第十一話 座学
――同日8月20日昼・地下7階多目的室・第03陸戦歩兵中隊――
今ここは、正規兵たちの座学の教室となっている。
教室の壁面は殺風景な灰色。
そこにずらりとパイプイスと長机が並び、そこに300人程の隊員が座る。
俺のいる中隊の全員だ。
全員が完璧15分前行動というのは、もはや完成した軍人を示している。
その軍人がブリーフィングならともかく、まさか今更座学を受けることになるとはな……。
そうしてる内に柴田中尉の座学が始まった。
学校で言う黒板の位置にある前方中央スクリーンの前に中隊長の柴田中尉が立ち、やる気のない口調でしゃべる。
お、どうやら今日は各SERF個体の特徴だな。
「――ということだ。ま~、まずは今までのおさらいをさらっと説明する」
俺たちは基本的な情報は既に受け取ったが、情報の有無が自分の死どころか分隊の死、部隊の死、ひいては作戦の成否にかかわるとあってめんどくさそうにする馬鹿は一人もいない。
……肝心の中尉が1番めんどくさそうなのは、多分気のせいだ。
「え~、今まで確認されているSERFは五種類。球型戦艦ヘイムダル。主力陸戦兵器スパイダー。主力航空兵器バリウス。強襲揚陸艦ヴェクトル。地下掘削輸送機モールだ」
柴田中尉は学校で言う教卓においてあった教導本を読み始める。
「まずはヘイムダル」
スクリーンに銀色の球体が映し出される。
その脇に尺が付いていて、そこには20kmと書いてある。
「こいつが現在地球のSERF全軍を統括、指揮していると考えられる」
「早い話、そいつを撃ち落とせれば、戦争は終わるって事ですか?」
浦田の野郎が中尉の話に横やりを入れる。
「どうだかな。少なくとも有利にはなるだろうが、現在の我々に手出しは出来ん。理由は後で説明する」
前の座学の話だと、確かバリアのような障壁が張られているとかなんとか。
「あ~、今のところ確認されている武装は下部砲台ギャラルホルン、対地レーザー砲、対空レーザー砲、それぞれ300門だ」
「ヒュ~、まるでハリネズミじゃないですか。おまけに真下には核並みの主砲って、こりゃオチオチ近づけませんね」
そう軽口を叩くのはデルタ1のジン・ノーマッド。
イギリス人だが、WAPも国際組織である以上外国兵士も珍しくはない。
金髪長身のイケメン様だが当然の如く彼女持ちだ。
相手は確か……情報士官の持田中尉だったかな。
ってそんな情報はどうでもいい。
ギャラルホルンという砲台は、ヘイムダルとの初接触時、米国首都を一瞬で灰にした核並みの兵器だ。
出力も異常で、戦艦の分厚い三重複合装甲だとしても確実に融解するらしい。
「SERF襲撃後、各国軍の艦隊がヘイムダルに決戦を挑んだが、それらはすべて壊滅に近い結果で終わっている。カリブ海決戦がいい例だ。今の人類じゃ太刀打ち出来んだろう」
カリブ海決戦――米国首都へのヘイムダル襲撃後、カリブ海に移動したヘイムダルに向けて、米国カリブ海方面艦隊と、米空軍南方航空師団が総力を挙げて撃墜に臨んだが、結果は惨敗に終わった凄惨な戦いだ。
「次にスパイダー」
柴田中尉が言うと、スクリーンが切り替わり、1.5mくらいの尺の小型兵器が映る。
足が4本で頭部が無く、胴体にカメラアイのようなものがある。
「こいつは武装ごとに特性が2つに分かれる。二本の長刀を装備した“近接型”、レーザー砲を装備した“砲撃型”が現在確認されている。まあ人類で言う歩兵にあたる。特徴は――」
これも以前聞いた。
ちなみに、砲撃型から放たれるレーザー砲弾は、弧を描く。
まあ弧を描くとか言ってる時点でそれはレーザーではないんだが、まあ素人はレーザーって言った方が分かりやすいからレーザーなんだとか。
速度は光速だが、ヘルメットに装備されているHMDにはロックオンを感知すると赤字で、
《被弾警報》
と表示されるので、回避が可能。
「――である。次、バリウスだ」
