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9話「我招待されし者也」

「聞いていますか? 紫藤君。私は貴方に期待しているのですよ?」

「……はい。次は気をつけます」


 いま俺が居るのはファルシオンの全権を握っている理事長の部屋だ。

 俺の成績がE判定だった為、わざわざ小言を言われる羽目になっている。

 理事長の浅羅魔あさらま 岸地がんじは国内でも5本の指に入る1人と謳われる程の召喚士と言われ、20年前に起きた世界大戦ではたった一人で1国の軍事力に相当する実力の持ち主と他国の者からは怖れられていた。

 そして、過去の召喚事故の際にアークデーモンから俺の命を救ってくれた恩人でもある。

 

 俺は理事長に礼をすると、渋々と理事長室を後にした。


「おや、紫藤君。用件は終わった様だね」


 部屋の外に出ると、如月先輩は腕を組んだまま壁に持たれていた。


「えぇ、如月先輩のお陰で何とか退学は免れました。ありがとうございます」

「ほう? それは良かった。そうだ、紫藤君。君に渡す物があったのだよ」

「俺にですか?」


 如月先輩はそう言うと、内側の胸ポケットから封のされた手紙を差し出してきた。


「……招待状ですか?」

「そうだ。これから夏休みに入るであろう? 是非、私の実家に遊びに来てほしいのだよ」

「え、えぇ!? 如月先輩の家に俺をですか? で、でも俺、夏休みも修行しないと」

「ふむ、君は恩人である先輩の招待を断ると言うのかい?」

「い、いえ! そんなつもりでは……」

「なら、決まりだな。楽しみにしているぞ? 紫藤君」 


 それが事の始まりであった。

 半ば強制的に如月先輩の実家に招待された俺は、送り迎え用のマイクロバスに乗車していた。


「ねぇ、銀志~? 碧川さんと私の水着どっちが可愛いと思う?」

「……どうかしら?」


 どうやら蛍と碧川も如月先輩に招待されたらしく、同じマイクロバスに同席していた。

 しかし何故、二人して俺に水着を見せてくるのだろうか……。


「銀志、聞いてるの? もしかして見るの恥ずかしいの?」

「……紫藤君。意外とムッツリだったのね……」


 待て待て! 蛍はともかく碧川ってこんな性格だったけ!? 夏休みに入ってからやけに親しみを感じる気がするのは気のせいなのだろうか?

 

「ちょっと待て。1つ良いか?」

「何々~?」

「……?」


 蛍は眼を輝かせ、碧川も期待の目でこちらを見ている。


「水着と言うのはだな……着なければただの布なんだよ。言わば、飛べない豚と同じ様な物さ」


 二人は疑問符を頭に浮かべて何を言っているか分からないと言った感じだ。

 勿論、俺も何を言っているのか分からない。


「……つまり、水着とは乙女と融合して初めてその価値が現れる! だから公共の場で水着だけを披露しても無駄だと言う事だ!」


 とりあえず俺はその場のノリに合わせて、最もらしい意見を述べた。

 普通、公共の場で水着を出す奴がありますかと。マナー違反も良い所だ。


「分かった。銀志は公共の場で水着姿になれって言うのね?」

「……そのようね。とんだ変態さんだわ」

(いや、何も分かってないだろ)


