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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
15/84

友と新スキル

 レグダー男爵。

 繰り返しアンジェを狙って蠢動してくれた、一連の事件の黒幕とみられる人物だ。

 残念ながら証拠がそろわず、表に引きずり出すことはできないでいるとはいえ、いずれカタを付けなればいけないであろう相手。

 その相手からいきなり食事の招待ってどういうことよ。


「……えーと。よく意味がわからないんですけど」


 眉を八の字にした私に、ラフィーネさんも首を傾げながら応じる。マスクしてるからわからないけど、多分すっごい困り顔だろう。


「ええまあ私も分からないんですが。ただ、使いの方の言によれば、『男爵自身には関係のないこととはいえ、元用人が非常に迷惑をかけたのは事実。法的責任はなくとも道義的責任はあるので、一度会って事情説明とお詫びをしたい』とのことだそうで」

「……男爵の面の皮って聖遺物かなんかでできてますか? ずいぶん丈夫なようですけど」

「ええ、剥いだら鎧でも作れそうですね。……っと、これは聖務官としてあるまじき発言でした」


 私とラフィーネさんは顔を見合わせて苦笑する。怒りとかいうよりも、なんか、ここまで厚顔無恥だと乾いた笑いが出てきてしまう。


「で、どうします? ラツキさん。先方はラツキさんとアンジェリカさんもご一緒にと言ってきてますが」

「わ、私も……ですか」


 アンジェの怯えたような声が私の耳に届いた。反射的に、その細い肩を、私はきゅっと抱き寄せる。


「大丈夫よ、アンジェ。私がついてる。誰にもあなたを傷つけさせはしない」

「……はい、ご主人さま。信じています」


 ちょこん、と、小さな頭が私の肩にもたれかかかる。微かな重み、そして大きな信頼。それが体温と共に、伝わった。私もまた同じように、アンジェの頭に自分の頭を寄せる。

 ふわりと私たちの髪が揺れて、絡む。

 少しだけ、淫らに。


 どうする。私だけなら、喜んで虎口に飛び込むだろう。相手の出方や意図、そして人物を知るのは重要だ。そして、私だけならどんな状況になろうと、おそらくたいていの事態を打開できる。

 だがアンジェまで一緒となると、問題は別。アンジェの身の安全を第一に考えなければならない。


 そうだ、私はアンジェを守る。誰に対してであろうと、護る。それは、敵に対してだけではない。

 ――目の前の、この私とアンジェの姿を見て。ラフィーネさんが、どう思ったとしてもだ。


 おそらく、ラフィーネさんにバレただろう、私とアンジェとの関係は。単なる主従のする行動ではない。

 私たちの関係は、別に広く喧伝するようなものではないけれど、かといって、アンジェが怯えているのにも関わらず、それを突き放してまで秘めようなどとは決して思わない。

 では、ラフィーネさんは、そんな私たちの姿を見て、何を感じただろう。

 ……嫌悪感を、抱いただろうか。

 彼女の素顔はマスクに覆われ、その表情の移ろいを見て取ることは、できない。


 私はラフィーネさんが好きだ。この世界に来て、初めて出来た友人だと思っている。だから、もしラフィーネさんが私の……そういう私のことを知って、そして距離を置くようになってしまったら、きっとそれはとても悲しく、辛いだろう。私が、いくらそのような別離に――慣れている、と言ってもだ。


 だが、仮にそうであっても、私は今の怯えているアンジェを放っておくことはできない。この大切な愛おしい少女を。それは一瞬たりとも迷う余地のない選択なのだ。


「……ラツキさん」


 ラフィーネさんが唇を開く。ごく自然な口調で。


「では、こうしましょう。……私も、お二人と同行させていただきます。さすがに聖殿の現役バリバリ聖務官本人が立ちあっていれば、男爵も何かを仕掛けては来ないと思いますよ」

「……えっ?」


 きょとん、として私はラフィーネさんの顔を覗く。その声音には何の変化もない。


「ラドウスを実際に捕縛したのは私ですから、今回の事件に関わりがあります。だから男爵も私にラツキさんへの伝言を頼んで来たのですからね。事件に対する事情説明というなら、それを逆にこちらも利用して、聖殿からの立ち会いということで一緒に行けると思いますよ。まあ上司の許可が必要ですが、問題ないでしょう」

