18話「我秘匿の名で呼ばれし者也」
「こちらフェンリル、予定通りシルド・レイ研究所に潜入した」
<さすがは我が娘だ。シルバは大丈夫か?>
「はい、問題ありません。彼なら迅速に作戦を遂行するでしょう」
<よし分かった。速やかに研究所の子供達を救出し、施設を爆破しろ。以上だ>
「了解」
フェンリルと呼ばれたべリアスの少女は無線を切ると、目的の研究施設へと向かった。
「聞こえたか? シルバ。私は子供達を救出する。君は警護に当たっている召喚士の掃討及び、施設の破壊だ」
「了解した。作戦を開始する」
訓練された無駄の無い動きでシルバと呼ばれているべリアスの少年は作戦行動へと移った。
召喚士達の防衛網を崩すには、まず指揮官クラスの召喚士から倒すのが鉄則だ。
「リリティア行くぞ!」
シルバの詠唱に応じて召喚された銀髪の美しい女性は古代文字の刻まれた棍を握ると、警備に当たっている召喚士達を次々と戦闘不能へと追いやって行った。
「馬鹿な……たった一人でこの人数を……うっ!?」
「これで最後か」
赤子の手を捻る様に警備に当たっていた召喚士達を片付けると、リリティアは召喚士達のサモナーデバイスを全て破壊して回った。
これで、しばらくは再復帰出来ないだろう。
「こちら、シルバ。警護に当たっていた召喚士達は全て片付けた。救出の方は順調か?」
「速いな、シルバ。こちらも無事な子供達は皆、確保済みだ。これより脱出する」
「了解。これより最深部の人体実験施設を破壊する」
この国にはファルシオンの息が掛かった研究施設が何箇所か存在している。
表向きは召喚術の研究をしている施設という事になっているが、この研究所にはもう一つ裏の顔があった。
「おー……これは酷い有様だのう。まるで化け物じゃ」
ズラリと並んでいる大量の培養カプセルの中には異形な姿をした醜い姿の生物が何かの液体に漬けられて眠っている。
今ではその面影も見る事は出来ないが、これが元々は1人の人間だと思うと吐き気が襲ってくる気分に追いやられた。
「ここに爆弾をセットすれば良いんだな」
俺は持ってきた時限式の爆弾を中枢部の機械に設置する。
後はここから脱出すれば任務完了だ。
「む、何か嫌な気配がするのう……」
「どうしたんだ、リリティア?」
その時だ。蛍光灯が赤色に変色し、激しいサイレン音が研究施設内に響き渡る。
『緊急事態発生 バイオハザードの発生を確認。繰り返す。バイオハザードの発生を確認』
「な、なんだ!? 何が起きた!」
『バイオセキュリティーレベルを5に移行します』
その言葉と共に、部屋の扉のロックライトが赤色に点滅し研究所を内のあらゆる場所を封鎖した。
「どうゆう事だ、閉じ込められたのか?」
「そのようじゃのう。そしてここの生物兵器も……」
培養カプセルに視線をやると一斉に中の液が抜かれている。
「まさか動くのか?」
液が抜かれた培養カプセルはプシューと白い霧を噴射しながら醜い身体のモンスターを解き放った。
「時限爆弾が爆発するまであと20分。こりゃあ、急がないとやばいかもな」
「これを全て相手にしていたらキリが無いぞ」
「あぁ、退路の確保を優先しよう。適当に蹴散らして扉を破壊するぞ!」
リリティアは炎の精霊イフリートを呼び出すと、扉まで続くモンスター達を焼き払った。
「偉大なる大地の精霊ノームよ! 我が契約の名において障害を排除せよ!」
シルバはノームを呼び出すと扉を破壊して部屋の外へと出た。
案の定、通路は隔離障壁が降りており、どこもかしこも封鎖されている。
「一々破壊して行くのも手間だな!」
「仕方があるまい。最短ルートを選んで脱出するのじゃ!」
次々と障壁を破壊して進むと、上に登る階段を見つけた。
