第十五話 騒がしいルームメイト
――6月27日夜(一週間後)・WAP極東本部地下5階・509号室――
「よぉ」
俺は短く言葉を発し、自室に入る。
「なんだ、まだ誰も来てねぇのか」
この基地では6万人強の人員が稼動している。
そのうち、基地内に部屋を持っているのは確か約半分。
そんな中で、当然一般兵の俺如きが個室な筈が無く、5人で一部屋なのだ。
そんな俺はまだ恵まれているほうで、酷いトコだと10数人一部屋の所もある。
地獄だな。
「おいーっす。ってなんだよ、黒崎だけか」
露骨に嫌そうな顔をするのはご存じ浦田。
「お前、仮想演習のアレ慣れた?」
俺はイスに座ってテーブルに頬杖を付きながら言う。
「はあ? アレとかいきなり言われても分かんね」
浦田はベッドに飛び乗り、寝転がりながら答える。
「演習始める時さ、こうなんつーか、フワーっていう感覚あるじゃん。あれだよあれ」
その妙な感覚がどうしても慣れないのだ。
「あ~、そう言やぁこの前そんな事言ってたっけな。ちなみにアレ、腹いっぱいにして行くと感覚ヤバいらしいぜ。久賀が言ってた」
「へぇ。あいつ、ホント食いしん坊なのな」
「なんだと黒崎ぃ! 乙女に向かって平気でそういう事言うんじゃねぇ!」
お、どうやら残りの三人が来たらしい。
今発言したのは久賀愛莉。
男のような口調だが……女だ、一応。
デルタ7所属の突撃兵。
「和真さん秋斗さーん、お疲れ様でーす」
そしてこのちっこいのは相羽美月。
まだ訓練兵を卒業したばかりで19歳だが、それにしても小さすぎる気がする。
こいつもデルタ7で、迎撃兵だ。
「おいおい。一番疲れたのは俺だっての。村山と格闘訓練だぜ? マジ泣けてくるよ……」
と言ってベットにボフっと倒れたのはデルタ1の狙撃兵、ジン・ノーマッド。
浦田と同じで軽口が目立つ金髪イケメンだ。
「ジンお前、格闘訓練村山だったのかぁ……。そりゃご愁傷様だな」
デルタ6きっての怪物村山は、格闘戦なら間違いなく中隊1だな……。
「かかか! ざまぁみやがれノーマッド! モテる男にゃバチが当たるもんさ!」
フン! と浦田は勝ち誇ったようにベッドに座り胸を張る。
「ふーん。それって自分がモテないって認めたようなモンだよな。自爆してやがんの」
久賀がテーブルで鋭い発言をする。
「秋斗さん墓穴掘っちゃいましたねーきゃはは!」
いいつつ。部屋にあるコーヒーメーカーでコーヒーを入れる。
秋斗というのは浦田の事だ。
相羽はルームメイトは全員名前で呼んでいる。
「ぐぬぬ。不覚……」
浦田は頭を抱えていた。
忙しい奴だ。
「あ、相羽~、アタシのも頼む」
男のような女、久賀愛莉に、
「砂糖切らしてたよな? 俺はいいや」
眼鏡の皮肉屋、浦田秋斗に、
「オレもいらね。それより疲れたわ……」
イケメン金髪、ジン・ノーマッドに、
「はいはーい。和真はー?」
ボクッ娘、相羽美月に、
「ん。俺のも頼むわ」
俺、黒崎和真が、この部屋の住人だ。
「つーか、今回の開発部の装置。すげえ当たりだと思うんだがどう思う?」
入れて貰ったコーヒーを飲みながら、話題を転換する。
「今回のって……仮想演習システムの事か?」
ベッドに座りながらノーマッドが聞き返す。
「開発部の本気、ここに見たりって感じだぜ。あの装置はホントすげぇよな」
感心と驚きを混ぜつつ、向かいに座る久賀は言う。
「前回のあれなんだっけ? どんな高所からの落下にも耐えられるってやつ」
浦田は開発部のやばい発明を思い返していた。
「あれだろ? 最新型の対衝撃服。それでウン百mの高さから人間落っことそうとするのな。バツゲームかっつーの」
イプシロン中隊の数名が犠牲になったらしい……、死んでは無いと思うけど。
「バツゲームじゃねえ! ありゃ処刑だよ処刑!! オレはこの前、浮遊する誘導型地雷なんて意味不明な新兵器の実験に狩りだされて、周囲のセンサーに引っ掛かって大変だったんだ! 死ぬかと思った!!」
ノーマッドはジェスチャーを織り交ぜながら力説した。
「そう言えばそんな事もあったっけな。でもそれってセンサーに引っ掛かったお前がマヌケだったんじゃねえの?」
浦田が非を開発部からノーマッドに置きかえる。
「んー、センサーはクレイモア的な前面に反応するタイプですかー?」
今まで話を聞いていた 相羽が参加する。
「いや、前面……というか全面だな、全部の面。つーか、あんなの戦場にバラ撒かれたら正直スパイダーよりも怖いねオレは」
うわあ……設置方法をミスったら置いた瞬間に引っ掛かりそうだな……。
「んで、話戻すんだけどさ、今回の仮想演習システムって凄いよな」
いつの間にか論点が開発部の悪行? へと変わっていたので修正する。
「ああそういやそんな話だっけな。確かに、最初にやった時はビビったぜ。ホントに現実みたいでな~」
最初にやった感覚を思い出しながら久賀が言う。
「オレは敵があんなモロいのか疑っちまうけどな」
と、ノーマッドはシステムに対しての疑問を言いだす。
「確かに、本土防衛戦ではひでえ目に遭ったからな。現実と大差無い感覚だが所詮プログラムってのも多少はあんだろ。現実は、そう簡単には行かねぇさ」
浦田が溜息を吐きながら問題点を述べた。
「ボクは本土防衛戦の時は学生だったんですけどー、やっぱそんなに違いますか?」
ちなみに、相羽の一人称は“ボク”だ。
リアルボクっ娘だが正直最初は引いた。
今はもう慣れたが。
なんでも幼少時代同年代の男しかいない環境で育ってしまったため“ボク”が定着してしまったそうだ。
直せよ!!
