10話「汝忌み嫌われる存在也」
俺と如月先輩は攫われた二人を救出する為に、港に停泊されていたべリアスの船へと乗り込んでいた。
日没まであと1時間、本来ならファルシオンから、召喚士の応援要請をするべきであるのだが、時間的に間に合わないと踏んだ如月先輩の判断により二人で突入する事になったのだ。
しかし、乗り込んだ船は思っていたよりも大きく、5デッキ構造の旅客船と言えるほどのサイズであった。
早くしなければ時間までに二人を見つけれるか分からない。
「紫藤君、時間が無い! 手分けして探そう!」
「そうですね! 俺は上を見て来ます!」
「いや、上へは私が行こう。すまないが紫藤君は下を見てきてくれないか?」
「え? あ、はい! 分かりました!」
俺は如月先輩に言われた通り、船底から調べる事にした。怪しい所は隈なく探して回る。
しかし、この船には違和感を感じていた。しばらく使われていた形跡が全く無いのだ。
「まるでゴーストシップだな……」
俺は船底の中央にある階段を登り、広いダイニングルームへと駆けあがった。
――誰か居る?
メインホールへと続く扉から人の気配を感じ取った俺は、反射的に人影から飛び退くように距離を取って構えた。
「よく逃げずに来た、紫藤銀志よ」
「お前はさっきの!?」
扉の奥から現れたのは先程、砂浜で蛍達を攫った邪教徒であった。
「二人はどこだ!」
「まぁ、慌てるな。私を倒せれば、二人は無事に開放してやろう」
声から察するに今、目の前に居るのは男だ。それも若さを感じさせない渋い声……。
「冷酷な魂の狩人にして、死を司る青炎馬を操りし死神よ……血の契約によりてその力を解放したまえ……フルカス!!」
邪教徒の召喚に応じて現れた悪魔は、青い炎を身に纏った漆黒の馬に跨る死神だった。片手には鋭い大槍を構えている。
「悪魔召喚……噂には聞いていたが……」
噂通り、べリアスの邪教徒は禁呪とされている黒魔術召喚を平然と使用していた。
召喚した悪魔は召喚士としての力が伴っていなければ食い殺される危険性がある。
その為、悪魔を使役するにはそれ相応の実力が必要となるのだ。
そして間違いなく、いま目の前で悪魔を使役している男はかなりの実力者だと言う事だ。
「どうした、召喚しないのか?」
(くっ! どっちみち戦わない訳にはいかないか……)
「魔と聖の狭間から生まれし神界の守護者よ、汝、魂の契約によりていまこそ我が刃となれ! 神獣リリティア!!」
俺の召喚に応じ、魔法陣から銀髪の少女リリティアが現れる。
訓練では何回か召喚獣戦闘は行っているが、対黒魔術召喚士を相手にした実戦は初めての事であった。
「神獣か……ククク。素晴らしい」
邪教徒は薄気味笑いをしながら、両手を広げた。
それに合わせるかのようにフルカスと呼ばれた悪魔はリリティアへ突進して来る。
「古代文明武器! 鉄砕棍!!」
リリティアの声に呼応し、鉄砕棍が現れる。
フルカスは大きな槍をリリティアに向けて狙いを定めると、目にも止まらなぬ早業で突きを繰り出した。
リリティアは鉄砕棍で軽く、攻撃を捌きながら相手の様子を伺っている。
相変わらずリリティアの動きには無駄が無く、最小限の動きで対応する。
「紫藤よ、何なのだ? こやつらは」
「こいつらは、邪神を崇拝しているテロリスト集団、べリアスだ!」
「ほう、邪教とな」
リリティアはべリアスの召喚士に視線をやった。
「我々をただの野蛮なテロリストと誤解してもらっては困るな、紫藤銀志。我々は、大義の為に戦っているのだよ」
赤い人面に隠されたべリアスの男は反論した。
「大義だと!? 無差別に人々を襲っている事がか!?」
「誤解してもらっては困ると言ったはずだ。では、問おう。何故、我々がこんな活動を行っているのか君は理解しようとした事があるかね?」
「なんだと?」
「世間の情報や思想なんて言うマスメディアは、全てファルシオンの管轄下で行われている事だ。ファルシオンの許可無しには情報を発信する事も許されない」
「何が言いたいんだ……?」
「……民衆なんて言う者は、偽りの情報に騙されて簡単にマインドコントロールされてしまうという事だ。そしてそれはお前も例外では無い」
リリティアとフルカスは鍔迫り合いをしながら、相手の出方を伺っている。
「マインドコントロール……? ツッ!」
その言葉を理解しようとした時、激しい頭痛が俺を襲った。
何か大事な事を忘れてはいないか?
あの召喚事故を起こした災厄の日、俺はアークデーモンのあいつと一体何を話したんだ……。
「紫藤、集中しろ! これは実戦だぞ!!」
リリティアの言葉でハッと我に返った俺は、緩めていた魔力をリリティアに送った。
そうだ、相手の言葉に惑わされてはいけない。これは実戦なのだから!
「お前が何を知っていようが関係ない! 蛍と碧川は返してもらうぞ!」
べリアスの男は何も答えなかった。それが返って不気味にも感じられたが、日はもう沈もうとしている。
相手の事を気にしている場合では無いだろう。
俺の魔力を受け取ったリリティアは、一気に勝負へと出る。
「凍てつく氷結の精霊よ、我が召喚に応じ、相手の動きをその場に拘束せよ!」
リリティアの詠唱により、フルカスの青炎馬の蹄は氷で覆われ、その場に固定された。
「動かぬ馬に乗っている程、滑稽な物はないのう!」
リリティアは上空に飛び上がると鉄砕棍でフルカスを地面に叩きつけた。
その衝撃で船が大きく揺れ動く。
「鉄をも砕くこの鉄砕棍を受けてはさすがの悪魔様も、ダウンかのう?」
フルカスは青炎馬から叩き落とされ、意識を失っていた。
「さすがだ、神獣リリティアよ。娘たちはこの先に居る……」
男はそう言うと、フルカスの召喚を解いた。観念したのだろうか?
