第十八話 栃木戦(Ⅱ)
――6月30日夜(二時間後)・WAP極東本部・作戦司令室――
「戦術エリアE-55-11で支援砲撃要請! 該当エリア担当は?」
「第228戦術砲兵連隊が空いています! 支援させます!」
「エリアT89‐81でバリウス120機を新たにキャッチ! 飛行大隊を迎撃に向かわせろ! それと地上の対空砲部隊もだ!」
「HQより第三飛行大隊“ダガーリーダー”へ。T89ー81でバリウス120確認! ただちに迎撃に迎え! オーヴァー」
「HQより第二対空特化連隊! ダガー大隊と共にT89-81のバリウスを片付けろ。オーヴァー」
「真岡市付近のSERF掃討完了。第五歩兵大隊他二個戦車連隊が移動開始!」
「壬生市付近、第七混成大隊が抑えました! 大隊は宇都宮市に向けて進軍開始!」
極東本部の地下11階、作戦司令室ではオペレーターの指示と報告、機器の操作音で埋め尽くされていた。
その中心に、三人の人間が立っていた。
「横浜基地から、人員と兵器の補充あって幸いでしたね。送ってくれる前なら、こうも上手くは行かなかったでしょう」
そう言うのは、極東本部第一師団の師団長を務める、河東将志大佐だ。
極東本部に属する全ての歩兵の指揮権を持っている。
20年以上の実戦経験を持つ現場叩き上げの46歳。
“将兵の命を預かる指揮官こそ最前線に立つべし”という考えを掲げる猛者だが、基本的に周囲に止められている。
その意思と、接しやすいと言われる性格から部下達からはかなり慕われている。
「そうですね。各戦線の推移は非常に順調です。このままいけば、あと二時間もすれば制圧が認められるでしょうね」
河東大佐の言葉を受けて言うのは、赤城政美少将。
ここ極東本部の基地副司令官を務めている。
37歳と、少将にしては若いがその指揮能力は折り紙つきで、基地司令も全幅の信頼を寄せている。
「“このまま行けば”だろう? どうも上手く行き過ぎている気がする……、杞憂だといいのだが」
不安げに、戦術マップを見つめながら唸るのは、極東本部の基地司令官、高峰雄二中将。
極東方面軍全軍を統べる、高位の司令官だ。
エルヴォリオン討伐戦の一つ、カザフスタン紛争で活躍したかつての英雄。
その時に負った右頬の傷がより凄みを見せる。
「自分も同感です。ここにきて、急に敵が脆くなったような感覚があります。……考えられるのは、モールによる奇襲ぐらいでしょうか」
高峰司令の言葉を受けて、安斉謙介中佐が自分の考えを述べる。
作戦決定において高級指揮官の補佐をする参謀本部。それの長官である。
実戦経験は無いが、高等参謀学校で主席の成績を収めた優秀な人材で、高峰司令とは知り合いだった。
四角い眼鏡を掛けている事も相まって、真面目を絵に現したような姿をしている。
「モールによる奇襲があるとするなら、第五歩兵大隊と、第七混成大隊の隙間が危ねえな。ここに部隊は居るのか? 田代」
河東大佐が田代と呼ばれた男性オペレーターに尋ねる。
「はっ! ここは現在、第66大隊の生き残りが部隊を再編成しつつ、流入してくる少数の敵の迎撃に当たっています」
「第66大隊……、第二防衛線の生き残りか。もう戦力は殆ど残ってないだろう。それに、ここを抜かれたら、最終防衛線圏内の侵入は避けられませんね」
赤城少将が戦術マップを見る。
今は既に最終防衛線の直前で戦っているようなものだ。
これ以上の突破は許されない。
「北西、鹿沼戦線、2600機。中央、壬生戦線、3200機。東、真岡戦線、3000機。か……。確かに壬生と真岡の間に入られるのが一番不味い。鹿沼付近なら余力はあるだろう。そうだな河東大佐」
高峰司令が付近の状況を整理しつつ、河東大佐に尋ねる。
「はい。鹿沼の第五大隊であれば可能かと。それと――」
と大佐が言いかけた時、
――突如室内に、警報が鳴り響いた。
「どうした。春崎君、報告を」
高峰司令は慌てずに、短く状況を以上をキャッチした女性オペレーターに問う。
「地下掘削振動《VUE》を観測しました! ですが、これはッ!」
春崎の声からただならぬものを感じ、赤城少将は観測レーダーを覗きこむ。
「これは……!! 振動域が通常の倍……? いや、三倍はある」
赤城少将の声に、司令部は騒然となった。
「なんだとッ!? 佐倉、データベース照合! 正式観測以外のデータも照らし合わせろ! 春崎、予測進路と出現予測地点を割り出せ!」
