10億と私
「10億?」
『10億デス! ご当選、おめでとうございマス!』
下品という概念をそのまま形にしたような、無駄に派手でけばけばしい電飾。その光の暴力が、ギラギラと輝いて私の目を射る。赤だの青だの緑だの黄色だの、鬱陶しいことこの上ない光の束のど真ん中、さらに存在を主張する巨大な電光掲示板があった。そこに映し出されている文字が、ありがたくも私を祝福してくれている、らしい。
一瞬前までそんな電飾も電光掲示板も、欠片も存在していなかったと、私は全身全霊を賭けて断言してもいい。だが今、それらは存在する。というか、それらしか存在しない。周囲は白く霞んで、果ても見えない茫漠とした空間がただ広がる。この場所に存在するのは私だけだ。
私は1分前のことを思い出す。最後に残った3百円。路地裏に見つけた胡散臭い宝くじ売り場に、なけなしの硬貨三つをすべてブッ込んだのだ。路地裏は薄暗く、売り子の顔は良く見えなかったように思う。いやそもそも顔自体があったのかさえもわからない。
その宝くじは買ったその場で当落が判明する仕組みだった。そして私は当選番号を調べてもらい、――冒頭に至る。
「誰? 誰がいるの? 出て来なさいよ」
当選がどうのというよりも、まず現状の把握を優先して私は周囲を見回す。だが、私の問いかけに文字を表示して答えたのは電光掲示板だけだった。
『この場所に存在するのはあなただけデス、 佐保 羅槻サン。あなたが先ほどそう考えられたようにデス』
意外に驚愕はしないものだ、その電光掲示板が私の名前も、そして私の考えたことをも言い当てても。すでにこの白い世界に入り込んだことで、無意識的に心の準備ができていたのかもしれない。何かとんでもないことが私の身の上に降りかかったのだと。
別に私が人並み外れて強靭な精神を有しているわけではない。むしろその逆だ。宝くじを買った時点ですでに私の心は擦り切れてささくれ立ち、自暴自棄と言ってもいい状態にあった。だから、驚くほどの鋭敏な感受性が私の中にもう存在しなかった、それだけのことでもある。
「……で? あんたは何なの。ご丁寧に私のことをよくご存じらしいあんたは」
私は捨て鉢気味に尋ねた。――電光掲示板に尋ねるって。 我ながら、なんだこの頭悪い状況は。
だが奇天烈な電光掲示板は奇天烈に文字を表示して私の問いに答えた。
『多元世界総合管理維持システムが、現在あなたをご案内しておりマス』
――答えた、というのかそれは。わけのわからなさが自乗になった。
『多元世界総合管理維持システムは、改めてあなたに見事一等、10億が当選したことをお伝えいたしマス。おめでとうございマス! すばらシイ! コングラッチュレーション! ハピバスデ!』
よしわかった。こいつはわかりやすい説明という概念を根源的かつ本質的な規模で欠如させているんだな。
仕方なく、めまぐるしく電光掲示板に流れていく文字列を見ながら、私は別方向からのアプローチを試みた。
「10億って、10億円ってこと?」
『ハ? 何を自分に都合よく解釈されているのデスカ? 頭ダイジョブデスか?』
……いきなりケンカ売られたんですけどブン殴っていいかな。
『って、蹴ってるじゃないデスカ』
だって殴ると手が痛そうだったし。もっとも、事実上手加減なしで蹴ったぐったにもかかわらず、電飾にも電光掲示板にも損傷は見られなかった。
「んじゃ、なんの10億なのよ。ポンド? ドル? フラン? リーブル? ルピー? ペソ? クラウン? リラ?」
『貨幣ではありまセン。10億TWP。すなわち、異世界転移ポイントとなりマス』
その説明で、ああそうなのかなーんだ、となる人間がどれほどいるのだろうか。
「それは何、といちいち聞き直さないと会話を進める気はないのかな」
『無論、ただいまから説明いたしマス。そのように気ぜわしいからフラれるのデス』
蹴る。蹴る。蹴る。蹴られながらも、電光掲示板……めんどくさいからもうクソ電飾と言いかえるが、そいつは表示を始めた。
『マズ、あなたの住む世界の他に、数多くの並行世界が存在している、とお考え下サイ』
「やだよそんなアホみたいな話」
『電光掲示板と真面目に会話している時点であなたも十分アホですからご安心くだサイ。では話を続けマス』
蹴る。蹴る。蹴る。しかしクソ電飾は平然と表示を続行する。