一気に階段を駆け上がって上の階へ飛び込むと拓けた空間に入った。
そこは他の部屋とは違い明らかに別目的で作られた特殊な造りになっている事に気がついた。
<ザザザ……やっと繋がった! シルバ無事か?>
「フェンリルか? すまない。奴等に一杯食わされた様だ」
<あぁ、他の研究所に向かった者達も同様の被害に遭っているそうだ>
「なに? まさかこれも仕組まれていた事なのか?」
<かもしれないな。生物兵器はまだ我々が確認していない特殊な個体も居ると聞く。十分に気を付けてくれ>
「了解した」
特殊な個体というのが少し気に掛かったが、このままのペースなら問題なく爆発まで間に合うだろう。
「……待てシルバ!」
リリティアはシルバの前に手を出して、制止させると前方の敵に対して構えた。
他の個体よりも大きく、見た目が歪だからだろうか? 禍々しい力を感じる。
「あれは一体何だ……? あのモンスターからは魔力の様な物を感じる……」
「つまりあれが、『特殊な個体』という奴じゃろうな。まさか、悪魔と人間を融合させるとは……恐ろしい事を考え付く物じゃ」
「融合?」
「悪魔は精神体故に、何かを媒体にしなければ長時間この世界に現存出来ぬ」
「つまり、悪魔の為の器という事か……」
「あれが外に出たら厄介じゃな。ここで叩くぞ!」
リリティアは上空に飛び上がると身体を捻りながら、鉄砕棍でモンスターの頭に思いっきり叩き落とした。
「っ!?」
「何だあの身体は!?」
リリティアの鉄砕棍はモンスターを潰す所かジェルの様な身体に呑み込まれ、吸収されてしまった。
リリティアは危険を察知すると逸早く飛び退き、距離を空けた。
「スライム型の融合悪魔か……物理は効きづらそうじゃな」
リリティアは魔法攻撃で対処しようと詠唱を開始した。
見た所、動きはお世辞にも機敏とは言えなかったし、シルバもそれで問題無いと思っていた。
だが――
「……リリティア避けろ!」
「ちぃっ! そんな芸当も出来るとわのう!」
スライムの悪魔は、いきなり身体の中から触手の様な物を6本程出現させると、リリティアに襲い掛かった。
リリティアは触手を避ける様に立ち回るが、何時もの様に棍で捌けないのは避け辛そうである。
「少々部が悪そうじゃな……シルバ! 魔法で時間を稼げ!」
「分かった! 獄炎を纏いし炎の精霊イフリートよ! 我が契約の名の下に全てを焼き尽くせ!」
シルバの放った炎はスライムの悪魔を呑み込んだ。
しかし、魔力結界の影響で、大してダメージを与えられていない。
「あの結界は厄介だな……」
「シルバ、効かなくても良い! 続けて撃つのじゃ!」
「あぁ!」
その後もシルバは間髪を入れずに火炎魔法を繰り出して相手の動きを阻害した。
「……見つけた! 古代文明武器!! エクスプロージョンハンマー!」
リリティアは炎の魔力が込められた巨大なハンマーを召喚すると、それを軽々と持ち上げて構えた。
「なんだあれ!?」
「行くぞ!」
スライムの悪魔の触手を一気に掻い潜るとリリティアは巨大なハンマーを奴に叩きこんだ。
しかし、ハンマーは鉄砕棍の様に奴の身体の中に吸収されるだけであった。
「それじゃ、駄目だ! さっきと同じじゃないか!」
「いいや、これで終わりだ……」
リリティアはニヤっとしてその場から離れると、スライムの悪魔の身体が急に膨らんで破裂し、その中心から強烈な爆発が巻き起こった。
「うっ!」
強烈な爆風にシルバは思わず怯んだ。
目を開けると、その場には粉々になった異形の残骸と、赤く熱を帯びている巨大なハンマだけが残っていた。
「何なんだこれは?」
「これは、魔力を込めるとエクスプロージョンを発動させる事が出来るハンマーなのじゃ。
普段は危険であまり使い道が無いから使わないんだがのう」