高峰司令が怒鳴るように二人のオペレーターに指示を出す。
「照合中……、該当0件! 完全な未確認現象です!!」
佐倉と言う男性オペレーターが座ったまま司令の方を振り返り言う。
「新型のモールか? このタイミングでなんという……。以後の情報を、全WAPで共有! 北米総司令部へ、新型情報を緊急送信!」
「了解!」
オペレーターの一人が返事をする。
「出ましたッ! 出現予測地点――栃木県日光市、戦術エリアS16です!!」
春崎は的確な操作でスムーズに位置を割り出した。
日光市……、現在戦闘中の区域から北へ30km程進んだ地域だ。
「幸い、最終防衛線から距離はあるか……。横根山のお陰で、西から迂回される可能性も低いだろう」
河東大佐が一瞬の安堵を覚えたが、
「いえ、大佐。この位置はまずいです。鹿沼戦線の第五大隊に敵戦力が一手に集中してしまいます」
安斉中佐が冷静に分析しつつ、焦りを感じていた。
「群馬県前橋市で戦闘中の霞ヶ浦基地第三混成師団に助力して貰う。白石中尉、向こうの基地に戦域情報の共有と通信を!」
「はっ!」
高峰司令がオペレーターの白石に指示を出した。
「田代中尉! 全部隊に出現予測地点と時刻を伝えろ!」
「了解!!」
「高峰司令! 第三師団から通信! 流します!」
《こちらは第三師団の牧野大佐だ。悪いがこちらも余裕がある状況ではない。最終防衛線が破られて困るのはどちらも同じだ》
第三師団長から来た返事は渋いものだった。
「牧野さん、だからこそ少し戦力を貸してほしいんですよ。ありゃ新型だ。中から何が出てくるか分かったもんじゃないですよ」
牧野大佐は、河東大佐とは面識を持っていた。
《分かってるからそう怒るなよ、河東。と言っても、こっちも用意出来そうなのは一個戦車連隊ぐらいだ》
「すみません、それでも助かりますよ」
助力の戦闘部隊は何とか用意することが出来た。
「向こうも楽な状況ではない、ですか……司令、どうします?」
安斎中佐は高峰司令の顔を覗くが、
「壬生戦線の第七大隊と、第三師団の戦車連隊を日光市へ。付近に居る第六大隊、第四陸上支援大隊で宇都宮市の敵を食い止めつつ壬生市に防衛線を構築。第七大隊と戦車連隊は防衛線構築までの敵の足止め。防衛線構築後、両部隊を壬生防衛線まで下げ、左翼の第五大隊、右翼の第三大隊で包囲・殲滅する!」
そう迅速かつ的確な指示を出す高峰司令の頭の中では、既に予想済みの展開だったらしい。
――ほぼ同時刻・日光市市街地・第七混成大隊・第三陸戦歩兵中隊・デルタ6――
「ふ~……」
石田軍曹が、タバコに火をつけ一服する。
俺達はあの後、新型モール出現の警報と緊急指示を受け、日光市へと移動していた。
ちなみに、この輸送車には俺達デルタ6しか乗って居ない。
定員は12人なのでこれ以上乗る事は出来ないのだ。
「こんなとこまでお構いなしに侵攻か……。ったく、防衛線なんてあって無きようなもんじゃないかよ」
俺は思わず、そんなことに愚痴をこぼしてしまう。
「そうね、地下からの侵攻は二年前から分かってたのに、地下じゃ対策の立てようも無いってことなのかな?」
春奈がため息をつきながら言った。
「何言ってんだよ春奈、今振動を検知出来たのだって、2年間の技術進歩だろ? それが無かったら、こうやって移動することだってなかったんじゃないかな?」
勇希がそう春奈に説明した。
「勇希、たまには正論言うじゃねーか。まあ実際そうなんだけどよ、はあぁ~」
勇希の言ってることが正しくとも、こうあっという間に内陸に侵攻されてはため息も出るだろうよ……。
「まあ、俺たちが頑張って、時間稼ぐしか無いってことッスよね、佐川先輩」
涼は空元気で、勇希に言った。
「そういう事。幸いこの装備はかなり有効だ。兵器だって戦術だって以前とは比べるまでも無く進化している。俺達は勝つさ、この戦争にな」
涼ではなく錦辺がタバコを吹かしながら答えた。
「そうだな。俺達は――」
俺がそう言いかけた瞬間、地震のような激しい震動が辺りを襲い、六輪もあるこの装甲輸送車が横転した。
横転した後、地震のような激しい揺れは収まっていたが、揺れで建物が崩れたのか衝撃が少しの間伝わっていた。
「ッ……なんなんだまったく!」
俺は座っていたイスに頭を打ち付けた。
くそ……暗くてどうなったのかよく分らん!
