証拠になるため、他者には使えないようにするためのセーフティだ。
ちょっと悩んだ後、名を決める。
「――陽炎。そして、不知火」
私が名を呼ぶと、カタログから実体化したその二本の剣は宙を舞い、私の手に収まった。鞘と剣帯はサービスで付いてくるらしい。剣一本ずつがそれぞれ5千万で、二本で1億ポイント。これで7億7千万5千ポイントを消費した。二刀流のスキルにすると、二本作らないといけないから、ポイントも多く消費するんだよな。当たり前か。
そして防具。防具はどうしたものか迷う。私は塔とやらの内部構造を全く知らない。いきなり重装甲の全身鎧、などでは過剰ではないだろうか。それに動きも鈍りそうだ。私一人で戦うことを念頭に置くと、ある程度機敏に動けた方がいいとも思える。しかしこの機を逃すともうEX装備は手に入らないし……。
と、そこまで考えて、ふとある可能性に気付く。
「ねえ」と私はクソ電飾に尋ねてみた。「この買い物って今だけしかできないの?」
『EXスキル『ショッピング』を購入して頂けなければ、今しかご購入の機会はございマセン』
――だからなぜそういう二重否定なんて持って回った言い方をしやがるんだこいつは。「EXスキル『ショッピング』を買えば、後からでも買い物できマスよ」という肯定的で分かりやすい言い方がなぜできないのか。
まあ今更こいつと言い合う気はない。EXスキル『ショッピング』を探し出して購入する。値段は5千万で、これで総額8憶2千万5千ポイントだ。説明文を読むと、いつでも買い物ができるだけでなく、不要になったスキルの買い取りもしてもらえるらしい。便利。
何にせよ、これで防具の点に関しては心配する必要はなくなった。今は軽装で、後から必要になればEX装備の鎧を買いに来ればいい。
あとから購入するためには、ある程度資金を残しておいた方がいいか。今はES装備を購入する程度でいいだろう。ESランクといえども『神々の塔の世界』基準では特注品、十分に効果の高い品だ。
硬革の黒胴着と、同じく硬革の黒長靴を購入。それぞれ斬撃耐性・打撃耐性・刺突耐性の特殊効果を付けておく。1千万が二点で、計8億4千万5千ポイント。
……というか、防具を決めたはいいが服がなかった。裸エプロンならぬ裸アーマーとか特殊性癖すぎる。まあシャツとスカートでいいか。これはNランク、つまり特殊効果のない一般品でもいいだろう。必要となれば後でESなりEXを買えばいい。
スカートは、思い切ってひらひらのミニプリーツにする。いやだってさ、生足晒して歩けるのってほんと若いころだけの特権だもん。せっかく17歳の身体を手に入れたなら生足出して歩きたいもん。ロングブーツを購入しているので、いわゆる絶対領域が形成される。いいよね絶対領域。
まあミニスカで派手に戦うとなるとパンツ丸見えになりそうだが。でもパンツ見せて喜ばれること自体もまた若さの特権だ。むしろ見せていく方向で、とまでは言わないが。それじゃただの痴女だし。でもアラサーのパンツとか見せても無関心だったりいやな顔されたりするしな。パンツ見せて知らん顔されたりいやな顔されるのは結構辛いんだよ、くそぅ。
って、そもそもパンツ買ってないじゃん。さすがにノーパンまではサービスする気はない。慌てて購入。これは女性としては質にこだわりたい。多少お高いものでもいい。上下組で10セットほど買っておく。
ちなみにカップはFだった。Fて。年取ったら垂れないかな、とか余計な心配をしてしまうが、『身体能力強化・極』のスキルを買っているし、強化された胸筋とクーパー靭帯が支えてくれることを期待したい。
さて、下着を買ったはいいがこれどうやって持ち歩くんだってことになったので、今度は背嚢が必要になる。いや結構あるなあ買い物。
かくして衣服総額で2300ポイントを消費。Nランクはさすがに安い。
『ポイントを転先世界の貨幣に変換することもできマスが、いかがいたしマスカ。交換レートは金貨ベースで十分の一になりマスが』
