侵略!タコ男
電車は地獄だった。
学園前の駅に着くまでに大体20分といったところ。その20分間延々と何者かが俺の尻を触っていたのだ。
むろん尻など触られたところで何も感じないが……いや、それは間違いかもしれないがなんというか、嫌な気分にはなった。
生まれてこの方痴漢などにあったことはないし、痴漢などしたこともない。だが今日は何かが違う。
なんというか……地獄にきたのか?
しかし地獄にしては明るすぎる、いやはやこういう普通の学園というのが案外地獄という可能性もなきにしもあらずか。
実際教員なんてものはモンスターペアレンツに対応することが地獄だ。まぁうちの学園はそういうものはあまりないようではあるがな。
「先生……おはようございます。」
「おはよーせんせー」
「おはようございます」
学園に歩くにつれ女生徒達が俺に挨拶を投げかけてくる、いやはや普通。何もおかしい事はないいつもの光景だ。
「おはよう」
学園まではまだまだ時間があるし、考察をしてみよう。
昨日の夜……俺は妹の情報をとある人からもらい、妹を殺しに刀を持ち神社へと向かった。そして情けを受け負けた。
いや思い出すと死にたくなって……こないな……おかしい、昨日切腹するときにはゲロ吐くほどに死にたくなっていたはずなのにどうしてこうも自殺って二文字が頭から消えるかね。
まぁ戻そう、俺は妹と闘う時に興奮剤として覚せい剤やらやばい薬をかなり体に入れたはずだ。それを考えると今頃たってはいられず依存症になり廃人チックになってるはずなのだ。
なぜだ……
「先生。難しそうな顔をしてどうしたのですか?」
俺の目の前に立っていたのは長身黒髪長髪の大和撫子という言葉がこの学園内で最も似合うと思われる少女。
名前は一之瀬涼。唯一の剣道部員で俺の現在の教え子だ。
「ん?あぁ……ちょっとな」
「どうしたんですか?本当にいつもと何か違いますよ?」
「どうなんだろうな……俺が違うのかお前らが違うのか……哲学的だな。」
「あぁいつもの変な先生ですね。」
「涼。俺に変なところとかってあるか?いや前日とかと比べてだな。」
「特には……」
なるほど、外見上、いや内面上もか。それに関しては前日の俺とは大差ないらしい。しかし何か違うのは分かると。
「でも先生、昨日は妙に殺気立ってましたけど、どうしたんですか?」
「どうもしてない。あ、そうだった今日の英語の特講の宿題集めて昼までに提出するように言っておいてくれ。」
「え~また私ですか~!?」
俺は英語教師である。このでかい図体に似合わないといわれることも多々あるが、昔アメリカで武者修行していたことがあり、ギャングやマフィアと派手にドンパチしていたらいつの間にか話せるようになっていた。もちろんこのことは学園には秘密だが…。
涼と一緒に学園に向かい歩いていたらもう校門にたどり着いていた。
「やっぱり先生おかしいです!。何か……そう!淫乱な香りというか……」
「お、おい!!」
涼が俺のスーツをクンクンと音をたて嗅ぐ。いや臭いのか?そういえばシャワー浴びてないな。これはまずい。
「それにいつもつけてる香水も付けてませんね。スンスン……なんでしょうすごい卑猥です。」
「はぁ?」
俺は女子高に努めてるからって香水なんてつけることはまずないし。そんなにオシャレでもない。
なぜか……
そんな事をしていると周りの生徒が集まってきて俺と涼の珍風景をざわざわと噂しているようであった。
「やっぱなんかすごいです。スンスン、なんというかすごいです。」
「いや、みんな見てるしお前ちょっとおかしいぞ。」
「そんな事いったらこの香りはなんなんですか!おかしいじゃないですか。」
「えぇ…?」
いや、まずい。ただでさえ女子高、ただでさえ唯一の男性教員。
逃げるかな……。
「おうじゃーなー!体育の授業であおうなー!!」
何かいやな雰囲気を感じた俺はその場から走ってシャワールームへと向かった。
教員にも一応シャワールームの使用は許されていたはず……!
部活棟へと急ぎ、教員用シャワールームを誰も使用していない事を確認し、入る。
「どうにもおかしい……俺が変わってしまったのか?いやむしろ回りが洗脳されたと考えよう……」
落ち着け俺…確かにこの場が地獄という可能性はなくはない。むしろその可能性が高いかもしれない。しかしそれはあくまで可能性の一つだ。
あと一つは昨日起こったことのすべてが夢であったという事。
だがこれは薄い。切られたときの痛みは確かであったし、切腹したときの痛みもこの世のものとは思えない痛みと吐き気、力の抜け方も死ぬときのそのものであったと思う。それに……朝、涼は『昨日は妙に殺気立ってました』と言っていた。
それは間違いなく昨日俺は妹を斬りに行こうとしたという事である。
シャワーを浴びながら俺は自分の体を確かめた。
何も変わってるところは今のところはわからない、だがやはり右腕には傷などはなく、斬られたところを無理やり開こうとしても傷がないから開くはずなどなかった。
「ふ~んふ~んふふ~ん」
何者かの若干音痴めの鼻歌が聞こえる――いや、考えをしていたからわからなかったのだが……
これは!まずい!!
