第十二話 仮想演習システム
――6月20日夕方・WAP極東本部地下8階・仮想演習システム前――
「ほぉ、これが、そのナントカシステムというやつか」
石田軍曹が、仮想演習システムを前にそう言った。
結局システムの前に足を運ぶことになった俺たちは、座学を終えた後ここに来ていた。
なぜか、俺ら5人だけが。
(あっ、そうそう。第四分隊はこの後すぐ地下八階に来て頂戴ね~)
という茨城博士の言葉によって集められてしまったのだ。
俺は見慣れない風景に少しあたりを見渡した。
元々この部屋は空軍管轄だから、俺達陸軍にはあまり馴染みのない場所なのだ。
ちなみに、部屋は結構広く造られ、天井もそれなりに高い。
壁は味気のない灰色の鉄骨で、壁際に数十基の高性能シュミレーターが並んでいる。
角ばってゴテゴテした箱の中に乗り込んで操作するタイプだ。
中身は故障や被弾した本物の戦闘機のコクピットを流用しており、さながら超豪華ゲームセンターといった所か。
それらは有線で『管制室』と呼ばれる所に繋がっており、そこに情報士官の人が座り、シュミレーターの設定や演習中の管制をやったりするらしい。
んで、肝心のナントカシステムとやらはここ空軍管轄のシュミュレーター室の傍らに、無理やり増設してあった。
巨大な部屋の片隅に強引に仕切りが施され、一個の部屋のようになっている。
一見すると巨大なプレハブ小屋のようだが、壁には役割不明の謎の配線や配管が縦横無尽に駆け巡っていた。
部屋の中心にあるドアには、手書きで『仮想演習システム・演習室』と書かれている。
「なんか……随分と入るのに勇気のいりそうな部屋ね……」
春奈が唖然とする。
正直、とても怪しげなのだが、う~んまあ、聞く限りでは大丈夫そう……かな?
「いきなり爆発したりとかしないッスよね?」
涼がこそこそと俺に聞いてきた。
「しないと思うが……その心配のし方はどうかと思うぞ?」
マンガじゃあるまいしな。
「なぁなぁみんな、どうしたんだよ~、早く入ろうぜ~」
そんな隊の中で唯一乗り気な勇希……。
まあ良くも悪くも馬鹿なんだろうな、こいつは。
でもその遊園地のアトラクションを前にした子供みたいな反応はなんとかなんないもんだろうか。
全く、なんでこいつが軍隊に入ったのか謎だ。
他に選択肢はなかったのだろうか。
「……………………」
そんな俺達を、『仮想演習システム』の部屋の近くからジーーーっと見つめる女がいた。
俺は気になって声をかけてみた。
「あの~、なにしてるんですか?」
そいつはなんて言うか、無表情だった。
とことん。
身長は俺より少し低いくらいで、WAP情報士官の制服を着ている。
髪の色は薄い青に染まっていて、全体的にこじんまりとした様子だ、胸も。
そんなコイツが、ようやく俺に視線を移す。
「どうも、初めまして。茨城博士から説明を受けている白石玲中尉です」
その声は、ビックリするほど抑揚が無く、まるで機械音声のようだった。
白石中尉を見つけ、石田軍曹が近寄って来た。
「初めまして白石中尉。俺はデルタ6小隊長の石田和義軍曹だ。まずこの装置の使い方を教えてください」
一応上官なので、敬礼をビシッとしてから話す。
にしてもこの中尉さんだいぶ若いな。
外観は……ずばり、23歳あたりか?
それで中尉で情報士官とは……こう見えてなかなかキレ者に違いない。
きっとそれで茨城博士に目を付けられたんだろう。
そのあと、詳しい説明を後から来た整備兵から受けて、俺達は意を決して部屋の中に入った。
部屋の中にはズラーっとごついイスが用意されていた。
ざっと、300人……一個中隊分はあるだろうか。
そのイスに俺たちは座り、専用の機器で身を包み、ヘルメットをかぶる。
そのままかぶったら前が絶対見えない感じのヘルメットだ。
それをかぶり、視界が真っ暗になる。
が、突然目の前に
―転送完了―
と表示された。
とたんに、周囲の風景があらわになる。
「こッ! これは……ッ!?」
と俺は思わず言った。
他のみんなも同様のリアクションをしている。
すごいなんてもんじゃない。
見渡すと、中途半端にビルの残骸がひしめく、見事な廃墟になっていた。
地平線まで、それが確認できる。
上を見上げると、太陽が沈みかけていた。
時刻は夕方か……。
わずかに照りつける太陽の熱までも、本物のようだ。
さらに、その微妙な暑さを通り抜けるように吹きぬける風の涼しさも、廃墟の中にかすかに残る硝煙のにおいも、廃墟に漂う哀愁まで本物のようだ。
いろいろ言ったが、様子に本当に現実と変わり映えがない。
自分の体は、既に強化繊維製装甲戦闘服……通称装甲服が着用されていて、それを着ている感覚まである。
完璧だった。
「うっわ~、マジで外にいるみたいだぜ! とても建物の中にいるなんて!」
勇希が興奮して辺りを駆けまわる。
「子供か! まあ……気持ちはわかるけどな……」
と俺は言った。
ほんとこの年でどうやったらあんな無邪気に駆けまわれるのか知りたいよ……。
あいつホント精神年齢何歳なんだろうな。
「だが、こりゃ本当に凄いな……まさかここまで再現されてるとは思わなかったぞ?」
石田軍曹が周囲を見回しながら言う。
「びっくりッスよね~、開発部のいい噂ってあまり聞きませんでしたけど」
そう言いながら、石田軍曹のそばにいるのは涼。
「ねえ和真~、これ、本当に建物内?」
「ん? まあ、ワープしてなけりゃそうなんだろうなきっと」
春奈の質問に答える。
「開発部の事だから、案外本当にワープだったり?」
春奈がにっ、と笑う。
「はは……あんま洒落なってねぇなそれ」
俺は笑顔をひきつらせて答えた。
《はいはい、自由時間は楽しめたぁ?》
突然、ヘルメット備え付けのHMDの画面に茨城博士の顔が映る。
「うわっ! なんで茨城博士がっ!?」
俺は思わず言ってしまった。
《ちょっと、なんてリアクションなのよ。まあいいわ。えーと、見たところ異常はないわね。じゃあ、ちょっと説明するから聞いてちょうだい》
はあ、だいたいなんでこの人が直接?
