その幻想をぶち壊す
今俺が居るのは、どこか遠くからキュルルルと綺麗な鳥の声が鳴り響く森の中。著しい科学の発展の代償として、今ではおいそれと実物を拝むことが出来なくなった自然の樹木達に囲まれる経験をした者など俺以外居ないと言っても過言ではないだろう。
そんな貴重なともいえる森の中で真っ先に俺がしたことは――
「キターーーーーーーーーー!とうとう俺の時代が来た!!」
高々と握り拳を上げながら雄たけびをあげることだった。
時を遡ること数時間前、俺は学校で幼馴染とお気に入りのゲームの話で大いに盛り上がっていた。そのゲームの名前は『地平線の彼方に』といってプレイヤー達はその世界で冒険者となり、未開の土地を切り開くといったありきたりで平凡なストーリーだ。
だが自由度の高さが売りという謳い文句に偽りなしで、他のゲームと比べることの出来ないほどの自由度を誇っているために、最近ではVRMMOといえば『地平線の彼方に』と言われるほどの絶大の人気を誇っている。俺と幼馴染は十歳の時にこのゲームと出会いそれから八年。学生の身でありながら廃人と呼ばれる程このゲームにのめり込んでいた。
そんな俺は、学校から帰るといつものようにVRゲーム機の前に座りヘッドセットを装着した。もちろん学校の宿題や予習復習は休み時間中に全て完璧に済ませてある。……済ませてからでないと母が恐ろしいのだ。一度母の逆鱗に触れてからは、もう二度と怒らす様なことをすまいと父と共に泣きながら誓ったことはここだけの秘密だ。
――閑話休題
ともかく俺は手早くゲームを起動させるとお気に入りのゲームの世界にダイブした……はずだった。
「それが目を開ければ本物の森の中とは。これが巷で有名な、ゲームの世界or似た世界に迷い込んだ結果俺TUEEEEでチーレム生活の始まりか。まさかそんな王道が俺の身に起きるなんて……生きてて良かった!」
喜びのあまり三十分程奇声を上げ続けていたが、ようやく落ち着きを取り戻した俺はとりあえず今現在の所在地や所持品等の確認に移ることにした。……正直ここが人気の少なそうな森で助かった。何せ取り乱していた時の俺は色々と人として終わっていたと思う。それはもう出会った瞬間に攻撃されても文句も言えないぐらいに。まぁそれ以前に奇声に驚いて近づかれなかったかもしれないが。
「見た限りだと装備品とかはゲームのまんまなんだよなぁ。でも最後にログアウトしたのは宿の中でこんな森の中じゃなかったし……テンプレと言えばテンプレなんだけどな。」
改めて自分の格好や周囲の様子を見渡しながら呟いた俺は次なる確認作業としてステータ画面を開いた。ステータス画面には現在地も所持金や所持品も全て記載されているからだ。因みに俺のステータスは、レベル・HP・MP・攻撃力・防御力その他諸々上げれるものは全てカンストしてあるし、貴重なスキルや有益なスキルも山ほど所持している。そんな最強に近い俺のジョブは転職するのは不可能だとすら言われていた剣聖だ。余談だが幼馴染はその対で同じく不可能だと言われていた聖人だ。
「覚えている限り所持金も所持品も減った様子はないな……現在地は精霊の森?そんな名前の森なんてなかったんだけど。ってことはこの世界は『地平線の彼方に』に似た世界ってことかな?あっでもゲームの時より時代が進んでるみたいだからその間に新たに出来たって線も捨てきれないよな。」