入られたら間違いなくOUT。
カギは…かけてねぇ!!
俺は全力でドアの鍵を閉めに走った…それはもうメロスも驚きの速さであったと思う。こんなことで仕事がなくなるなんていうのはさすがにつらい物があるわけだし、幼気な少女にこんな体を見せたくはない。
だがそんな事をしようとしていた俺には相反し、ドアが開き、鼻歌が直接聞こえ。
まるで人形のように整った顔をし、美しい金髪をした生まれたままの姿の女の子が現れた。
「ふ~んふ~~~んふん………え……?」
女の子が俺の裸体を直視する。俺も女の子の裸体を直視していた。
それはもちろんドアを閉めようとしていた俺の真正面からであるわけで…。
時間が止まったように見える、アドレナリンがだくだくと音を出しながらも出続ける。
あ、やばい。これからどうしよう。とりあえず次の仕事を何にしようか、このご時世すぐに仕事があるってわけじゃないし当分はアルバイトで食い扶持をつなぐことになるようかな、というかこの状況から見ると俺はもしかしたら最低の場合、警察に御用になることになるであろ――というかいつまでこんなことを考えてられるんだ普通に考えて短期間でこんなに考えられるはずないのに。
「………ブブッ!」
その音で現実に目覚めた。女の子が鼻血を出し、こちらに倒れてくるではないか!
俺は女の子の華奢な体躯を難なく受け止めた。
「ど、どうした?大丈夫か?いや悪いのは鍵をかけてなかった俺なんだが…」
金髪の女の子の美しい顔が真っ赤になりつつも、鼻血が流れ続ける。
そんな顔を見ていると鼻歌しか歌ってなかった女の子の口がようやく開いた。
「えぇ…?なんで騒がないんですか?普通大声出すだのなんだのしますよ!あっ頭に血が上る……!ふぅ…ふぅ…いや、そのなんというかごめんなさい。私のせいです。」
「は?いや俺が悪いに決まってるだろう、こんな嫁入り前のいたいけな少女の姿を汚してしまって本当に悪いと思っている。が、頼むからこのことはだまっててくれないか?俺も仕事を転々としたくはない。」
「………」
女の子の口が空いたままになり、羨望の目をこちらに向けてくる。
「なんと素晴らしい先生なんでしょう!あぁ神様!つきかは幸せです!!転校してそうそうこのような聖父のような人に会えるなんて。」
女の子は俺が真正面から支えているにも関わらず、何も隠す事などせずに祈り始めてしまった。
なんというかすごい子だ。
「ん?君は転校生なのか……。ここは教員専用のシャワー室だから使ってはだめだ」
「あぁ……そうだったのですか、少し皆さんと会う前にシャワーを浴びて身を清めておきたかったのです。」
こんなことを話しているが俺たちは今全裸のまま。ここだけ原始時代にでもタイムスリップしたかのように会話を続ける。
「俺はもう出ていくから。今日だけだがここを使っていいぞ。」
「ありがとうございます!つきかは本当に幸せ者です!なんと素晴らしい人に出会えたのか……」
「あ、念のために言っておくが頼むからこのことは誰にも言わないでくれよ。いや、マジで。」
「むしろそれは私が頼む方なのでは?……フフフ、面白い人です。私からもここでのことは誰にも言わないでくれるとうれしいです。」
俺は女の子の姿をできるだけ見ないようにし、シャワールームから出た。
それにしても転校生がいるなんて――と思ったが、数日前から妹の情報を入手し、気が早っていたのかもしれない。
それなら聞きもらしていたのも案外普通だな。
再度スーツに着替え、職員室へと向かった。
職員室へと入るところで、同期の教員とであう。
「おはよーっす。今日も遅いっすねぇ」
「いや、まぁ今日はできるだけ早く来るようにしたんだがな、思うところがあって」
「いやぁー、先生は今日もカッコイイですなー。それになんというか昨日と比べてガードが緩いというかなんというか。」
ガード???この女は何の話をしているんだ。
今、話している女の名前は六皇アイ。俺と同年代の同期であり、この学園の中では最も中の良い教諭と胸を張って言える女だ。
なんというか近寄りやすいのだ、その話し方からかもしれないが生徒からも人気があり、授業もかなりわかりやすいらしい。
「ネクタイはちゃんと閉めないとダメっすよ。まったくそれくらいわかってると思ってたっすよ。」