スクリーンに映し出されたのは5mくらいの奇妙な形の戦闘機だ。
「こいつが敵の主力航空戦力だ。言うまでも無く人間で言うとこの戦闘機だが、最近こいつらのある特性が明らかになった」
ざわざわ、と少しうるさくなる。
「なぁ和真、この話って……」
「ああ。初めて聞くな」
勇希が聞いたので答える。
どうも新しい情報らしい。
「こいつら、戦闘機などの対空目標に対しては恐ろしい命中精度を誇るが、地上目標に対しての命中率はかなりザルだそうだ。各戦線で航空部隊を壊滅に追いやったバリウス部隊が、対空車両に片付けられるという事例は何度かあったそうだ。そこでアフリカのとある実験部隊が本格的な検証を行ったところ、事例通りの結果が出た」
へぇ……面白い結果だ。
奴らのせいで各軍の空軍は酷い打撃を受けているからな。
「要するに、空軍はお役御免って話ですか?」
錦辺が茶化す。
「ん~、それだけだったらいいけど、下手すりゃ俺達陸軍がバリウスの相手をする日も来るかもしれないって事。携行型対空誘導弾でも撃墜可能って結果があるんだから」
「うへぇ、そいつは荷が重い」
と言って、錦辺が顔をしかめたが、それは皆思っただろうな。
「バリウスも数で攻めてくるタイプだが、歩兵の携行装備で落とせる程装甲は貧弱だ。その代わり、レーザー照射を受ければ戦車の特殊複合装甲ですらそう長くは耐えられない。もちろん歩兵が直撃すれば蒸発だ」
対空攻撃性能、機動力に重点を置いた結果、対地攻撃性能、装甲が犠牲になったって訳か。
万能な兵器なんて無いのは他の星でも一緒って事か……。
「それじゃあ次いくぞ。次は強襲揚陸艦、ヴェクトル」
スクリーンには二年前ヘイムダルがワシントンに襲来した時一緒にいた未確認機が写されている。
ラグビーボールを上から少し潰したような形をしていて色はグレー。
前の側面には主砲が1門づつ計2門ついている。
「こいつらは最近まで輸送船のようなものだと考えられていたが、スパイダーを無尽蔵に排出することから一種のワープシステムだと考える科学者も出てきた。既に中国戦線ではヴェクトルを最優先撃破目標にしている」
確かに、本土防衛線の時奴らの物量は嫌というほど味わってきた。
この無限地獄さえなければ人類はあそこまでやられなかったかもしれない。
「戦場にこいつが確認されたら、一刻も早く撃破しろ。とはいえ、こいつらにはヘイムダルと同じ湾曲フィールドが装備されている。まあこれがさっき言ったヘイムダルを撃破不可能な原因だ」
「核でも効かないってヤツですよね。確か最近になって、ようやく対処法が出来たとか」
言ったのは俺だ。
ヴェクトルに核が効かない事が発覚した「白海焦土作戦の悲劇」は全世界に衝撃を与えた。
まったく、湾曲フィールドは恐ろしい。
しかもこいつを倒さなきゃ敵が増え続けんのに湾曲フィールドで守られて手出しできないんだからよ。
それに対処法が出来たというのは喜ばしい事だ。
「そうだ。ヘイムダルの持つ重湾曲フィールドには効かないが、ヴェクトルのは、湾曲フィールド反応中和弾でフィールドを消滅させることができる。最後は、地下掘削輸送機モールだ」
スクリーンに出てきたのは円柱状の機械だ。
尺は半径30mだが、長さは不明、と表示されている。
「こいつは地下を掘り進み、スパイダーを輸送する。地上に70m程姿を現し、接地部分からスパイダーが出てくる。こいつはヴェクトルと違い敵の数は有限だが厄介なのはそれが奇襲に使われることだな。まあその辛さは本土防衛戦を生き抜いた者たちなら身に染みついていると思うけどな。それを忘れずに――」
こいつはこいつで確かに厄介だった。
地下を掘ってくるから防衛線を構築してもその内側から敵に潰されてしまう。
それで補給線が断たれたり、本隊が壊滅したり、砲撃部隊が死んで支援砲撃無しになったり……よく生き残れたもんだ。
それからは各々の敵の対処法や戦術的特性とかの説明になった。
