第十話 食堂でのひと時
2017年6月15日。
アメリカ合衆国の首都ワシントンは異星船ヘイムダルの主砲『ギャラルホルン』により壊滅。
米国は首都機能を西海岸側のロサンゼルスに移動。
ヘイムダルの出現により、人類の地獄のような戦争が幕を開けた。
SERFと名付けられた侵略軍は、攻撃力、防御力、そして絶望的な物量で地球を瞬く間に侵略していった。
その戦闘力は人類を驚愕させ、成す術がない事を告げた。
追い詰められた人類は、ロシア国境付近の白海でヴェクトル艦隊に対しついに核攻撃を決行(白海焦土作戦)。
スパイダー、アタッカーは殲滅できたが肝心のヴェクトル艦隊は無傷だった。
その上、殲滅したはずのスパイダー、アタッカーは初期値を上回る勢いでヴェクトルから発進。
ロシア軍司令部は「勝算無し」と判断し、ロシア中部までの後退を余儀なくされた。
この作戦で核攻撃が効果無しと判断され、その上ヴェクトルは無尽蔵に敵を排出することが分かった。
これは後に「白海焦土作戦の悲劇」と言われる。
それから約半年で、中南米、オーストラリア、アフリカ南部やイギリス、アイルランド、スウェーデンを含むヨーロッパ北部、ロシア東部以外は敵の勢力下と化し、世界人口は90億人から30億人にまで減少した。
そして……。
2018年2月3日、遂にSERFの軍勢が日本に上陸。
樺太から侵攻し、北海道宗谷湾から上陸。
激しい戦闘の末、WAP極東方面軍は北海道から撤退。
また、知床に巨大な黒い円柱状の建物を建造されてしまう。
WAPは、これを『グラド』と呼称した。
ロシア語で「城」または「要塞」を意味する語だ。
しかしわかっていることは、SERFの占領地に建てられる事、このグラドを中心にSERF群の密度が高くなっている事、大きさが全長1kmで統一されている事の3つだけだ。
総数は現在21個で、日本の知床にあるグラドの戦略呼称は「第18号グラド」。
WAP極東、日本本土侵攻を阻止するため、東京にある極東本部を含む全国からの援軍を結集し、本土防衛軍を結成した。
その中には第七混成大隊……和真達もいた。
だが戦況は極めて劣勢だった。
2018年2月27日、SERF軍勢は第18号グラドより南下。
青森津軽海峡から上陸するSERFを迎撃するが失敗。
わずか1か月半近くで、東北6県と新潟の半分を失う。
この時点で本土防衛軍は戦力の8割を損失。
……だが、ちょうど新潟の中央あたりに来た時、敵の怒涛の侵攻は止まった。
それは世界中で戦いが続いている地域でも同じだった。
SERFの侵攻が突然停滞したのだ。
それどころか敵が各国グラドに後退し、その後しばらく襲撃がなくなった。
突然の後退に世界中のWAP、各国軍は混乱したが、これを好機と見出し、早急に軍の再編を行った。
再編によって、各国軍は全てWAPに編入、統括されるようになった。
また日本や多数の国家は徴兵制を採用し、日本は18歳以上の男女が徴兵された。
それから二年の間、敵が攻めてくることはなかった。
その間、人類は歴史上類を見ないほど急速な文明の進歩を遂げた。
SERFを分析することによって得られた新理論、地球外元素などは科学者たちを驚嘆させた。
それによりここ数年で人類が手にした未解明の技術……オーバーテクノロジーは数えきれない。
レーザー兵器の試験的実用化。
新元素で開発した新型弾丸を用いたライフル類。
AECA特殊複合装甲を利用した戦艦、戦車。
湾曲フィールド反応中和弾。
強化繊維製装甲戦闘服などが代表的な技術である。
こうして着々と力をつけたWAPだが、2019年8月、アフリカの第9号グラドに撤退していた敵が突如進軍。
さらにロシアのSERFが南下、モンゴル、中国に侵入。
また衛星軌道から新たなヴェクトル艦隊がアラスカへ上陸。
人類の絶望的な戦争は、再び幕を開けた……。
――2019年8月20日昼・WAP極東本部・地下四階・食堂――
午前の訓練を終え、昼食を取るため俺たちは食堂に集まった。
