12話「汝は我を知る者也」
夏も終わりに近づき、季節は肌寒い秋へと移り変わろうとしていた。
毎年、秋が訪れるたびに寂しい気持ちになるのは何故だろうか?
「紫藤、もっと深く意識に入り込め」
俺は今、潜在能力を引き出す為に意識を深層意識にへと落としていた。
リリティア曰く、殆どの人間は常時、全ての力を使っている訳では無いと言う事だ。
そして、普段使われていない深層意識にアクセスする事が潜在能力を引き出す鍵になるらしい。
気の達人やスピリチュアル関係の人間が瞑想をして鍛錬をするのと同じように召喚士にとってもこれは重要な鍛錬法であるようだ。
「なにが見える?」
「……光……渦巻く流れ……」
深層意識に入り込むのはかなりの集中力と練習が必要になる。
仮に入り込めたとしても、その状態を数分しか維持出来なかった。
「銀志~、授業始まっちゃうよ~」
蛍の声でハッと現実に引き戻される。スマートフォンの時計を見ると授業まで後10分も無かった。
「おぉっ、やべ!」
「今日はここまでじゃな」
リリティアはそう言うとサモナーデバイスの中に消えて行った。
「はやく~」
蛍に急かされながら、駆け足で教室へと向かう。急げばぎりぎり間に合うだろう。
「ふぅ、1分前か」
「セーフだね」
教室へ着いた俺達は胸を撫で下ろして自分の席へと向かった。
「は~い、皆さん居ますか? HR始めますよ~」
何時もの様に何か抜けた様な斎藤先生の声が教室に響き渡る。
「さて、もう秋だね! 皆さんが思う秋と言えば?」
生徒達に質問を投げつける斎藤先生。秋と言えば? 食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋と色々考えられるが。
「はい! そうだよね。秋と言えばコートを羽織った裸の痴漢が毎年、出没します! 特に男子は襲われないように気を付ける事!」
な、なんだと? 色々突っ込みたい所があるのだが、その痴漢はそっち系なのか?
というか毎年、捕まらずにエンカウントするような痴漢って何者なんだ……?
「その痴漢って斎藤先生の事じゃないんですよね?」
「ははっ~、当り前じゃないですか。僕は女子にしかセクハラ行為はしませんよ」
それはそれで問題発言な気がするのだが……。
「通報しました」
眼鏡を掛けた女子生徒がつかさず通報した事を挙手して報告した。
「無駄だよ? 証拠が無ければ警察と言えど動いてはくれないからね! はっはっは」
何か完全に犯人が言う台詞みたいになってるが斎藤先生が本当に犯罪に手を染めていないか若干、不安になってきた……。
「さて、それでは本題に入ろうか、文化祭が迫ってきてるのは知ってるね? というわけで僕のクラスはそれぞれチームに分かれて屋台の出し者をしてもらう事になったんだ」
「屋台って?」
「食べ物から物でも何でも良いよ! 先生的には如何わしい大人向けの雑誌とか大歓迎だね」
「斎藤先生、それが他の先生に見つかったら会議物ですよ」
「いや、ここはあえて会議にこの先生を引っ張り出しちゃいましょう!」
「そ、そうか! その手があったのか!?」
クラス内がざわざわと騒ぎ始めた。
クラスメイト達は今、この犯罪者まがいの斎藤先生を告発する為にこれまでに無い団結力を発揮しようとしていた。
「いやいや! 勿論R18指定に引っ掛かるのは駄目だからね!? お願いだからやめてね!?」
斎藤先生は困り果てた顔になっていた。
悪乗りした学生がどれだけタチが悪いか身に染みて分かった事だろう。
「ねぇ、銀志? 屋台何出す?」
「ん~、安い材料で作れる食べ物が無難じゃないか?」
「……材料は私に任せて」
俺達は屋台で何を出すか話し合う事にしたのだが、来瀬が話に入ってこようとしない。
「来瀬君は何が良いと思う?」
「けっ! 文化祭なんて召喚士の授業と関係ねぇじゃねぇかよ」
「……あら、来瀬君。良いのかしら? 文化祭に参加しないと2年に進学出来ないのよ」
「なっ!? そんなの聞いてねぇぞ!」
俺も初耳だ。文化祭に参加しないだけで進学出来ないだと?
