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異世界日和  作者: 九音
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第一話

「もう朝ですよ、いいかげん起きてくださいよ!」


 少女がベッドで布団に頭まで被って丸まっているものを一生懸命に揺すっている。

 少女の年齢は十四、五歳くらいだろうか。ほっそりとした体つきに金色の髪は肩で切り揃えられ、青いブレザーとスカートに身を包んだ姿は、大人しくしていれば綺麗な人形のようにも見える。ただ、元気いっぱいに布団の中身をこれでもかと揺すっている場面を見るとそんな印象とは中身はかけ離れているのかもしれない。


「おおう、世界が揺れる、わざわざ起こさんでいい、というか何故起こしにくる? 朝の布団の中はぬくぬくの聖域で侵してはならんということを知らんのか」


 布団の中から不機嫌そうで眠たげな男の声が聞こえてくる。


「そんなことは知りません。学院の制服が冬服に変わったのでわざわざ見せに来たんですから、褒めてください」


 得意気な少女の声に男は布団から顔も出さず、なげやりに返事をする。


「はいはい、リシアちゃんはカワイイ、ということでさっさと学院に登校しなさい」


 男の返事にリシアは不満いっぱいなようで、碧い瞳をジト目に変えて布団を睨んでいる。


「学院から帰った頃に起こしに来てくれれば、きっと起きられるから……たぶん」


「もうユートさんはいつまで寝ているつもりなんですか!」


「寝る子は育つというだろう?」


「そんなに寝たら育つどころか腐ります。そもそも子供なんていう年じゃないでしょう」


「うむ、たしか今年で三十八だったか」


「そんなわけないでしょう! まったくユートさんは嘘ばっかりついて……」


「ああほらリシアちゃんや、そろそろ行かないとほんとに遅刻するよ?」


「もうこんな時間! せっかく早起きして寄ったのに今度埋め合わせしてくださいね!」


 リシアが慌しく部屋から出て行きようやく静かになった。そのまましばらくしてから布団の中からごそごそとユートが這い出してくる。年は二十歳前後だろうか、ぼさぼさの黒髪に黒い目、よれた寝巻き姿はものすごくだらしない。


「なんか目が冴えてしまって眠れん。しょうがない起きるか」


 そうぼやくとのそのそと着替えをし、身なりを整えはじめた。






 赤い派手なコートを着て、口にタバコをくわえながらユートは寒そうに街の通りを歩いている。両手首には銀色の腕輪、首には細いチェーンのペンダント、コートにはバッジがいくつかといった感じで装飾品の類もいくつか見える。


「さむっ、空腹に負けて家から出てきたはいいが寒すぎるぞまったく」


 コートにあるバッジのひとつに手を伸ばし魔力を流す。そうすると握ったバッジの中央に嵌っている小さな宝石のようなものが一瞬微かに光り、ユートが自分の手でコートを魔道具として改造して付加した機能が起動し、コートの内側が温かくなっていく。

 口からタバコの煙を吐き出しながら、朝食を求めていつもの宿屋兼料理屋を目指してのんびりと歩く。コートの中が温かくなって周りを見る余裕が出来たためか、道すがら新しい店や屋台が出来てないか、また何か興味を引くものはないか眺めながら歩を進めていく。まだ早朝のためか人通りも少なく、開いている店もあまりないため特に興味を引かれるものはなかった。

 そうして歩いて行くとタバコを吸い終わる頃にようやく目当ての宿屋兼料理屋が見えてきた。タバコの吸殻を片手に持ち、少し強めの着火の魔法を発動しながら放り投げ、灰にして通りに捨てた後に宿屋兼料理屋に入っていく。

 店の中では、宿の泊まり客らしき者がちらほらと朝食を摂っていた。これからギルドの仕事を請けに行くために早朝から起き出して食事をしているのだろう。空いているテーブルを探してイスに座る。


「いらっしゃい、ユートさん。今日は何にします?」


 この店のおかみさんが、品書きを持ってユートの居るテーブルに注文を聞きにきた。年は三十くらいだろうか、背中まである明るい茶色の長い髪を首筋あたりで飾りヒモでまとめ、淡い緑のワンピースにエプロンを付けた優しげな雰囲気のある女性だ。ちなみに胸の方を見ると結構なものが拝める。