 何かを悟った様な顔をした二人を放っておいて俺はバスの窓から見える景色へと視線を向けた。

 マイクロバスは沿岸沿いを走っており、見渡す限りの青い海が広がっている。


「碧川さん! 海だよ!」

「……あれが海……」


 碧川はそれが初めて見る光景かの様に魅入っていた。

 そして俺達を乗せたマイクロバスは遂に終点へと辿り着くと、プシューという音を立てて停車した。


「よく来たな。諸君」


 マイクロバスから下りると如月先輩が私服姿で立っていた。

 制服姿も色っぽいが私服姿も清楚な感じで好印象を受けた。


「銀志……鼻の下、伸びてるわよ?」

「……私と言う者が居ながらハレンチよ、紫藤君」


 少し油断するとこれだ。


「って、碧川! それどうゆう意味だ!?」

「……え?」


 碧川は頬を赤らめると、俯いてしまった。


「おやおや、紫藤君。両手に花かい? 羨ましい限りだな」

「あっ、そういえば如月先輩。どうして私達を招待してくれたんですか?」

「む、そういえばまだ話していなかったな。それは追々話すとして、立ち話もなんだ。さぁ、中に入ってくれたまえ」


 如月に案内され、鉄格子の大きな門を潜ると、白い壁塗りの立派な屋敷が目に飛び込んできた。

 これだけでも、如月先輩が名のある家系のご令嬢だと言う事が窺い知れた。


「碧川君の家ほど立派では無いが、私の家系も召喚士でね」

「それじゃ碧川さんの家系も召喚士なんだ?」

「……まぁ……」


 何でも召喚士の家系は優秀な召喚士の才能を持った子が産まれ易いと聞いた事が有る。

 その為に召喚士の家系は優秀な召喚士の才能を持った者同士を惹き合わせて、子孫を残す傾向が強いのだそうだ。

 孤児の俺と蛍はその中でもイレギュラーな存在なのかもしれないと思った。

 如月先輩に通され屋敷の中に入ると、今にも降って来そうな程の迫力が有る豪華なシャンデリアが目に入った。


「まずは部屋に案内しよう。荷物も重たそうだしな」

「はい、そうします!」

「……そうさせて頂くわ」


 荷物の多い女子達はそそくさと移動するとそれぞれの部屋へと案内された。

 俺の部屋は蛍とは向かいの部屋になったが、部屋は綺麗に掃除されており、窓からは海が一望出来た。

 そして荷物を整理し、一段落付いた頃にこの屋敷のメイドさんに呼ばれて客間へと案内された。

 通された客間に入って、まず目に止まったのはとても逞しい体格をした強面な中年の男性だった。

 髭を生やしたヤクザの様な顔立ちの男性は俺を見つけると、まじまじと観察する様にその鋭い眼光を俺に向けてくる。


「私の父上だ」

((父上!?))


 如月先輩の発言にその場に居た俺達は驚いた。

 こんな怖い顔から如月先輩の様な人が生まれるなんて神の悪戯としか思えなかったからだ。


「は、初めまして。紫藤銀志です」

「これがお前のボーイフレンドか? ひかり」


 何だか、彼氏がお父さんへ挨拶しに来た様な感じになってるんだけど、勘違いされないか心配な気持ちになった。


「はい、お父様。彼の召喚士としての実力はずば抜けております」

「ほう? ひかりをそこまで言わせるとは……面白そうな小僧だな」


 俺は苦笑いして会釈を返した。


「それに、こちらのお二人も総合成績、1位と2位のとても優秀な新入生ですわ」

「ほう……確かにどちらのお嬢ちゃんも別嬪さんだな」

「いや、それほどでも……」


 二人は照れながら言葉を返していたが、正直、成績と別嬪さんは関係ないだろう!? と思った。


「さて、ひかる。わしはこれから仕事に出掛ける。後は任せたぞ」

「はい、分かりました。お父様、お気をつけて」


 如月の父はそう言うと席を立ち、部屋から出て行った。


「さて、それでは諸君。水着は持ってきたかな?」

「はい!」

「……もちろん」


 如月の一声を待ってました! と言わんばかりに反応する蛍と碧川。

 俺達は部屋に戻ると水着に着替えて砂浜で集合する事になった。

 そして俺はこれから訪れるであろう状況に備えてポケットティッシュを持参する事にした。

 いや、決して疚しい意味で持ってきた訳ではない。

 だが、備えあれば憂いなしという物だ。

 きっとこのポケットティッシュはどこかで役に立つ! 

 俺のシックスセンスがそう告げている。

 一足先に砂浜に着いた俺は、手の中にあるポケットティッシュが強く握り締めた。


「やぁ、待たせたな紫藤君」


 背後から声が聞こえた。この声は如月先輩か? 

