16話「我真実に辿り着きし者」
コツンコツン、歩いている靴音だけが空間に木霊している。
例の住所の地下にこんな空洞があるなんて誰が想像できただろうか?
「どうやら戦時中に作られた施設の様だね」
「そうみたいですね」
懐中電灯で暗闇を照らしながらしばらく道なりに進むと、途中で行き止まりになっていた。
「あれ、行き止まり?」
「いや、紫藤君。よーく見たまえ。これは本物の壁では無い」
「え?」
如月先輩はそう言うと、壁の中を通り抜けて行ってしまった。
俺も慌てて後を追うと、あるはずの壁の抵抗は無く、視界が一気に洞窟から近代的な施設へと移り変わりした。
壁は電灯に照らされ銀色の光沢を放っている。
「如月先輩、よくあれがホログラムだって分かりましたね?」
「あぁ、あそこで行き止まりは幾らなんでも不自然だと思わないか? 紫藤君」
「まぁ、確かに」
俺も違和感は感じていたが、あぁも簡単に見破れる物なのだろうか?
如月先輩のずば抜けた戦闘力と言い洞察力と言い、そう言った先天的なセンスの持ち主はやはりどこかが違うなと感じた。
そして、目の前の自動ドアを潜ると、生活感のある研究ラボの様な部屋が目に入った。
「ここに誰か住んでいる様だな」
「こんな所にですか?」
机には食べ掛けのカップラーメンが置いてある。
まだ湯気が立っているので先程まで誰か食べていたのだろうか?
辺りを見回していると、研究資料の様な物がゴミの様に陳列しており、お世辞にも綺麗な部屋とは言い難かった。
「おや、やっと来たか。待ちくたびれておったぞや」
突然、男の声が聞こえた俺と如月先輩は身構える様にして、声の方に注視した。
「まぁまぁ、そう身構えるでないや」
声の主は煙草を吸いながら奥の部屋から現れた。
研究者と言わんばかりに白衣を身に纏っている。
「貴方はここで何を?」
「ん? わいか? わいはここで国の歴史を記録している者や」
「記録?」
「君が知りたい情報もここにあるでや」
男はそう言いながら手に持っているUSBメモリーを見せてきた。
まるで、ここに俺達が来るのを知っていたかの様に。
「外の見張りに出しているあれは、監視カメラ代わりというわけか」
「ご明察! 部外者に勝手に立ち入られたら困るからやぁ。まぁ、立ち話もなんや、適当に寛いでまずはこのUSBのデータを見てほしいんや」
男はそう言うと、パソコンにUSBメモリーを差し込んで、監視カメラらしき動画を再生した。
「これは?」
「紫藤君。知ってるか? この国では今、誘拐事件が相次いでいるのを」
「誘拐事件? こんな治安の良い国でですか?」
誘拐事件なんてニュースでもここ最近見た記憶が無いのだが……。
その動画はある貧困街を撮影した物だった。時間は深夜の2時を表示している。
しばらく見ているとある一軒家に赤い人面に緑色のローブ羽織った人間が侵入している所が映されていた。
「べリアス!?」
数分後、べリアスの男は男の子を脇に挟んで家から出てきた後に闇の中へと消えた所で映像は終わっている。
如月先輩は少し顔を歪めてその映像を見ていた。
「べリアスが子供を攫っているんですか?」
「そうだや。既に相当数の子供が攫われて貧困街では大騒ぎになっとるんや」
「目的は一体?」
「分からんがや……3か月前位からずっとこんな感じで子供を攫われておる」
「3か月前……でも、これと俺の追っている悪魔と何の関係が?」
「このべリアスっちゅう邪教徒集団は、その悪魔と通じている可能性があるんや」
「なるほど……。それなら今まで一度も発見されずに潜伏していられた理由になりますね」
「そいで、ここからはわいの依頼やが……」
依頼内容はべリアスの目的を探る為に奴等を追跡して欲しいとの事だった。
何故、ファルシオンの召喚士に頼まず俺達に頼むか問い質した所、ファルシオンの召喚士は信用出来ない……と言う事だった。
どうゆう意味なのか、よく分からなかったが、俺にとっては好都合だ。
そして俺達は今、特に誘拐事件が多発している区域の貧困街を深夜になってから巡回していた。
「紫藤君」
「ん、何ですか? 先輩」
「何か変だと思わないか?」
「変って?」
「ここは誘拐事件が多発している地域なのだろう? なのに何故巡回している召喚士が誰一人居ないのだ?」
「……言われてみれば確かに、誰も見かけませんね」
辺りは静まり返り、電灯に集る虫だけがバチバチと音を立てていた。
誰かが出歩いている様な気配も無く、街は平和その物だ。
結局、日が登るまで巡回した物のその日はべリアスの人間に遭遇する事は無かった。
「ふむ、今日で休みも終わりか。定期的に貧困街は見回るとして一旦、ファルシオンへ戻ろうか」
「仕方がない……ですね」
俺は手掛かりが掴めない苛立ちさを覚えながらも、その場を後にした。
如月先輩とは次の土曜にまた巡回しようという約束を交わすと、寮の自室へと戻ってベット上に横になった。
しかし、今の方法では正直べリアスを見つけ出すのは難しいのではないだろうか?