アイは俺の首元に手を回し、あえて緩くしめていたネクタイをキッチリと締めた。
そう思うと何かアイは服装がだらしないような気もする。
アイはいつも比較的服装はだらしない部類のはずだが、着ているスーツの中のシャツの緩め具合がその比ではないのだ。
いつもならボタン一つ開ける程度で終っているはずのボタンは、3つ空いている。もうブラジャー見えてるレベルである。
「お前もだらしなさすぎんぞ、生徒に示しがつかねえだろうが。」
アイのボタンをあえて全部占める。
「あざーっす。いやーほんと主夫力高いっすねぇ、まぁ料理できないってのは問題だと思いますけど」
「うるせぇ!焼いて食えば大体食える!!普通だ!!!」
「うわぁ…どこの野生児っすかそれ。まぁそこが先生のいいとこでもありますけどなー。」
アイを後ろに職員室に入ろうとしたその時。
「!!!」
俺の周りの世界がおかしくなった。
いやどう表現すればいいのだろうか、辺りははグレーのままアイが動くこともなく、開けたドアの中の職員室の中にはいつもの職員室ではなく、6畳一間にちゃぶだいがあるのみ。
「いやいやいや…さすがに物事起こりすぎだろ、頭が破裂しそうだ……。」
そんな事を言っていると一瞬光がまぶしさを放ったかと思うと、俺の目の前のちゃぶ台にはかぎりなくリアルなタコの頭にメンズスーツを来た何かがいた。
「!!~~~~~~~」
「は?」
「おっ悪いな翻訳入れるの忘れとったわ。」
これは夢なのだろうか、俺の目の前にはタコの化け物がいて。それが関西弁をしゃべったではないか。
医者にこんなことを話したら間違いなく頭の検査をされるレベルにやばい事がおこっているとはわかる。
タコ人間はちゃぶ台に座るように手を招き、あぐらをかいて座っている。
「おう来い、ほんま探したわ~~自分の事。まさかわいがあのハゲ課長に怒られることになるとは思わんかったわ」
「ちょっと待てタコ、お前は何なんだ?俺のなんだ?妄想か?」
「口わるいのぉ……わしゃおまんの命の恩人ぞ。」
ちょっと待て……関西弁かと思ったらなんか混じり始めたぞ、最近の命の恩人っていうのは別世界に隔離して地方の言葉を講座してくれるほどに親切なのか!?
俺は何か面白くなってきたのでちゃぶ台を挟んでタコ人間の真正面に座る。
「で?お前は何者だ…?」
「あ?おりゃあお前らの言う宇宙人っちゅ~やつや。」
……は?宇宙人?俺の妄想はなんというかすごすぎるんだな。こうもぶっ飛んだタコ宇宙人をってよく見ると顔がエグい。俺の妄想ならちゃんとデフォルメしとけよ。
「なんじゃあその信じとらん顔は……。まぁ信じる信じないはどうでもいいんです。」
「何の用なんだよ…タコ。」
「おみゃあはいい加減タコいうのやめんかい!わしにゃ><`PL*+`LPOK%#っちゅう立派な名前があるんや!」
おい今なんつった。こいつ明らかに人間の言語じゃない言葉喋ったぞ。
「いい加減話すすめてくれ……頭が痛い」
「おう!まぁ最初に詫び入れさせてくれ!すまんっ!!」
タコ宇宙人は勢いよく頭を下げた。タコのくせに妙に礼儀正しい奴だな。
「なんで謝る?俺はお前に何かしたとかされたとか言う記憶ないんだが」
「そうですね…順序良く説明すりゃな、この世界はおたくの世界じゃないんや。」
……まぁ朝からおかしな事だかけだからこんな突拍子のない話だが信じざるを得なくなる。
「んで、まぁお前が死んだときのことおまんは覚えてっか?」
「あぁ……やっぱり死んでたのか。覚えてるぞ、妹に負けて切腹して死んだ。」
「実際は死んでなかったんじゃ、儂も驚いたが……あたいがお前が腸ぶちまけて死んでるところに着くまで普通に生きとった。大体5分ってとこか、人間ってのはすごいのぉ」
タコ星人はタコの触手の部分で腕組みをしながらも感嘆しているように見えた。
「ちょっと待て、何のために俺を助けた?まさか親切心ってわけじゃないだろ?」
「そりゃそうじゃ。その…勝手な事でわるいんだけどね?キミのクローンを完全な肉体で作りたかったからにきまってんじゃん!ばかぁ……」
「は?クローン?なんか突拍子のない話になってきたなぁオイ!」
「てめえの体は現存するこの惑星の人間タイプだといろんな能力値が総合的に俺たちの技術との適合率がトップだったんだ、だからお前。なんでクローン作るかって?この惑星征服するからだぜ……?」