『それぞれの世界は一つの閉じた「系」になっておりマス。その系の内部で完全に循環し自己維持を続けることができマス。基本的にはデス。……しかし、いつまでも閉じた系の内部だけで自己維持を続けていては、そのうち淀み、ひずみ、歪みが出てきマス。水槽の中身をいつまでも変えなければ水が淀むようにデス』
蹴り疲れて息を切らしている私はクソ電飾の表示を半分ほども見ていなかったが、構わずに表示は続く。
『そこで、他世界から異なる要素を導入することで世界を再活性化させる必要が出てきマス。すなわち、ある世界から別の世界へ、適当に選んだ適当な誰かを適当に放り込むのデス。これを行うのが多元世界総合管理維持システムデス』
「待てやコラ。適当な誰かを適当に放り込むとか言わなかったか」
『適切な人員を慎重かつ注意深く配慮しつつ転移させると言いマシタ』
「ウソつけ! さっきの表示と違う!」
『さっきとはいつデスカ? 何年何月何日何時何分何秒デスカ? アーン?』
蹴る蹴る蹴る。蹴られまくりながらもクソ電飾はなおも説明を続けた。
『まあそういうわけで、あなたは適当……いや完全無作為を創出するための異世界くじの一等に当選し、異世界転移者に選ばれマシタ。その際、あなたの行動及び活動を支援するため、10億の異世界転移ポイントが支給されマス。あなたはこれを消費し、自らの望む世界において、望む姿で、望む能力を得て生きていくことができマス』
ぜえぜえ。へたり込んでいた私は、乱れた髪をかき上げながら問うた。
「何それ。強制だとでも言うの? 嫌だと言っても異世界とやらに飛ばす? 水槽の水をかき交ぜるために?」
『イイエ、異世界転移を望まない方はその意思を尊重シマス。その場合は十分の一の貨幣価値、すなわち一億円をお持ちになって現実へお帰り頂きマス。……もっとも』
クソ電飾は一瞬間を置いて、続けた。
『あなたは帰還を望まれないデショウガ。あなたを弾きだした、あの現実に戻るコトハ』
おそらく私の眼は、その時、明確な敵意と悪意を宿してギラリと輝いていただろう。いい気持ちがするものではない――他者に、自己のうちにどんよりと淀んで渦巻く黒い感情を指摘されることは。
あの下卑た笑いと濁った眼差しが私の中でフラッシュバックする――いや、くだらないことだ。
『お気にナサラズニ。多元世界総合管理維持システムは、意思も人格も有しない、文字通りのただのシステムデス。単なるシステムに心中を露呈されても、誰に憚ることもないはずデス』
「ただのシステムって、ウソ言いなさい。これまで散々人をおちょくってくれたじゃないの。っていうか今だって普通に会話してる」
『例えば台風は巨大なパワーを有し、長い距離を移動シマスが、だからと言って台風が生き物だと思う人はいないデショウ。多元世界総合維持管理システムもそれと同じデス。巨大なパワーを持つと言えど、単なる反応、自然現象に過ぎマセン。ただ、その規模が非常に……無数の次元を繋ぐほどに巨大なために、より複雑な現れが可能になっているというだけデス。人間の感情や意志というものも所詮は電気信号の集合体。それと同じように、超宇宙・超次元規模での自然法則の、無数に近い集合体が、この超々高度に複雑な「現象」である多元世界総合維持管理システムを生み出しているというだけのことデス』
クソ電飾はそこでいったん言葉を切って、改めて先ほどの話を始めた。
『……で、どう致しマスか、佐保羅槻サン。一億円を持って再びこの世界で生きていかれマスカ……それとも、新たな世界で新たな自分として新たな人生をお送りになりマスカ』
私は、大きく息をついた。湿った息だ。我ながら鬱陶しいほどに。
それは恐ろしく魅力的な申し出だった。逃げだというだろうか。そう、逃げだろう。親に捨てられ、上司に自分の罪を押しつけられ、同僚にも友にも裏切られて、パートナーにも見捨てられた女。そんな世界からの無様な逃げだというのならそうだろう。
だがそれは否定されるべきことだろうか。自分ではなく世界が悪いのだと喚くほど子供ではない、だが悪くはないが合わないのだと主張することは幼稚だろうか。自分に合わないサイズの靴を我慢して履き続けることが素晴らしいことだとは思わない。
ああ、勿論わかっている。私が目を背けたいのは「世界」ではない、「社会」だ。それも自分の周りだけのごくごく小さな社会に過ぎない。そんな一部の社会から唾を吐きかけられたからと言って、世界を嫌うわけではない。美しい花々、さえずる鳥、香る風、燃える朝焼けや夕焼け、星々の煌めき。あるいは見も知らぬ幼子の無邪気な笑い声、親子の語らい、恋人たちの陸みあい。そういったものが世界だ。