制限無しのため、初期時代の魔物の素材から伝説扱のアイテムまで収納されているアイテムボックス内を調べながらをブツブツと自問自答し、次に念のためにと剣術スキルや魔術スキルの動作確認まで済ますと、万が一戦闘になっても問題なく戦えそうだと判断した俺は森の探索に移ることにした。
「こういう時テンプレ通りだと、魔物に襲われる美少女の叫び声が聞こえたり、森を抜け出た先で王女様が乗っている馬車が賊に襲われているのを発見して助けに入るんだけどなぁ。あとは、ゲームの時代より技術やスキル面で劣ってて俺のスキルやゲーム時代の通貨が貴重になってるんだよ!」
初めは慎重に探索していた俺だったが、思いの外に平和な森の様子と、起動状態にしているサーチスキルに何も反応がないことからだんだんと気が緩み始め、今まで読んだ俺TUEEEE系小説のテンプレを思い出しては自分にはどんなテンプレが現れ、どんなチーレムが待っているかなどとニヤニヤしながら妄想を膨らませていた。そして、探索を続けることおよそ一時間。ついにその時は訪れた。
――――キャーーーーーッ
「これは美少女フラグ!?ここから俺の輝かしい伝説が始まるんだな!!」
微かに聞こえた女性の悲鳴に気が付いた俺は、これからの展開に若干興奮しつつも直様スキルを発動させると、声が聞こえた方角に弾丸の様に飛び出した。しばらく走っていると木々の途切れている広場のような場所を発見し、それと同時に一人の女の子が複数のリザードマンに囲まれているのを見つけ意気揚々と広場に躍り出る。そして直ぐに俺は自分の浅慮さに泣きたくなることになった。
「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。リザードマン程度にあんな悲鳴をあげるなんて……お恥ずかしい限りです。私少々爬虫類系が苦手で、ついついリザードマンを見てしまうと叫んでしまうのです。」
照れたように、頬を染めながら俯き加減に謝罪する彼女は文句無しに可愛い。ありきたりな表現で悪いが十人中十人がときめくだろう可愛さだ。ただし、先ほどの惨劇の場面を見ていなければ、という言葉を続けることになるが。
先ほど何があったかというと、俺が広場に飛び出した時彼女は可愛い悲鳴をあげながらリザードマンをめった切りにし始めた。それはもうみじん切りかと言いたくなるぐらいに切り刻んでいた。その結果辺りに飛び散るリザードマンの血や内臓そして漂い始める悪臭。彼女の近くに飛び出した俺は、少量だが血の洗礼を受けたうえに、初めて生物が物質に変り果てる場面を目にして意識を飛ばしかけた。正直そこで気絶しなかったことを俺は褒め称えたい。それほどまでに凄まじい惨劇が一方的に繰り広げられていたのだ。
何はともあれ、無事……とは言い難いが第一異世界住民との接触には成功したわけだ。おまけに方向音痴で迷ってしまったと出鱈目をつき街までご一緒させてもらうことになった。美少女フラグは折れてしまったが、全てが上手くいくわけもないだろうと自分自身を慰め、また直ぐに起こるであろう次なるフラグに胸をときめかせながら森の小道を美少女と連れ立って歩いて行く。
そうそう、世間話と称して情報収集をした結果この世界はゲームに似た世界ではなく、ゲームの時代から三百年程経った世界であることが判明した。つまりはスキルや通貨貴重ルートに入ったわけだ!待っていろよ俺のチーレムメンバー達!!