「ないんですか」

「はい。理屈としては通っていますからね。それに、私、普段は出来のいい部下ですから、多少の我儘は聞いてもらえるでしょう」


 ラフィーネさんの態度は落ち着いており、二重の意味で私は驚かされる。私とアンジェの関係に気付かなかったということはないだろうにも関わらず、それに対して反応しないということに。そして、上司と掛け合ってまで私たちの味方をしてくれるということに。


「……どうして、そうまでしてくれるんですか、ラフィーネさん」

「聖殿法を恣意的に捻じ曲げた男爵は、私にとって、いえ聖殿全体にとっても好ましからざる人物ですからね。一度ガツーン行ったれー! っていうのは私だけの考えじゃありませんよ。そして何より」


 ラフィーネさんは、にっこりと微笑んだ。あの快活な笑み。


「ラツキさんと私、お友達ですもの」


 私は静かに息をついた。その一言の中に込められた意味を思う。

 彼女は全てを飲みこんでくれた。おそらく私がどういう人間なのかを理解した上でだ。

 それが、繊細な配慮によるものなのか、それとも彼女の中では、そのことが特に重要な意味を持たないからなのかは分からない。だが、彼女は、こんな私に、自分から歩み寄ってくれた。それは、とても尊く、美しい姿だと、私には思えた。





 男爵の屋敷に招かれている日程は5日後だとラフィーネさんから聞いた。5日か。その合間に第2階層くらいは踏破できるかな。もっとも、それ以外にもいろいろやるべきことはある。

 私たちは翌日、メガックさんのお店を訪れていた。主に4つほどの目的を持って。

 一つはアンジェを落札したことに対する改めての挨拶、そしてもう一つは


「なるほど、家でございますか」


 つるつる頭をこっくりとさせてメガックさんが頷く。

 そう、家に関する相談をしに来たのだ。聖殿の客殿は実に居心地がいいのだけど、いつまでも泊り続けることのできる場所ではない。一日ごとに銀貨4枚が羽を生やして飛んでいくのは、一財産を持っている今の私であっても結構きつい。それくらいならもういっそのこと、家を買ってしまった方がいい、と考えたのだ。いずれにせよ、聖都には今後も長く住むことになるのだろうし。


 もちろん、メガックさんは奴隷商人だから不動産は専門外だけど、同時に聖都の商工会議所の理事であるとも言っていたはず。そこから、何かのつてがないかと思ったわけだった。


「さようですな、どういった物件をお探しで? いずれにせよ、すぐに見つかるとも限らないことはご承知願いたいのですが」

「ええ、もちろん待ちますよ。家は、それほど大きくなくてもいいのですが、まあ数人で暮らして狭苦しくない程度、でしょうか。それ以外の条件は特に。ああ、井戸や内湯があればありがたいですが、それも贅沢は言いません。風が吹いて倒れたりするようなものでさえなければ」


 以前はしょぼいアパート暮らしだった私からすれば、どんな家でも御殿のようなものだ。

 元日本人としては地震が怖かったりもするが、聖都は地震のない地域らしく、その点ではほっとしている。地震が起きて『塔』が崩れてきたらとか、想像もしたくない。


「かしこまりました。知り合いの業者に声を掛けておきましょう。ラツキ様とは今後も長くお付き合いを願いたいことでございますし」


 メガックさんは傍らの革袋を見てにっこり笑った。その中には、私が持ってきた金貨75枚が入っている。


 これが、3番目の用件。私は、金融局から持ち金のうち金貨75枚を引き出し、これをメガックさんに預けに来たのだ。投資目的である。従って損失を出すこともありうるのだが、まあ積極的に資産を増やそうというよりも、どちらかと言えばメガックさんに対するエサ……いや失礼、飴と言った方がいいものなので、その辺はあまり気にしていない。


 こちらからいつも世話を掛けてばかりではなく、メガックさんに対してもある程度の利益をもたらしてあげなければ、良好な関係は続くまい。彼はいい人だとは思うが、同時に利聡い商人であることを忘れてはならないだろう。我々の関係は友情ではないのだから。


 ……とかいいつつ、預けたのが金貨75枚と言うあたりが、私の小市民性を露わしているとは思うのだが。どうせなら200枚くらいどーんと預けちゃえば、とも思うんだけど、まだ登攀者稼業が軌道に乗っているわけでもないのに、そこまでの大枚はたくのは怖いんだもん。


