第十七話 栃木戦(Ⅰ)
――6月30日夜・栃木県下都賀郡壬生IC付近・第七混成大隊・第三陸戦歩兵中隊・第6突撃小隊“デルタ6”――
俺達はヘリから降りた後、すぐに戦闘中の小隊に合流し、砲撃型対策の強固なバリケードに身を隠す。
壬生ICは酷い有様だった。
実際に以前のインターチェンジを見たわけではないが、高速道路の高架は完全に寸断され、道路上に放置されていた車やトラックがそこらじゅうに落ちている。
俺達はそのわきの高架の左下に集結していた。
付近に展開しているのはデルタ5一個小隊だ。
後はそれぞれ北関東自動車道沿いに展開している。
ここを防衛線として北部からの進撃を防いでいたらしい。
周囲には八輪装甲輸送車が両脇に2両と、多数の武器弾薬を纏めた補給物資があり、打ち上げられた照明弾や攻撃で燃え上がる車両がそれを照らしていた。
ストライカーは車載機関銃で援護射撃を行っている。
《こちらデルタリーダー、各小隊、ピューマ中隊を援護しろ!》
《《了解!》》
柴田中尉の命令に、デルタ中隊の全小隊長が声をそろえた。
ピューマ中隊とは、霞ヶ浦基地所属の第223陸戦歩兵中隊の事だ。
今も高架下に展開し、必死に応戦している。
対して、SERF群は臨時防衛線の100m手前程で抑えられては居るが、数は数えるのも嫌なぐらいに確認できる。
特に近接型はジャンプしながら接近してくるので、狙い撃ちするのに必死でいつ突破されてもおかしくは無い状況だった。
『行くぞ、攻撃開始! 撃て撃てッ!』
俺は石田軍曹の号令を聞き、突撃銃を構えて照準を一機のスパイダーに合わせ、引き金を引く!
「このッ!!」
突撃銃の銃弾は、迫りくるスパイダーの装甲をいとも簡単に撃ち破り、その一機を撃破する。
『おおお、すげぇよ! ホントに効いてるよ和真!』
隣で勇希が、びっくりしたような顔をしていた。
『仮想演習所で何度もやったけど、私たちが実戦で使うのは初めてだしね!』
春奈は突撃銃を撃ち続けながら言う。
『ピューマ13よりデルタ6へ! 援軍、感謝する! 危うく飲み込まれる所だったぜ!』
ここを防衛していた小隊から通信が入った。
『こちらデルタ6、正面はピューマ13、右翼はデルタ5に任せる。我々は左翼を抑える!』
石田軍曹が無線する。
『ピューマ13了解! 形勢逆転と行こうぜ!』
『デルタ5、了解!』
スパイダー群は若干左に偏りつつある。
一番酷いところを取りやがったな軍曹……。
『着いてこい! あの高架下の柱を目指せ!』
石田軍曹に続き10人が、高架下へと集結する。
高架はちょうど柱の先が崩れていて、その崩れた道路の上にスパイダーが集まっていた。
辿り着いたらすぐに射撃を開始。
近接型は射撃能力が無いが、弾幕を張って居ないとあっという間に飲み込まれる。
『にしても酷い数だな! こいつぁ骨が折れそうだ!』
錦辺から小隊系回線で通信が入る。
同じ小隊内で会話をするときはこの回線を使う。
俺と勇希は同じ瓦礫に身を隠し、砲撃型の砲撃から身を守りながら射撃する。
まずは戦線の確保が重要だ。
『文句言うなよ錦辺のオッサン! 射撃が下手糞なアンタの為に大挙して出てきてくれたんだ!』
そういう浦田は、向こうの瓦礫で照準合わせ中の砲撃型だけを狙撃していた。
お陰で味方の被害は少ない。
『抜かせ小僧が! 年季の違いってやつを見せてやるよ!』
『それは良かった。私も安心ですね。……石田ッ! 砲撃型が接近中です! 注意を!』
渡伍長が石田軍曹に警告した。
二時の方向、砲撃型六機!
だが俺達は正面の敵を抑えるので精いっぱいだ!