今はもう手遅れだけど!
「あん時は、突撃銃の弾丸じゃスパイダーの正面装甲をかち割れなかったからなぁ。さながら、歩く戦車って感じの重装甲だったぜ。それが今じゃあ普通に真正面から撃ち放題倒し放題。弾丸を変えるだけでよくここまで差が出るもんだぜ」
相羽の質問に久賀が答える。
「だな。あと戦ってみて分かったけど、結構あの軍用ナイフって使うんだよな」
仮想演習で近接型スパイダーと戦った時の事を思い出す。
「そうそう! 近接型と咄嗟に戦闘する時とか」
同じ突撃兵の久賀も、考えてることは同じらしい。
「オイオイあのオモチャをか!? 日本人らしく、チャンバラでもするつもりかよ……」
ノーマッドはナイフの事をオモチャ呼ばわりする。
確かに、最初見たときは実際に使うとは思ってなかったしな。
「あ~、でもそう言えば、ウチの錦辺と村山もよく使ってた気がするわ」
と浦田。
「だろ? あれで意外と馬鹿に出来ないんだぜ? ノーマッドも、今のうちに練習しといた方がいいぜ?」
久賀は立ち上がり、ドアの方へ向いながらノーマッドの肩をポン、と叩く。
「オレは狙撃兵だから、ソイツの出番が来ない事を祈りたいがな……」
ノーマッドは苦笑いをしながら答えた。
「どこ行くんだ?」
「トイレだよ」
俺の質問に久賀が答えて出て行った。
会話が途切れる。
俺はイスに座り、小さいテーブルに肘をつきながらつまらないバラエティを見ている。
ノーマッドはベットに横になり、週刊誌を読んでいる。
浦田はベッドに座り、さっきと同じようにケータイを見てる。
久賀はトイレから戻ってきて、向かいのテーブルでマンガを読んでいる。
相羽はベットでクロスワードパズルをやっていた。
「浦田ぁ」
「あん?」
久賀が浦田に声をかけた。
「お前さっきからケータイで何やってんの?」
「出会い系」
ぶっ、と吹き出しそうになるのを堪える。
「あっはっはっはっは! あっはっはっはっはっは!!」
俺は堪えたが、久賀は我慢できなかったようだ。
「はぁ!? なんだよ!! 俺が出会い系やっちゃいけないってのかよ!!」
ウガー、と浦田が猛反抗を見せる。
「いやなんか……お前がやってると、リアルだよな」
「おい黒崎てめぇ! 笑うの必死に我慢してんじゃねぇよ!」
「だってお前、今時出会い系なんて金ぼったくる為に存在してるようなモンじゃねーか」
「うるせぇ! 俺だってなぁ、欲しいんだよ! 彼女が!!」
いや、そんな身振り手振りで主張しなくても……。
「おいおいおいおい! イイ女ならココにいるじゃねぇか! 二人も!」
「でっすよねー」
なんか久賀と相羽がアピールしてきた!
「相羽ちゃんは、もうちょい大人になってからにしような?」
「むぅーっ、なんか子供扱いされてるんですけどぉーっ」
相羽はボツ、と……。
「久賀はお前、いろいろと無理だスマン」
浦田はキリッ顔を引き締め、“待った”ポーズをとる。
「んだとてめぇぇ! アタシだって願い下げだこの眼鏡馬鹿!」
大して久賀がとったポーズは“ファック”だった。
「眼鏡馬鹿ってなんだよ! お前よりは頭いいっての!!」
はぁぁ……収拾がつかなくなってきたな。
「久賀も彼氏募集中なのか?」
今まで傍観していたノーマッドが口を開く。
「えっ、いや別に、そういう訳じゃ……」
……何テレてんだ。
「ハッハッハ。良かったら、今度二人で一緒に仮想演習でもするか?」
……………………。
「お前が誘ってどうすんだぁぁぁ!!」
「いかにもデートっぽく言ってんじゃねーよ!!」
「ていうかジンさん彼女持ちじゃないですかぁーっ!!」
浦田、俺、相羽の順に華麗な突っ込みがノーマッドに炸裂した。
「ふぐぅ……お前ら……」
ノーマッドは倒れた。
「ったく、これだからモテる男は……」
許せノーマッドよ。
ノリとタイミングに身を任せた結果だ。
本気かボケかは知らないが、怨むなら自分の行動を怨むんだな。
「突っ込み御苦労。忙しいなぁ、お前らも」
けらけらと笑う久賀。
ったく、誰のせいだよ……。