14話「汝バガフの使徒也」
「人の叡智を結集せし場所へ向かえ。答えは白い書の中に。確かに図書室が怪しそうですけど……」
「だろう? だが、問題は白い書という物だ。紫藤君は白い書と言われて何を思い浮かべる?」
「白い書……う~ん、聖書とかですかね?」
「ふむ、そう言った考え方もあるか」
「如月先輩は何か思いつきました?」
「私なら……ファルシオンが国民に公表している社会経済の実態や施策の現状について書かれた資料が怪しいと思うんだがね」
「何だか、難しそうな話ですね」
「いや、きっちり今の政治社会を理解しておく事は大切な事だよ、紫藤君」
最もな意見だが、実際自分にそれが関係してくる情報かと言うと、限りなくそれはNoに近い気がした。
「となると、そのレポート資料が怪しいという事ですか?」
「そうだな。差出人はどうやらそれを見せたいらしい」
俺と如月先輩は手分けして、その資料が書かれた白書を探す事にした。
ページをペラペラと捲りながら、昔のニュースを閲覧していく。
「む、あったぞ。紫藤君!」
如月先輩が手に持っていたのは13年前の情報が書かれている白書だった。
【我が居場所に汝を誘わん、動力を持ちし大きな棺に向かえ。911537】
「また暗号ですね。動力を持ちし大きな棺……」
「その前にこちらを見たまえ、紫藤君」
そう言って如月先輩は俺にその手紙が挟まれていたページを見せてきた。
「こ、これは……?」
「これは、13年前のニュースだな」
そこには、ずらずらとその当時の出来事が書かれている。
その報告書の記録の一番上に目をやると、『紅博士、事故により死去』と書かれていた。
記録によれば、紅博士はレーヴァサーティンでも随一の召喚術の研究者であったそうだ。
13年前のXday、紅博士は新しい召喚術式を完成させ、高位悪魔を召喚しようとした。
これは、研究に研究を重ね編み出した、悪魔から召喚士を守る新しい悪魔の制御術式と言われ、召喚士達を大いに期待させる物であったらしい。
だが、その日の監視カメラにある1人の幼い子どもが研究所に迷い込んでしまった映像が映っていた。
その子供がどうやって厳重な研究所に入り込めたのかは未だに不明であるが、相当訓練された兵士でもこの研究所に潜り込むのは不可能に近いと言われていた。
一説によると、研究所のスタッフの子供なのではないかと書かれている。
そして迷い込んだ子供は不幸にも召喚術の魔法陣が書かれた部屋へと入り込んでしまった。
召喚術の詠唱も分からない様な幼い子供が何故、そこから災厄の悪魔を召喚出来たのかは学者達も謎であった。
しかし確かにそこへ悪魔は召喚されたのだ。
召喚されたその悪魔の名はアステロト。
アステロトは召喚の代償を得る為に人の命を欲し街を1つ滅ぼした。
その後、その悪魔の消息は途絶え、不明と書かれていた。
「紅博士……? ツッ!」
「どうした、紫藤君?」
俺はまた激しい頭痛に襲われていた。
俺の記憶とここに書かれている報告書には一致しない部分がある。
この事件が起きたのは、研究所なんかじゃない。
俺の屋敷だったはずだ……。
そして、助けに来た理事長がアステロトに致命傷を与えて……それからどうしたんだっけ……。
「しっかりしろ! 紫藤君!」
俺はその声でまどろんでいた意識から覚醒した。
「あ、すみません。如月先輩。もう大丈夫です」
「そ、そうか。急に倒れ込むから心配したぞ」
「……って、おわ!?」
気が付くと、俺は如月先輩を押し倒す形になっていた。
胸に柔らかい感触がある。
「何で、こんな体勢になっているんですか!?」
「それは、私が聞きたいな? 紫藤君」
俺は、ヒョイっとその場から飛び退くと、貧血の様な眩暈を感じて足が少しふらついた。
「本当に大丈夫か? 少し顔色が悪そうだが」
「あ、はい。それよりも次の暗号場所に行きましょ」
「あぁ……」
如月先輩は少し府に落ちない感じだったが、俺は構わず話を続ける事にした。
「次は動力を持ちし大きな棺に向かえでしたっけ?」
「そうだな。そして後ろには6桁の番号だ。これで思いつく所と言えば?」
「恐らく、番号を入力する場所ですね。そして動力を持ちし大きな棺と言うのは何かで動く乗り物」
「となると、あそこしか無いか」
「でもあそこって、一般生徒は立ち入り禁止じゃ?」
「ふっ、どうせ君は1人でも行くつもりだろう? なぁに、文化祭で先生達も出払っている今なら見つかりはしないさ」
そして俺達は恐らく、最後の暗号と思われる場所へと辿り着いた。
その場所はピコーンと電子音を鳴らすと扉を開けて停止した。
そう、そこはどこにでもある極々普通の公共エレベーターだ。
ただ、他のエレベータと違う所は地下へ行けるエレベーターがここにしか無いと言う事であった。
そして、権限のあるごく一部の教員しか知らない、地下へ行く為のパスワードを入力するとエレベーターは下に向かって降り始めた。
「ワクワクするな紫藤君。この地下に何があると思う?」
「う~ん、全然考えた事ないですね。何かの物置き部屋とか?」
「紫藤君にはロマンと言う物が無いのか? 権限のあるごく一部の者しか入れないのだ、きっと何かある」
如月先輩は意味有り気に囁くとエレベータは地下へと辿り着いた。
扉はピコーンと音を鳴らすとガシャンと扉を開けて停止した。
エレベータから見える一本道の通路は灯りが点いていなく暗闇と静寂が支配していた。
「何も見えませんね……」
「案ずるな。ちゃんと懐中電灯を用意してきたぞ」
「ビックリするくらい用意周到ですね」
俺は懐中電灯のスイッチをONにすると暗闇に向けた。
どうやらかなり長い1本道の様で光が途中で届かなくなっている。
かと言って道中には何も無く、ただ長い通路だけがずっと続いていた。
「普段は使われてないんですかね?」
「そのようだな。最近、誰かが歩いた形跡が殆ど無い」
俺達は周りを見回しながら奥へと進む事にした。
しかし、見れば見る程、何の為に作られた施設なのか分からない。
古い建物の地下には昔、戦時中に作った秘密の施設があると都市伝説で聞いたことがあった。
これもその1つなのであろうか?