本当なら俺もサボって特訓に精を出したい所なのだが……。
来瀬はしばらく考えた後、観念したように呟いた。
「ちぃっ、仕方がねぇな……うどん……とかどうだ?」
「うどん?」
「うどんか……材料も安くてすぐ作れるし、良いかもしれないな」
「……うどん……?」
碧川は聞いた事の無い様な顔をして首を傾げた。
「和風の鰹出汁で取ったスープに小麦粉で練った白くて太い麺を入れた食べ物だ。食堂にも無かったか?」
「……私、食堂は利用しないから……」
「へぇ~、碧川さん自炊なんだ?」
「……いえ、メイドがご飯作ってくれるから」
「あぁ、そうなんだ……」
そういえば碧川が名のある家系の生まれだと言う事をすっかり忘れていた。
ということは庶民が食べる様な物は口にした事さえ無いかもしれないな……。
「でもうどんの麺作るのって大変じゃない?」
「そこは心配ない。世の中には大変便利で美味しい『冷凍うどん』というのがあるからな」
「……ということは、スープと冷凍うどんの麺を用意すれば良いのね」
「あぁ、それで頼む」
こうして順調に屋台の段取りを決めて行った。
蛍が大きな鍋とうどんを食べる容器を用意する係で碧川は材料を用意する係。
そして俺と来瀬は冷蔵庫を手に入れる為に家電製品店へと向かっていた。
何でも斎藤先生の話によると、最近は1日だけレンタルできる格安の業務用冷蔵庫があるらしいのだ。
「はぁ……何で俺がてめぇと一緒に冷蔵庫なんて借りに行かなきゃならねぇんだ」
来瀬は愚痴を溢している。まぁ、それは俺も文句を言いたい所なのだが……。
「えーと……あっ、ここ見たいだな」
俺は斎藤先生から貰った地図を見て、ここが目的の家電製品店だと気付いた。
「お、おい……ここって……」
「あぁ、俺もちゃんと見て無かったら気付かなかったな」
目の前にあるのはお店? とは言い難いほどの古ぼけて汚れた建物だった。
所々に蔓が延びていて、まるで使われていない廃墟の様だ。
「今時、自動ドアも無いとか、本当に大丈夫なのかよ?」
来瀬は心配そうに店内を見渡す。俺もさすがにこれは心配になってきた。
斎藤先生に聞いたのは失敗だったか……?
「へい、いらっしゃい」
ふと、店内の奥から皺枯れた老人の声が聞こえて振り向いた。
しかし、そこには誰も居ない……。
「お、おい! 落ちこぼれ。今何か言ったか?」
「い、いや。俺は何にも……というか落ちこぼれって言うな!」
「騒がしい客じゃのう。ワシならここに居るだろうが」
薄暗くて視界は良いとは言えないが、やはり姿が見えない。
一体どこから!?
「おい! 隠れてないで出て来やがれ!」
「だから、ここに居ると言っておろうに……」
「……おわ!?」
下に何か居る気配がして思わず飛び退いてしまった。
だが気配がした方を良く見ると、とても小さな老人? が立っていた。
背はかなり小さく小人の様だ。
「爺さん……人間なのか?」
「無礼者! ワシを人間では無い見たいに言うでない! 全くこれだから最近の若いもんは……」
「し、失礼しました。あのう俺達、業務用の冷蔵庫を借りにきたんですが」
「冷蔵庫じゃと? その制服……そうか。ちょいっと待っとれ」
そう言うと、小さな老人は奥の部屋へと入って行った。
しかし、この店内、灯りがうす暗くしか点いてなく置いてる品物も骨董品の様な物が多い怪しい雰囲気のする店だった。
「ここ……どう見ても家電製品店じゃないよな……斎藤の野郎、本当にここで大丈夫なんだろうな?」
来瀬が不安そうに店内を見ているのを他所に、奥の部屋から老人が1つの紙を持って戻ってきた。
「ほれ、ここに召喚術式を書いておる。当日に必要な場所で使えば1日だけ冷蔵庫がそこに召喚される仕組みじゃ」
「へぇ~、召喚ってこんな事もできるんですね?」
「ふぉふぉふぉ、召喚は召喚士の特権じゃからのう」
「ありがとうございました。えーと料金は?」
「いや、斎藤の所の生徒じゃろう? お金はいらんぞ」
「え? でも……」
「おい、良いって言ってんだから良いじゃねか。それよりも早くしねぇと門限過ぎちまうぞ」
「あ、あぁ。分かった。お爺さん、本当にありがとうございます」
「ええよ、さぁ、行った行った。もう店終いじゃ」
そう言うと、老人は俺達を追い出す様に店の外へ追いやった。
一体、斎藤先生とここの老人はどうゆう関係なのだろうか?
そんな疑問が頭に浮かんだが、来瀬がうるさかったので急ぎ足でファルシオンへと戻る事になった。
「あれが、斎藤の言っていた紫藤か……果たして吉と出るか凶と出るか……」
老人は独り言のようにそう呟くと真っ暗な部屋へと消えて行った。