『了解! 浦田、若田!』
石田軍曹は二人の狙撃兵に声をかけ、
『了解! 外すなよ若田ッ!』
『分かってます! このッ!!』
二人の狙撃銃の斉射でなんとか撃破する。
『よし、デルタ5、6はだいぶ押しているな。そちらはどうだ、ピューマ13』
石田軍曹がピューマ13に無線を送る。
これは小隊指定回線で、通信したい小隊だけと話す事が出来る。
『こちらピューマ13! 砲撃型が多く被害が拡大している! とても押し返せる状況じゃない!』
『了解! デルタ5、6! 突撃して左右から突出部を囲め! 敵の陣形を利用するんだ!』
なるほどな!
今は正面だけが突出した戦線になっている。
それを左右から包囲し、一気に殲滅しようという作戦か!
『小隊前進! 走りながら撃てッ!!』
石田軍曹の声と同時に瓦礫を飛び出し、崩れた道路に飛び乗った。
「よぉし! 勇希、村山! 先頭は俺らだ!」
突撃兵である村山と、相棒勇希が俺と前に出て突撃銃を放つ。
右から接近中の四機を鉄くずに変える。
『榴弾砲を持ってる者は斉射! 突破口を作れ!』
渡伍長の声が聞こえた。
5人の榴弾砲が一斉に火を噴き、前方で道をふさいでいた一団が見事に吹っ飛んだ。
『突撃だ! 行くぞ!』
俺達は武器を散弾砲に持ちかえて再び走り出した。
二時の方向に砲撃型多数。
砲撃型は装甲が厚く、散弾砲の近距離射撃の方が効率よく撃破出来るからだ。
『和真! 左!』
「了解!」
勇希のアシストを聞き、先に左から来るスパイダーの斬撃を身を引いてかわす。
同時に引き金を引くと、黒い本体がバラバラに吹き飛んだ。
その背後に四機。
続けて引き金を引いて、二機を同時撃破。
『和真早く!! 砲撃型、新たに三機! 潰しきれない!』
村山の声に返事をする前に、HMDに《被弾警報》と文字が映った。
「砲撃型か! くそっ!!」
急いでその場から後退する。
『うわっ、やば!』
村山がスパイダーに行く手を阻まれていた。
「村山伏せてろ!!」
走りながら突撃銃に持ちかえ、手前の三機を怯ませる。
『ありがと黒崎君!』
返事を返す前に、レーザー砲弾が空から降ってきた。
目の前の道路のアスファルトが砕け散り、乗り捨てられた車に直撃し、辺りに爆炎が広がった。
俺達三人は別の廃車に身を隠し、爆炎から身を守った。
最も、この装甲服はそんな爆発じゃ大した損傷はしないが、喰らわないに越したことは無い。
『黒崎ぃ、生きてるか~』
浦田の気の抜けた声が聞こえた。
「お前より先には死なねぇよ」
言いながら突撃銃の弾倉を交換し、再び構えて走りながら撃つ。
「勇希、村山! 二時の方向、近接型七機! やるぞ!」
『『了解!』』
二人が同時に返事をし、盾にしていた車から飛び出す
『この野郎ッ!!』
勇希が前に出て、榴弾砲を二連射。
三機が吹っ飛ぶ。
「喰らえッ!」
『はッ!』
間髪いれず突撃し、散弾砲の連射で三機を撃破する。
『いいぞ黒崎、その調子だ!』
石田軍曹の声だ。
レーダーを見ると、デルタ5がすぐそこまで来ていた。
ここまでくれば!
『黒崎君! 上二機! 飛んでくる! このっ!』
村山の声と共に、射撃音が聞こえた。
俺は咄嗟に突撃銃を上に向けるが、間に合わない!