「お前侵略者的な宇宙人だったのかよ!てっきりETタイプの友好的なタイプだと思ってた」
「つってもそちらのクローンを一体作るのにかかる期間はここの惑星の年数単位で2~3年ってことだな……でまぁそのクローンが大体1000体いれば征服できるってコンピューターじゃ計算されてっから……ここの惑星じゃ人間が消滅した後に来ることになるかもな」
宇宙人は笑いながらも話し続ける。
なんというかすごい話だ。ん?ちょっと待てよ…。
「つかそんなすごい技術力があるんならお前らタコ宇宙人のみで楽々侵略できんじゃねえの?」
「そういうわけじゃない。ここの惑星は俺たちが住むには重力がきつすぎて無理なんだ。だから重力緩和して観光地にしようって話やな。ん?なんでワイが平気かって?ワイは特異体質でさらにこのスーツで重力緩和しとるんや。」
「で……ここの世界が俺の世界じゃないとかどうとか言ってたがそれはどうなんだ?まさか別の惑星なのか?」
「あ~~……説明しにくいなぁ。別次元の宇宙の地球っちゅうんが正しいかな?パラレルワールドってやつです。」
「パラレルワールド!」
ようするにかぎりなく似てるが何かが違う地球というわけだ。
なんというか突拍子のない話だが信じてしまう俺がいた。
「パラレルワールドのおまんも監視しとったんだが……お前と同時期におみゃーの妹に挑んで切腹して同じことしとったわ。」
「ん?それは今おれがいるここの世界の俺ってことか?」
「せやな。で、まぁ……貴様とそのパラレルワールドの貴様を助けて宇宙船で手術しとったら……パラレルワールドの貴殿は死んじゃったんやな。ま、わいらがお前らより高等生命体とはいえ、死んだ者は生き返せないんや。で、お前ら顔一緒だからどっちがどっちかわかんなくて別世界に間違えておいちゃったぜ!って話や。長かったが理解できたか?」
「頭がパンクしそうだ。つまり俺とパラレルワールドの俺を間違えて逆の世界においてきてしまったってわけだな?でもそれなら俺は元の世界に帰れるんじゃ?」
タコ星人が急にしょぼくれ、頭を触手で掻く。いや掻くというより撫でるっていうほうが表現的には正しいかもしれんが。
「へへへ……さーせん。お前の元いた世界のほうのパラレルワールドのおまんはもう変死体として処理されてお前の居場所なんてないんや。それに時空間法で警察さんに怒られてまうわ!一応違法だからな間違えたことが」
うわぁ……マジで帰れねえのかよ……この変な世界ですごすのかよ……。
俺は一瞬頭が真っ白になったが別の事を聞くべきだと思いすぐに頭をフル回転させた。
「そういえば……俺の刀は?あったよな?朝起きたらアパートの中に無かったんだが……。」
「悪いのォ……返すわ。観光品として持って帰ろうとしたら上司に怒られてもうたわ。」
そう言うと刀をどこからともなく出し、俺に渡してくる。
「元の世界に返してくれなんて言わないから……一つだけ頼みたいことがある。」
「なんじゃ?」
「俺の右腕の傷はそのままにしていてくれ、もちろん出血したままでいい。」
「てめぇ変わり者だな!気に入ったからそうしてやる。包帯はサービスだ。」
タコ星人が光ったかと思えば、右腕から痛みが現れ、包帯が巻かれているではないか。
どうにもすごいな……タコ。
「ま、そんなもんや!あ、お前死のうとしとったやろ!それはあかんことや。いのちっつうもんは大事にせにゃあかん。だからお前は自殺とかできんようにさせてもろうた。」
「あぁ……ありがとうな。いろいろと」
もうこの暗黒世界から解放してほしいと思う一心であった。
あまりにもたくさんの事が起こりすぎていたのだがどうにも……。
「そんなとこやろ?わいはもうかえっておまんのクローンつくらにゃあかんからな。じゃあの。」
タコ星人は自らの頭(タコの部分)から光を放つと同時に消えた。
そして気づくと目の前には6畳一間の部屋などではなくちゃんとした職員室であった。
そしてしっかりとスーツの下には包帯が巻かれており、片手には日本刀を持っていた。
「どうしたんすか?急に……」
「俺の世界が変わったって言うのはなんかカッコイイ言い回しだな、と思ってな。」
一週間に一回更新を目安に頑張っていきたいです。
まぁ無理かもだけど、一応目標って意味で…。