迷路
……十分後。
「なあ」
三回目の角を曲がったところで、俺はついに言った。
「さっきから、同じとこ通ってない?」
「通ってる」
即答だった。
「断言するね?」
「この壁の欠け、ハート型」
「ほんとだ……ってなんでそんなとこ見てんの!?」
「暇だから」
五歳、強い。
俺は振り返る。
「……これ、出られるんですよね?」
「出られる」
静かな声が返る。
「じゃあなんで迷ってるんですか」
「出ようとしていないからだ」
「哲学!?」
「空間が捻じれている。
正解の方向に“出たい”と意識しなければ、同じ場所を歩かされる」
「心の問題!?」
「心の問題だ」
クレアが腕を組む。
「じゃあ、出口出たいって思えばいいの?」
「正確には“外へ続く空間を想像する”」
「想像ね……」
クレアは目を閉じる。
「お城の外。噴水。パン屋。あと――」
「食べ物多くない?」
「大事」
すると、風が少しだけ流れた。
「……お」
「お?」
「今、風来た」
「ほんとだ!」
シバは小さく頷いた。
「感覚が鋭いな」
「えへん」
ドヤる五歳。
俺も真似して目を閉じる。
(外……外……)
…………
「ねえソラ」
「なに」
「今、何想像してる?」
「えっと……ベッド」
「なんで!?」
「疲れたから……」
「それ出口じゃない!」
その瞬間、風が止んだ。
「……ソラ」
「はい」
「集中しろ」
「すみません!」
再チャレンジ。
今度はちゃんと外を想像する。
空。人の声。夜風。
すると、さっきよりはっきりした風が流れた。
「きた!」
「よし!」
二人で走り出す。
……三秒後。
「行き止まり!」
「壁!」
「袋小路!」
見事な三点セットだった。
「おかしいな……」
「想像、ちゃんとしてた?」
「した!」
「途中でごはん考えた?」
「……ちょっと」
「だめじゃん!」
後ろから、ため息。
「無理に急ぐな。
空間は、焦ると意地が悪くなる」
「性格あるんだ……」
「ある」
断言だった。
少し歩いていると、俺はふと思った。
「……シバさん」
「なんだ」
「この世界って、なんなんですか」
クレアも、少しだけ真剣な顔になる。
「世界は、式でできている」
静かな声。
「人はそれを知らずに使い、積み重ね、歪めてきた」
「……難しい」
「今は分からなくていい」
一瞬、俺を見る。
「だが、分からなくてはいけない者がいる」
「……俺?」
「まだ、確かめている途中だ」
クレアが俺の袖を引く。
「ソラ」
「ん?」
「この人、たぶんすごい」
「今さら!?」
「でも、怖くない」
それを聞いて、シバはほんの少しだけ口角を上げた。
「そう言われるのは久しい」
また風。
今度は、かなり強い。
「今度こそ!」
走る。
曲がる。
跳ねる。
「ソラ、遅い!」
「三歳に無茶言うな!」
光が見えた。
「出口!」
「やった!」
二人で飛び出す。
……直後。
「うわっ」
段差で俺が転び、クレアがつられて――
「きゃっ!」
結果、二人そろって前転。
「……大丈夫?」
「だいじょぶ……目回る……」
「迷路よりきつい……」
後ろから、落ち着いた足音。
「よくやった」
その言葉に、なぜか胸が少し軽くなる。
「……なあ」
「なに?」
「ちゃんと外出られたし」
「うん」
「さっきの約束、覚えてる?」
「……友達?」
「そう」
クレアはにこっと笑った。
「じゃあ、改めて」
「ソラ」
「クレア」
握手。
その様子を、少し離れて見守りながら、シバは思う。
(やはり、ただの偶然ではない)
確信には、まだ遠い。
だが。
この二人が並んで歩く未来を、
世界がどこかで“想定している”――
そんな感覚だけは、確かにあった。
そして迷路の向こうで、
物語は静かに、動き続けていた。




