第五話
一度、野営地に戻ろうということで、ユートたちは森の中を野営地に向けて歩いていた。拘束した盗賊は猿ぐつわをかましロープでぐるぐる巻きにした状態になっている。ユートはとっさの対応のため手を空けておく必要があるため、男子生徒が二人がかりでロープの端をもって盗賊を引きずってもらっている。
「普通は魔法具というのは込められた術式が発動するまで触れていないとダメなんだが、遅延発動術式というものがあってこれを一緒に魔法具に組み込むと、魔力を流して発動状態までもっていった魔法具の術式を一定時間抑制することができる。だからさっきのメダルは手を離す前に術式自体は発動していたわけだが、遅延発動術式の効果が切れるまでは光を放つという効果が抑制されていて、遅延発動術式の効果が切れた後にようやく光ったわけだ」
リシュがユートの左袖を軽く掴み、無表情にユートの顔を見上げながら隣を歩いている。右袖の方はリシアが対抗するように掴んで並んで歩いているので男子生徒二人がわざわざ盗賊を引きずってユートの手を空けたのは無駄になっている。ちなみにリシアの方は魔法具の術式講義にはあまり興味がないようだ。
「そんなの聞いたことない」
リシュがユートを見つめたまま言ってくる。リシュの方は魔法具の知識にかなりの関心があるようで、説明をしている間ずっとユートを見つめたまま視線が外れることがなく、ユートは居心地悪く感じている。
「まああまり使い道のない術式だからね。普段手にとる魔法具には組み込む必要のないものだし。ただ学院という学ぶ場であればそういうものがある程度に教えておくくらいはしてもいいとは思うんだが、どうなんですかセラさん?」
ユートは学院の授業方針などはまったく知らないため、学院の教師であるセラに問いかける。
「学院で学べる期間は限られていますから、実用的な知識が優先されていて廃れた技術についてはあまり教えていないのよ」
セラは若干きまり悪そうにユートの問いかけに答える。
「あれはあれで使いこなせれば色々と面白い術式なんだけどね。主にいたずら方面で効果を発揮して……」
ユートがセラにどうでもいい遅延発動術式の使い道について披露しようとしたところで左袖を引かれた。
「腕輪の方は? 術式の発動がものすごく早かった」
リシュはユートがセラとの話を続けようとするのを気にせず、自分の聞きたいことを質問してくる。
「この子は魔工技師志望なので、知らない魔法具の知識のことになると夢中になってしまって」
セラがリシュの態度を擁護してくる。ユートはそれに苦笑しながらリシュの質問に答える。
「一応、戦闘用に作製した魔法具だからこの程度の術式発動速度はないとね。だけど魔法具の術式の発動速度とかは魔工技師それぞれの研鑽の結果だから、こっちは秘密だ」
ユートは意地悪そうに教えられないと告げる。それを聞いてリシュは考え込んだ後、しばらくしてとんでもないことを言い出した。
「……わかった。ユートに弟子入りする。これからよろしく師匠」
「いったいどういう思考を辿ってそんな結論が出たんだ。あいにく弟子は募集していないんで他をあたってくれ」
ユートはリシュの言葉を聞いて脱力したようにそう答える。
「住み込みでお世話もする」
その言葉を聞いてリシアが反応する。
「リ、リシュちゃん。ユートさんのお世話はわたしがしているから間に合っているんです!」
「お世話は弟子がやること。リシアはもうやらなくていい」
「ちょっとリシュちゃん!」
ユートはどちらにも世話になる必要はないのだがと思いながら、助けを求めてセラの方を見る。セラはいつの間にかユートから微妙に距離をとっていて視線を合わせようとしない。
「あなたの妹さんの暴走を止めて欲しいんだが」
