8話「我、汝と魂の契約を結びし者也」
更新が遅くなりました、すみません!
「き、如月先輩……? どうして貴方がここに?」
「先生方の計らいでね、私が特別に最終試験を受け持つ事になったのだよ、紫藤君」
如月先輩は腕を組むと、そのまま話を続ける。
「最終試験は召喚獣による召喚戦闘を行ってもらう。しかし君の召喚獣が見当たらないな……まさか召喚獣も出さずにここまで来たのかな?」
「如月先輩、……俺が周りから何て言われてるか知ってて聞いてるんですか?」
「ん? なんと呼ばれているんだい?」
如月先輩は疑問を装った顔をして問う。
「……F判定(才能無しの落ちこぼれ)です」
「おや、おかしな事を言うな紫藤君……F判定の生徒がここまで来られる訳が無いだろう? ここまで来られるのは間違いなくA判定の実力を持つ者だよ」
(本当にこの人、何も知らないのか? まぁ、逆に知られていない方が色々と都合が良い気もするが)
「それでは、そろそろ始めようか紫藤君」
如月先輩は眼を瞑ると魔力を集中させる。その魔力は視野で確認出来る程の強力な力を感じさせた。
「……グレイプニルに縛られし氷結地獄の蒼狼よ。汝、我との契約において今こそ、その鎖を解放せん……来たれ! ヴァナルガンド!!」
如月先輩の召喚に応じて現れたのは、冷気を纏いし蒼狼ヴァナルガンド。
強力な召喚獣だと言うのは直感ですぐに理解出来る。
「私のサモナーデバイスは試験用に能力を大幅に制限されている。安心して来たまえ」
「その割には、誰も合格していないようですが……?」
あの碧川までもが敗北したのは様子を見ていれば分かる。恐らく、合格者は居ない。
「ふっ、バレたか。元々、私は誰も合格させる気など無いのだよ。残念だがここで終わりだよ、紫藤君」
(なんて横暴な人なんだ……)
「分かりました。でも俺は召喚獣には頼りません」
「召喚士が召喚獣に頼らないだと? 君は何を言ってるんだ?」
如月先輩は怪訝そうな顔をしてこちらをの様子を伺ってくる。
元々、生身の人間が召喚獣に挑むというのは自殺行為に等しい。
しかし、かと言って今のリリティアを出しても結果は見えていた。
(意識を研ぎ澄まして集中しろ……)
「……業火の炎を纏いし精霊よ、我が問い掛けに応じ紅蓮の剣と成れ!」
「ほう? 精霊武器か。しかし悪い事は言わない……素直に召喚したまえ。命を失う事になるぞ?」
「お構いなく!!」
俺は魔力で加速すると、ヴァナルガンドに斬りかかった。しかし強固な毛皮に覆われた蒼狼に傷を付ける事は愚か、弾かれるだけであった。
「なんて硬度なんだ!?」
「無駄だよ。ヴァナルガンドはその程度の攻撃ではビクともしない……君には期待していたのだが、どうやら見込み違いだったようだな、紫藤君」
「え?」
ヴァナルガンドは身体を捩じると、冷たい鋼鉄の様な尻尾を振りまわして俺を弾き飛ばした。
「がはっ!」
ヴァナルガンドからすれば集る虫を払った様な物だったのだろう。
だが、その一撃は俺を吐血させるには十分な威力であった。
(う、嘘だろ……こんなに……)
やはり、どう足掻いても力の差が有りすぎる。
(――俺は負けてしまうのか?)
このまま諦めて社会の陰で恨み続けられたまま何もせずに生きて行くのか?
意識が薄れて行くのを感じる……しっかりするんだ……まだやれるはずだ!
「む、まだやろうと言うのか、紫藤君? 本当に命を落とす事になるぞ?」
俺は立ち上がってヴァナルガンドを睨みつける。剣が効かなくてもまだ試してない事がある。
「業火の炎を纏いし精霊よ、我が魔力を糧に炎の咆哮となれ! イグニート!!」
激しい炎の咆哮がヴァナルガンドを呑み込んで行く。
「無駄だと言ったはずだよ、紫藤君……」
「……偉大なるガイアの子にして大地の精霊よ……」
「なに、連続詠唱だと?」
「大地を揺がす激しい隆起よ……敵を滅する槍となれ! サーフェイス・スウェリングス!!」
俺の詠唱に応えて地面から、岩で構成された巨大な槍がヴァナルガンドを襲う。
「はぁはぁ……、さすがに連続詠唱はキツイな……」
激しい砂埃でヴァナルガンドは目視出来ない。だがおそらく――
「これで終わりかな? 紫藤君」
「へっ……やっぱり全然効いてないですね」
「当り前だ。だが、召喚獣も無しで君はよくやった。いい加減、ギブアップしたまえ」
体中が痛い……俺の攻撃は全く効く様子も無く、絶望的な力の差を見せつけられた。
ここが俺の限界なのだろうか……俺は力なく片膝を地面に付ける。
「……まだ諦めるのは、早いんじゃないのか?」
(……誰だ?)
