確認
夜明け前の宿の一室。
部屋の中には、俺とクレア、そして――
シバ・クエスがいた。
壁際に立つシバは、腕を組み、静かにこちらを見下ろしている。
その視線は鋭いが、敵意はない。
シバが口を開いた。
「――まず聞かせてほしい」
低く落ち着いた声だった。
「昨夜、君は“何を見た”?」
問われているのは、間違いなく俺だ。
俺は少し考えてから、正直に答える。
「……文字、です」
「文字?」
シバの眉が、わずかに動いた。
俺は続ける。
「魔法を使う直前に……
浮かび上がる、言葉みたいなものが見えました」
シバはすぐには返事をしなかった。
数秒、何かを計算するように沈黙する。
「……なるほど」
否定はされなかった。
その様子を見て、クレアが首を傾げる。
「もじ?」
子供らしい疑問の声。
シバはクレアの方を見ずに言った。
「今は気にしなくていい」
「またそれ!」
クレアが頬を膨らませる。
シバは軽く咳払いをして、再び俺に向き直った。
「これは、まだ仮説だ」
そう前置きしてから、説明を始める。
「この世界の魔法は、
術者が脳内で組み上げた魔法式を、“世界式”に書き込むことで発動する」
シバは空中に指を走らせた。
淡い光が現れ、円状の式を描く。
「魔力とは、その書き込みに必要な対価だ」
俺は思わず聞き返した。
「……世界式って、なんですか?」
「この世界そのものに刻まれた基盤だと考えろ」
断定ではなく、あくまで説明口調。
「魔法の階級は知っているな?」
「詠唱の長さで決まる、ですよね」
俺が答えると、シバは頷いた。
「節が少ないほど書き込み量は少ない。
初級、1種級、2種級……と増えていく」
空中の光の式が、少しずつ複雑になる。
「だが、本来」
シバの指が止まった。
「発動前の魔法式は、誰にも見えない」
「……え?」
俺の声が小さく漏れる。
「世界式の深層に沈む。
術者自身でさえ、観測できない」
俺は無意識に拳を握っていた。
「……でも、俺は見えました」
「“見えていると感じている”」
シバは言い直す。
「だから、確かめたかった」
俺は顔を上げる。
「確かめる……?」
「君が特別かどうか、ではない」
シバの視線が鋭くなる。
「君の感覚が、どこに触れているのかを、だ」
ここでクレアが割り込んだ。
「ソラ、なんかすごいの?」
「今のところは、分からない」
シバが即答する。
「可能性がいくつかあるだけだ」
「……どんな可能性ですか?」
俺が尋ねる。
「ひとつは、異常な観測能力」
シバは指を一本立てた。
「もうひとつは――」
一拍、間を置く。
「世界式そのものと、何らかの形で“近い”位置にいる可能性だ」
俺は思わず言った。
「……リンク、みたいな?」
「似ているが、断定はできない」
きっぱりと否定される。
「もしそうなら、君は魔力を消費せずに魔法を“再生”できる」
クレアの声が弾む。
「それ、ずるい!」
「世界にとっては致命的だ」
シバが即座に切り捨てた。
「だが、まだ“そうだ”とは言えない」
再び、俺を見る。
「昨夜の発動は偶然かもしれない。
あるいは、極めて限定的な条件下だけの現象か」
俺は、正直に答えた。
「……自分でも、よく分からないです」
「それでいい」
シバは小さく頷く。
「分からないまま進むのが、一番安全だ」
クレアが不満そうに言う。
「ソラばっかり難しい話!」
「君は君で、別の問題を抱えている」
シバが淡々と言った。
「王女としてな」
「……え?」
クレアが固まる。
俺も固まった。
「やっぱり、ですか……」
「隠し方が雑だ」
「ひどい!」
シバは背を向け、話を締めに入った。
「結論は出ていない」
扉に手をかける。
「だが――」
振り返り、俺を見る。
「君は“観測者”の側に近い」
「……観測者?」
「世界を見る者だ」
それ以上は説明しなかった。
「今は休め。
確信が持てる材料は、まだ揃っていない」
そう言い残し、シバは部屋を出ていった。
静かになった部屋で、クレアが俺を見る。
「……ねえ、ソラ」
「なに?」
「よく分かんないけど」
少し笑って言った。
「普通じゃないのは、確かだよね」
「……否定はしない」
俺たちは小さく笑った。
けれど胸の奥では、違和感が消えなかった。
確信していない。
それでも、確かめに来た。
――それ自体が、異常だった。