 俺は高鳴る胸を抑えていた。

 何せ、水着姿の女子を生で見た事がこれまで一度も無かったからだ。

 海に女の子と来る事さえ、今までの経験からすれば初体験の事であった。


「ん? どうしたんだ紫藤君」


 砂をザッザッと踏む音が少しずつ背後から近づいてくる。

 俺は深呼吸をすると意を決して思い切って振り返った。


「きゃっ!?」


 しかし、如月先輩の姿を確認する事は出来なかった。

 何故なら、振り向いた先には、真っ暗な視界と柔らかい触感……が待っていたからだ。

 俺は思いっきり鼻を如月先輩の胸にぶつけてしまい、小鼻がジンジンする感覚に襲われていた。


「し、紫藤君……」


 如月先輩は咄嗟の行動にビックリして言葉を喉に詰まらせていた。


「い、いや! これは違うんです! 誤解なんです!」

「銀志ー!」


 そして最悪のタイミングで蛍と碧川が現れた。

 昔のロボットアニメで見た黒いロボットが織りなす何とかストリームアタックが何故か俺の脳裏を駆け巡った。


「……銀志、なんで鼻血出てるの?」

「い、いや。これは……胸が……」


 ジンジンしていて気付かなかったが、さっきの衝突事故で鼻血が出てきてしまった様だ。


「どうも私の胸のせいみたいでな……紫藤君には悪い事をしてしまった」


 如月先輩は頬を赤らめて原因を話してくれた。

 が、どう考えても誤解しか生まない発言に聞こえたのは気のせいだろうか?


「どうゆうことなの銀志? 私の胸には全く反応しない癖に……」


 蛍の怒りゲージが目に見えて上がっているのが感じられた。

 このままではやばい!


「き、聞いてくれ蛍! いま起こった事をありのまま話す! 俺が如月先輩に呼ばれて振り向いた時だ。あまりにも先輩の胸が大きすぎて――」

「もういいわっ!!」

「ぐはぁっ!!」


 俺は弁解の余地すら与えられず、蛍からありったけの力が込められたアッパーを食らうと吐血しながら上空を舞った。

 その後、俺の身体は上半身だけ砂浜に犬神家の様なポーズで埋められていた。

 怒りが落ち着いた蛍と碧川は海で海水を掛け合って遊んでいた。


「紫藤君、いつまでも寝てないでそろそろ日焼け止めのオイルを塗ってもらいたいのだが?」


 意識を失い欠けていた俺は、その一言で覚醒すると、埋まっていた上半身を掘り上げてパラソルの陰に居る如月先輩の下へと向かった。

 如月先輩はブラのホックを外してうつ伏せで寝ていた。

 俺は握りしめていたポケットティッシュを鼻に詰めて鼻血を止めると、日焼け止めオイルを探した。


「えーと、これですか?」

「そう、それだ。そのまま塗ると冷たいから手に馴染ませてから塗ってくれ」


 心臓がドキドキするのを感じながら如月先輩の背中に日焼け止めのオイルを塗っていく。

 緊張しすぎて自分自身、何が何だがよく分からない感覚に陥っていた。

 そして、その瞬間に事件は落ちた。


「きゃぁぁ!! 銀志!」


 ――蛍の悲鳴が聞こえた? 

 何事かと悲鳴がした方を振り向くと、そこには赤い人面で顔を隠し、緑色のローブを羽織った怪しい姿の者と海の怪獣と呼ばれるシーサーペントが海面から顔を現していた。

 俺にはその姿に見覚えがあった。ニュースやテレビでもよく見た事がある。

 間違いない……あれはべリアスの邪教徒だ!


「蛍ーー!!」


 べリアスの邪教徒は既に蛍と碧川を魔法の縄で拘束していた。

 

「二人をどうするつもりだ!?」

(まずい……今、こっちはサモナーデバイスを持ち歩いていない。どうすれば……)

「紫藤銀志はお前か?」

「なに?」


 何故、奴は俺の名前を知っているんだ? 奴の目的は一体……。


「今日の日没までにここに来い。もし来なければこの二人は命を落とす事になる」


 そう言い捨てると、場所の詳細が記された堅い長方形の紙を俺の顔に目掛けて投げつけてきた。

 俺は反射的にその紙を掴むと、べリアスの邪教徒は詠唱を唱え始めた。


「待て! これは一体何の真似だ!?」


 だが、べリアスの邪教徒は何も答えないまま、魔法で砂嵐を作り出すと俺達の視界を奪った。

 砂嵐が止むまでにそう時間は掛からなかったが、止んだ後には何も残っていなかった。

 仕方がなく俺は先程の紙を読むと、紫藤銀志様を我が海上パーティーへご招待致します。

 という一文と共に、詳細な場所が書かれていた。

 そして、その紙にはこう付け加えられている。

 ――汝の過去を知る者也と。

 俺はこの時、自分の罪に関係ない人を巻き込んでしまった事を酷く後悔していた。

 そして、べリアスの中に俺の事を恨んでいる人間が居るのだと言う事を思うと、やり場の無い感情に襲われるのであった。

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