6話「汝問う者也」
魔の森での合宿訓練も無事に終わり、ファルシオンへと帰った俺達は、休む暇も無く特訓に明け暮れていた。
「まだまだですな紫藤殿! そんな事では蛍様のお婿殿にはなれませんぞーー!!」
「いつ、誰がそんな話をしたんだぁぁ!?」
俺とファブニールの激しい剣戟戦が続いてる。
今は、剣の稽古を積みながら感情を乱れないようにコントロールするトレーニングの最中だ……多分。
「え? 銀志、私とは遊びだったの!?」
蛍はショックを受けた様な顔をして両手に持っていた鞄を地面に落とした。
「何でそんなショック受けてるんだ!?」
「酷いわ! 私、信じてたのに……」
蛍は両手で顔を覆いながら泣いている。だが時々こちらの様子をチラチラと伺って反応を見ていたので、俺は無視する事にした。
しかしこの他愛も無い光景が災いし、見ていた生徒達からは変態の落ちこぼれが生徒達のアイドルである紅蛍を弄んだという噂が遺憾にも校内に広がっていた。
「あれが、紫藤か……」
建物の影から1人の人物が紫藤を睨んでいる。俺はそのただならぬ視線を感じ取り、思わず振り向いた。
だが、視線を辿って振り向いた先には誰も居なかった。
(気のせいか……?)
「どうしたの銀志?」
「いや……何でもない」
そして特訓の日々はあっという間に過ぎ、ランクアップ試験の日は刻々と迫っていく。
「ん? なんだこれ?」
そんなある日の朝、教室に入って自分の席に座ると机の中に1通の白い手紙が入っている事に気が付いた。
裏側を見るとハート型のシールが貼ってある。
「銀志にラブレター!? 手紙の送り主は一体何を考えているのかしら……正気の沙汰とは思えないわ」
ラブレターをいち早く察知した蛍は、躊躇無く俺の心を抉ってくる。
「ふっ、蛍よ。俺を甘く見るなよ? 俺だって一人や二人くらいのラブレターを貰う事だってあるんだよ!」
「……まぁ、あまり期待しない方が良いわよ銀志? イタズラの可能性の方が高いし」
「おいおい? こんな丹精を込めて書かれた字がイタズラだと!? 君の眼は節穴か!?」
そう言い捨てた俺は、放課後の体育館裏で、何故か男子生徒達に取り囲まれる状況へと陥っていた。
「へっ、まんまと来やがったな。このまぬけが」
「これは、何のつもりだ? まさか全員この俺に気がっ!?」
「違うわぁ! いい加減、現実を見やがれ!」
「さすが落ちこぼれだぜ。今の状況も把握出来ていないとはな」
男子生徒達は、前方と後方に3人ずつ分かれると退路を防ぐ様に俺を囲んできた。
「貴様達は一体……?」
「紫藤銀志。お前の悪行は全校生徒に広まっているぞ? 本当に最低な野郎だな」
「俺がいつ、悪に手を染めたというのだ!? 言ってみろやぁ!」
「では、私から説明致しましょう」
知能派を感じさせる男子生徒は前に出てくると、太陽光に反射した眼鏡を指で掛け直した。
「入学早々、女子の更衣室に潜入。その後、変態ブラザースを結成し、痴漢行為や下着泥棒等の悪行を繰り返す……そして挙句の果てには我々のアイドルにまで手を出すゲスリストになり果て、弄んで捨てるという禁忌までをも犯した重罪者!」
「ちょ、ちょっと待て! 最後のアイドルって誰の事なんだ?」
「お前! まだしらを切るつもりかっ!? ファルシオン内のアイドルと言えば、碧川玲・如月光・紅蛍の3大アイドルに決まってんだろうがぁぁ!」
(……なんだと!? こいつら一体何を言ってやがるんだ!? 俺のクラスで、しかも同じチーム内に2人もそんなアイドルが居ただと!?)