「さて、それでは、本題でございますが」


 そして、4番目の、そして最重要の要件。預けた金貨はそのための飴でもあった。


「レグダー男爵閣下について、でございましたな。お夕食に誘われたとか。稀にでございますが、あることでございますよ、男爵閣下が有望な登攀者の方をお招きになるのは。と申しますのも」


 カネのことはカネに聞け、だったか。大富豪であるという男爵についての知識を得るなら、やはり商人の情報ネットワークに頼るのがいいだろう。


「……閣下御自身も、元は登攀者でいらっしゃいましてな。今でも登攀者に親しみを抱いていらっしゃるご様子。閣下も、40階層を踏破し、50階層にまで迫った、優れた腕前をお持ちの方でございました。私も若い頃、幾度か取引をさせていただきましたよ……」


 へえ、と軽い驚きを受け止める。メガックさんの言によれば、男爵は47階層にまで登った時、強大な守護獣との戦いによって仲間を失い、自らも重傷を負って、引退を余儀なくされたのだという。


 しかし、引退後はそれまでに登攀者として溜めた資金を巧みに運用し、恐ろしいほどの精密な観測を元に、稀有な商機を最上のタイミングで狙い、瞬く間に莫大な資産を築き上げた。その駆け引きの妙はいまだに商人たちの間で、半ば畏怖めいて語り草になっているらしい……「まるで、人里離れた山奥の密会や、閉ざされた部屋での秘密の会話でさえも、見透かしているような」と。


 ――ふーん。それ、どっかで身に覚えがある気がするな。

 私が盗賊どもを討伐しアンジェを救ったことを。そして私とアンジェの関係を。

 なぜか知っていた……「なぜか」。

 ……ふーん。そっか。


「その途方もない財産をもって、帝国の爵位をお買い上げになり、貴族となられたそうでございます。しかし、今でも登攀者時代を懐かしんでおいでなのでしょうな。武具の収集家としても知られておりまして、逸品には値を惜しまずお買い上げになるとのこと、聖都の武具商なら誰もが知るところでございます。ただ、最近はあまりお求めにはならぬようでございますが」


 そこまで聞いたところで、応接室の扉の外から声が掛かった。


「し、失礼いたします。お、お茶のお代わりをお持ちいたしました」


 なんか妙に緊張していて、しかも幼い声だな。と不思議に思ったが、開いた扉を見て納得する。……いや納得かな? 逆に新たな疑問が浮かんだけど。


 そこに立っていたのは、少年だった。年の頃ではおそらく10歳やそこらだろう。色白でほっそりした、襟首の清楚な男の子だ。ガイモンやペカのような体の小さい矮霊族ではなく、顔つきや体つきもまだ若い、声変りもしていない本当の子供。


 身だしなみはきっちりと整えられており、さすがにメガックさんのお店の店員、という感じではあるのだが、そんな幼い子、それも緊張でガチガチになってるような、おそらく見習いの子を客の前に出してくること自体が、メガックさんの丁寧な普段の接客姿勢からはそぐわない。


「……あ、ありがとう」


 きょとんとしながらもお茶を受け取り、一応お礼を言った私に、少年は何やら熱い感情のこもった眼差しを向けた。え、何この子。会ったことないよね?


「失礼いたしました。ご覧のようにまだ見習いでございまして、本来ならば大切なお客様の前にお出しすることはかなわぬ身でございます。しかし、この者をラツキ様にお引き合わせいたしたく、私が計らったのでございます。ご無礼をお許し下さい」


 メガックさんが微笑しながら言い、少年を招いて脇に立たせた。


「この者の名はウィジィ。……アンジェリカを聖都に連れてくる際に盗賊に襲われ、命を落とした私の供の者の忘れ形見でございます」


 ああ……そういうことか。私は小さく驚く。私の隣で侍立するアンジェも息を飲んでいた。自分のせいで父親が命を落とした――彼女はそう考えたのかもしれない。

 私はそっとアンジェの手に触れた。振り返るアンジェの目は、悲しみと自責に曇っていた。その掌に、指先を滑らせる。しなやかな肌触りと温もり。アンジェは自らも私の手を握り返す。きゅっと、耐えるように、すがるように。