「モールが出たんだ!! 急げ!! 戦闘準備だ!!」
石田軍曹の怒鳴り声が狭い輸送車内で響く。
俺はヘルメットをかぶる。
自動で暗視モードに変わり、見やすくなった車内から脱出しすぐに銃を構えた。
目の前の景色は、酷い有様だった。
元々SERF侵攻でボロボロだった市街地は、更に今の揺れでほぼ全ての建物が潰れてしまっていた。
更にその向こうには、今までのモールとは桁違いの大きさの新型モールがそびえ立っていた。
ここから約五キロ、大きさにして地上から約300m、直径は250mぐらいか……。
東京タワーと肩を並べそうな大きさだった。
《こちらHQ!! 日光市にモール出現! 繰り返す、モール出現!!》
備え付けの無線が空しく聞こえる。
もう少し早く言ってくれ。
「まだ敵は出ていないか……。小隊、モールに警戒しつつ待機」
言いながら、石田軍曹は無線を送った。
《デルタ6よりスネークアイ。モールに現在動きは見られない。状況は? オーヴァー》
《こちらスネークアイ。待機していろ。変化があり次第大隊の指示に従え、オーヴァー》
通信が終わった。
結局待ってるだけか……。
「予想より随分早かったね。僕達はどうすればいいんですかね」
風間が場違いに呑気な声で言う。
「騒がないで、間もなく指示が来ますよ」
それを渡隊長が落ち着いた声で制す。
敵はまだ出て来ていない……。
もしや、これは単なる輸送機ではないのか?
そう思った瞬間、モール上部のハッチが開いた。
《第七大隊指揮官よりHQ!! ハッチが開いた! 中から何か出てくるぞ!?》
須賀少佐が、HQに状況を報告していた。
今までのモールは、接地しているハッチが開いていたが、上が開いたという事例は無かった!
やっぱでかいだけじゃなく何かが違う!!
《こちらHQ、そのまま報告を続けろ!》
中から出てきたもの、それは――
《HQ!! ヴェクトルだ! ヴェクトルが出て来やがったぁッ!! 数は二隻、いやまだ出てくる!! 下からスパイダーもだ!》
――ヴェクトル。
それはスパイダーをほぼ無尽蔵に放出する輸送空母で、同時に通常兵器はおろか核すらも無効化する不可視防壁を搭載している。
そして、それを無効化できる湾曲フィールド反応中和弾は、最前線の青森にしか、配備されていない。
《HQより第七混成大隊、及び第96戦車連隊へ! 前進してスパイダーを撃破せよ!!》
現状それしか手は無い!!
ヴェクトルはスパイダーを排出する際、陸上に着陸してハッチを開ける。
そうしている間はヴェクトルの進行を止める事が出来るのだ。
そして、ヴェクトルは付近のスパイダーの数が一定以下になると補充を始めるという習性のようなものがある。
それを利用して足止めするのは、対ヴェクトル戦術の基本と言えば基本だった。
青森から反応弾を積んだ部隊が来るまでの間……、俺達は死ぬ気でスパイダーを撃破しなければいけなかった。
◆人物紹介◆
名前:草薙春奈
性別:女
年齢:25歳
階級:一等兵
所属:第七混成大隊・第三陸戦歩兵中隊・第六突撃小隊・第四分隊
兵種:強襲兵(主武装:突撃銃、榴弾砲)
容姿:首まで伸ばしたセミロングで、毛先が外側に撥ねている。和真曰く「見た目なら上級」。胸はそこそこ。
一人称:私
三人称:あんた。
趣味:ツーリング、ギター
詳細:活発な性格の女性で、少々暴力的で毒舌な部分も。
和真や勇希につっこむ用の丸めた雑誌を常備している。
だが基本的には考えてから行動するので、直感で行動する和真を馬鹿呼ばわりする。
なので、暴走しがちな和真や分隊のメンバーを抑えるブレーキ役的な面も。
一方で、大規模な面制圧などとにかく派手な爆発や攻撃を見て楽しむ変わった所もある。
戦闘では小隊の中衛を担い、主に和真&勇希のバックアップか、風間とコンビを組んで戦っている。
能力的には普通だが、強いて言うならば身体能力は高い方。