リリティアは樹木魔法でべリアスの男を拘束すると、その場に男を残してメインホールへと向かった。
「銀志!」
「大丈夫だったか?」
メインホールへ向かうと、縄で縛られた蛍と碧川を見つけた。
俺は急いで駆け寄ると2人の縄を解く。
どうやら見た所、怪我などはしていないようでホッと胸を撫で下ろした。
「……来てくれると思っていたわ。紫藤君」
「さすが銀志だね!」
「当り前だろ! 大事なチームメイトだからな」
「へぇ~……? 大事なチームメイトが攫われそうになっている時に如月先輩の背中を厭らしそうな顔でオイルを塗ってたのはどこのどなたでしょうか?」
「うぐっ!」
「……紫藤君。まさかそんな理由で私達を助けそびれたなんて事ないわよね?」
「い、いや。違うんだ! あの時はサモナーデバイスが無かったから……」
「ふ~ん……?」
俺の言い訳に納得が行かないのか、疑い深く目を細めて俺の顔を睨んでくる蛍と碧川。
「こんな所に居たのか、3人共!」
「あ、如月先輩!」
上のデッキから慌ただしく下りてきた如月先輩はヴァナルガンドの背に乗っていた。
「大変だ! 甲板に時限爆弾が仕掛けられている! もう時間が無い!」
「時限爆弾!?」
外を見ると日はもう沈む直前だ。
まさか日没までと言うのは、時限爆弾が爆発するまでのタイムリミット!?
「でも、今から走っても間に合いませんよ!」
「止む負えない……みんな、海に飛び込むんだ!」
「う、海って言われても……」
メインホールがある2デッキからでも、海まではかなりの高さがあった。
高い所が苦手な蛍からすればちょっとしたバンジージャンプの様な物だろうか……。
「リリティア! ウンディーネを呼んでくれ!」
「分かった」
「蛍と碧川は俺に掴まれ! いくぞ!」
俺は2人を抱き抱えたまま、海へと飛び降りた。如月先輩もその後に続く。
身体が重力に引かれて下に落ちて行くというのはあまり良い気がしない。
全身に鳥肌の様な物を感じた、その時、後方から激しい爆発音と共に、激しい爆風が俺達を襲った。
時限爆弾によって船が爆発したというのはすぐに理解できた。
だが、このままでは海に落ちても爆発に巻き込まれてしまうだろう。
「水流を司りし水の精霊ウンディーネよ! 我らを爆風から守りたまえ!」
リリティアの詠唱に応じて現れたウンディーネは、俺達を海から出現した水の絨毯に乗せると爆風から守る様に、素早く安全な港の方へと運んだ。
「た、助かった……」
「危機一髪だったな」
爆発した船の方を見ると、ゴウゴウと大きな音を立てて燃え上がっている。
あともう少し脱出するのが遅かったらと思うとゾッとした。
「あ、そういえばリリティア! さっきの男は!?」
「ふむ、魔法を抜け出して逃げた様じゃな。油断ならぬ相手じゃ」
「そ、そうか」
甘い考え方もしれないがいくらテロリストとは言え、俺のせいで死なれるのは後味の良い物ではなかった。
「すまなかったな、諸君。私のせいで危ない目に遭わせてしまった……」
「いえ、如月先輩のせいじゃありませんよ!」
「……そうだわ。元はと言えば、紫藤君がしっかりしてないから……」
あの男は俺を狙っていた……。一体、俺に何を言いたかったのだろうか?
「そうですよ! 銀志が悪いんです! 如月先輩はこれっぽっちも悪くありませんよ!」
確かに俺に原因はある。だが――
「いや、私のせいで紫藤君は両手が塞がっていたからな……私があんな事を頼まなければ……」
「いえ、それは銀志がどう考えても悪いですね」
「……紫藤君の不埒」
「なぜ、そうなる!?」
攫われた時は胸がヒヤッとする思いだったが、意外と神経が図太いのかあまり今回の事件については二人とも気にしていなかったようだ。
その後、俺達は先程の事件も忘れて砂浜で花火をして過ごした。
「見て銀志! フィンガーロケット!」
蛍は両手に8本のロケット花火を握ると一斉に点火して発射した。
そしてその8本のロケット花火は俺に向かって飛んでくる。
「おい!? 危ないだろうが!」
「あはは。銀志の避け方、大げさだなぁ」
「……男なら全て止めなさい」
「無茶言うな!?」
誰かとこうやって遊ぶのは久しぶりの事だったかもしれない。
ふと、鮮やかな緑色の花火を見つめながら、幼い頃に孤児院のみんなで遊んでいた頃の事を俺は思い出していた。
俺は、いつ孤児院に来たのだろうか? 物心付いた時には既にみんなと遊んでいたので幼い頃の記憶が不明瞭だった。
「なぁ? 蛍。俺っていつ孤児院に来たか覚えてるか?」
「え? ……さぁ……小さい頃の話だから覚えてない……かな」
「そうか……そりゃあそうだよな。すまん、忘れてくれ」
「ううん! 私の方こそ覚えて無くてごめんね」
何かが引っ掛かっている。しかし、それが何なのかが分からなかった。
少なくとも、ファルシオンに帰ったら一つ調べなくてはならない事があるようだ。
俺は、そんな使命感の様な物に激しく駆られていた。
忘れてしまった記憶の裏側に求める答えがある様な気がして……。