「大変申し訳ございませんが現在こちらの通貨は使用不可となっております。また、お客様が鑑定に出された品を確認させていただきましたが、性能があまりよろしくなく買い取り不可とさせていただきます。」
俺は今崖っぷちに立たされている。それも片足が宙に浮いている状態でだ。
あの後俺達は何事もなく森を抜け出られ、最寄の街に入って直ぐに「また今度会ったら」的な社交辞令を経て別れた。因みに、門番には身分証の確認をされることなく街中に入ることが出来た。身分を保証するものが何も無い俺としては大助かりだった。どうやら一昔前まではきちんと確認していたのだが、街が大きくなるにつれ人の出入りが激しくなり確認しなくなったようだ。……そんなことで本当に大丈夫なのか少し不安に思う。
美少女と別れた俺は、手っ取り早く身分証を得るために真っ先にギルドへと赴いた。美少女の話では、どうやら前科が無く自分の不手際は自分で責任をとることが出来るのならば、何歳からでもギルドに登録することが出来るらしい。そしてテンプレ通りギルドカードは身分証として使用することが出来るのだ。それに、ギルドでは魔物の素材やダンジョンで発見した魔道具等を買い取ってくれるそうなので、当面の資金を得るためにアイテムボックス内の物を売りに出そうという算段だ。あわよくばそこで「こんな貴重な魔道具を持っているなんて!」というテンプレを期待している。
そして無事にギルドで登録を済ませ、隣の買い取りカウンターでゲーム時代の初期頃に手に入れた魔物の素材と魔道具を買い取りに出し、鑑定を待っている間にゲーム時代の通貨がそのまま使えるかどうかも確認しようとギルド員の美人なお姉さんに渡した結果が先ほどのセリフである。
「かっ買い取り不可なのは百歩譲って認めるとして、どうして通貨が使用不可能なんですか!?」
素材や魔道具が買い取り不可なのは残念だったが、まさかの通貨の使用不可能という事態にみっともなく取り乱しだした俺を、生暖かい目で見つつギルド員の美人なお姉さんは懇切丁寧に説明して下さった。
「まずは買い取り不可の説明をさせていただきます。素材が買い取り不可な理由は、このような低レベルな魔物の素材を使用する職人は居らず、買い取ったとしても転売はもちろん加工しギルド内の売店で販売することも出来ないからです。次に魔道具の場合ですが……率直に申し上げますと前世紀の遺物は能力及び耐久性において現在の魔道具に遠く及ばず、使用しようという物好きな方は滅多に現れないため買い取り不可とさせていただきました。」
そこで一旦言葉を切ったギルド員の美人なお姉さんの言葉に、納得以外の感情は一切芽生えてこなかった。そりゃ誰も時代遅れな物なんて使いたがらないに決まっている。
「次に通貨が使用不可能な件についてですが、以前の通貨は製造方法が簡単だったこともありたびたび偽造通貨が作られるといったことがありました。その時点でも問題視されていましたが、二百五十年程前に大規模な偽造通貨が作成・使用といった事件があり、それから偽造が出来ない新通貨が作成され旧通貨との交換が行われました。全通貨の交換が終了したとされるのがちょうど五十年前です。ですので、今ではもう旧通貨の使用はもちろん新通貨との交換も受け付けておりませんのでご了承下さい。」
説明は以上です と申し訳なさげな顔で頭を下げられた俺は呆然と立ち尽くす他なかった。少しの間呆けていた俺は、ちょうど暇な時間帯だったのか俺以外に買い取りカウンターを使用する客がいなかったことを良いことに次々と質問を重ね、その都度失意のどん底に落とされることになる。
ギルド員の美人なお姉さんによると、この世界の技術の発達は著しく魔道具はもちろんのことスキルにも進化が訪れ様々な高性能なスキルが作られたらしい。その結果としてゲーム時代のスキルは劣化版と呼ばれているという。実は、門番による身分証の確認が無いのも魔術の発達により不必要になったからだと聞かされた。
ジョブも強力なものが派生しており、早い話剣聖も聖人も腐るほどいるらしい。というか剣聖や聖人になって初めて独り立ちしたといえる程度のものなのだ。
つまり現在の俺は、所持金ゼロ・アイテムボックス内は九割がゴミ・装備品は辛うじて及第点・ジョブはようやく一人立ち出来たひよっこ・スキルは全てが劣化版。という悲惨な現実を突き付けられた。
そんな俺が出来ることはただ一つ――
「俺が求めていたのはこんな世界じゃない!嫌だ!!俺を元の世界に帰してくれーーーー!!」
この小説の正しいタイトル
(主人公の持っている)その幻想を(作者が)ぶち壊す
読み専の作者の処女作ですがお楽しみいただけたでしょうか?