「父一人子一人の家庭でございましたので、私が店に引き取り、仕事をさせております。なかなか聡明な子ではございますよ」

「あ、あの、き、金貨、ありがとうございました!」


 メガックさんの紹介も待ちきれぬように、少年……ウィジィくんが激しい勢いで頭を下げた。そういえば、盗賊どもにかかっていた懸賞金を、私は遺族の人にと言ってメガックさんに託したのだった。ちゃんと渡してくれたらしい。


「そ、それに、父さんの仇を討って下さったと、旦那さまから聞きました! ほ、ほんとに、ありがとうございます!」


 うーん。ちょっと居心地が悪い。あれは、別に仇を取ってあげるとか、そんな気持ちでしたことではなかった。アンジェのためでさえなかったのだ。単に私が、私自身の身勝手な都合と醜い感情で戦っただけの、粗野な暴力でしかなかったのだが。

 

 ……まあ、それでも結果的に言えば、私は彼の父の仇を取ったというのも事実ではある。純粋に感謝してくれているものを、変にまぜっかえすほど空気読めないわけではない。


「いいのよ。あなたも色々と辛いでしょうけれど、元気を出してね」

「は、はい! あの、旦那さまから伺ったのですが、とてもお強いとか!」

「え? ……え、ええ。まあ、多少は」


 なんか、彼の勢いに押され気味になる。何をそんなに食い付いてくるのこの子は。


「どうすれば、そんなに強くなれるんでしょうか!?」


 思わず咳き込みそうになったのを必死で抑える。いやどうすればって。宝くじを買って一等を当てたらスキルが買えるよ、って言えばいいのか。言えるか!


「僕、あの、強くなりたくて。それで、どうすればいいか、知りたいんです」

「ほほう、ウィジィ。強くなってどうするのです? 私はそのような事を聞いてはいませんでしたが。……登攀者を目指すつもりですか?」


 ウィジィくんの言葉に、メガックさんがやや驚いたような表情を作る。少年は慌てたように口ごもった。


「あ、す、すいません旦那さま! お店の仕事がいやなわけじゃなくて、その」

「いや、構いませんよ。お前は自由民なのですし、将来に希望があるならば、まず言ってみなさい。許すか許さないかはその後のことです」


 メガックさんの声に安心するように吐息をついたウィジィくんは、やや恥ずかしげに口を開いた。


「あ、あの。僕、父さんのことがすごく悲しくて。それで、もう、あんなことする奴らが出てこないようにしたいんです。だからその、聖都を守る聖務官になりたいなって」

「ほう、聖務官ですか。これはまた至難な道を」


 難しい顔をするメガックさん。え、聖務官ってそんなになるの難しいの? 私の知ってる某聖務官さんは、凄くお気楽な感じの人だけど。まあ彼女の魔法の力はすごいと思うが。


 ……魔法か。改めて見てみると、ウィジィくんの体躯は、その年齢にしてもちょっと小さく、線も細い。もちろんこれからが成長期で、一晩寝るだけでぐんぐん伸びたりもするのだろうけど。でも武術家として大成できるのかな。いやこの華奢な体の私が言っても説得力はないのかもだが。魔法使いの方が向いてないかな。


「はい……でも、あの、体を鍛えるなら一人でできるかもと思って……魔法の方が合ってるのはわかってるんですが、魔法はちゃんとした勉強をしないとだめで」


 ウィジィくんが小声で言う。別に彼が武術を舐めているというのではないだろう。単に、取りうる選択肢としてそちらしかない、ということだとは思う。だがたとえそうであっても、やはり基本的には師に就くべきではないだろうか。私はスキルを身につけて、自分で使っているからこそわかるのだが、武術の洗練され研究された身体操作は、独学で発見し身につけろと言っても、そうそうできるものではないと思う。


「でも、やっぱりちゃんとした先生を見つけた方がいいと思うわ。武術にしても魔法にしてもね。私は、悪いんだけど登攀者になりたてで、今とても忙しい時期だから、時間を割くことはできないけれど」

「は、はい……そうですよね……」


 がっくりと肩を落とす少年の小さな姿を見て、私も心が痛まないわけではないのだが、かといってどうしようもない。いや、『ショッピング』や『スキルコピー』など、私のスキルを駆使すればいろいろできるだろうが、それは私の素性を怪しまれる確率を高めてしまう。申し訳ないが、さすがに自分の身の方が可愛い。私はどうせ冷たくて自己中で我儘なんだ。