異世界に赴くということは、それらをすべて捨てて顧みないということだ。
だが。
私はまた細く長く、息をついた。
一時の気の迷いかもしれない。実際、今の私は、前述したように自暴自棄だった。仕事も友もささやかな蓄えもパートナーもすべて失い、安酒を煽ってふらついていた夜。それが今夜だ。だから、気が落ち着いたなら一笑に付すかもしれない。この世界を捨てるなど。
だが、だ。
そんな状態だからこそ、私の中にあった本当の願望が、つまらない理性や常識などに押さえつけられていない真実の気持が、頭をもたげていたと。そう、思えた。
だから。
私は、呟いた。
「行く」
ただそれだけを。
『承りマシタ』
クソ電飾も短く返す。
次の瞬間、周囲一面に無数の文字列がパネル状に映し出された。周囲一面の白い霧をスクリーンとして投影されたかのように。
唖然としてそれを見回す私に、クソ電飾は説明を始める。
『現在あなたがお持ちの異世界転移ポイントは10億デス。その中から、まず異世界転移基本ポイントとして1億をお支払いいただきマス』
「ちょっと待たんかい!!」
表示的には「1億をお支払いいた」あたりまで流れたところで、カブりぎみに私は血相を変えて怒鳴りつけた。
「しょっぱなからいきなり1億ボッタくるって何の冗談よ!」
『H・G・ウェルズの「宇宙戦争」をご存じデスカ?』
だが平然とクソ電飾は続ける。
『異世界に行くということはああいったことデス。まったく異なる世界の病原菌やウイルスに何の免疫もなく、いやそれどころか大気組成さえこの世界とは異なりマス。降り注ぐ紫外線の量も異なるデショウ。そんな場所にデスね、いきなりポンと飛ばされて生きていられると思いマスカ? まずは異世界に適するようにあなたを作り替える必要がありマス。それが非常に大仕事だというのはお分かりになりますヨネ? それとも転移した瞬間即死するというのでも構わないのデスカ? アーン?』
「ぐッ……」
私は言葉に詰まる。っていうかこいつやっぱり感情とか意思とかあるだろ!ただのシステムとか絶対ウソだ!
『まあ落ち付いてクダサイ。ここからは、本当にあなたのお望みのままに取捨選択できマス。周囲に映し出された各種項目の中から、好きなものをお選びクダサイ』
私は脹れっ面をして唸りながら、周囲を見回す。スクリーンのような霧に、大別して『世界』『スキル』『自己設定』『アイテム』という大項目が映し出されており、その下に幾つかの中項目、さらに多数の小項目が並んでいた。
『ちなみにそれらの項目はあくまであなた個人が認識し把握し理解しやすいように、概念処理されたものデス。実際の転移先の世界に、「スキル」や「レベル」などといったデジタルな区分が存在するわけではないことをご了承クダサイ。つまり』
クソ電飾は滔々と述べる。
『転移先の世界で、レベルがどうのスキルがどうのクラスがどうのとか言い出したら、残念で哀れで惨めでかわいそうな子を見る目で見られマス』
いちいち余計な事を言うなこいつは。だが言い方は別として、それは有益な情報ではあるが。
「これ、どれから選ぶの?」
それにしたって選択項目が多すぎて何が何だか分からない。だがクソ電飾は
『どれからでもお好きにドウゾ。指示待ち世代デスカ。ゆとりデスカ』
と、助言の仮面をかぶった放置プレイをかましてきた。とりあえず一発蹴ってから、仕方なく一つずつ見ていく。
『スキル』というのが先ほどクソ電飾が話していた、私に与えられる能力というやつか。しかし多すぎる。数千種類、いや数万種類はありそうだ。全部を選べるわけではないだろうし、どれにしたらいいか全く指針がない中で選ぶのは至難だろう。まずは自分が向かう方向性を決めてから、それに合致する能力を選ぶべきか。そう考え、『世界』に顔を向ける。
『世界』というのは、言葉通り転移先の世界を示すものらしい。まずこれからにしようか。どこに行くかを決めてからでなければそれ以外の部分も決めようがない。
『現代世界:通常』、という中項目がある。その項目におそるおそる触れてみると、説明ウインドウが開いた。説明文をざっと読む限り、私のいた通りの世界、まさにそのままだ。普通の世界の中で、私だけがなんらかの特殊な能力を得て生きられるということか。それも一つの選択なのかもしれないが、私はこれまでの世界が嫌で異世界に行こうとしているのだ。同じような世界は生理的に受け付けない。