「ちっ!」
斬撃が迫る。
俺は咄嗟に突撃銃を投げ捨て、左腕の軍用ダガーを抜き、それで斬撃を受け止めた。
「勇――」
『当たれッ!!』
――希、と言う前に、突撃銃の援護射撃で近接型はスクラップと化した。
『よかったぁ……間にあったぁ……』
情けないため息が聞こえて来た。
「ナイスだぜ勇希、助かった。村山もな、言われなきゃ防げなかったかもな」
投げ捨てた突撃銃を拾いながら言った。
『これで、さっきの貸しはチャラね。すぐ返せてよかった!』
くそっ、現金なやつめ。
『デルタ6よりピューマ13! 包囲網完成だ! 一気に殲滅するぞ!』
そう言っている間に俺達はデルタ5の先頭と合流を果たし、敵を包囲した。
『了解! 行くぜぇ!!』
ピューマ13の威勢のいい声と共に、反対側からの一斉射撃がスパイダーをみるみる減らしてゆく。
俺も身を乗り出し、武器を突撃銃に持ちかえ一機づつ潰してゆく。
四方八方からの銃撃に、スパイダー群はなすすべもなく四散していった。
二分後、マップに周囲の敵はもう映って居なかった。
『とりあえず、IC周辺は確保したわね』
春奈からの通信だ。
「気を抜くなよ。北にはまだうじゃうじゃ居やがるからな」
俺達は高速道路を抜け、北進する予定だ。
つまり先にはまだまだ敵が潜んでいる。
《スネークアイよりデルタ6。二時方向よりスパイダー混合群600、接近中! オーヴァー》
スネークアイ(中隊付き情報士官のコードネーム)から通信が来た。
HQ、要するに作戦司令部と俺達の中間みたいなもんだ。
より細かい指示や情報はここから受ける。
《ラムダ6了解! 第47高射中隊! エリアF-44付近に支援砲撃頼む! オーヴァー!》
石田軍曹は、即座に支援砲撃を頼んだ。
この乱戦状態で600機も相手にするのは不可能だ。
《第47高射中隊了解! 180秒後に支援砲撃を行う! オーヴァー》
ちなみに高射中隊とは、本当は高射特科中隊といって、多連装ロケット装甲車……MLRSや自走砲、野砲などを運用する中隊だ。
その間にも、先頭がこちらへ辿り着いた。
HMDに《被弾警報》の文字が映る。
『砲撃だ! 回避しろ!』
石田軍曹の声が聞こえる前に、飛び込むように背後にあった廃車の陰に逃げ込んだ。
瞬間、さっきまで俺達がいた所にレーザー砲弾が直撃し、崩れた橋のアスファルトが更に砕ける。
だが、砲撃型は群を成し、再び俺達を狙っていた。
俺はまた車を飛び出すが、目の前には三機の近接型が刃を構えていた。
「くそッ! 邪魔なんだよ!!」
散弾砲を叩きこんで一機を黙らせる。
『黒崎構うな! 小隊、橋の下まで後退! 柱を盾にしろ!』
砲撃型の数が異常だ!
このままじゃ砲撃に晒される!
「付いてくるなッ!」
俺は前を向いて突撃銃をばら撒きながら後ろに下がる。
『きゃあ! しまった! このッ!!』
春奈!?
『助けてくれこっちに近接型が集ってる!』
春奈と浦田の二人が取り残されていた。
「持ちこたえろ! 今――」
行く、と言おうとした瞬間、ついにレーザー砲弾の雨が降り注いだ。
俺は咄嗟にトラックの陰に滑り込んだが、トラックにレーザー砲弾が数発直撃し、燃料に引火したのか轟音と共に車体を震わせて爆発した。
「――がッ!」
俺は間近にいた為、破片と衝撃で吹き飛ばされた。
受け身を取る間もなく全身を強打しながら、すぐに起き上がる。
まだ頭が衝撃で揺れるが、銃を構えて咄嗟に射撃する。
すぐ近くに一機の近接型がいたからだ。
連射ですぐ無力化に成功。
「ッ……、くそ!」
破片で切ったのか、左肩が出血しているが応急処置をしてる暇もない。
まだ被弾警報の字は消えていない。
砲撃型が次なる攻撃を準備しているからだ。
『和真! 無事!?』
『草薙と浦田を何とかする! 来い黒崎! 援護は若田がやってくれる!』
勇希と石田軍曹が後ろにいた。
小型レーダーで確認すると、少なくとも十七機の近接型に二人は囲まれていた。
「了解! 行きましょう!」
二人はちょうどICの崩れたカーブ道路の所にいた。
その姿を目視で確認すると、突如視界の右端からストライカー装甲車が走ってくるのが見えた。
『こちら、第八機甲師団“バッファロー21”。周囲の敵はこちらで抑える! 安心して行け!』
言うや否や、上部に付いている機関砲で周囲に弾丸をばら撒いた。
歩兵の銃に比べると、車載機関砲の威力は絶大だ。
またたく間に数機のスパイダーがスクラップと化してゆく。
「春奈! 浦田! 無事か!?」
俺は突撃銃を撃ちながら走り、二人の姿を確認した。
浦田は軍用ダガーで近接型の攻撃を受け止め、春奈がそれを突撃銃の近接射撃で攻撃していた。
『ッ! 遅いぜ黒崎! 装甲服がズタズタだ!』
『早くこいつら、何とかして!』
返事をする間もなく、数体の近接型が俺達に向かってくる。
『喰らえッ!』
石田軍曹の持つ榴弾砲が絶妙な位置に着弾し、四機が一気に吹き飛んだ。
「よしッ!」
俺はその爆風に滑り込み、煙で身を隠しつつの突撃砲射撃で、二機を仕留めた。
残りは十一!