相変わらずボッたくったことを言ってくる電飾野郎。つまり1000ポイントを支払えば金貨100枚くれるってことか。まあとりあえず100枚だけ交換しておくか。金貨一枚がどのくらいの価値か知らないけど。後で情報検索しておこう。
金貨は背嚢にブッこむ。……うわ結構重いな! かさばるし! この世界の人々はこの大量の貨幣をどうしてるんだろう。
お金が足りなくなったなら後で改めて『ショッピング』に来ることもできるが、不測の事態に備えて、EXスキルやEX装備をいつでも追加購入できるだけのポイント残額は残しておきたい。1000ポイントを笑うものは1000ポイントに泣くとかいうこともあり得そうだ。基本的に金銭は転移先の世界で稼ぐことにし、ポイントは極力使わないのが妥当だろう。
トータルで、私の買い物は8億4千万8千3百ポイントとなった。
長い黒髪をサラッと後ろに流す。くーっ、これやってみたかったんだよな。黒革の胴着とブーツに身を固め、双剣を帯びた女剣士。つまり私がいる。なんかね、もうね、テンション上がるわ。
『以上でよろしいデショウか』
クソ電飾が最終確認をしてくる。
「そうね。まあ、これ以上悩んでも仕方ないし。いいわ」
……言って自分で驚く。なんか私の話し方が女の子っぽくなってる。いや女の子なのだが。そうねとかいいわとかリアルで言う人初めて見た。いや私なのだが。やさぐれたアラサーな話し方じゃなくなってるのは、精神が肉体に引っ張られているとかそういうことなのだろうか。
『では転移場所を選んでくだサイ。山、森、街、荒野、海の底、どこへでもお送りいたしマス』
「どこって言われもね……私はこの世界のこと何も知らないし」
『何のためのリサーチスキルデスカ。頭悪いのは変わりマセンネ』
無言で蹴っ飛ばす。スカートが翻る。しまった、さっそくパンツ見られた。まさか最初に見られるのがこのクソ電飾野郎だとは不覚。
『自意識過剰デス。多元世界総合管理維持システムはシステムデスから、布切れ一枚とかどうでもよかろうなのデス』
おのれ布切れ一枚をバカにしたな。その神秘性が理解できないとは哀れな奴め。悔しかったらパンツ履いてみろ。
とかいいつつ『ワールド・リサーチ』と念じてみる。脳裏にコマンドが浮かぶ。おお、面白い。その中から『世界地図』を選択すると、眼前に大きく地図のビジョンが浮かんだ。思わず手を伸ばしてパタパタと振ってみるが、手は地図をすり抜ける。
「この地図、他の人からは見えないのよね?」
『はい、情報検索系スキルで得られる情報は、あなた個人の視野に直接投影されるだけデスから、他者からは見えマセン。ですから、客観的には、今のあなたはただ無意味に手を振り回しているだけの危ない人デス』
蹴りはするが、確かに傍目にはヤバい行動でしかないわけだ。気を付けよう。
地図を見ると、確かに世界のど真ん中に大きな塔が立っている。その塔の周辺に大きな国が四つか。まあ私は塔に登るつもりだし、遠回りする必要もない。最初から塔の近くに行けばいいか。
塔周辺の地図を拡大すると、塔に隣接して大きな街がある。ここが塔に登る際の足掛かりになるのかな。
あ、地図から俯瞰映像に切り替えることもできるのね。WEB上のマップみたいだ。でも、映像は動いてはいない。クソ電飾が口を挟むには、私が今いるこの場所は「時を外れたところにある」ので、ここから外の世界を見ると「一瞬を切り取った状態」らしい。よくわからないが。
この世界の人々が見える。ほんとにいろんな種族がいる。人間族が全体の4割くらいで、一番多いっぽいが、頭が獣っぽい人とか下半身が獣っぽい人とかも普通に歩いてるよ。妙にでっかい人とか小さい人も異種族なんだろうなあ。角とか牙とかもあったりするし。こうした多種族世界だということは、知識としてはあらかじめわかっていても、実際に見ると感激が違うものだ。
面白がって街やその周辺をあちこち見まわしていた私に、不意にその光景が飛び込んできた。
街へ続く街道から少し外れた森の中で、少数の人々に襲いかかっている数人の武装した男たち、という映像が。