さらに、『現代世界:能力系』とやらが目につく。これは何かと見てみると、いわゆる超能力とかそういったものが普遍的に存在する世界のことらしい。少年漫画っぽい雰囲気とでもいうのだろうか。
他には『現代世界:妖異系』なんてのもある。霊能力とか妖怪とかが存在する世界のようだ。
『現代世界:超格闘』これは触れただけで相手を吹っ飛ばすとかの武術がある世界。
まあ色々あるもので、それぞれ興味深くはあるが、結局現代世界系は私にはどうしてもそこで生きていきたいとは思えなかった。まとめて却下。
次の中項目には『未来世界』がある。『未来世界:サイバー』はサイボ-グとか電脳世界とか、なんか理屈っぽい感じ。余り好みではない。私は基本的に文系だし頭悪いし。
『未来世界:スペースオペラ』。宇宙船で銀河を駆け巡り、宇宙生物や宇宙海賊とドンパチするような世界。これはちょっと面白そうではあるが。
そして『ファンタジー』があった。ファンタジーか。それだけでなんかワクワクする響き。より詳しく見ていく。
『ファンタジー:戦国』。いくつもの国々が世界の覇権を賭けて争う戦乱の世界。物語として読む分にはいいが、いざ自分がそこで生きていこうとすると、結局どこかの国なり勢力に所属するか、あるいは自分がその勢力を作るかしかないだろう。私はあまり大組織には入りたくない。
『ファンタジー:魔王』。魔王によって脅威にさらされた世界か。これもお話としては王道だが、そこで実際に生きて行こうとするなら魔王とやらと戦わなければならない可能性が高いか。いや魔王軍に入るとか私自身が魔王になるとかでもいいのかもだが、組織は嫌いだし、逆に魔王と戦うとしてもそれは王様なり誰かなりに使われる身でしかない。なんかピンとこないなあ。
『ファンタジー:迷宮』。迷宮か。これは良さそう。一人で、あるいは少数の仲間だけで気ままに生きていけるような感じ。ただの印象だけどね。実は私は方向オンチという最大の問題があるが、その辺は『スキル』とやらを取得すれば何とかなりそうな気がする。じゃあこの『迷宮』の中項目からさらに細かく見ていく。
迷宮を探索する側の世界、運営する側の世界。どちらかと言えば探索する方かな……。運営も楽しそうだけど頭使いそう。探索なら難しい話は仲間に任せればいいし。
単一の巨大迷宮の世界、複数の迷宮の世界。複数だと地図が頭の中でごっちゃになりそうだし行き来するのもめんどくさそう。じゃあ巨大迷宮。
と、いくつかの迷宮系世界をざっと閲覧していくうち、一つの世界が目にとまった。
『神々の塔の世界』。
私の新しい運命との、それが出会いだった。
『神々の塔の世界』。
その説明ウインドウを開き、読んでいく。
世界の中心に聳え立つ巨大な塔。その頂きには絵にも描けず言葉にもできぬほどに尊い神秘の秘宝が眠ると伝えられる。しかし、長い歴史の中、その塔の半ばまで登り得たものすらいない。それでも人々は塔へ挑む。ある者は神の試しと信じ、ある者は富を求め、またある者は誇りと栄誉のために、そしてある者は己の命を昇華するために。
塔。
……塔、か。
いまだかつて誰も頂点まで到達したことがない、塔。
――登れなかった、塔。
古びた。取り壊し寸前の。
そして彼女は。
……狡猾な蛇のようにまとわりついて、幼い思い出が牙を立てる。
凡庸な代償行為。安直な昇華。それでもいい。
それで自分自身にけじめがつけられるなら――私は、「塔」に登ろう。
まあ、多くの人々が懸命に挑み、そしてたどり着き得なかった場所に、異世界人である私がのこのこお邪魔していいものか、という忸怩たる思いは弱冠なくもないが。
だが思い返せば、私はこの世界の『水槽をかきまぜに行く』のだ。私が行かなければこの世界そのものが濁ってしまうことになる。ならば私が行って世界をかき交ぜてあげることこそがこの世界のためだ。
……うん、かなり強引な自己正当化であるのは自覚しているが。
「そういえば」
と、私はふと気づいてクソ電飾に顔を向けた。
「私が異世界に行って、「水をかきまぜる」ためには何をすればいいの。何やってもいいの、例えば世界征服とか無差別大量虐殺とか」
『ご随意にドウゾ。転移者は一つの世界に一人だけデスから、好き勝手できマスヨ』