『黒崎、十分だ、全部やる必要は無い! 後は高射中隊が片付けてくれる!』
軍曹が突撃銃で牽制しながら言う。
「了解!」
そう言って、俺と勇希、軍曹、春奈に浦田は後退し、橋の下へ戻った。
「春奈、まだ行けるか?」
俺は負傷具合を見ながら言う。
『ええ。あんたこそ怪我してるじゃない、肩』
春奈は右腕を装甲服ごと切られていた。
血は出てるが深くは無さそうだ。
「掠り傷だ、大した怪我じゃない」
少なくとも戦闘続行に支障は無い。
《デルタ6よりバッファロー21! 助かった、こちらは十分だ! 今から砲撃支援が降る! エリアから退避せよ! オーヴァー》
《了解! お役に立てて光栄だ! 一端下がる! バッファロー21、アウト!》
ストライカーが後退してゆく。
それに伴ってスパイダー群も突出してくるが、
《弾着5秒前……3……2……1……弾着、今!!》
と高射中隊の隊長が言ったと同時に、後方から大量のミサイル、砲弾が飛んできて、次々と爆発を起こしてスパイダーを撃破していく。
ミサイルと砲弾は、中に子爆弾が詰められている。
地上少し手前で分解し、子爆弾が辺りを爆炎に染めて行った。
その効果範囲は通常の砲撃とは比べ物にならないくらいに広い。
まさに面制圧だ。
対SERF戦、特に地上部隊の砲撃を担当する兵器は、大抵がこのクラスター弾頭弾やクラスターミサイルに換装されている。
スパイダーという小型かつ大量にいる軽装甲目標に対しては、通常の砲撃よりも効果的なのだ。
そういう広範囲にわたる砲撃を、面制圧砲撃という。
特に対SERF戦に置いては重要視される戦術だ。
砲撃が全て終わった後はレーダーには残敵はほとんど映っていなかった。
《どうだ? 粗方片付いた筈だ。お礼はウィスキーでいいぜ》
高射中隊から軽口が入る。
《安物で良ければ考えとく。高いのは勘弁しろよ。安月給で働くのは歩兵も機甲部隊も似たようなもんだ》
《ははは、違ぇねぇ》
実際、支援砲撃にはかなり助けられた。
俺達歩兵部隊、所詮支援砲撃が無ければほぼ何も出来ない。
ただ、砲撃部隊だけだって、接近されれば何もできない。
俺達が互いに助け合う事で、戦場が機能しているんだ。
ただ物量に任せて突っ込んでくるだけのSERFとは違う。
このエリアは確保したが、戦闘はまだ、続いている。
◆人物紹介◆
名前:佐川勇希
性別:男
年齢:25歳
階級:一等兵
所属:第七混成大隊・第三陸戦歩兵中隊・第六突撃小隊・第四分隊
兵種:突撃兵(主武装:突撃銃、散弾砲、榴弾砲)
容姿:明るめの茶髪で少々クセっ毛。髭は剃っている。
一人称:俺
三人称:基本的に名前で。
趣味:ゲーム、マンガ、武器兵器について調べる事。
詳細:かなり明るく何事にもポジティブな性格だが年齢の割には少々幼い。
かなり友好的なので同じ隊では無くとも知り合いが多く、人脈は広い。
テンションは高めで、周囲が暗くても無理をして場を盛り上げようとする気づかいな面もあるが、実は自分が耐えられないだけ。
頭は良い方ではないので周囲からは馬鹿と呼ばれる。
実は武器オタク。
戦闘では和真の相棒をよく務め、そのせいか突撃兵の割に榴弾砲をよく持って来ている。
本人自体の戦闘力はそれほど高くは無いが、一般的に難しいとされるカバー(相棒の死角を補い、突撃しつつ援護する事)に関しては上手く、特に和真との息はピッタリなので「突撃コンビ」の異名を誇っている。