第11話 塩を抜く溝と、同業者の火花
翌朝。
セリアが重い足取りで畑に向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「な、何してるのよアンタたち!!」
畑の周囲に、深く、真っ直ぐな「溝」が何本も掘られていたのだ。
泥だらけになったカイと、それに付き合わされてヘトヘトになっているレイラが、クワを片手に立っていた。
「カイ! あんた、勝手に他人の畑を掘り返して……!」
「ああ、おはよう。ちょうど排水用の『明渠』が掘り終わったところだ」
俺は額の汗を拭いながら、事もなげに言った。
「明渠……?」
「塩を抜くための、空気と水の通り道だ。この深い溝で地下の塩水を遮断した上で、今度は上から『真水』を大量に流し込み、土の塩分を洗い流してこの溝に捨てる。いわゆるリーチング(除塩)の土台作りだ」
「真水を大量に!? そんなの、街の水道局が農区なんかに許可するわけ……っ!」
「それは追々考える。まず溝の構造を確認してくれ」
泥だらけのカイが、事もなげに言い放つ。
その横で、亜麻色の癖っ毛を揺らし、琥珀色の瞳を輝かせているレイラが「カイは本当に凄いのよ!」と胸を張った。
(……ちょっと待って。あの女)
セリアは海風に銀色のショートヘアをなびかせながら、レイラの耳の裏を鋭く見つめた。
髪に隠れて見えにくいが、自分と同じ型の「超小型骨伝導パッチ(通信機)」が微かに光っている。
それに、あの立ち位置。
カイがカメラ(視聴者)から一番よく見える絶妙なアングルを、無意識のうちにキープしている。
間違いない。
この女、ただの村娘じゃない。
「同業者」だ。
セリアが確信した瞬間、レイラもまた、セリアの引き締まったプロポーションと、作業着の下に隠された通信機器の膨みに気づき、ピクリと眉を動かした。
二人の視線が空中で激突する。
カイが溝の深さを測るために背を向けた、その一瞬。
『……ピロッ。ローカル非公開チャンネル、接続』
セリアの脳内に、レイラからの直接通信が入った。
『(ちょっと。アンタ、第2シーズンの担当エージェントね? 私のカイに馴れ馴れしくしないでくれる?)』
『(はあっ!? アンタこそ、なんで第1シーズンの「村娘」がここまでついて来てんのよ! ルタ村でお役御免でしょ、さっさとフェードアウトしなさいよ!)』
『(視聴者の要望よ! カイと私のコンビが大人気なんだから仕方ないでしょ!)』
『(チッ……先輩風吹かさないでよね。ここからは、この「気の強いツンデレ海の女」である私の独壇場なんだから!)』
脳内通信でバチバチに火花を散らしながらも、カイが振り返った瞬間、二人は完璧な「表の顔」を作った。
「な、何よ! そ、そんな溝を掘ったくらいで、塩が抜けるわけないでしょ! べ、別に感謝なんてしないんだからね!」
セリアはわざとらしく顔を背け、ツンとそっぽを向く。
完璧なツンデレの演技だ。
「ちょっと! カイがせっかく助けてあげてるのに、その態度は何よ! あんたみたいなガサツな女、カイにはふさわしくないわ!」
レイラも負けじと、主人公を健気に庇うヒロインを熱演する。
(……ふん、やるじゃない)
(……そっちこそ、いいキャラ作ってるじゃないの)
二人は憎まれ口を叩き合いながら、お互いのプロ意識の高さに内心で舌を巻いていた。
そんな水面下のキャットファイトなど露知らず、カイは真剣な顔で溝の土を握りしめている。
「レイラ、セリアと喧嘩するな。彼女の言い分もわかる。こんな溝一つで、長年の塩害が急に解決するなんて、信じられないのが普通だ」
(女同士のいさかいは面倒だが、ここで農区の管理者に恩を売れば、カオルの情報網に必ず手が届く。ここは穏便に場を収める一択だ)
己の目的のために大真面目に仲裁に入るカイのズレた誠実さに、二人のエージェントは同時にズッコケそうになった。
((いや、そういうことじゃないのよカイ!!))
二人のエージェントが同時に頭を抱えるのをよそに、俺はしゃがみ込んで溝の断面をもう一度確認した。
溝は掘れた。除塩の流路もある。
だが。
(……真水が、ない)