茨城博士は、ニコニコしながらこう言った。
《まあ、隠しといてもいいんだけど特別にネタばらし。実は~、あたしが説明してる間にちょっとだけ、本当にちょ~っとだけ不具合が起きちゃったらしくて、んで大丈夫かどうかあんたらで試したんだけど、うん。無事でよかったわ》
っておいぃぃぃ!!!
なんか今さらっと大変なこと言わなかったか!?
何無事でよかったって!
なんだ不具合って!
なんで俺らで試してんだ!!
そうか……これで、ここに俺ら5人しかいない理由が分かった。
毒見みたいなもんだったんだろう……。
ああ……やっぱ……開発部は危険だ……。
てゆうか、出来ればそれ教えなくてもよかったんじゃないか?
さっきまで感動してたのにスゲー不安なんだけど……。
《まあ、あんたたちの挺身でこの装置の安全が保障されたわ。よかったわね。それでー、あー、座学で聞いたと思うけど一応あんたらが着てる装甲服の説明させてちょうだい》
そういうと、博士は説明に入った。
つーか挺身って……。
《正式名称は十八式強化繊維製装甲戦闘服。簡単に言えば既存の戦闘服に実質的な防御力と機動性を与えたものね。耐弾、耐熱、耐レーザー、耐衝撃、耐寒などあらゆるダメージが生身の何倍も軽減されるわ》
確か座学の話では、拳銃、機関銃くらいなら直撃を受けても耐えられる設計になっているらしい。
強化装甲と名前に付いてあるが、別にロボットのような外見をしているわけではない。
見た目自体は割りとスマートで、従来の戦闘装備をよりSF風にした感じだ。
ただ中身はほぼパワードスーツといってもいいかも知れない。
先ほど博士が言った防御力はもちろんのこと、腕力脚力等の筋力増加、電子制御で手ぶれを無くしたり、両効きになったり。
筋力増加はより重い武器を軽々と扱えたり、移動速度の向上に役立つ。
またなにやら衝撃を吸収する新素材を使ってるらしく、衝撃にも強いとか。
《ヘルメットにはHMDが内蔵されていて……あ~、HMDってのは視野に直接情報を映し出すシステムの事ね。あんたらのヘルメットのバイザーのこと。まあそれのおかげで戦闘に集中しながらレーダーを見たり、周囲の戦況を確認できたり、無線とかもできるわけよ今みたいに》
HMDには左端に茨城博士の顔が、右上にレーダーが、右下に地形図が見えた。
これは確かに凄い。
《腰には救急エイドキット、包帯とか消毒とか、各種予備弾丸、手榴弾GHX-07と、対SERF用に造られた大口径拳銃Mk-4などがあるわね。軍用大型ダガーナイフは腕に閉まってあるわ。まあこれは死ぬかも知れないって極限の時以外使わないと思うけど》
ナイフを取り出してみる。
折りたたみ式で、30cm程もある。
……確かに、SERFにこんな超接近戦を強いられる時は極限以外あり得なさそうだな。
《まあ説明はこんなもんでいいわね。じゃあ、実際にSERFと戦ってちょうだい。武器庫の位置はHMDマップに転送しておくわ。あと……》
ここまで来て、急に博士の表情が真顔になった。
《……このデータは、先の日本防衛戦で多くの命を犠牲にしたからこそ作り得たものなの。その隊員たちの血と肉と魂で出来てるってこと。それを、絶対に忘れないで。そういう意味では、あんたたちがいるそこは、仮想空間なんかじゃない。実際に、多くの隊員や一般市民が命を落とした”戦場”なの。リアルさに感動するのは結構だけど、決してゲームだと思ってやらない事。いいわね!》
「「了解!!」」
俺たちは威勢よく返事を返す。
そうだ。
俺たちはリアルだと騒いでるここで、本当にあの地獄のような戦いがあったんだ。
そして俺たちもそれを体験してきたからわかる。
あそこでいったいどれだけの命が失われたか……。
一年前、本土防衛戦の記憶が蘇る――。