第十三話 本土防衛戦の地獄
――2018年3月23日夕方(一年前)山形県山形市内第二防衛線・本土防衛軍第23連隊・第二防衛中隊・ラムダ23――
俺は輸送車に揺られながら、周囲の景色を眺めていた。
このあたりの町並みは未だ健在だ。
今現在、SERFが侵攻しているのは岩手県南部と、山形県中部までだからだ。
それ以南は未だ戦火に晒されてないが、東北六県はほぼ軍人以外は無人だ。
わずか六日で青森を突破されてから、日本は非常事態宣言を発令。
東北六県には緊急避難命令が出されたからである。
「俺の親父、よく転勤しててよ」
ふと、隣にいた中川が何かを話し始めた。
「ガキん頃は山形に住んでた事もあったんだが、以前はもっと活気のある場所だった」
中川も山形市の町並みを見ながら、感慨深そうにつぶやいた。
彼は分隊の副隊長で、長い戦歴から頼りになる存在だった。
同時に、よく軽口を叩くムードメーカーでもある。
「でもここも、いずれ戦火にさらされるのよね……」
言ったのは分隊の紅一点、佐島だ。
二週間前に徴兵されたばかりの新人だが、センスの良さを生かし、今まで俺と一緒に八回の戦闘で生き残っていた。
この小隊、ラムダ23の中では一番長い付き合いになる。
「そうならない為に俺達が居るんだろ。絶対に突破なんてさせるもんかよ」
気休めだ。
自分の口から出した言葉が急に恨めしくなる。
今SERF群は岩手県南部に集中している。
加えて、そこを突破されれば本土防衛軍司令部のある宮城県仙台市が危機に晒される。
故に防衛軍も岩手県南部戦線に戦力的に重点を置いている。
つまり、こっちの戦線にそれほど戦力は割かれていないのだ。
その証拠に、俺達の小隊が乗っているこの輸送車も、民間の中型トラックを無理やり軍用にしたものだ。
まるでどこかの貧相なゲリラ兵のようだ。
今戦況は、第一防衛線がかなりすり減り、突破の危機に陥っている。
俺達は第一防衛線へ行き、戦線の再構築もしくは後退を援護をする。
第一防衛線は、被害を拡大させないため順次後退に入っているからだ。
「それは違うよ黒崎。俺達は突破させない為に戦うんじゃない。ただ敵の侵攻を遅める為に戦うんだ。止めるのは無理だよ。敵に対して戦力が少なすぎる」
そう弱弱しさを感じさせる声で言うのは宮町。
大戦前は有名な大学へ通っていたそうだが、それゆえにこの絶望的な状況が手に取るように分かってしまうらしい。
「……そうだな。俺達の出来る事はせいぜい遅延ぐらいだ。だがそれでもやらねばならん。それは命令だからじゃない。俺達が国を、家族を守りたいからだ。違うか?」
落ち着いた静かな声で、けれどしっかり力を感じさせる声で言うのは小隊長の岩谷少尉。
現場叩き上げのベテランで、実戦経験も豊富だ。
小隊員は現在24人だが、このうち経験豊富なのは俺と中川、岩谷少尉、他数名だけだ。
あとは殆ど徴兵員によって構成されている。
最初の北海道戦線や青森戦線で主力だった戦歴歩兵は殆ど戦死してしまった為、徴兵で人数を揃えている苦肉の策だ。
「さあ、間もなく第一防衛線だ。戦闘準備を――」
岩谷少尉が口を開いたその時だった。
すぐ右横で、大地が爆発した。
大量の土砂を巻き上げ、まるで噴火したかのように。
そうして地面から“生えて”くるのは、直径60m、長さ70mの円形のSERF輸送機。
モールだ!
モールは接地部分を展開し、中から大量のスパイダーを解放した。
《ラムダ23よりHQッ!! モール出現! 繰り返すモール出現!! まずいぞ! 第一防衛線の真後ろだ! オーヴァー!》
岩谷少尉が悲鳴のような報告を無線で上げる。
「おい車を止めろ! 小隊ッ、迎撃だ! 急げ!」
中川が怒声を上げ、俺達は止まった輸送車から飛び降り、突撃銃を構えて射撃した。
他の小隊も次々迎撃態勢に移る。
ビルの隙間から大量に迫るスパイダーに向かって引き金を引く。
狙うのは脚部だ。
この弾じゃ、スパイダーの正面装甲ですら貫けない。
「くそッ! よりによってなんでこんな間近で出会わなくちゃならないんだ!! 第一防衛線どころかこっちが飲み込まれそうだ!!」
宮町が突撃銃を撃ちながら言う。
《ラムダ10より“フォールド11”、支援砲撃要請! 座標N11ー16ッ!!》
ここから見えるモールはほんの数百m先だ!