「だから」


 と、私は続けた。


「私の友だちの聖務官さんに、どうすれば聖務官になれるか、その修業はどうすればいいか、何を心掛ければいいか、誰かいい先生はいないか、その人にはどうすれば教えを乞えるか、くらいを聞いてあげることしかできないわ」

「あ! ありがとうございますっ!」


 途端、太陽のように目を輝かせ、弾む声でウィジィくんが叫ぶ。

 ……いやその、アンジェもメガックさんも、なんで「いやあお人好しですねえ可愛いですねえ」みたいなそんな生温かい目で私を見てるの。どうせラフィーネさんには会うから、その時にちょっと話するだけだし。わざわざこの子のために行動するわけじゃないし。ほんとだし。私は冷たくて自己中で我儘なんだよ? 





 メガックさんの元を辞した後、私たちは古着屋へ立ち寄った。一応男爵様の御屋敷を尋ねるわけだから、胴着で行くわけにもいくまい。そこそこのいでたちを整えなければならないだろう。そうした場での服装コードなんてよくわからないので、元貴族のアンジェに見立ては任せる。


 そして、おそらく武器を持ち込むこともできない。とはいえ、ラフィーネさんも言っていたように、いきなり襲ってくるということもあまり考えられないし、万万が一のことがあっても、私の中には二刀流のみならず拳術のESスキルも入っているから、徒手空拳であってもさほど不安には思わないが。


 まあせっかく敵の懐に飛び込むのだ、受身であるだけではなく、これを逆用してこっちから探りを入れる好機でもある。

 そしてそのためには。

 ……あいつめんどくさいから、あんまり会いたくないんだけどなあ。






『いらっしゃいマセ。毎度のご利用ありがとうございマス』

「別に来たくて来たわけじゃないけどね」

『これはお手厳しいことデス。羅槻サンの身体の隅々まで見知った関係だというノニ』

「人聞き悪いこと言うな! 単に身体を作り替えただけでしょ!」


 思い切り蹴りつけるが、いつものこととて、こいつは平然としている。

 周囲には白い靄がかかり、目の前には派手で下品な電飾に飾り立てられた巨大な電光掲示板が聳え立つ。私がこの世界に来るきっかけになった場所。そしてその相手。


 私はアンジェに対してはお手洗いに行くと言って部屋に残し、トイレの個室に入ってEXスキル『ショッピング』を使用していた。……何ともカッコ悪い形ではあるけど。学校のトイレで隠れてタバコ吸うガキかって感じだが、実際手軽に身を隠せる場所なんだから仕方ない。


「いいからさっさとスキル見せなさい」

『何ともせわしないことデスネ。もう少しゆとりを持った人生をお薦めいたしマスガ』


 文字列を表示しながら、クソ電飾は私の周囲に無数のスキルをパネル状に表示した。さて、この中から、必要なスキルを選ばなければ。自分自身のスキル一覧を見ると、ポイント残額も表示されている。現在の私の残額は1億5千万1千7百ポイント。


 まずは情報収集に便利なスキルを。男爵の屋敷に堂々と乗り込めるというこの契機を有効に生かしたい。


「EXスキル『インビジヴル』。つまり透明になれるスキル? これいいじゃない。便利そう」

『ハイ素晴らしいスキルデス。とてもお薦めデス。ただし、そのスキルは使用者の肉体しか透明化できまセンので御注意クダサイ』

「んー、つまり服は無理だから素っ裸で動けってこと? 変な性癖に目覚めそうで怖いわね」

『服もデスガ、使用者の胃に残っている消化前の食物、また腸や膀胱内に残っている排泄物もまた「使用者の肉体」ではアリマセンので透明化できマセン。それはばっちり丸見えデスネ』

「グロいわ! そこまでの特殊性癖は求めてない!」


 いや説明されればそりゃそうかと思うけど!