俺はそんな不満を抱いていた。
「無断外泊になるが……バレなければ大丈夫だろう」
俺は夜になると、気配を隠しつつファルシオンを抜け出して貧困街をに向かった。
相変わらず、夜の街というのは嫌に静まり返っている。
しかし、その日も結局べリアスに遭遇する事は無く、手ぶらでファルシオンへと戻る事になった。
「銀志、何だか眠たそうね? 夜更かしでもしてたの?」
「あぁ、ちょっとな」
深夜に貧困街へ抜け出して朝から授業を受けるのは正直辛かった。
俺は授業が終わると、夕方は仮眠を取って深夜の貧困街へ駆り出す日々が数日続いた。
季節はすっかり秋に移り変わり、木の葉が紅く色づいている。
(巡回を始めてから今日で5日目……本当に誘拐事件なんて起きているのだろうか?)
そんな疑惑を俺は感じ始めていた。そして相も変わらず貧困街は静かで、ただ時間だけが過ぎて行く。
今日は満月が輝いており、月夜に照らされて街の中もいつもよりは明るく感じられた。
――ガタン
突然、扉のが閉まる様な音が聞こえた。音からしてそう遠くは無い……。
俺は建物の陰に隠れて様子を伺った。
誰かが歩いている足音が微かに聞こえる。
これは一般人の歩き方では無いな……訓練された者の歩き方だ。
俺は音のする方へ近づき、目視でそれを確認した。
(見つけた!)
べリアスの人間は気の失った子供を抱き抱えたまま、周囲を警戒している。
俺は気配を殺したまま、その様子を見ていた。
やがてべリアスの人間はその場から動きだすと迷い無くある方向へと進み始めた。
あの方角は……。
べリアスの人間は素早くながらも周囲にはしっかり警戒していた為、かなり距離を空けて尾行しなくてはならなかった。
俺は見失わないように後を付けて行く。
しばらくすると男はある敷地の塀の壁の前で立ち止まった。
何かブツブツ言っていたようだが、しばらくすると壁が沈み、隠し通路が目の前に現れた。
俺は出来るだけ近づき、その声を聞きとろうとしたが口籠った喋り方をするのでハッキリとは聞き取れない。
べリアスの人間がそのまま静かに中に入って行くのを確認すると、俺もバレない程度に間を空けて侵入した。
間も無く沈んでいた壁は浮上し、退路は塞がれた。
(しかし何故、べリアスがファルシオン内部に?)
べリアスが入って行った場所は、ファルシオンの敷地にある塀だ。
しかし幾ら考えた所で答えは出ないのだろう。
奴等は間違いなくここに居る。それだけは確定事項だ。
そしてその答えはこの暗闇の先に行けば自ずと明らかになる事も分かっている。
意を決すると気配を隠して俺は暗闇の中を歩いて行った。
しかしその後、俺がファルシオンへ戻る事は二度と無かった。