俺の目の前に居たのは銀色に輝くリリティアだった。サモナーデバイスを操作した記憶も無いのになぜ目の前に……?
「アンタ、名前、何て言ったけ?」
「……え? ……銀志。紫藤銀志だ」
「紫藤……」
リリティアは何故か少し悲しそうな顔をした。
「紫藤君……それは一体……」
「これが俺の召喚獣です!」
俺は力を振り絞って答えた。
「この猫が……?」
「私は猫じゃないと言っておろうが全く……」
「しかし、リリティア。どうして出てきたんだ?」
「……本当は気が進まないのだがな、気に掛かる事があってな」
「気に掛かる事……?」
「だが、今はどうでも良い事だ。さぁ立て、紫藤! 私と魂の契約を刻むのじゃ!」
「なっ!? リリティア本気で言ってるのか?」
魂の契約。それは自分の魂と相手の魂にその名を刻み込む契約儀式だ。
つまり、目的を終えるまで契約の解除が行えない一心同体の儀式であり、信頼関係が無ければ行えない危険な契約でもあった。
「これは、目的を果たすまで切れる事の無い強い魂による契約だ。アンタの覚悟は十分伝わった。今こそ私の力を貸してやろう」
「……リリティア……分かった!」
「ほう、やはり私の目に狂いは無かった様だ……」
如月先輩は期待の眼差しでその光景を眺めている。
「さぁ、手を出して唱えよ」
不思議な青い光が俺とリリティアを包みこんだ。そして契約の言葉が頭の中へと流れ込んでくる。
「………我、レーヴァーサーティーンの理に縛られし者、名を紫藤銀志。汝、神界の守護者にして魔を討ち滅ぼす者、リリティアよ」
「……我が名はリリティア……かつて魔として生まれ落ち、神獣へとその身を昇天せし者。汝、我と魂の契約を結ばんとする者、紫藤銀志よ」
『我と汝の魂に其の名を刻み、新たな契約の名の下、封印されし真の力を解放せよ!』
不思議な青い光は拡散していき、魂の契約は無事に執り行われた。
そして、青い光と共に現れたのは一人の少女。太陽に輝いた銀髪にエメラルドの瞳をしている。
「この姿になるのは何百年振りじゃろうな……古代文明武器! 鉄砕棍!!」
銀髪の少女は左手に自分の背丈もより長い、古代文字が刻まれた棍を召喚すると、身体を大きく動かしながら両手で俊敏に激しく根を回していく。
その動きは力強く、タダならぬ覇気を感じさせる。
銀髪の少女はそのまま棍を地面に立てると、ヴァナルガンドを手で挑発する。
「それが真の姿と言うわけか……面白い!」
ヴァナルガンドは鋭い冷気を発しながら、リリティアに迫ってくる。
しかし、対してリリティアは動く気配が全く感じられない。
そのまま、リリティアよりも何倍も大きいヴァナルガンドは俊敏な動きで近づくと、鋭利な前足でリリティア押し潰した。
「リリティアー!!」
しかし、リリティアはヴァナルガンドの動きを必要最低限の動きで避け、振り下ろした前足の傍に立っていた。
「やれやれ……紫藤よ、アンタも召喚士ならば、自分の召喚獣くらい信じろ」
リリティアは顔をこっちに向けて言うと、反撃に打って出た。
振り下ろされたままの前足を一瞬で蹴り飛ばして体勢を崩させると、流れる様な動きでヴァナルガンドの顔を鉄砕棍で殴り飛ばした。
あの小さな体からは想像も出来ない程の力でヴァナルガンドを数十メートル先に吹き飛ばす。
そして、その光景を見ていた周りの生徒達は驚愕した。
「あれが銀志の召喚獣?」
「……一体、何がどうなっているの?……」
碧川も今起きている状況が理解できていなかった。何故、F判定の落ちこぼれが、私でも歯が立たない相手を押しているの?