そこから溢れんばかりのスパイダーが押し寄せてくる!
《こちらフォールド11! それどころじゃねぇ! こっちにもクソ蜘蛛が迫ってきてる!! なんとかしてくれ!!》
「十時方向! 二階建てのビル周辺に砲撃型多数! 砲撃注意!!」
誰かが叫ぶ。
くそ、レーザー砲弾は俺達の装備じゃ耐えられない!
危険だが突っ込んで撃破するしかない!
『ラムダ23! 砲撃型を仕留めに行く! 走るぞ! ラムダ22、援護を頼む! オーヴァー』
岩谷少尉は同じ事を考えたようで、中隊系無線でそう言った。
《ラムダ10よりHQッ! 支援砲撃でも航空支援でもなんでもいい!! なにか近くに居ないか!? このままじゃ増援部隊が押し潰される!!》
幸い近接型は射撃能力を持たないので、弾幕を気にする必要は無い。
代わりに、近寄られたら危険だが!
《HQよりラムダ10。第三防衛線の重砲兵部隊が支援砲撃を準備中。そちらにも第十六攻撃ヘリ中隊が急行している。第一防衛線の挟撃を防ぎつつ、戦線を確保せよ。ラムダ12、13はフォールド11に流れる敵を排除せよ。オーヴァー》
俺達は付近の小隊に周囲を抑えて貰い、砲撃型に接近した。
いた! ビルの裏側で砲撃体制を整えてる!
「小隊! 右の二機に集中射撃!!」
岩谷少尉の声で、24人の銃が一斉に二機を攻撃する。
砲撃型は重装甲なので、こうでもしないと攻撃が通用しないのだ。
《了解! 早いとこ頼むぜ! ――うおっ! まずい、砲撃型が!!》
左側の方から爆炎が見える。
くそっ、あっちの方は砲撃型の排除に失敗したのか!?
『排除完了だ! ラムダ22! 助かった、一端下がるぞ! オーヴァー』
『了解!』
俺達は何とか砲撃型の排除を終え、下がる所だった。
『まずい! 12時方向からスパイダー大群!! 300はいる、しかも砲撃型もだ!!』
ラムダ22から報告が入った。
まじかよ! 固まって進軍してきたか!!
《第七重砲兵部隊よりラムダ中隊! 第一防衛線瓦解の危機により砲撃優先を変更! 済まない、耐えてくれ。オーヴァー》
何だと!?
今何て言った!?
俺は正面から接近中のスパイダー群を抑える為、とにかく撃っていた。
そんななか信じられない無線が聞こえてきて耳を疑う。
「この状況で砲撃支援寄こせないなんて、そんなの死ねって言ってるようなもんじゃない!!」
佐島が思わず悪態を吐く。
「第一防衛線が瓦解したら俺達は倍以上の敵を防がなきゃいけなくなるんだ……。ある意味妥当だけど」
宮町の考えは正しかった。
だが、佐島が言った事ももっともだ。
「黙れ! 生き残るには撃つしかない! 気を緩めるな!!」
それに岩谷少尉の怒号が混じる。
『こちらラムダ22ッ! 敵の攻撃が激しい!! 部隊損耗半数以上!! 気を付けろ! 砲撃型が後方に陣取ってやがる!!』
『了解! ラムダ22下がれ! 無茶はするな!』
半数じゃもう10人も残って無い!
その上こっちの損耗もやばい!
「糞ッ! あの三機迫ってるぞ! 撃て早く!!」
中川が注意した時には既に味方に迫っていた。
「ぎゃあぁぁあぁ!!」
一度に二人が体を切り裂かれた。
凄い切れ味だ。
まるで人間を豆腐か何かのようにサックリ斬っていく。
「二人やられた!」
「右側からも迫ってるぞ!! 逃げろ!!」
仲間の悲鳴のような声が交錯する。
『小隊焦るな! ラムダ22! 陣形の右側を防御してくれ!!』
『こちらラムダ20! ラムダ22は全滅! こっちも八人しか残って無い! オーヴァー!』
『クソッ、りょうか――』
声が途切れた?
岩谷少尉……!?