ユートはじと目でセラに声をかける。
「学院では生徒の自主性を重んじているので、頭ごなしに否定するのは……」
そう言いながら笑いをこらえているのか、セラの肩が微妙に震えている。ユートは何か言い返そうとしたが遠目にこちらに向かってくる人影を捉えた。
「二人ともちょっと下がっていてくれ」
ユートは二人が掴んでいる袖から手を離させ後ろに下がらせる。
「ユートさん、なにか?」
セラが怪訝そうに聞いてくる。
「まだ少しあるが前方から盗賊がこちらに向かってきている。数は二人ほど。生徒らしき子供を一人ずつ抱えているところを見ると誘拐された班がいるみたいだな。人を抱えてこの速さで走っているところを見ると身体強化薬を服用しているのか」
それを聞いてセラが顔色を変える。
「どうにか捕まっている生徒を助けられませんかユートさん」
「まあ何とかやってみますかね」
ユートは面倒くさそうに返事をした。
盗賊たちは顔が判別可能な距離まで近づくと立ち止まった。それぞれ生徒を小脇に抱え、片手に剣を構えて様子を伺っている。
「ここは通行止めだ。通りたければ生徒を置いていきな」
ユートはメイスを右手に持ち盗賊たちに突きつけながらそう告げる。盗賊たちは目配せをし合うと生徒を地面に置き、時間差をつけながら二人同時にユートに襲い掛かる。
「問答無用かい」
盗賊たちは身体強化にまかせて押し切ろうとしていた。ユートの左側面から体ごとぶつかるように盗賊の一人が切りつけてくるが、ユートは身体強化による攻撃に耐えられるよう腕輪の障壁の出力を上げて防御する。盗賊は障壁を抜くことができず全力の攻撃を防がれ、体勢を崩す。そこに右側面からもう一人の盗賊が襲い掛かる。ユートは右手のメイスに魔力を流しながら、盗賊が切りつけてくる剣を迎撃するために叩きつける。普通なら身体強化された攻撃を強化もしていない腕一本で受けることなど出来ないのだが、魔力の流されたメイスは盗賊の剣と激突し叩き折っていた。ユートは、剣を叩き折られた驚愕で一瞬立ち止まった盗賊の側頭部にメイスの軌道を変えずそのまま一直線に攻撃を続ける。メイスが盗賊の頭部を捉えると同時、盗賊の頭は砕け散り、首無し死体が大量の血を噴出しながら地面に倒れこむ。メイスは盗賊の頭部を砕いた後も勢いがつき過ぎたのかユートが握る手を離れてあらぬ方向へ飛んでいった。
「うわ、威力を追求しすぎてとんだ欠陥品になってやがるな」
仲間を殺されたのを見たもう一人の盗賊はユートから距離をとり、逃走を始めた。
「攻撃をしかけておいてただで逃げようとは都合が良すぎる、ってね」
ユートは腕輪の風槌の術式を威力を最大にまで設定し、避けられないよう広範囲にして、逃げる盗賊に向け狙いも荒く発動する。そのままユートは風槌が盗賊に命中したかを確認する前に、意識領域下で炎槍の魔法の呪紋構築に入る。
「ぐぅ……」
風槌は逃げる盗賊を掠めた威力で地面に引き倒していた。地面に倒れた盗賊はユートの方を見た途端、地面に倒れたまま起き上がりもせず急いで障壁の呪紋構築を始める。ユートの体から呪紋構築時に漏れる魔力光により、攻撃魔法を準備していることに気づかれたためだ。
「くらえ」
ユートの呪紋構築が終わり炎槍の魔法が発動する。ユートが盗賊に向けた掌の前方がわずかに赤く光り、四条の炎でできた槍が盗賊へと射出される。しかし盗賊に炎槍が命中する寸前、盗賊の方の障壁が間に合ったようで防がれる。その隙に盗賊は身体強化を限界まで引き上げてその場を離れていった。
「ありゃ逃げられたか、なかなかやるな」
ユートは、とりあえず生徒は救出したし逃げられたことはどうでもいいか、と攫われかけていた生徒たちの様子を確認しに近づいていった。