冗談めかして言った言葉に対しあっさり相手は首肯した。いや電光掲示板だから頷いたりはしてないけど。
『ただし、一つだけご注意がありマス。何をしてもご自由デスが、あなたが異世界人だと言うことを明かしたり、また気付かれたりすることのないようにしてクダサイ。世界は基本的に閉じていることが前提デス。その閉じた系の外側から来るあなたはあくまでイレギュラー。その存在はおろか、系の外側という概念さえも与えるべきものではアリマセン』
「知られたらどうなるのよ」私は肩をすくめた。「犬にでもされるの?」
『死にマス』
……なんかすごいこと言ってくれやがりましたよこのクソッタレな電飾野郎は。
「――なにそれ」
『正確には、系の外側から訪れたという証拠を消すために、あなたに与えられた能力すべてを剥奪しマス。すなわち、当該世界に対し全く適性も免疫力も抵抗力も持たない今のままのあなたの状態になりマス。先ほども申しあげたように、その瞬間に即死デスネ』
「あのね。今たまたま気付いて聞いたからよかったけど、気づかないまま転移してたらどうすんの!」
『まあそれもあなたの運命デス』
蹴る。
念入りに10回くらい蹴る。
『気付いたのデスから良かったではないデスカ。まったく理不尽な行動デス』
ものすごく完璧かつ完全に、私はこのクソ電飾への対応を学び終えた。こいつはまともに相手してはならない。何を言っても馬耳東風で聞き流す。それが最善だ。
ただ機械的に情報を整理しよう。システム的に。あいつと私のどっちがシステムなんだよって話だが。
つまりだ。どんなに派手で凄まじい能力を得たとしても、それを大々的に使用すれば怪しまれる。そして怪しまれてはいけない。なぜなら死ぬから。
……なら、能力使えないじゃん! いやまあ、誰にも見られないように注意深く使うとかすればいいんだろうけど。あるいは目撃者を消すとか? うわあって感じだ。そこまでしなくても上手く口車に乗せて誤魔化すことができればいいのだろうが……ハードル高いな! 何にせよ、能力の使用には相当な配慮が必要なようだ。めんどくさい。
「……んじゃあ逆に」
努めて冷静に、ただ情報を聞き出すだけの会話を。セルフコントロール。
「私が異世界に行った後に、何もしなくてもいいのよね。ただボケっと森の奥とか山奥とかに隠居して一生を終えても文句言わないわけよね。それじゃあ世界はかきまぜられないと思うけど、それでもいいんでしょ」
『確かにそれも任意の行動に含まれマス。しかしあなたはそうしないデショウ』
またなんか知った風な口を叩くクソ電飾。なんでそんなことが言えるのよ。いいじゃない、静かな人気のない大自然の中でひっそり生きていくって人生も。私がそうしないとどんな根拠があって言うのか。
……いやまあ、私の中では、『塔』に登りたいっていう願望が既にあるのは確かなんだが、言い当てられるとイラッとする。
『なぜなら、あなたはくじを買ったからデス。それは一獲千金を夢見た故の行動デス。つまりあなたは、社会に対して反感を抱きつつ、なおもまだ社会で成功したいという願望にとらわれているのデス。そうした成功願望がある以上、あなたは異世界でも隠遁生活を送ることなく華やかな舞台に立つことを選ぶデショウ』
――ホントにムカつくやつだ。
たかが300円のくじ一枚買っただけで、そこまで分析されてたまるか。
まあ……事実ではあるのだが。
くそう。
ムカついたので念入りに20回ほど蹴っておいてから、あらためて息を整え、この世界について再び考える。
『神々の塔の世界』は確かになかなか魅力的だ。
だが、私にとって非常に重要な、もう一つの条件がある。その条件が満たされない限り、私はどれほど素晴らしい世界であっても選ぶことはないだろう。
説明ウインドウをさらに開いていく。より細かな情報を求めて。
地勢、気候、風土。大事だが、それは後回し。
歴史、民族、風習。興味はあるが、最優先ではない。
そして。
あった。
私の求めていたものは、これだ。
慎重に読んでいく。
そして、小さく息をついた。それは安堵の吐息。
最善ではないが、最悪でもない。まずは許容範囲と言えるだろう。
少なくとも、禁忌であったり迫害されていたりするわけではなかった。比較的少数ではあるが皆無ではなかった。好奇の目で見られはするだろうがそれ以上のことはなさそうだ。
――女性を愛する女性、という存在は。
そう。
私は、 同性愛者である。