ここにいるのは俺、春奈、勇希、涼、石田隊長だ。
トレイを持ち、セルフサービスの昼食を皿に盛り、各々席に座る。
「ふぇ~……」
「なんだよそのあからさまにやる気の無い声は」
勇希がイスに座るなり変な声を出したので、俺も声をかけつつイスに座り、トレイを置く。
俺の昼食は色の薄いチャーハンだ。
「だってよぉ……最近座学ばっかじゃん……頭パンクしそう……」
勇希が柔らか過ぎるうどんをぐりぐりと掻きまわしながら情けない声で言う。
おい勇希、それすぐ切れるんだからそんなに掻き乱すと細切れになるぞ。
「しっかりしてくれ……。これも生き残るための知識だと思ってな」
勇希の泣き言に、石田軍曹が不安そうな表情で肩をたたく。
俺たちは基礎訓練を終えた正規兵だが、SERF来襲の結果解析した新技術で身の回りの装備が一新されたため、対SERFの為の兵士として再び教育されている。
その為今は正規兵と訓練兵、どっちつかずのあいまいな扱いだったりする。
「いや石田軍曹、生き残るためにWAP統合軍の組織構造と各国軍対SERF研究機関の担当研究分野が必要なんですか?」
俺は色薄チャーハンを口に運びながら言った。
うん……安定したマズさだ。
「う……それは……ははは、まあ気にするな」
俺の的確な攻めが軍曹に効いたのか、苦笑いをしてごまかす。
まあ勇希じゃないがさすがに午前の座学はキツかった。
もう何を言ってるかほとんど分からんし、理解もしようとは思わなかった。
……ぶっちゃけ、眠かったしな。
確かに、WAPの1隊員でありながら組織構造を知らないのは問題に思われるかもしれないが、状況が状況だ。
前線兵士の俺たちに必要なのはそんな知識ではなく知らぬ間に開発された新装備や未知なる敵の情報だ。
一応数ヶ月前に基本的な敵の能力や規模、新装備に関しての座学は済んでいるがあれからまた新たな情報も入って来ているらしい。
前線兵士としては、そういう情報は早ければ早い程いい。
それだけそれを想定して訓練に臨めるし、意識の持ち方も違ってくる。
……それほどに、装備を整えるまでの俺達の状況は酷いものだった。
ウクライナから日本に帰国した後、手酷い損害を被った極東本部部隊は大規模な再編成が成された。
元いた分隊の連中とは離れ離れになり、外れクジを引いた奴らは、大陸へと派遣された。
幸い俺の知り合いは殆ど日本に残ったが、その後大陸での防衛が破られ、SERFは日本へ攻めてきた。
俺も当然本土防衛には参加したが、あれは地獄だった。
その後、最大の謎である突然のSERF群侵攻停止と撤退により、世界規模でWAPは再編成された。
その折、大隊長の計らいでSERF侵攻以前の小隊同士を引き合わせる事になった。
そこで、俺達は再び出会ったのだ。
だが、同時に知っている顔もかなり減った事が分かった。
……なんて、こんな事考えながら飯食っててもしょうがないよな。
「そういやぁ、最初はマズイって思えた化学食品もこうして食ってっとなんともないもんだな」
石田軍曹が話題を変えた。
軍曹が食ってるのは肉団子みたいなゴロゴロした形のからあげ定食だ。
噛むと「ぶじゅっ」というあまり気持ち良くない感触が味わえる。
「そういやそうッスね。最初変わった時は毎日こんな飯を食わなきゃいけないのかなんて、絶望してましたよね」
ラーメンの浅黒いスープを飲んだ後、涼が言った。
涼曰く「まだ食えるレベルッス」そうだ。
確か半年前くらいだったかな、基地内食堂が全て化学食品に変わったのは。
SERF襲撃により、国内外の自然がかなりやられてしまい、天然食品の原料調達が困難になってしまったのだ。
化学食品という物自体は、去年くらいから姿を現した。
調味料から始まり、甘味料や麺類、更に肉、野菜と来て、今や白米までもが化学素材だ。
しかも残念な事にこいつは栄養だけを考え作られてるらしく、天然食品に比べてお世辞にも旨いと言えるものでは無くなってしまったのだ。