「宮町より小隊! 小隊長が……岩谷少尉がッ!!」
錯乱する宮町の声。
ふと見ると、さっき岩谷少尉がいた所は砲撃型の砲撃が降り注いでいた。
「くそッ! 考えるな宮町ッ! 敵が迫ってるだろッ!! とにかく撃てよッ!!」
俺は唖然とする隣の宮町の方を揺さぶる。
……最寄の友軍のは……!?
クソッ!
姿が見えない!
いつの間に居なくなったんだ!?
《フェーズ4よりラムダ23ッ! 第一防衛線から抜けてきたヴェクトルが迫ってる! 貴様らだけで抑えるのは無理だッ!!》
別の小隊から無線が入った。
《ラムダ23了解!! 小隊! 急げ、ここは放棄してエリアEまで後退する!》
中川が臨時で小隊を率いていた。
だが、そうしているうちにヴェクトルとモールスパイダーを排出してくる。
近接型136機!!
砲撃型は……159機!?
多すぎるッ!
その間にも砲撃型の砲撃は至る所に降り注いでくる。
気がつけば、空は暗くなっているのに、辺りは燃え上がる建物や車両で明るくなっていた。
人員も周囲に確認できるのは俺と佐島、中川、宮町と他数名だけだった。
「トラックに乗って距離を稼ぐ! 急げ!」
中川がそう言って、トラックに乗り込もうとしたその時、
トラックは砲撃で爆発炎上してしまった。
「うおおおぉぉッ!」
中川が爆風で飛ばされた。
「中川!」
「俺は大丈夫だ! いいから走るぞ! 敵が迫ってる!」
中川が立ち上がる。
奇跡的に外傷は無さそうだ。
そして走り出すその時、
俺の目の前にいた佐島の前に、近接型が飛びかかった。
「え――」
一瞬の出来事に時が止まる。
次の瞬間、佐島の体に近接型の刃が刺さっていた。
「あ……かっはッ……」
佐島の乾いた悲鳴が聞こえた。
彼女が力なく倒れる様はスローに見えた。
その時、まぎれもなくその近接型は悪魔に見えた。
「……くっそォォォッ!! よくも佐島をォォォォッ!!」
俺は目の前の近接型に向かって余す事無く弾丸を浴びせていた。
彼女は俺の相棒だった。
今まで幾度となく絶望的な状況に置かれながら、共に何度も生き残ってきた。
互いに悪運の良さも認め合っていた……それがこんな……。
俺は突撃銃を撃つ。
怯まない。
怯まない怯まない怯まない怯まないッ!!
「黒崎何してるッ!! ちゃんと狙って撃てッ!!」
中川……!?
俺の隣に飛び込み、正確な射撃でスパイダーを撃つ。
そうだった……こいつらは脚部の一点集中攻撃じゃないと倒せないんだっけ……。
クソッ、俺とした事が……。
「スマンなかが――おい後ろッ!!」
「な――ぐはッ! ……ぁ……」
刺された。
目の前で。
あんなに頼もしかった中川がぁぁッ!
「なんでだ……なんでだよッ! くそッ! 宮町ッ! もう俺とお前しかいない! とにかく逃げるぞ!」
俺は宮町を発見し、榴弾砲で敵をかく乱させながら言う。
「もうだめだ……もう駄目だ……俺達はここで死ぬんだよ……もう知るかチクショウ!!」
「やめろ宮町ぃぃぃッ!!」
宮町はその場で手榴弾のピンを抜いた。
俺は咄嗟に飛びのき、かろうじてダメージは受けなかったが、そこにいた宮町は無数の鋭利な破片でただの肉塊になっていた……。
「馬鹿野郎ッ!! どうしろってんだよクソッ!!」
俺はヤケクソに突撃銃を撃ちながら走った。
迂回しても迂回しても、敵は囲んでくる。
突如、腹のあたりに鋭い痛みを感じる。
わき腹が裂けていた。
「ぐ……くそ……」
その場に倒れ伏せる。
斬られたようだ、出血がひどい。
だがそんなことは問題ではない。
「(まずい……砲撃型が狙ってる!)」
戦車の装甲すら容易に貫くレーザー砲弾。
当たれば、死ぬ――。
俺は……死ぬのか?
こんな所で?
嫌だ……そんなのは絶対に!
思った次の瞬間、周囲の敵が一斉に吹き飛んだ。
このやかましいローターの音は……攻撃ヘリ?
《こちら、第十六攻撃ヘリ中隊。生存者一名確保。衛生兵! 緊急発送を――》
それからは、何が起こったのか覚えていない。
ただ理解していたのは、俺はまた、1人になったという事だけだった。
6月14日:モールの直径200m→60mに変更しました。