強い者にしか関心を抱かなかった、碧川にとってそれは衝撃的な光景であった。
「ヴァナルガンド! 反撃だ!」
ヴァナルガンドは口から激しい冷気の炎を、リリティアに向けて吐き放った。
リリティアは鉄砕棍を片腕で激しく回転させると、激しい冷気の炎は鉄砕棍に相殺されて消滅した。
「ふっ、コキュートスを掻き消すとは出鱈目だな……」
続けてリリティアは地面に手を付けると、詠唱を始めた。
リリティアの下には緑色に輝く魔法陣が展開されている。
「我、リリティアの名の下に命ず、樹木の精霊ドリアードよ! その者を大樹の鎖によりて拘束せよ!」
リリティアの詠唱によりて召喚されたドリアードは、生命力に溢れた大樹でヴァナルガンドを抑え込むとその動きを封じ込めた。
「召喚獣が精霊召喚まで行うとは……見事だ。紫藤君」
如月先輩はヴァナルガンドをサモナーデバイスに戻すと、満ち足りた顔で俺の所へと歩んできた。
「合格だよ、紫藤君。よく最後まで諦めずに戦い抜いた。おめでとう」
「ご、合格……?」
身体中に鳥肌が立った。それは、今まで生きてきた中で一番嬉しかった言葉かも知れない。
そして、その言葉に安堵した俺はその場に座り込こんだ。
「この試験は、総合評価を見る試験だった。紫藤君、人が何かを成し遂げる上で一番大事な物とは何だと思う?」
「何かを成し遂げる……?」
如月先輩は俺に質問を投げかけてくる。総合評価を見る試験?
つまりそれは精神力の基盤となる物を指し示す。
「……気付いたか? それは、意志だ。何かをやり遂げるには、必ず強い意志が必要となる。いくら凄い才能があっても意志が無ければそれは才能が無いのと同じだ」
「意志……」
「そしてこれは、君達の諦めないという強い意志を見る為の試験だった」
なるほど。あまりにも絶望的な試験だと思ったが、そう言った思惑があったのだなと俺は理解した。
「はは……、なかなかハードな試験で――」
体力の限界に来ていた俺は、言い終わる間も無くその場に倒れ込んだ。
その後、医務室に運ばれた俺はまるで死んだ様に眠った。
かなり無理をしていたのもあるが、それ以上にリリティアから吸われた大量の魔力も大きな原因の一つであった。
「気が付いたかしら?」
「ここは……? ツッ!」
「あ、まだ起き上っちゃ駄目よ。肋骨の骨が3本程折れてるんだから。ここは医務室よ」
「医務室……?」
俺は重たい瞼を持ち上げて周囲の景色に視線をやる。
自分が横たわっているベットの横にはボロボロな姿をした蛍が椅子に座ってコクリコクリと寝ていた。
「貴方のガールフレンドもずっと付きっきりだったわよ」
(……蛍もランクアップ試験が終わったばっかりで疲れ切ってるだろうに……)
蛍が居なかったら今頃、俺はこうして合格してこの場に居なかっただろうな。
そんな事をふと思った。
何故、ここまで俺にしてくれるのか分からないが、今は感謝の気持ちで一杯だった。
(ありがとうな……蛍)
そして俺はまた眠りに落ちたのであった。
☆ ☆ ☆
それから数日が経ち、ランクアップ試験の結果がとうとう発表された。
怪我もある程度回復した俺達は校内の掲示板へと向かう事にした。
「銀志はA判定間違いないわね。何せあの如月先輩に勝っちゃったんだから!」
「あぁ、これも全て蛍のお陰だ」
「え? 銀志がそんな事言うなんて……どこか頭でも打ったの?」
「いや、俺の素直な気持ちだ。何かお礼をさせて欲しい」
「もう、銀志ったら大げさなんだから~……」
蛍は照れくさそうに視線を逸らすと掲示板に目を移した。
成績発表は左上から順に上位成績者が書き出されている。
1位 碧川玲 実技A 筆記A 総合評価A
「あれ、銀志の名前じゃない……」
俺達は自分の名前を探して行く。
蛍は何と、碧川の次の2位に成績を食い込ませていた。さすが、蛍である。
しかしB判定、C判定と下っていくがまだ俺の名前は見つからなかった。
「紫藤、お主、私の召喚士なのじゃから、勿論A判定なんじゃろうな?」
リリティアはサモナーデバイスから俺に語りかけてくる。召喚獣としては気になる所なのだろう。
だが、いくら探しても俺の名前が見つからない……一体どうゆう事なんだ?
「あ、あったよ! 銀志!」
蛍が指差した方に視線をやった。そこに書かれていたのは……。
――最下位 紫藤銀志 実技S 筆記F(名前欄記入無) 総合評価E
「あ、名前書くの……忘れ――」
言い終わるよりも早く、蛍とリリティアによる鋭い回し蹴りが俺に炸裂した。
あまりの強力な打撃技に悶絶して動けなくなった俺はその後、搬送用ベットの代わりに棺桶に入れられ医務室へと運ばれる事になる。
そしてその事件を切っ掛けに俺は『棺の召喚士』としてファルシオン内にその名を轟かせる事になったのであった……。
これで1章完結です。雑文ながらここまでお読み頂きありがとうございました!
引き続きよろしくお願いします!