恐ろしい事に全ての栄養を兼ね備えたカプセルだけの食事も考案されたらしいが、さすがにそれは却下されたらしい。
「ホント、人間慣れれば何とでもなるもんなのね~」
感心したような声で春奈が言った。
既に食い終わった焼きそばの皿を他の空いた更に重ねる。
味付けのソースにはどうしても消せない酸味と苦味があるらしい。
「食えば都ってやつだな!」
「住めば都な。まぁ、言いたいことは分からんでもないが」
笑顔で謎な事を言うのは勇希。
コイツ馬鹿だ……と思いながら俺が突っ込む。
「基地内食が化学食品に変わったのって……確か去年の12月頃だったッスかね」
涼も浅黒ラーメンを食い終わったようで、春奈の酸苦焼きそばに重ねる。
「へぇ……あれからもう半年も経ったのか」
早いもんだ。
「はは、駄目だぜ和真。時間が早く感じるのは歳食ってる証拠だぜ?」
勇希も柔らかうどんを完食し、酸苦焼きそばの上に重ねる。
「うるせぇ、お前俺と一年しか違わねぇだろうが」
ちなみに、俺は26歳、勇希と春奈は25歳。
涼は24歳で、石田軍曹がちょっと飛んで31歳だ。
何の因果か、比較的年齢が近いのだ俺達は。
しかも、俺と春奈と勇希は陸軍訓練校で同期だった。
まあ訓練校時代はお互い知り合っていなかったが。
「違う違う。俺が言ってるのは精神年齢の話」
「ああなら納得だ。お前精神年齢小学生だもんな。そりゃ俺が歳食ってるように見えるわけだ」
「だぁぁ! 違う! なんでそうなるんだよ!?」
「むしろ何故そうならないと思った?」
「まー確かに、今のは完全に佐川先輩の自爆ッスね」
ジト目の涼の援護射撃が加わる。
「駄目よ和真。勇希にそこまで求めちゃかわいそうでしょ~?」
思いっきり馬鹿にした顔をする春奈。
お前……案外ひでぇ事言うな。
「ちょっと! そろって俺の事馬鹿にしやがって! いくらなんでも小学生よりは賢いって!!」
その否定のし方は何か違うぞ勇希よ……。
「そういや黒崎先輩、一昨日から地下八階の方が騒がしかったんですが、なにかあったんスかね?」
唐突に涼が聞いてきた。
「地下八階……てーと総合訓練所がある所か? さあな、俺は知らん」
総合訓練所には体力維持のためのトレーニング室や射撃訓練場が揃ってる。
そのほかはまあ俺ら陸軍兵には関係ないが空軍管轄のシュミレーションルームなどがある。
極東本部は、地下鉄を縫って避けるようにして作った巨大な地下基地なのだ。
「あ、私も見たわそれ。なんかね……大げさなカバーにかぶさった”何か”を搬入してたみたいね。整備兵がわんさかいたわよ。あと開発部の人も」
春奈が「何か」を強調して言った。
「開発部かよ。あいつらがいるとなると……八割方穏やかなものじゃないような気がするんだがな」
俺は多分あきれ顔で言っていた。
開発部とは、地球外技術専門研究開発機関のことだ。
まあ平たく言ってしまえばSERFの技術を応用した兵器や装備を開発する機関だ。
それがここWAP極東本部にもある。
まあそんなわけで、日本中から天才科学者を結集したようなのだが……なぜか頭のぶっ飛んだ人達ばかりなのである。
この前演習場に行ってみたら、亜空間みたいのに科学者が何人か吸い込まれているのを目撃した……。
あの方たちは大丈夫だったのだろうか……。
まあ開発部の全員がその“アレな人”な訳じゃないんだが……まあ、そういうところだ。
「じゃあ、座学終わったらちょっと見に行ってみようよ!」
勇希が元気よく言った。
こいつは全く……好奇心旺盛だ……もう25歳にもなってな……。
「やーよ。行くんなら和真と行ってよね?」
早速春奈が断った。
「なんで俺? 俺も遠慮しとく。……ん? 隊長が行きたそうな顔してるぞ?」
俺も当然断り、矛先を石田軍曹に向けさせた。
「バカを言うな! 佐川、グラウンド50周するなら付き合ってやってもいいぞ?」
軍曹が意地悪そうに笑う。
「ひぃぃッ! 勘弁してください!」
ハハハハハ、と勇希以外笑う。
てな具合で俺らは昼食を終え、午後の座学に入った。