 くそぅいきなり最初からこいつのペースだ。


「多分だけど、離れた場所の光景を見聞きできる力を持った奴がいるのよ。あんたんとこで売ってるスキルはそれに及ばないの? 世界を管理とかデカいこと言ってる割に、ずいぶん品ぞろえが悪いじゃない」

『アー、それはおそらく聖遺物の力によるものデスネ。すなわちあの世界の(ことわり )の中で動く、魔法の一種でしかありマセン。従って、対魔法防御魔法や結界魔法には遮られマスし、使用者に消耗も強いるモノデス。効果範囲もおそらくそれほど広くはないデショウ。EXスキルやEXアイテムは魔法ではない理外の力デスから、魔法を無効化できマスし、範囲も広く、また使用者に負担も掛かりマセン』


 クソ電飾が表示すると同時、周囲に浮かぶ無数のスキルパネルの中の幾つかがぼうっと光った。


『まあ情報収集用ということデシタラ、この辺りなど如何デショウカ』


 そのスキルを吟味し、私は二種類を選んだ。EXスキル『ディレイ・サイト』と『ディレイ・ヴォイス』共に2千5百万ポイント。まあ良さそうな感じ。これで行こうか。


「後は……そうね、もう一つ気になることがあるわね」


 スキルパネルの中から、一つを見出して調べてみる。EXスキル『アンチドーテ』……つまり毒物完全無効化能力。

 真正面から戦いを挑まれたならそれほど怖くはない。だが、毒を使われでもした場合はどうか。これも考慮しておかなければいけないとは思っていた。まあ食料や飲料、あるいは食器に毒を混入されても『アナライズ』のスキルで回避できるだろうが、いきなり毒ガスとか吹きつけられると困るかもしれないし。


 もちろん十中八九それは杞憂だ。ではあるが、「絶対大丈夫」と言い切る根拠もない。絶対がないなら準備はしておく。それも当然だろう。

 それに今回の男爵邸の話だけではなく、塔でもそのうち毒使いの守護獣とか出てくるかもしれないし、備えは必要よね。


『ハイ素晴らしいスキルデス。とてもお薦めデス。ただし、そのスキルは文字通り完全に毒物を無効化してしまいマスのでご注意クダサイ』

「いいことじゃない。何か問題ありそうな言い方ね」

『使用者の体調に悪影響をもたらす化合物、つまりアルコール類も一切効かなくなりマス。飲んでも酔う前に分解されマスノデ一生酔えマセン。まあ健康にはいいことデスヨネ』

「ちょっと待ちなさいよ!?」


 思わず悲鳴が口を衝いて出た。私に酒抜きで一生過ごせと!? 酒は人生の伴侶、人生の灯、人生の温もりなのよ!


『命には代えられないのではアリマセンカ? それとも毒殺される可能性を無視してでも酒を飲みたいのデスカ? もうそこまで酒毒がまわっているのデスカ? アーン?』

「うぐぐ……」


 この野郎はいちいち正論を言ってくるからほんとに嫌い! そりゃその通りなんだけど。酒よりは命なんだけど。でも、でもさ!

 ――涙目になりかけた時、ふと頭に閃いたことがある。

 スキルじゃなくてもいいじゃん!

 アイテム。EXアイテムでもいいんだ。毒物を無効化できるなら。そして酒飲む時はそれを外してればいい!


『チッ。気づきマシタカ』

「ちって言ったな! ちって!」


 蹴りながらEXアイテム作成を起動。さて、どんなアイテムを作るか。男爵邸に付けて行って怪しまれないもの、ということになると、アクセサリーとかになるだろうか。んー、指輪なんていいかな。塔で使うことも考えると、戦闘の制約にならないものがいいし。

 じゃあ。指輪にしようか。消費ポイントは2千万。


『で、お幾つ御注文なさいマスカ?』

「え?」

『あなたさえ助かればそれでいいのデスカ? あなたのお仲間は毒で死んでもいいのデスカ?まあそれも一つの生き方ですケドネ』

「うっ……」


 そ、そうか。私だけじゃなく、アンジェやラフィーネさんの分まで必要になるのか。

 でもそれどうやって渡せばいいんだろう。

 指輪を……渡す……。

 アンジェに。指輪を。

 ……えっと。この世界には、そ、そういう考えはあるのかな。

 左手の薬指に……とか……。

 ヤバい。なんか頭に血登ってきた。


『勝手に発情しているところ申し訳ないデスガ、この世界には指輪を贈ることで婚姻の証にする風習はありまセンヨ』


 ――ちくしょう。


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