しばらく道なりに進むと、何かを研究しているラボの様な部屋に辿り着いた。
巨大なカプセルの様な入れ物の中には緑色の液体に漬けられた異形なる生き物が蠢いている。
「これは凄いな……」
「何で、地下室でこんな物を……?」
『それは、これが見られては不味い場所だからですよ』
俺と如月先輩は機械で加工された様な声のする方を振り向いた。
声がした方は暗闇に包まれているが、コツンコツンと靴音を立てて誰かが歩いてくる気配がする。
「お前が、この手紙の差出人か?」
『ごもっとも。よくここまで辿り着きました』
「……!? お前はさっき校内に居た……」
暗闇の中から現れたのは先程、校内で見かけた白い仮面を付けた黒いタキシードの男? であった。
仮面は真正面から見るととニヤニヤと薄気味笑いをした様な道化師の仮面に見える。
更に声はボイスチェンジャーを使っているのか、機械の様な声しか聞き取れない為、人物像が把握し辛かった。
『お初にお目にかかります。私はバガフの使徒。以後、御見知りおきを』
「お前は何者なんだ? 何故、アステロトの事を知っている!」
『私が何者かと言うのは、取るに足らない問題です。それよりも紫藤銀志。貴方は理事長に接触してはならない』
「どうゆうことだ?」
『貴方に、これを差し上げましょう』
バガフの使徒は俺に1つのメモが書かれた紙を差し出した。
そこには何処かの住所が書かれている。
『そこに行けば、きっと貴方の知りたい事が分かるでしょう。但し、後戻りも出来なくなりますがね……』
「君は何を言いたいんだ? バガフの使徒とやらよ」
『私はただ、真実を知って頂きたいだけです。貴方達は真実に対してとても無知だ。無知とは時に罪にも成り得る』
「ほう? 色々知っていそうだな。言わないのなら、力づくで吐かせても良いのだが?」
如月先輩はサモナーデバイスを構えて、いつでもこちらは召喚できるという意志をバガフの使徒に見せつける。
『やめておいた方が良いでしょう。ここで暴れると何かと厄介な事になりますからね』
「おい、ここに行けばアステロトの事も分かるのか?」
『えぇ、彼女に近づく事は出来るでしょう。ですが、まだ貴方には荷が重すぎる相手だと思いますがね……』
「なにっ!?」
「そこで何をしている!!」
大きな怒鳴り声が部屋に反響し、こちらに眩しい光が向けられた。この声は……。
俺は急いで先程のメモをポケットに隠した。
「理事長! 戻ってたんですか?」
「その前に、私の質問に答えろ。ここで何をしているんだ?」
「いや、そこに――」
俺はバガフの使徒が居た所に視線を戻したが、そこにはもう誰も居なかった。
「ん? そこに何かあるのか?」
「い、いえ……」
「しかし、どうやってここに入り込んだんだ? この場所の入口は極一部の人間しか知らぬはずだ」
「いやぁ、何かの間違いで迷い込んでしまいまして……」
何とも我ながら心苦しい言い訳であった。
まさか、ここで理事長に遭遇するとは思っても見なかったからだ。
理事長はしばらく俺と如月先輩の顔を交互に見て考え込んでいたが、やがて。
「……まぁ、良い。この先には行かなかっただろうな?」
「は、はい!」
「では、すぐ戻れ。ここで見た事は他言無用だ。良いな?」
その時の理事長の顔はこれまでに見た事が無い程冷たく、心が寒くなる様な目であった。
俺達は理事長の気が変わらない内に急ぎ足でエレベータへと戻る事にした。
「しかし、あの厳しい理事長が何の罰も無しとは……ますます怪しいな、ここは」
「どうゆう事ですか?」
「つまり、先生達にもこの場所は大っぴらに公表出来ない、という事だろう」
「なるほど」
「ふむ……しかし、ここのパスワードも変えられてしまうだろうな。残された手掛かりは先程のメモだけか」
「……如月先輩、これ以上この事に首を突っ込まない方が良いんじゃないですか?」
「何故だ、紫藤君?」
「如月先輩は何も関係のない一般生徒じゃないですか。俺の事情で如月先輩を巻き込んでしまうのが何だか忍びなくて……」
ここから先は何か取り返しのつかない真相に辿り着いてしまうのではないか?
俺はそんな恐怖心の様な物に駆られていた。
「ふむ……紫藤君の言い分は分かった。だが、この件は君だけの問題では無いのだよ」
「え?」
如月先輩は何時に無く真剣な眼差しで俺を見つめ返した。
一体、如月先輩は何を知っているのだろうか?
しかしその瞳を見ても俺には何も導き出せなかった。
「いや、悪い。さっき言った事は忘れてくれ」
如月先輩はそれだけ言うと、黙ったままエレベータへと乗った。
俺もそれからは黙ったまま、1階のボタンを押してエレベータの扉を閉めた。
静寂に包まれたまま、エレベータは機械音を鳴らして上へと登っていく。
果たして全ての謎を解いた時、俺はアステロトの下へと辿り着けるのだろうか?
その答えはこのメモだけが握っている。