「おはようございます、サラさん。今日は愛情がたっぷりとこもったサラさんの手料理をひとつお願いします」


 ユートはサラの手を両手で包み込み注文を述べた。


「あらあら、いけませんわユートさん。主人が見ていますのに」


 おっとりとした口調のためあまり困ったようには感じられないが、やんわりと手をほどかれてしまう。


「草葉の陰で見ているご主人もきっと、あなたに新しい幸せを見つけてほしいと……」


 全部を言い切る前に店のカウンターの中から果物ナイフが飛んできた。ユートは左手の腕輪に魔力を流し障壁を発生させ、飛んできたナイフを弾く。


「今いいところなんですから邪魔しないでください、亡きご主人」


 カウンターの中からは凶悪な人相をした体格のいいオヤジがユートを睨みつけている。


「勝手に人を殺すな。いま殺意のたっぷり篭った朝メシを作ってやるから、大人しく待ってやがれ」


「やれやれ、これだから空気の読めないヒゲ筋肉だるまなご老体はダメなんだ」


 仕方がないものを見るような眼差しを店主に向けて、ユートは嘆息している。


「誰が老いぼれだ、まだ五十にもなっておらんわ。いつもいつもテメエは、いいからさっさとメシ食ったらアーレンの旦那のとこに顔出しな。仕事だとよ」


「……仕事ならたしか先々月くらいにしたじゃないか? ボケたか?」


 ユートは不思議そうに店主のオヤジにそう告げる。


「仕事というのは本来は毎日、地道にこつこつとするものなんだよ! このヒキコモリが、いいからこれ食ったらとっとと行きな」


 店主は、食事の乗ったトレイをユートのテーブルに置きながら、呆れたようにそう告げる。


「はいはい、まったく人相は凶悪なのに作るメシは旨いんだから何か間違ってるよな」


 とりあえず、まずは腹ごしらえだとユートは朝から少しボリュームのある朝食にとりかかった。






 朝食後、ユートは腹ごなしに散々寄り道をしてから富裕層の屋敷が集まるこの地区へと足を運んだ。これから訪ねる予定のアーレンは、ツェーン国内でも有数の大商人と呼ばれる者の一人であり、ここ交易都市フェルバに拠点の一つを構えている。

 アーレンとは一年くらい前にちょっとしたことで知り合い、以後この都市フェルバの職人通りの中でも不便な立地にあるということで遊ばせていた店舗兼工房の一つをタダ同然で借りて住み着いている。

 そして今回のようにたまにアーレンからの依頼を受けては小遣いを稼いで生活をしているのである。

 目的の屋敷に到着し、執事に応接間へと通される。程なくして金髪に碧眼、若々しい容貌の男がやってきた。年は三十前半くらい、白いシャツに紺色のズボンと自宅に居るためか少しゆったりとした服装である。


「わざわざ呼び付けてすまないね、忙しくてなかなか仕事以外で顔を会わせる機会も少なくて申し訳ない」


「かわりに娘のリシアちゃんがちょくちょく安眠を妨害しに来ていますよ。今朝も襲撃されましたし」


 困ったもんだという意思と親なんだからもう少し娘の行動を抑えろといった意味を態度に込めてユートは告げた。


「私も妻も忙しくて最近はなかなか構ってやれず寂しい思いをさせているのでね、君が相手をしてくれているのなら私としても安心だ」


「なんでそこで嬉しそうに返すのかわからねぇ」


「なに、それだけ君を信用している、ということだよ」


 アーレンは裏のない笑顔を浮かべている。


「はいはい、それで依頼っていうのは?」


 相手していられないとばかりにユートが話を進めると、アーレンは真剣な表情をし、依頼についての話を始める。


「実はリシアの通う学院の野外実習に合わせて、誘拐専門の盗賊団が動くとの情報を掴んだんだ。あの学院にはそれなりに身分が高い家柄の子息や我々商人等、誘拐すれば金を絞り取れそうなところの子供が多数通っているのでね」


「その分、学院の警備も厳重なはずだろう? そのこと学院には?」


「もちろん既に伝え済みだとも。野外実習当日は信用の置ける探索者を数チーム雇い入れて警備を強化するとも言っていた」


「それなら何の問題もないだろうに」


「万が一があっては困るからね。君には陰ながらリシアの護衛をお願いしたいのだよ」


 ユートはこの親バカが、というような目でアーレンを見る。


「そんな目で見ないでくれたまえ。どうか引き受けてもらえないだろうか」


 この国有数の大商人のはずなのに、愛娘のこととなると途端にこの有り様にユートは情けなくなってきた。


「はあ、仕方ない。引き受けてやるから大商人様がペコペコと頭を下げるな。もちろん依頼料はいつもより多めでな」


 面倒くさいと思いながらも、結局はアーレンの依頼を引き受けてしまうユートであった。


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