「さぁ、覚悟してもらおうか? 紫藤銀志!」
男子生徒達はその声と共に構えた。
「ま、待ってくれ。俺は無実だ! 蛍はただの幼馴染なんだ!」
「問答無用!」
男子生徒の内の1人が俺の顔を目掛けて殴ってきた。
俺は動きを身切って避けると、すかさずその腕を掴むんで慣性の勢いと共に背負い投げを決めた。
「こいつっ!?」
次々と迫ってくる攻撃を捌きながら、囲まれないように立ち位置を動かしていく。
そして、退路を確保した俺は突っ込んできた1人の生徒の腕を捕まえ、背中の方へ持っていくと羽交い絞めにして取り押さえた。
「いててて!」
「もうそろそろ勘弁してくれないか? 俺も忙しいんだが……」
「ちぃっ! ただの落ちこぼれじゃ無いのかよ!?」
「どうなってやがんだ!」
召喚獣は全然駄目だが、ファブニールのおかげで肉弾戦はかなり上達していた。
(まぁ普通の召喚士は武術を稽古したりしないだろうからな……)
その時、後ろから誰かが歩いてくる気配を感じた。
「……もう良いだろう。君達」
「き、如月さん!?」
そこには2年にしてファルシオン内、学年トップの成績を持つ天才の姿があった。
髪は黒いショートヘアで気品に溢れながらもその瞳には強い意志の力を感じる。
「校内での暴力行為は禁止されているはずだ。まだやると言うのなら私も混ぜてもらうぞ?」
「ちぃっ! 仕方がねぇ! ずらかるぞ!」
男子生徒達は如月先輩に畏縮すると、早々に立ち去って行った。
「少年、怪我は無いか?」
「あぁ、はい。ありがとうございます」
「いや、当然の事をしたまでだよ。しかし少年はなかなか腕が立つようだな」
「いえ、少し武術の心得があっただけですので……」
如月先輩は俺をじっくり観察する様に見て回る。
「君……学年と名は何と申す?」
「い、1年M組の紫藤銀志です」
「そうか。それでは紫藤君、また会おう」
如月先輩はそう言うと去って行った。
その後ろ姿には何か、人を惹きつける不思議な力を感じた。
「…ぎ・ん・じ! 何、見惚れてるのよ!?」
「おわっ!? 何時の間に居たんだ蛍」
「心配になって見に来てあげたんじゃないのよ……まさかラブレターの相手って!?」
「ちがーう! というかお前が原因で何故か男共に絡まれたぞ!?」
「ま、まさか私を取り合って喧嘩を!?」
「いや、取り合っては無いけどな」
「え? なんで取り合ってくれないの!」
「……それよりも、さっさと今日の特訓をやるぞ」
俺はそう言うと、いつもの特訓場へと歩き出した。
「あ、待ってよ~。銀志~」
それから特訓が終わった夜、俺は自分の部屋でリリティアと話していた。
「なぁ、リリティア? お前から見て、俺って成長したと思うか?」
「んー、まぁ幾分マシになったんじゃないか? まだまだ頼りないけどの」
「そうか……」
俺はそのまま黙って下へ俯いた。
「……試験まで後少しなんだろう? 私の契約について聞いておかなくて良いのか?」
「いや、ランクアップ試験でA判定が取れたらもう一度答えを聞かせてくれ。それまでは、ひたすら自分にやれる事をするだけだ」
「そうか……でもアンタ、召喚獣も無しじゃ厳しいんじゃないのか?」
「これくらい自分で出来ない様じゃ、俺はあいつを止められない……」
俺は憎しみを込めた瞳で自分の拳を見つめた。
「……アンタは自分が招いた罪を償う為に召喚士になると言ったな。そいつは一体何者なのじゃ?」
リリティアは俺の話に少しを興味を持ったのか、俺の方へ向き直り話を聞いてきた。
「……俺がまだ幼かった頃の話だ。俺は興味本位で悪魔を召喚しようとした。だが幼さなくて無知だった俺は対価という概念を知らずに召喚術の書に従い、悪魔の儀式を行ってしまった。その結果、召喚したアークデーモンが俺の制御を放れて暴走してしまい、街が1つ壊滅した。その時に俺の両親も……」
「ほう……普通の子供がアークデーモンを召喚ねぇ……」
「本当なんだ! 奴はただの悪魔じゃない。俺のせいで今もどこかで力を蓄えて機会を伺っているんだ……」
「確かに、普通のデーモンなら何年も魔力を維持したままこの世界に滞在出来ないからのう。だが……」
リリティアは開きかけた口を閉じると何か思いつめたような顔をしている。
「ん? 何か気になる事があるのか?」
「いや、今は止めておこう。しかしじゃ、その悪魔と本気で戦うと言うのなら命を賭けなくてはならないぞ? お前にその覚悟があるのか?」
リリティアのエメラルドの様な瞳は俺の眼を真っ直ぐに見た。
(……覚悟……自分の罪と命……天秤に賭ける間でも無い)
「あぁ、勿論だ。既に俺の命は何千人という命の上で成り立っている。本来なら死んで当然の人間なんだ。俺を恨んでいる人間も大勢いるだろう……」
「……お前の覚悟は分かった。だがな、命は粗末にする物ではないぞ」
俺はその言葉には敢えて何も答えなかった。それは身勝手で愚かな考えだと思ったからだ。
(俺の存在意義は……ただ一つ)
俺の復讐心は増して行き、その矛先は確実にアークデーモンへと向かっていた。
そして運命の日はやってきた。
「只今より、ランクアップ試験を始める!! 試験参加者は前へ!」
その号令と共に俺は前へと足を踏み出した。自分の未来を掴む為。
そして自分の罪と向き合う為に!