「へぇ~……。リリティアって色々持ってるんだな」
「まぁ、伊達に生きてはおらんからのう……っと感心している場合では無いぞ」
「そうだな。急いでここを出よう!」
シルバとリリティアはエアリアルを駆使して出口へと急いだ。
残り時間はそう残っていないだろう。
<まだ、シルバの坊主は出てこないのか?>
「えぇ、もうそろそろ出てくるはずなのですが……」
<他の研究所でも悪魔付きの実験体が現れたそうだ。もしかするとそれに遭遇したのかもしれないな>
「悪魔付きですか?」
<あぁ、研究所は無事に破壊出来たが、数名の幹部クラスが奴等の餌食になった……>
「父上! それは本当ですか!?」
今回、研究所に襲撃を仕掛けた者はべリアスの中でも精鋭と呼ばれる者達で構成されていた。
その精鋭達が命を落とす程の相手となると、シルバ1人では危ないかもしれない。
フェンリルはシルバを1人で行かせた事に後悔した。
<これで奴等の戦力は大幅に削れたが、こちらの代償も馬鹿にはならぬな>
「父上!」
<何も言うな。爆発まで後数秒だ。今から行っても何も出来ぬよ>
「ですが!」
フェンリルの想いとは裏腹に研究所の入口からは激しい爆発音が聞こえた。
予定の時間を過ぎ、研究所内で爆発が始まったのだ。
<信じろ……お前が惚れた男がそう簡単にくたばる訳が無い>
「………」
フェンリルは固唾を飲んで、研究所の入口を見つめた。
しかし、激しい爆発の炎以外は何も飛び出して来ない。
やがて入口は崩壊すると、研究所は無残な廃墟へと姿を変えた。
「そ、そんな……」
フェンリルは心がとても寒くなる様な感覚に襲われていた。
命を奪い奪われる戦場に立っているのだから、その覚悟はいつでも出来ていると思っていた。
だが、その現実を直視するには想像していたよりも遥かに覚悟が必要な事であった。
いや、幾ら覚悟を決めた所でこの苦しみからは逃れられないのかもしれない……。
彼女は力無くその場に膝を付いた。
<こちらシルバ。合流地点に続くルートが爆発で塞がっていた為、別ルートから脱出した。これより合流する>
「シ、シルバ? 生きていたのか!?」
<え? 当り前じゃないですか。俺にはリリティアという心強い守護者が居ますからね>
「そ、そうか。良かった……」
<あれ、もしかして心配掛けちゃいました?>
「あぁ……後で一発殴らせてもらおうか……」
<えぇ!? 何でそうなるんですか!?>
「うるさい! 速く戻ってきたまえ!」
フェンリルはそう言うと通信を切って涙を拭いた。
「シルバには後でお仕置きが必要だな……」
フェンリルは邪悪な笑みを浮かべると、早速シルバに対して拷問の計画を練っていた。
「うっ!?」
「どうしたのじゃ、シルバ?」
「いや、何か悪寒が……」
ルートを断たれたシルバ達は研究所の窓から飛び降りる事で何とか爆発を逃れていた。
今は、研究所の隣にある森の中を彷徨っている最中だ。
何故森の中に居るかと言うと、ここの研究内容が内容なだけに、ファルシオンの研究施設は人里離れた場所に作られている傾向が強かったからだ。
「合流地点はあっちか」
シルバはリリティアをサモナーデバイスに戻すと、地形と方角を確認しながら、合流地点へ向かう事にした。
予定時間をかなりオーバーしているので速くフェンリルと合流した方が良いだろう。
そう思った俺は休む間も無く、また走っていた。
――ガサガサ。
不意に、草木の茂みが揺れる音で立ち止まった。獣か何かだろうか?
俺は何かが動いた位置を警戒しながら忍び寄る。
「やっと見つけた……」
この声は……。
草木の茂みに隠れていた少女はゆっくりと前に出てくると、その姿を現した。
「蛍……なのか?」
この日、2か月ぶりに俺と蛍は再開をした。