俺は時々勇希と小声で話しながらそれを頭の中に書き留めていった。
それから2時間ぐらいたった後。
「――え~、最後に伝えておくことがある。ついさっき、地下八階の総合訓練所に仮想演習システムが運び込まれたんだが――」
と柴田中尉が話し出した。
なんじゃそりゃ。
全く見当が付かな……いや、付く。
「なあ和真、それってさっきの……」
勇希が小声で言った。
うん、多分考えてることは同じだ。
「ああ、あの開発部が関係してるに決まってる……というかそれしかないな」
このなんとなく不安が募る心境は……多分気のせいじゃない。
と心配した次の瞬間。
「はいはいどいて~柴田中尉~、あとは私が説明するわ~」
「おわっ! 博士ぇ!?」
いきなり女性が部屋に入り込んで、驚く柴田中尉をどかす。
この人……開発部の室長だ……。
名前は茨城尚美、階級は確か……中佐だった気がする。
軍人ではないのだが、基地に出入りする以上階級は必要なので、与えられたのが中佐相当だったようだ。
本当はめちゃくちゃ偉いのだが、本人は「階級なんてどうでもいい」としょっちゅう発言している。
白衣に身を包んでいて、眼鏡をかけている。
年は知らんが……見た目30くらい?
体型はスラっとしていてスタイルはいい。
髪の色は赤みがかった茶髪で、ストレートで背中まで伸ばしている。
その人は教壇に上がり、手帳をパラパラとめくる。
「え~と、何ページだったかしらぁ? うげっ! これ違う奴じゃん! ああもう最悪!! この日のために昨日徹夜して考えたんだから!! あっ、でも昨日の徹夜はほとんど抗重力空間融合理論の論文だったんだっけ。……まあいいわ。というわけで、あたしがとっっっても分かりやすく説明してあげるから、お前ら耳の穴かっぽじってよぉぉぉぉく聞きなさいよ!?」
手帳をめくったと思ったらその手帳をいきなり閉じて地面に叩きつけ怒鳴り、
なにやら訳わからん理論を口に出し、急に笑顔になり、それから教卓をバーーンと叩き、
その謎の装置の説明に入った。
ホント、さすが開発部の人っていうか……。
変人だ……。
知ってたけど。
彼女の変人っぷりは極東本部基地内では有名だ。
「仮想演習システムとはっ! 要するに簡単に言っちゃえばすんごく完成したシュミレーターよ! SERFが攻めてくる前、戦争の相手は人間だったわね? だから訓練も人間相手で事足りた。でも、SERFが攻めてくると状況は一変! 相手は人間じゃないんだから当然人間相手に訓練なんかやっても無意味! そこであたしは考えた。だったらバーチャル空間でSERFと戦えばいいじゃない! それを実現したのがこれよこれ!! って、ここには無いけどね。まあ詳しい話はあんたら凡人にはどうせ理解できないんだからしないけど、今言ったとおり仮想空間で仮想SERFと戦える装置がこれなの。仮想空間での訓練だから当然撃たれても痛くないし死にもしない。まあ動きは鈍くなるわ。無敵じゃ訓練にならないもの。まあ、そんなところ。詳しい使い方や注意は八階に整備兵がいると思うからそいつらに聞いてちょうだい」
と、ここまで一気に茨城博士は滑るような早口で言った。
……正直殆ど聞き取れなかったのは言わない方がいいか?
「ああもう! なんでこのあたしがこんなこと説明しなきゃなんないのよ!」
茨城博士は、なぜか柴田中尉に八つ当たりする。
「そっ、それは、私に言われましても……ははは……」
なんで俺!? って顔をしながら苦笑いして萎縮する中尉……。
まあ、相手が仮にも中佐なんだからしょうがない。
「それもそうね~。それじゃ中尉ぃ~あたし寝てくるから、あとはよろしくね~。じゃ~ねぇ~」
といい、笑顔で反転し、手を振り部屋から出た。
直後訪れる沈黙。
「え~……とまあ……そういう事だッ! 以上本日の座学終わり!! 解散!!」
と中尉は半ば投げやりに号令をかけ、逃げるように部屋から出て行った。
俺たちはポカーンとしつつ、一応解散する。